第4話

 インターネットで閲覧できるホームページを見た限りでは、放送部もコンピュータ部も中等部には存在していないようだった。

 お嬢様学校だけに家でレッスンを受けている子がいるかもしれないけど、そういった事を考え出したらキリがないだろうしなあ。

 漠然とした不安を抑え込み、ポジティブな事を考えるよう努める。

 珍しく朝が遅かった両親に「何とかやれそうだ」と強がった手前、頑張らないとな。

 気合を一つ入れて校門に向かう。

 そこには何人かの生徒と教師達が立っていて、登校してくる生徒達にあいさつをしていた。


「ごきげんよう」


 やはりこれである。

 皆さん素敵な笑顔でかわしてあっていた。

 男性教諭はどうするんだろうと思うが、少なくともまだ目にした事はないな。

 いくら何でも教師を含めて男は俺しかいない、なんてゲームみたいな展開はないと思うけど。

 いずれにせよ、参考になる相手がいないのは事実である。

 やむを得ず、皆の真似をする。


「ごきげんよう」


「ごきげんよう」


 俺が挨拶をした人はびっくりしていたが、すぐに笑顔で返してくれた。

 よかった、どうやら間違いじゃなかったらしい。

 ほっとして通り過ぎようとしたら、呼び止められた。


「あなたが我が校唯一の男子生徒の赤松君ですね」


 振り向くとそこには姫小路先輩が立っていた。


「は、はい」


 声がかすれる。

 みっともない事をしてしまった気がして、頬が熱くなった。


「いきなり驚かせてごめんなさい。わたくし、生徒会長の姫小路と申します」


 そう言って優雅にお辞儀をされる。


「は、初めまして。赤松康弘です」


 俺は慌てて頭を下げる。

 自分の体じゃないみたいに動かすのが難しかった。

 動力か油が切れたロボットみたいなぎこちなさになってしまう。

 やばいな、変に思われたりしないだろうか。

 そんな不安がこみあげてくる。

 元お嬢様学校だけにこういった礼儀作法に厳しいと予想できるし、後は多少の見栄もあった。

 姫小路先輩のようにきれいな人には、いいように思われたいってね。

 先輩はくすりと微笑み右手で髪をかきながら、上品に小首をかしげる。


「実はあなたにお話があるんです。生徒会に興味はありませんか?」


 年下相手なのに丁寧な言葉使いをする先輩に、心理的に圧倒されてしまっていた。


「せ、生徒会? 僕がですか?」


 つい訊き返してしまったけど、先輩は嫌な顔せずゆっくりとうなずく。


「ええ。男子生徒はあなただけですから。生徒会としては何らのケアをしてあげたいんです。生徒会に入ってくれればしやすいと思ったもので」


 本当ならとてもありがたい。

 と言うか、男子生徒は俺だけだったのか……うすうす察してはいたけど、やはり堪えるな。

 しかし、この場で即決していいんだろうか。

 生徒会入りってそれこそ厳しい基準が必要なんじゃないだろうか?

 よそならいざ知らず、ここは英陵なんだし。

 それよりも、ものすごく注目されている。

 当然か、生徒会長に話しかけられている男子なんだから。


「……すみません、考える時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 俺としてはそう言うのが精一杯だった。

 この場じゃいくら悩んでも結論を出せそうになかったからだ。

 罪悪感があったけど、姫小路先輩はニコリとして答える。


「もちろんです。突然の申し出、戸惑わせてしまってごめんなさい」


 本当に申し訳なさそうな顔をした。

 いい人すぎるだろうと思うが、こんな人だから生徒会長に選ばれたんだろうな。


「いえいえ、とんでもないです」


 必死に手を振って先輩に非はないと伝える。

 悪いのは即決できない俺……いや、即決できないのは当たり前の気がするんだが、何と言うか自分が一方的に悪者に思えてしまう。

 姫小路先輩という人はそんな人だ。

 こういう人に周囲はついてくるんじゃないだろうか、と思うほど魅力がある。

 これがカリスマ性って奴なのか?


「お時間とらせてしまいましたね。どうもありがとうございました」


 え、ここでお辞儀されるの?

 俺も慌ててお辞儀を返す。


「こちらこそ、わざわざお声かけていただきまして、ありがとうございました」


 丁寧な言葉使いを意識した事なんてほとんどない。

 そのせいか、ちゃんとした受け答えだったかすごい不安だ。

 周囲の反応を見るに、最低限の事はできたんだろうと思うが。

 俺達のやりとりが終わったと判断したのだろう、一人の女子生徒が寄ってきた。


「会長、そろそろお時間が」


 たぶん、生徒会のメンバーだな。

 ショートヘアで眼鏡をかけた、冷たいと言うよりは鋭いって感じな美貌の持ち主だ。

 美人じゃないと生徒会に入れないのか? と馬鹿な考えが浮かんでしまったくらいに。


「ええ、そうですね。それでは赤松さん、ごきげんよう」


「ご、ごきげんよう」


 何とかそう言って返す。

 姫小路先輩を呼びにきた人も俺に会釈をしてきたので、俺も会釈を返しておく。

 二人が離れた事で俺は大きく息を吐き出した。

 何だか先生達に話しかけるより、よっぽど緊張してしまったよ。

 姫小路先輩達が俺から離れた事で、俺に集まっていた視線も散った。

 人気者と一緒ってだけですごいんだな。

 このあたりはお嬢様揃いって言われる英陵でも変わらないみたいだ。

 まあお嬢様達も人間だもんなあ。

 そんな事を考えながら下駄箱へ向かう。

 すると先に複数のクラスメートが来ていた。


「ごきげんよう」


 俺が挨拶をすると驚いた顔をしながら、きちんと返事をしてくれる。

 やっぱり似合っていないのかな……それとも突然声をかける形になったからか?

 いずれにせよ、微妙な空気が流れて続けて話をするのが難しい。

 そもそも、どう話しかけたらいいんだろう。

 中学時代の女子は、普通に天気の話とかお菓子の話とか、ファーストフードの話とか何でもよかったんだけど。

 何かとっかかりがほしいな。

 ああ、そういう意味では生徒会入りっていう選択肢はありなのかもしれない。

 そんな動機でいいのかって思うけど、姫小路先輩の話だと俺をケアしたいって理由での打診らしいし。

 ……そこまで考えて違和感を覚えた。

 いくら姫小路先輩が生徒会長として「唯一の男子」の為を思ったとして、周囲は反対したりしないんだろうか?

 仮に生徒会役員達が説得されてしまっても、学校側はどう思うんだろう。

 それよりも学校側の方からの要請があったと考えた方が自然じゃないだろうか?

 共学化したのも学校側、と言うよりは理事会の経営戦略なんだし。

 わざわざ男子の授業料を安くしたりしているのも、男子生徒に来てほしいからだろう。

 だから他に男子がいないっていう事態が思い浮かばず、困惑させられたんだ。

 そう考えれば学校側は男子生徒が入学しやすい、そして過ごしやすいようにフォローしていく必要を感じているんじゃないだろうか。

 そして生徒会に要請を出したと。

 何だか一気に納得いった気がするな。

 生徒会役員に男子生徒がいるっていうのも、男子の応募者が増える理由になるのかもしれない。

 ……姫小路先輩の善意でという可能性が低くなり、ちょっと残念に感じるのは身勝手なんだろうなあ。

 反省しよう。

 だが、もし予想通りなら遠慮しなくてもいいのかな。

 学校側の要請でなら生徒会のメンバーは、俺に味方してくれるだろう。

 しぶしぶだとしても。

 生徒会に入って仕事を頑張れば、無理に部活を始める必要はないかもしれない。

 そのへんもよく考えないとな。

 廊下を歩いて行くと相変わらず視線を感じる。

 動物園の珍獣を見るような目で見られているのは、きっと気のせいじゃないだろう。

 そのうち慣れてくれるだろうから、それまでの我慢かな。

 せめて同級生達には早く慣れてほしいところだ。

 相羽とデジーレの二人なら大丈夫だろうが、たった二人というのも辛い。

 今日は何とかして二人以外に話しかけてみよう……それと生徒会入りについても考えないとな。

 あ、そう言えばいつまでに返事をすればいいのか聞いていなかったな。

 そういうのも含めて、相羽やデジーレに相談してみよう。

 少なくとも一人でうじうじ悩んでいるよりはずっとマシだろう。

 教室のドアを開けるとやはり視線が集まる。

 いや、これ事態は別におかしくないんだけど、女子しかいない空間というのはやはり特別に感じる。


「ごきげんよう」


「ごきげんよう、赤松様」


 おお、名前で呼ばれた。

 昨日小笠原先生に名前を呼ばれたせいか、覚えられたらしい。

 あの時はちょっと恨んだけど、こういった効果を狙っていたなら感謝しないと。

 ……しかし、赤松「様」だって?

 何だろう敬称は様で統一されているとか、そんな学校ルールがあったりするんだろうか?

 だとすると俺、知らないうちにやらかしたりしていないか?

 いや、確か姫小路先輩は「会長」と呼びかけられていたよな。

 つまり肩書きとかで呼ぶのはありなわけで……とりあえず席につく。

 お嬢様達はちらっという程度、俺の方を見てきたが何も言わなかった。

 やはり距離感を計りかねているって感じがする。

 俺の方から詰められたらいいんだけど、さてどうしたものか。

 おっと、相羽はもう来ているんだな。


「ごきげんよう」


「ごきげんよう」


 俺が声をかけるとふっと口元を緩めながら挨拶してくれる。

 うん、笑ったら可愛いぞ。

 と思っていたら、何やら困った顔をした。

 俺の方を見てはうつむき、すっと顔を上げてはまたうつむく……。

 何だろう、千香がおねだりをしてもいいのかどうか、迷っている時のようか顔だぞ。


「どうかしたのか?」


 思い切って声をかけてみると、驚いてこちらを向く。

 少しの間もじもじしていたが、やがて意を決したように口を開いた。


「あの、赤松さん。挨拶の事なんだけど、男の子は別にごきげんようじゃなくてもいいんだよ?」


「えっ? マジで?」


 思わず大きめの声を出していた。

 クラスメート達が何事だとこちらを見たが、それどころではない。

 相羽は申し訳なさそうな顔でこくりとうなずく。


「言ってくれよ……」


 ついつい恨みがましい声を出してくれる。

 もしかして俺が挨拶をして驚かれたのは、男子だからじゃなくて「男がごきげんようと言っている」事にだったかもしれない。

 ……穴があったら入りたい心境だ。


「ご、ごめんなさい」


 こっちの悲壮感が伝わったのか、慌てて相羽は頭を下げた。


「あ、いや、謝られるほどの事じゃないけど」


 相手が野郎なら遠慮なくチョークスリーパーをお見舞いするところだが、女子相手じゃするわけにはいかない。

 それにしても気になる言い方をしたな。


「男子はって、女子は義務づけられたりしているのか?」


「うん。淑女らしい挨拶をしなさいって」


 ふーん、そういうものなんだな。

 お嬢様らしいとは思うけど、淑女らしいかな?

 大体、お嬢様と淑女とどう違うんだろう?

 こんな事を聞いたら恥をかきそうでとても聞けないんだが。


「お嬢様って大変なんだな」


 しみじみとつぶやくと、きょとんとした顔をされた。


「そう? 教育が厳しいのは当たり前じゃないの?」


「いや、どうなんだろう……」


 そんなわけない、と返しそうになったが、とっさに言葉を濁す。

 考えてみれば相羽だって英陵に通える家のお嬢様なんだ。

 俺とは価値観や考え方に違いがあってもおかしくはない。


「男子は違うのかな?」


 俺の反応をどう解釈したのか、そんな事を相羽はつぶやく。

 男子が女子がという問題じゃない気がするんだが、上手く説明できそうにないので黙っていよう。

 それよりもこいつには聞いておきたい事があるし。

 ……お嬢様を「こいつ」呼ばわりするのは問題ないかな?

 でも、相羽だって俺の事を「様」じゃなくて「君」と呼んでるし、どうなんだろう。

 それに姫小路先輩だって「君」だったような?

 あれ? そう言えば俺の事は「康弘君」と呼ぶんじゃなかったっけ?

 何で名字の方で呼んでいるんだろう。

 やっぱりナシって事になったのかな。

 だとしたらちょっと寂しい気もする。

 名字で呼ばれるより、名前で呼ばれる方が親近感があるもんな。

 まあいいか。

 それより、俺が考え事にふけったせいで微妙になった空気を何とかしよう。

 せっかく会話をしていたんだから、本来の目的に移っておきたい。


「俺は庶民だから何とも。俺が知っている限りでは、そこまでうるさくないとしか」


「そうなんだ。家庭や学校ごとで違いがあるのかもしれないね」


 相羽は納得したように相槌を打つ。

 庶民アピールはさらっとスルーされてしまったんだが、これはどう解釈すればいいんだろう。

 単に気がつかなかっただけなのか、それとも反応するまでもない事なのか。

 デジーレなら訊けるけど、相羽には訊きにくいな。

 すぐ怖がられるようなイメージがあるせいだ。

 仲よくなったら訊きやすくなる、と信じたい。

 それに今は生徒会の方だ。


「なあ、相羽。話は変わるんだけど、この学校の生徒会に入る条件って何かあるか?」


 俺が知っているケースだと、選挙に立候補して投票で決まるんだけど。


「え? 生徒会?」


 突然の話題転換に相羽は意外そうな顔をしたけど、快く教えてくれた。


「生徒会長は選挙で決めるけど、それ以外は生徒会長の一存で決められるよ」


 なるほど、だから姫小路先輩がスカウトしてきたのか。

 会長権限で決められるんなら、何の問題もないんだろうな。

 少なくとも普通の場合は。

 唯一の男子である俺を入れるかどうかとなると、どうなんだろう。

 などと考えていると、相羽は首をかすかに傾けた。


「どうしたの、生徒会の事を訊いてくるなんて」


 そりゃ突然質問をしたら疑問を持つのは当たり前だよな。

 俺は生徒会長から勧誘を受けた事を説明する。


「へえー、そうなんだ」


 相羽は軽く目を見開いて驚きを表した。


「どう思うよ?」


「え? どうって?」


 俺の問いかけにきょとんとした顔をする。

 意図を察しかねたらしい。


「俺の生徒会入り。大丈夫だと思うか?」


「うーん……正直、赤松さんが苦労するのは確定だと思うんだ」


 気の毒そうな顔で言われる。

 確定なのか。

 せめて回避ルートは存在しないのか。

 覚悟はしていたとは言え、いざ他人からはっきり言われるときついな。


「そういう意味じゃ、生徒会入りは悪くないと思うよ。あの方々なら赤松君の味方になってくれるだろうし。それに翠子様、とても人気あるから、差しのべられた手を払ったなんて知られたら、反感を買っちゃうかも」


「え。その発想はなかった」


 会長の勧誘を蹴ったら敵を作るとか、何それ。

 あ、でも、考えてみればこういう学校で生徒会長をやっているくらいだから、人気はあるわけか。

 そしてそんな人に冷たい仕打ちをした、みたいな風に解釈される……?

 何だろう、事実上選択肢はないみたいなんだが。


「反感を買うってどんな?」


 お嬢様学校にもいじめってあるんだろうか。 

 女社会で嫌われると大変だと、妹に脅かされたせいか、すごく気になる。


「挨拶しかしてもらえないとか。困っていたら助けてくれるけど、それ以外は相手にされないとか」


 おずおずといった感じで返ってきた相羽の答えを聞いて思った。

 それ、いじめ違う……。

 挨拶はされるんじゃ無視とは言いがたいし、困る状況を作り出されるのがいじめじゃないか?

 さすがはお嬢様学校という事なんだろうか。

 いや、いい家でも骨肉の争いとかあるって聞いた事はあるし、ここが特殊なだけかもしれない。

 とそこで教室内が少しにぎやかになった。

 驚いて視線を向けるとデジーレが同級生達に挨拶している。

 デジーレ、人気があるんだな。

 姫小路先輩ほどじゃないにせよ。

 黒髪の子がほとんどという中、異質ですらある金色の髪を持った美少女は、俺達に気がついてやってきた。


「ごきげんよう、リナ。それからヤスも」


 左手で鞄を持ち、右手でさっと髪をかきあげながら微笑みかけてくる。

 とても優美で様になっていた。


「ごきげんよう、デジー」


「おはよう、デジー」


 相羽は慣れた様子で挨拶を返し、俺はそれに追従する。

 デジーレはおやという顔でこっちを見た。


「挨拶、おはようにしたのですね」


 悪戯っぽい笑みを浮かべてくる。

 こいつ、指摘しなかったのはわざとか。


「ああ。相羽が教えてくれてな。どうしてデジーは黙っていたんだよ?」


 軽く睨むと、ウインクが返ってきた。


「だってその方が、ヤスはここになじもうと努力している事が伝わるでしょう?」


 そう言われると反論が思いつかない。

 デジーレの勝ちだった。

 両肩を落とす事で降参の意を示すと、くすりと笑い声が聞こえる。

 相羽が愉快そうに口元を緩めていて「仲がいいんだね」と言った。


「だってもうお友達ですもの。ね、ヤス?」


 甘えるような声にドキリとさせられる。

 その青い目は真剣そのもので、俺をからかっているという事じゃなさそうだ。


「そうだな。俺達はもう友達だ」


 そう答えるとほっと息を吐いて、右手を胸に当てる。


「実は少し不安でしたの。殿方とお友達になったのは初めてですから」


 それは意外だったな。

 見た感じ、自信にあふれているお嬢様って感じなのに。


「まあ、俺もお嬢様と友達になったのは初めてだからな。気持ちは分からなくはないよ」


 そう言っておく。


「理解していただけて嬉しいですわ。ところでお二人はどんなお話をしていたんですの?」


 一転して興味深そうな顔になる。

 相羽ほどじゃないけど表情が豊かだな。


「ああ、赤松さんが生徒会に誘われたらしくて」


「まあ!」


 相羽の説明を聞いたデジーレは、短く叫んで右手で口を隠した。


「それは名誉な事ですわね。ヤスはどうするのです?」


 目を輝かせながら尋ねられて、俺は少し焦る。


「男が入ってもいいのかな、と思って悩んでいるんだけど」


 結局素直に本心を打ち明ける事にした。

 この二人なら、という信じる事ができたのだ。


「ああ」


 デジーレは納得したと手を叩き、そして慈愛に満ちたまなざしを向けてくる。


「受けても大丈夫だと思いますよ。今の生徒会メンバーは、とてもお優しい方ですから」


 そこまで言ってから少し眉を寄せた。


「むしろ受けない方が、困った展開になるかもしれませんわね。ミドリ様の人気は、相当ですし」


 相羽と同じような事を言うので、訊いてみたくなった。


「そんなにすごいのか? あの人の人気」


「ええ」


 白人の少女はきっぱりと肯定する。


「昨秋の生徒会選挙、立候補者が三名いたのですけど、ミドリ様が出馬表明なさった時点で辞退してしまいましたから」


 とても勝ち目がないと判断したらしい。

 ここで相羽が話に加わってきた。


「二年生にもうお一方同じくらい人気ある方がいらっしゃるけど、三年生の中じゃ翠子様は別格だよ」


 そんなにすごい人なのか。

 声をかけられた時の視線の数を思えば、納得できる話ではあるが。

 ついでだから訊いておこう。


「生徒会の部屋ってどこにあるんだ? 後で返事をしに行こうと思うんだけど」


 いずれ向こうからくるかもしれないが、そんな展開になったらひんしゅくを買いそうだ。

 こっちは一年だし、出向くのが礼儀というものだろう。


「体育館へ続く渡り廊下から見て、右手側に白い二階建ての建物があるのはご存じ?」


「ああ。昨日、見かけたな」


 デジーレの問いかけにうなずく。


「あそこに生徒会室があります。通称南館ですわね」


 へえ、そうなのか。


「ありがとう。後で行ってみるよ」


 とりあえず返事をどうするか、決めなきゃな。


「ところでリナ、どうしてヤスの事を名字で呼んでいるんです?」


 おっとデジーレのツッコミが入った。

 相羽は真っ赤になって消え入りそうな声を出す。


「だ、だって。ものすごく恥ずかしいから……な、慣れたら。慣れたら名前で呼ぶから」


 必死にそう言う。

 デジーレはため息をついて俺を見た。


「まあまあ、いいんじゃないか?」


 お嬢様にしてみればハードル高すぎだろうしな。

 俺は理解があるところを見せる事にした。


「どうして日本人って……」


 デジーレは不満そうにつぶやく。

 外国人の彼女にしてみれば、理解できなくてもどかしいのかもしれない。

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