11話

 さて突然だが、球技大会の正式名称は「英陵スポーツ交流大会」と言うらしい。

 毎年球技が種目になる事と秋に行われる体育祭と区別する必要から、球技大会と称されているそうだ。

 いきなり俺がこういう事を言い出したのには、一応の理由がある。

 今、参加選手決めが行われているからだ。

 体育委員の二人が前に出て、話を進めている。

 小笠原先生は、教室の隅に座って黙って見守っていた。

 あくまでも生徒達の自主性に任せるという事なのだろう。


「まずラクロスですが」


 ラクロスの人員は十二名、補欠を入れて二十名らしい。

 デジーレは真っ先に立候補していた。

 皆、歓迎しているところを見ると彼女は上手なのだろうか。

 外国の貴族となるとスポーツを嗜んだりしているのかもな。

 どちらかと言えばライフルや馬術の方が得意そうなイメージなんだが。

 デジーレを見てどんどんと決まっていくのかと思ったけど、案外そうでもなかった。

 後は何となく遠慮し合っているといった感じである。

 他に得意な子はいないのかな。

 まあ、お嬢様達揃いなんだから、いわゆる体育会系のタイプが少なくてもおかしくはないんだけど。

 相羽達もあまり自信なさそうにしていた気がするし。

 ただ、その相羽達は「交流を楽しむのがメイン」と気楽そうにしていたはず。

 参加するのに積極的じゃないのは、何か理由があったりするんだろうか。

 ある程度は遠慮しあうのがマナーだとか?

 そんな馬鹿な、と一笑に付する事ができないのが英陵って学校だと思う。

 ずっと見守っている小笠原先生が何も言わないのは、これくらいの事は織り込み済みだからじゃないんだろうか。

 そう思っていると事態は進展を見せた。


「文香さんは?」


 体育委員がそう声をかけたのである。

 一体誰の事だか分からなかったけど、すぐに知る事になった。

 小早川が反応をしたからだ。

 そう言えば、百合子さんあたりがそう呼んでいたような気がするな。

 女の子の下の名前、教えてもらっていないのに覚えているっていうのはどうなんだろう。

 興味を持っている、仲良くしたがっていると好意的に見てもらえたらいいんだが、いやらしい風に解釈されたりはしないだろうか?

 少なくとも小中学生の頃は、そういう奴が好意的に見られる事はなかったと思う。

 ここは英陵だから女子達の考え方が違う可能性もあるけど、冒険する気にはなれなかった。


「私はバスケットボールに出ようかと思っているのだけど」


「ああ、なるほど」


 体育委員はそれで納得してしまい、あっさりと引き下がる。

 さっぱり話が見えない。

 こっそりと隣のデジーレに尋ねる。


「小早川ってバスケ部だったりするのか?」


「ええ。後、私語は慎みましょうね」


 貴族令嬢は俺の疑問に答えてくれた後、きっちりと注意をしてきた。

 目で謝り、口を停止させて前を見る。

 その際、小笠原先生がこっちの方に目を向けているのが映った。

 おおっと、やばいやばい。

 首を竦めたものの、先生は何も言わなかった。

 デジーレに注意されて反省したからか、それとも体育委員の進行を妨げる事を嫌ったのか。

 いずれにせよ、これ以上は大人しくしておこう。

 ラクロスのメンバーが決まった後、バスケのメンバー決めに移る。

 バスケの方はAチームとBチームを作り、それぞれ十名と九名が振り分けられるようだ。

 これによって俺を除く全員が参加する事になる。

 大会のシステムの全貌は不明だけど、今聞いている限りじゃ試合に出られない子は絶対にいるはずなんだが。

 補欠が校内の大会にしては多いのは、強制的に交代させるルールでもあったりするのかな?

 それから応援合戦とかがあるらしいと聞いたのだが、今のところ何もない。

 これは後から決めるのかもしれないが。

 それとも単に俺が知らないだけだから、いちいちこの場で説明したりしないだけなのか。

 ……こっちの方がずっとありえそうだな。 いずれにせよ、これ以上は大人しくしておこう。

 ラクロスのメンバーが決まった後、バスケのメンバー決めに移る。

 バスケの方はAチームとBチームを作り、それぞれ十名と九名が振り分けられるようだ。

 メンバーの振り分けが終わると、体育委員達は次のような事を言い出した。


「さて、続いて応援合戦ですが、演目を決めたいと思います」


 うん? 演目?

 どういう事だろうと思い、ちらりとデジーレの方を見る。

 だが、彼女は前を向いていて俺の視線には気づかない。

 あるいは気づいても反応はできないのか。

 俺以外の子は全員、きちんと前を向いて体育委員の話に耳を傾けているしな。

 それに小笠原先生に一回睨まれた後でもあるし、デジーレに訊くのは得策じゃないか。

 よし、ここは手を挙げてみよう。

 右手をすっと挙げると、すかさず体育委員が反応してくれた。


「赤松さん。何かご質問ですか?」


 同級生達の視線が一斉に集まるが、怯んではいられない。


「はい、応援合戦とか演目とか詳しい事を知らないのですが、教えてもらってもいいでしょうか?」


 いい子達揃いだから、今訊くなと言われる事はないと思う。

 ただ、礼儀正しく丁寧に後で答えるといった返事がくる可能性は予想していた。


「そうですね、失礼しました」


 ところが体育委員の二人は、俺に謝った後説明を始めてくれる。

 そしてその事に誰も嫌な顔をしなくて、何だかとても申し訳ない……。

 けど、せっかく説明してくれているのだから真面目に聞こう。


「できるだけ最初から説明しますね」


 一組ならば一組、二組ならば二組というように同じ組同士でエール交換をやるのが応援合戦。

 その時、何をするのかを決めるという事だそうだ。

 応援合戦は開会式の後、一年から順にやっていく序盤の目玉イベントなんだとか。

 まず最初に応援合戦から入るのか。

 それに三学年十クラスが全部やるなら、それなりに時間はかかりそうだな。

 続いて大会だが、トーナメント形式で優勝を争う。

 そして敗者復活戦もあるので、最低一試合は出られるチャンスはあるというわけだ。

 試合がない時は同じクラスの友達、親しい相手を応援しに行ってもよい。

 確かにそれだけの試合数をやるなら、一日がかりになるのもおかしくはないか。

 準備と後片付けの時間もいるだろうし、英陵のグラウンドの大きさ的にも何試合も同時にするのは無理だろうし。


「分かりました。ありがとうございます」


 わざわざ手を挙げて話を中断してもらって説明してもらったので、丁寧にお礼を言っておこう。


「いいえ。これも私達の務めですから」


 体育委員達は笑顔で応えてくれた。

 やっぱり性格がいい子達ばかりだよな。

 頬がちょっと赤くなっているような気がしたけど、これは光の加減かな。

 そう自分を納得させた時、不意に小笠原先生が立ち上がった。


「まずどのような演目をするか、先にある程度絞った方がよいでしょう」


 これは提案と言うか助言みたいなものかな。


「そうですね。ありがとうございます」


 体育委員達はうなずき、こちらを向いた。


「それでは小笠原先生のご提案に従い、どのような事をするのか絞っていきたいと思います」


 まず希望がある者がいるかどうか、確認するところからだ。

 チラホラと手を挙げる者がいる。

 先ほどの参加種目決めよりは積極的に見えた。


「ダンスはどうでしょう?」


 一人がそう提案すると別の一人は違う事を言う。


「フルートを吹くというのはいかが?」


 更に違う一人は異なるアイデアを出した。


「太鼓で勇ましい感じを出すというのもありではないでしょうか」


 お嬢様らしい案もあればお嬢様らしからぬ案もある。

 太鼓は却下されたが、打楽器類は認められた。

 打楽器類が何の事を指しているのか、俺には想像もできないんだが。

 いくつか出そろった後、体育委員の一人が言った。


「赤松さんができない事は止めた方がいいかと思うのですけども」


 確かに俺はダンスなんてできないだろう。

 と言うかお嬢様達に混ざって男が一人、ダンスを踊るなんてあまりにもシュールすぎる。


「あ、そうですわね」


 クラスメート達は「そうだった」と言わんばかりにうなずく。

 別に俺の存在を忘れていたわけじゃないよな。

 単に俺が馴染んでいたから、お嬢様達と同じ事をやれと言われても無理だという事を失念していただけだよな。

 クラスメート達を信じてもいいんだよな。

 ……ふう、取り乱しそうになったがもう大丈夫だ。


「失礼ですが、赤松さんができそうな事はどれでしょう?」


 体育委員が当然の質問を投げかけてくる。

 俺は早くも足を引っ張って申し訳ない気分でいっぱいになった。

 と言うのも、ダンスも日本舞踊も無理に決まっているからである。

 ヴァイオリンなんてものがなくて安心したくらいだしな。

 練習したら何とかなりそうなのは、打楽器かフルートくらいではないだろうか。


 その旨を伝えると、他の演目は消されてしまう。

 本当に申し訳ない。

 そこまで考えてふと思いついた事があった。

 再び挙手をして発言をする。


「俺は生徒会役員として、実行委員本部に参加する事になっているんだけど、それでも応援合戦には出なきゃいけないのかな?」


 俺がいないなら、もっと選択肢が増えるんじゃないだろうか。

 なかば罪悪感を軽減する為の質問だった。


「いいえ、そういうわけにはいきませんよ」


 待っていたのは体育委員の否定である。


「応援合戦は、実行委員も必ず参加しなければいけません。それに本当ならば、試合にも出場義務はあるのですよ。赤松さんの場合、あくまでも特例ですから」


「そうだったのか。ごめんなさい」


 謝って席に着く。


「いえいえ、疑問があれば何でも仰って下さいね」


 体育委員達は笑顔でそう言ってくれたが、俺の心は晴れなかった。

 残念だという気持ちが少し、そして皆に申し訳ないという気持ちがたくさんある。

 フルートや打楽器なんかはあくまでも、他のものよりはマシといった程度だ。

 打楽器はカスタネットや木琴があるからまだしも、フルートも演奏した事なんてないからな。

 できればフルートは避けてもらいたいが、皆の事を考えるならフルートの方がいい気はする。

 フルートと打楽器とどちらがいいのかの多数決になった。

 ところで打楽器って具体的には何だ?

 カスタネットとか木琴とかトライアングルみたいなものでいいのか?

 いや、普通ならそうなんだろうけど、ここは英陵だからなぁ。

 何やら俺が知らないものが出てくるんじゃないだろうか。

 それだったら見た事と聞いた事はあるフルートの方がまだマシかもしれない。

 さて、どっちにしようか。

 迷った挙句、打楽器に手を挙げる事にする。

 フルートの方がお嬢様達にはいいにせよ、俺が足を引っ張ってしまう可能性もあるからだ。

 変な気遣いでかえって迷惑をかけるのは避けるべきだろう。

 最悪、演奏をしているフリをしてごまかしてしまおう。

 俺への配慮がされるくらいだから、無理に演奏させようとはしないんじゃないだろうか。

 そう思うのはただの甘えなのかな?

 結論から言おう。

 圧倒的多数で打楽器に決まった。

 ……これはおそらく俺への配慮の表れだな。

 でなければもう少し票が割れていたはず。

 だが、それを顔に出している子は誰もいない。 

 俺が態度に出したら野暮って事になるんじゃないだろうか。

 どうしようか。

 迷ったものの、心の中でだけお礼を言う事にした。


「打楽器に決まったのはいいのですが、具体的には何がいいでしょうか」


「演奏ではなくあくまでも応援が主目的だという事を忘れてはいけませんよね」


 お嬢様達の話し合いに「そうなんだよな」と思わずにはいられなかった。

 あくまでも応援合戦の演目なのである。

 演奏自体が目的になってはいけないのだろう。

 ……中学時代の事を顧みれば、いくつか心当たりがある事はあるのだが、ここでやったらきっと問題になるだろうなぁ。

 俺がいる事がクラスのアドバンテージになれたらいいんだけど、悪い方向に転がるきっかけになる事は慎む事の方が大切だ。

 そう思っていたら不意にデジーレが話しかけてきた。


「ヤス、あなたには何かいい案がありますか?」


 それと同時に何人もの同級生が、いっせいに俺の方を見て思わずたじろいでしまう。

 示し合わせた行為じゃなかったはずなのに、息が合いすぎだ。

 単に庶民のやり方に興味があるだけなのかな。

 いずれにせよ、振られた以上黙っているわけにもいかない。

 役に立たない、頼りにならないというレッテルを貼られるのはご免だからな。


「えーと、中学時代は竹を叩いた演目があったな」


 確か運動会のオープニングで、男女合同でやった。


「竹で? ジェゴクかしら?」


 後ろからそんな声が聞こえる。

 確かめるまでもなく、小早川が反応したのだろう。

 ところでジェゴクって何だ?

 俺が分かるのは地獄かシェイクくらいなんだけど。

 と声に出して言うまでに「ああ、ジェゴクですか」といった反応がちらほら聞こえてくる。

 いや、知っているのが当然の楽器なのか?

 ストラディバリウスとかってやつみたいに、上流階級なら知らない方がおかしいレベルのものだとか?

 とりあえず否定しておかないとまずい事になりそうだな。


「いや、違うよ」


 腹に力を込めて、教室内にはっきり通るように言った。


「あら、そうなんですか?」


 すぐ誤解は訂正できた反面、「じゃあ一体何なのだろう」という疑惑を持たれただろう。

 いちいち確かめるまでもない。


「他に竹を材料にした打楽器なんてあったかしら?」


 ざわざわと言うよりはひそひそと言うべき話し声が複数の場所から起こる。

 これはこれで当然だ。

 お嬢様なクラスメート達にしてみれば、意味不明の存在になってしまっているのだろう。

 何かやばい方向になっているような予感がする。

 でも、今更答えないわけにもいかない。

 どうにでもなれと、ほぼやけくそになって言う事にした。


「竹を二本用意してそれを叩くんです。何ていう名前があるのかは知りませんが」


 つい敬語になってしまう。

 しどろもどろだし、背中に嫌な汗をかいているし、上手く説明できた気はしない。

 だが、いったん口に出した言葉はもう引っ込める事はできない。

 皆の反応を待つしかなかった。


「竹と竹を叩くという事かしら?」


「そんな楽器、聞いた事ありませんわね」


 やはりと言うべき結果だな。

 お嬢様達にしてみれば貧乏くさくて野蛮でやっていられない、なんて思ったりするかもしれない。

 俺に遠慮して口には出さないだろうけど。


「素敵じゃありませんこと?」


「どんな感じになるのか、試してみたいですわ」


 ……あれ? 何か話の展開がおかしいぞ?

 脳内にいくつものクエスチョンを浮かべながら黙って聞いていると、体育委員が手を叩いて注目を集める。


「さて赤松さんの案はどうするか、多数決をとらせてもらいます。賛成の方は手を挙げて下さい」


 もしかしたら何人かは挙げてくれるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いた俺は、次の瞬間絶句してしまった。

 何と大半の子が手を挙げたのである。


「えっと」


 思わず声に出してしまう。

 一体どういう事なんだろうか?


「賛成多数により可決されました」


 体育委員は沈着冷静に告げる。

 まるでこうなる事を予想していたみたいだ。

 さすがにそんな事はないはずだけど、それよりどうしてこうなったんだろう?


「赤松さん、申し訳ないのですけれど、もう少し具体的に説明していただけないでしょうか?」


 いや、そんな分からないものを承認するなよ……。

 ツッコミは声に出さずにやった。

 言っても無駄だと思ったからだ。

 仕方なしに立ち上がり、前に出る。

 同級生達プラス先生の視線を一身に浴びせられるのを感じ、圧迫されるような気分になった。

 でも、入学式の日に味わったほぼ全校生徒から向けられた、異物を見るような目よりはずっとマシである。

 そう自分に言い聞かせる事にした。

 チョークで絵を描きながら説明する。


「このような大きさの竹を叩いて音を出すわけです。一人だと大した音量にはなりませんが、四十人が一斉に叩ければそれなりの量になると思います」


「なるほど、皆さんがやりたいと言うならば、早速手配をしましょう」


 それまで黙って聞いていた小笠原先生がそんな事を言う。

 よく考えたら大会まで一週間もない。

 練習する時間を考えたら失敗じゃないか?


「あの、練習する時間を考えたら失敗だと思います。今からでも他のものにした方がいいんじゃないでしょうか?」


 俺は遅まきながらその事に気がつき、慌てて提案する。


「大丈夫ですよ。応援と言ってもそう難しいものではないですから」


 小笠原先生は優しく微笑むと、ポケットから携帯電話を取り出してボタンをプッシュし始めた。

 いいのかなと思っていると、電話をしまってにこりと笑う。


「今日中に届けてもらえるそうですから、明日から練習ができますね」


 マジかよ。

 今日頼んで今日届くとか、一体どういう伝手を持っているんだろう。

 お嬢様学校最強って事だろうか。

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