5話
再びダンスの授業になり、俺はデジーレと組んだ。
曲に合わせて踊る。
うん、何度も踊っただけはあって、以前よりも格段にやりやすい。
気のせいかもしれないけど、周囲の子達はこっちを見て驚いているようだ。
まだまだそこまで上手くなったわけじゃない。
どれだけヘタクソだったんだって話だよな。
皆いい子達だから、俺が庶民でダンスなんて踊った経験がないから黙認していてくれただけなんじゃないかなって思うよ。
「素晴らしいっ!」
曲を終えると先生が俺にそう話しかけた。
「赤松君、比べ物にならないくらい上達していたね。練習したのかい?」
「ええ」
注目を浴びる心地の悪さを感じたが、「ヒーロー様」と呼ばれるようになってからはずっと似たようなものだと思い直す。
「練習につき合ってくれたクラスメート達のおかげです」
自分一人の手柄にはできない。
他のクラスの百合子さんはここで名前を出していいのか判断しかねたので、とりあえずは同級生のおかげという事にしておこう。
「あら、そうなんだ。でも、誰かに手を差し伸べてもらえるっていうのは君が立派な証よ、ヒーロー様」
「止めて下さい」
からかわれている事は分かるが、だからと言って聞き流せなかった。
言われた回数は最低でも百回は超えていそうだけど、いつまで経っても慣れないよ。
「ヒーロー」呼ばわりされる事に慣れちゃったら、それはそれで問題だとは思うけどな。
「冗談はこれくらいにしておきましょうか」
先生は表情をキリッと引き締めて言った。
「欲を言えば二組の子達とも交流してほしいわね。普段接点がないんでしょうから、難しいかもしれないけど」
俺は返事に困る。
確かに二組の子とはほとんど交流がない。
限られた時間でしか一緒にならないし、生徒会とかでもつき合いはない。
体育の授業でも大体クラスの子が組んでくれるから問題はないのだ。
中学時代なら、人気ある奴のところにはクラスの垣根を越えて人が集まったりしたものだけど、英陵ではそれがない。
休み時間中、他のクラスに遊びに行くような子は誰もいないのだ。
誰かが孤立してしまうのを許さない風土があるっぽいから、全く問題はないんだろうけどな。
友達がいないクラスに配属されたとしても心配無用というわけだ。
ただ、それ故にクラス外の人間と交流は限定的だったりするし、クラス外の友達を増やすのが難しいという現実もある。
それこそが先生にしてみれば問題なのかもしれないな。
特に俺なんて高校から入ったから、友達どころか知り合いすらほぼいないんだし。
とは言え、どうやって話しかけたらいいのかなぁ。
本来ならダンスの練習相手になって欲しいとでも言うところだ。
でも、既に百合子さん達との先約がある。
それを差し置いてっていうのはまずいよな。
人数を増やしていいのか、百合子さんに訊かなきゃいけないし。
どう声をかけるべきなんだ?
誰かに訊くって言うのも情けないよな。
つらつらと考えているうちに、チャイムが鳴った。
先生に挨拶をして解散となるのが通例だが、今日ばかりはそうもいかない。
先生が去った後、二組の子達が意味ありげに俺の事を見てくる。
俺としても先生にああ言われた手前、知らん顔をして教室に戻るわけにもいかなかった。
「えっと、どうしましょうか……?」
どうしたらいいのか分からないというのは、二組の子達も同様だったらしい。
俺は情けないと思いつつも小早川に視線で助けを求める。
「そうね。とりあえず、詳しい話を聞かせてくれる? もちろん着替えながらね」
休み時間は十分しかないので、ここで立ち話をするわけにはいかないんだよなあ。
着替えながらとなると当然俺は弾かれる事になる。
「そうですね。誰と練習したのかしら?」
恵那島が興味津々といった面持ちで疑問の声をあげた。
「それは……」
言っていいのか一瞬迷う。
その隙にデジーレが声を出した。
「わたくしよ。後はリナとユリコね」
堂々とした態度は男らしいという表現すら似合いそうである。
やましい事なんて何一つないんだから、ある意味では当たり前なんだろうけど。
誰かが声を立てた気がするが詳細は分からない。
女の子達と俺とでは着替える場所が違う。
すなわち、途中で別れたのである。
何事もないように祈ろう。
小早川とデジーレがいるんだから大丈夫だと思いたい。
閑散とした教室で手早く着替える。
女の子達の着替え時間は決して短くないけど、俺が着替え終わらない限り入れない事は違いない。
早めに着替えておくのはマナーみたいなものだ。
と言ってもゆっくりしたとしてもものの数分で終わるしな。
制服を着ると教室の扉を開けておく。
これが着替え終了のサインだ。
俺以外は女子ばかりだから、着替え中は締めておかないとワイセツ行為になってしまう。
教科書とノートを取り出して次の授業の準備をしておく事にする。
チャイムが鳴る二、三分前に女子達は一斉に戻ってきた。
ワイワイガヤガヤといった擬音語は彼女達に当てはまらない。
どうなったのか気になってチラリとデジーレを見るが、すっと目を逸らされた。
あれ? 珍しい反応だな……。
デジーレの反応と言うより、その原因となったものを想像して気が滅入ってくる。
二組の女子達との間で何かあったんだろうか?
穏和なお嬢様揃いだから、取っ組み合いの喧嘩が起こったわけじゃないだろうけど。
誰も怪我一つしていないし。
気にはなるけど、さすがに今から話をするほどの時間はない。
幸いこの次は昼休みだ。
飯でも食べながら聞くとしよう。
飯がまずくなるような話にならなかったらいいなぁ。
昼休みになると俺は移動しなかった。
小早川もデジーレもすぐ近くにいるんだから必要を感じない。
体の向きをずらして二人とも視界に入るようにして、二人に声をかけた。
「話、どうなったか訊いてもいいか?」
「ええ。食堂でもいいかしら?」
小早川の問いかけに俺とデジーレはうなずく。
うん、デジーレと小早川と三人でって事になるのか?
何気に珍しい組み合わせだな。
二人と三人だけっていうのは以前に学食を利用した時以来になるんじゃないだろうか。
基本、それぞれのグループのリーダー格だし、俺の世話を焼く時以外では一緒になる事は少ない。
もちろん俺が知っている範囲での話で、知らないところで仲よくしている可能性は否めない。
女子の交友関係なんてさっぱり分からないからな。
俺はデジーレと小早川の後をついて歩く。
相変わらず「男がエスコートをしろ」なんて言われる気配はない。
二人きりでデートしているわけじゃないから当たり前か。
それともただの偏見か。
益体もない事をつらつらと考える。
予想される今後の展開から目を背けているわけじゃない。
ただ、必要以上に身構えていても仕方ないと思うんだ。
もしかしたら単に開き直っているだけなのかもしれないな。
自覚ができていないだけで。
食堂の前には見覚えのある女の子が二人立っていた。
確かどちらも二組の子じゃなかったかな。
さっき体育の時間で見たばかりだから覚えている。
そうでなかったら、接点のない子がどのクラスかなんてさすがに分からない。
「ごきげんよう、皆様」
二人の女の子は優雅に微笑みかけてくる。
英陵の子だけあってこんな芝居がかった挨拶に全く違和感というものがない。
幼少の頃からずっとしてきたんだろう。
「ごきげんよう」
デジーレと小早川もナチュラルに返す。
俺も普通に挨拶をしておく。
「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
二組コンビの問いかけは俺達全員に対してのもののようでいて、その実は俺のみに絞られている。
断言できるのは二人とも俺しか見ていないからだ。
恐らく着替え時間にでもデジーレと小早川には伝えてあるのだろう。
「ええ」
二人が了承した事なら、俺が突っぱねるわけにもいかない。
別にとって食われるわけじゃないし、素直に受けておこう。
小早川とデジーレならいざと言う時、味方になってくれると計算できるしな。
大人数用の卓を選んで座る。
すかさず注文を取りに来たので先にメニューを決めた。
皆よどみなく決めてしまうのは、すごいな。
食べたいものを事前に決めているのか、それともこだわりでもあるのか?
俺は迷った挙句、前回食べたものと同じものを頼む事にした。
こういうのは無難なのが一番だと思う。
英陵だから変なものは出ないだろうけど、俺の口に合わないものが出てくる可能性は充分ありえるだろう。
メイドさんが下がると示し合わせたわけでもないのに俺達の視線はぶつかりあった。
「赤松様よろしいですか?」
二組の女子の改まった態度に俺は背筋を伸ばしてからうなずく。
「今度、私達の家で一緒にという話が出ているのですが、ご都合はいかがでしょうか?」
俺の知らないうちにとは思ったものの、女の子達の緊張した様子が咎める気をなくす。
あくまでも要望を伝えているだけで、決定権は俺にあるって事なのだろう。
スケジュールに問題がないなら構わないとは思うけど、一つ釘を刺しておかないといけない点がある。
「聞いているかもしれないけど、百合子さんやデジーレと一緒に練習する先約があるんだよ。その後になっても構わないかい?」
一応人数追加、という選択がないわけじゃない。
でも、独断でそれを決めたら無神経なんじゃないだろうか。
自分が招待主ならまだしも、百合子さんの家にお邪魔するわけだからな。
その人に断りなく決めるのは、人としてどうなんだって問題になるだろう。
「はい、もちろんです」
二組女子達は即答した。
さすがに横入りとかは考えてないって事だろうか。
お嬢様達だし、そのあたりの礼儀はきちんとしているのかな。
「百合子様の後でお願いできるでしょうか?」
どこか媚びるような目を向けられる。
それなら別に問題はないかな。
デジーレと小早川の反応をうかがいたい気持ちに駆られたが、いちいち二人の顔色を確認するのも情けないかな。
「それなら大丈夫だと思う」
弱気な自分を振り払うような気分で返事をした。
「よかった」
二人の女の子は花が満開になるような、素敵な笑顔になる。
美少女の笑顔っていいよなと思いつつ、見とれるわけにはいかないと自分を戒めておく。
ちらりと同級生コンビの反応を横目でうかがうと、両者は特に感情を浮かべていない。
怒りや呆れが見られないなら、俺の選択肢は間違っていなかったという事になるのかな。
そう思い自分を採点していると、小早川が口を開いた。
「この子達の後が私達ね」
ごくさりげない様子だったので、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
理解した後、まじまじと小早川の顔を見つめてしまう。
我らが学級委員長は、真剣な顔で見つめ返してくる。
「なに? 私達はダメなのかしら?」
「いや、そういう事じゃないんだけど……」
どちらかと言えば意外で驚いたのだ。
小早川とか、こういう事に手を挙げるようなタイプには見えなかったから。
いや、ちょっと待てよ。
もしかすると俺が思っているより事態がよくないのかもしれない。
考えてみれば、いくらダンスの特訓だと言っても、これまでほとんど接点がなかった子とやるのもどうかって話だよな。
色んな子と交流を持てって先生に言われて、その時は納得したけど。
小早川も似たような事を考えていて、自分が事態を把握する必要性を感じたのかも。
それなら色々と腑に落ちる。
「小早川はそれでいいのか?」
念の為、確認してみた。
「いいとか悪いとかいうレベルを超えていると認識してもらえると助かるわね」
ため息をつかれる。
どうやら俺の予想は外れてはいないようだな。
何でこんな展開になったのか。
きっと原因は「ヒーロー様」と呼ばれるようになったからだろう。
英陵の子達は全員やんごとなきお嬢様達である。
大切に育てられた箱入り娘揃いだから、当然若い男に免疫がない。
故に俺の存在が珍しく、多少のエピソードが色々と誇張されたり美化されて広まっている。
だから俺との接点を欲しがっている子は多い。
ただし、いいところのお嬢様達ばかりだから、面と向かって言ってくるようなはしたない真似をする子はほぼいない。
ほぼ、と言ったのは百合子さんを思い出したからだ。
彼女の場合、色々と例外な気がするけど、一応こっちに分類しておこう。
……うん、整理してみると謎は解けたかなって気はする。
こうなってきたら、ある程度色んな子と接点を増やした方がいいのかもしれないな。
珍しくなくなったら今みたいな状況は自然と消えるだろう。
クラスメート達がいい例だ。
彼女達が好奇心たっぷりの視線を送ってきていたのはものの数日で、今ではすっかりただのクラスメートや友達になっている。
それと同じ事をより大きな規模でやればいいのだ。
規模が大きくなるだけに労力も必要だろうけど。
「何となく理解はしたよ」
とりあえずお疲れ気味の委員長さんにそう返事をしておく。
「ヒーロー様、素敵ですものね」
二組の女子達がひそひそとそんな事を言っているのが聞こえた。
これは聞こえなかったフリをした方がいいよな。
そもそもどう反応していいのか分からん。
とりあえず「物珍しさフィルター」がかかっている事は想像がつく。
「せっかくだから自己紹介でもする?」
小早川の提案で、俺は二組女子達と自己紹介をしあった。
この言い方で理解してもらえたと思うけど、俺達は互いの事をろくに知らなかったのである。
もしかすると向こうは俺の事を知っているのかもしれないが。
いや、ほぼ確実に知っているだろうな。
どれくらい知っているのかは分からないけど。
そうこうしている間に料理が運ばれてくる。
ボリュームは俺のものが一番多い。
お嬢様だからじゃなくて単純に女子だから俺より小食なんだろうな。
「赤松様はそういったものがお好きなのですか?」
二組の小松さんが興味深げに尋ねてくる。
「いや、実はよく分からないメニューが多くて……」
前に頼んだ事があるものを選んだのだと説明した。
小早川とデジーレがいるところで格好つけても無駄だからな。
「そうなのですか。これはツバメの巣のスープが入っていて、美味なのですよ」
「へえ」
とりあえず相槌を打っておいたが、特に驚きもないし感心もしない。
ツバメの巣が高級食材だと耳にした事はあったけど、本当の話だったのかと思ったくらいだ。
「せっかくの機会だから今のうちに食べておこう、などと思われないのですか?」
もう一人、水田が訊いてくる。
なるほど、そういう疑問もあるか。
「下手に舌が肥えたりしたら、卒業してから困りそうだからなぁ。一度上がった水準は下げられないって言うし」
むしろ今のところ影響が出ていない方がびっくりだ。
厳密に言えば全く出ていないわけじゃないけどな。
母さんや千香の料理も美味しいんだけど、英陵で出されるものにはとても敵わない。
そもそも材料からして違うんだろうから、やむを得ないと言えばそれまでだが。
「あら? 赤松様、大学はどうなさるおつもりなのですか?」
そりゃ外部の大学に行くに決まっている。
そう言いかけて止めた。
二組の子達だけじゃなくて、デジーレや小早川までが不思議そうな顔をしていたからだ。
高校を卒業して云々という言葉に対する返事がこれって事は……。
「もしかして俺、大学に行けるの?」
英陵に大学がある事は知っている。
しかし、当然の事ながら女子大学であり、男は教授だとか事務職員だとかそういった人だけのはずだ。
「このまま共学化が進めば、当然大学も男子の受け入れが始まると思うけど」
小早川の言葉を咀嚼するのに少し時間がかかる。
「え? そうなのか?」
てっきり高校三年だけだと思っていた。
「そのあたりはヤス次第かもしれませんけどね」
デジーレが慎重に言う。
「うん」
もし大学も高校並みの特典があるなら、とても嬉しいんだが。
英陵女子大学は決してレベルが高い大学ではないが、低くもないし。
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