extra
赤松君はとても凄い人だと思う。
英陵史上初めてにして唯一の男子生徒。
それが彼の肩書だ。
だから最初はとても特別な人だと思っていた。
けれど、それはすぐに打ち砕かれる。
彼は穏やかで気配りができる、とても普通な人だった。
そんな彼に私、相羽リナは親近感を覚えた。
もっとも、それも長続きはしなかったけれど。
彼は何と生徒会役員メンバーに選ばれてしまう。
皆で話を聞いたところ、彼は事と次第の凄さを理解していなかったように思えた。
生徒会長の姫小路翠子様。
あの姫小路一族直系の人間で、ため息も出ないくらいお綺麗な人だ。
単にそれだけじゃなくて、優しくて気さくで、私はああいう人に生まれたかったと憧れる。
副会長の高遠まどか様。
総合商社・鉄鋼・流通・自動車などを傘下に持つ高遠コンツェルンのお嬢様。
沈着冷静と言う言葉がぴったりな人で、厳しいけどかっこいいと思う子達も多い。
もう一人の副会長、水倉朱莉様。
みずとフィナンシャルグループなんて、普通に目にする巨大金融グループだ。
それで穏和で優しいという反則な方だと思う。
生徒会会計の藤村瑞穂様。
藤村財閥を知らない人なんてこの国に果たしているんだろうか?
ご本人は大人しく控えめな方だけど、それだけ大切に育てられてきたのだろう。
最後に生徒会書記の内田智子様。
お家は首都メディアホールディングスで、傘下には三大新聞と五大テレビ局、更にはいくつもの雑誌があるという。
やはり気さくでどこかお嬢様らしからぬところもある方だ。
こうしてみれば分かるように、そうそうたる顔ぶれなんです。
おまけにどなたもご自身の家を鼻にかけないような、立派な方々なのだからたまらない。
ファンの子が多いのも当たり前だと思う。
……本当、私とは大違い。
私の実家はウィングコーヒーという、コーヒーのチェーン店を経営している。
一応、年商は一千億を突破したらしいけど、そんなのは英陵では下から数えた方が早い。
おまけに創業したのは私が生まれる数年前だから、歴史も浅い。
嫌な言い方をあえてするなら、ところによってはお嬢様扱いしてもらえるのだろう。
ところが、英陵においては「成り上がり者」にすらなれない。
英陵においては年商数千億規模になって初めて成功者扱いされるようだ。
誰も口に出しては言わないし、ここの子達は陰口も叩かない。
下品で恥知らずな真似はしないのだ。
でも、何年もいれば何となくではあるけれど、段々と分かってくる。
皆が優しくしてくれるのは、困っている人に手を差し伸べる感覚なのだと。
……半分くらい、もしかしたらほとんど私の被害妄想なのかもしれない。
それでも自分の家が嫌だったし、私の為に必死にお金を稼いで、私と過ごす時間も作ってくれている家族に対してそんな気持ちを抱いてしまう自分が何よりも嫌いだった。
そういう誰にも言えない鬱屈した気持ちを抱えているところに、赤松君はやってきたのだった。
同世代の男の子と話したのは、恐らく物心がついてから初めてだと思う。
だから初めは怖かったけど、すぐに怖い人じゃないと思った。
下の名前で呼ぶのはとても恥ずかしかったので、結局呼べていないのだけど。
生徒会役員に男子がなった時の反応は凄かった。
と言っても声に出して騒ぐ子がいないのが、英陵というところ。
あっという間に彼に関する情報が広まってしまう。
男子生徒という事でどうしても警戒心が生まれるのだ。
正道寺先輩が率いる風紀委員も、彼に対しては厳しい目を向けていた。
それを変えたのは赤松君自身だった。
彼は意識したわけじゃないだろうけれど、ボートが転覆した時、何のためらいもなく川に飛び込んだ。
実は水深がとても浅いところだったので何事もなかったけど、あの瞬間の彼はとても恰好よかった。
そう思ったのは私だけじゃないと思う。
助けられた百合子さんはどう見ても彼を意識していたし、他の子達も見る目が変わっていた。
とどめになったのは、翠子様の件だろう。
階段から落ちそうになったところを助けただけなんだけど、それが翠子様だというのが大きかった。
今や彼は英陵の「ヒーロー」だった。
もう彼の事を警戒したりする子はいないと思う。
はしたなくならない程度に熱い視線を送る子なら、何人もいそうだけれど。
そんな赤松君が凄いところはまだある。
今、ウィングコーヒーの店で「打ち上げ」というものをやっているのだ。
何でもお互いの労をねぎらいあうパーティーみたいなものらしい。
そしてそこに生徒会役員の先輩がた全員いらっしゃっている。
はっきり言ってクラスメート達は緊張してしまって、パーティーを楽しめていないだろう。
例外はデジーと赤松君くらいだろうか。
貴族の娘であり、国賓クラスがいるパーティーにも参加した事があるというデジーが落ち着いているのはまだ分かるけれど、赤松君はどうして落ち着いていられるんだろう。
生徒会で一緒だからだろうか。
私なんてよく味が分からないのに。
「先輩がた、どうですか?」
不意に赤松君がそんな問いを発する。
一瞬だけ皆の動きが止まった。
彼は気づいていないかもしれないけれど、誰もが先輩達の評価を気にしているのだろう。
「味もいいし、落ち着いた雰囲気で、いいお店ですね」
姫小路先輩はそう仰った。
「ええ。あまり来れないでしょうが、機会があればまた来たいですね」
続いて高遠先輩も。
信じられない。
あのお二方がこんな事を仰るなんて。
でも、それが現実だった。
クラスメートも次々に褒めてくれる。
私への義理という事はない。
姫小路先輩は、私達生徒に対しては優しいけれど、こういうお店に対しては別のはず。
高遠先輩もだ。
赤松君が先輩達に事前に頼んでおいたとしても、こんな結果にはならない。
そっと肩に手を置かれたので振り向くと、案の定デジーが微笑んでいた。
私の今の気持ちなんて見透かされているのだろう。
……私は素直に赤松君に感謝できない。
ただ、家族や従業員の皆への罪悪感でいっぱいだった。
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