extra

さて、いきなりだが困った。

 体育の授業なんだが、俺はどこで着替えればいいんだろうか。

 男子が一人しかいないという事で、授業は女子と一緒らしいんだが……。

 聞けば女子達は更衣室に移動して着替えるという。

 体育の授業で着替える為の部屋があるとか、やはり金持ち学校なんだろうか。

 それはいいとして、問題は俺自身の着替えである。

 とりあえず先生に相談した。


「そうですね。とりあえず教室で着替えて下さい」


「え? ここでですか?」


 クラスで一人、他に誰もいないところで着替えるのか。

 いや、一人しかいないのはどこでも同じだけど。

 小笠原先生は真顔でうなずく。


「そうですね。球技大会の時は困るでしょうから、職員室で議題に出しておきましょう」


 それではと先生は去って行った。

 球技大会とかもあるのか。

 そりゃあるんだろうけど、俺はどうすればいいんだ。

 ……考えていても埒は明かないだろうから、着替えようか。

 英陵の体操服はオーソドックスなもので、白い服に青のハーフパンツだった。

 せいぜい膝頭が見える程度である。

 まあ、お嬢様学校がブルマを使っているとは思わなかったので意外ではない。

 制服と比べて体のラインがはっきりと分かる気がするけど、まじまじと見るわけにもいかない。

 後ろにいたら前の女子達をまじまじと見てしまうだろうから、思い切って先頭に立った。

 この間、誰も俺に話しかけてくれない。

 少なくとも心理的な意味では遠くから見守っている、といった感じだろうか。

 デジーレや相羽、小早川あたりならと思ったんだけどな……。

 もうちょっと自分から話しかけていく努力をした方がいいのかもしれない。

 チャイムの音が聞こえるのとほぼ同時に、体育担当の先生が姿を見せた。


「やあ、初めまして。君たちの担当の江藤だ。一年間よろしく」


 ショートカットの江藤先生は、ボーイッシュな顔立ちと言葉使いの人だった。

 ここが女子高だったと考えれば、珍しい人種だと言えるかもしれない。

 礼儀とか言葉使いとか煩そうな学校だと思うんだけど、教師は例外なのかな。


「気をつけ」


 おっと、小早川の号令がかかった。

 慌てて背筋を伸ばす。


「礼」


「よろしくお願いします」


 全員同時にお辞儀し、先生にあいさつをする。

 なるほど、ここじゃそういう風にするんだな。

 しかし、それならそうと前もって一言言っておいてくれればよかったのに。

 あ、単純に他は違うと思わなかったのかな。

 意地悪をされたわけじゃないと思いたい……。 


「うん、よろしくね。さてと」


 先生は笑顔を消して俺の方をまじまじと見る。

 やっぱり目立つんだろうなぁ。


「唯一の男子ってのは君だね。一年間、一緒に頑張っていこう」


 爽やかな笑顔で言われた。

 男女が逆だったらときめいていたかもしれない。

 かなり本気で思ったほど魅力的な笑顔である。


「よろしくお願いします」


 わざわざ個別で言われたんだから、改めてあいさつをした方がいいだろう。

 そう判断したのだが、先生が満足げにうなずいているのを見て、誤りじゃなかったと安堵する。


「礼儀正しい子で何より」


 いちいち感心されるのは面はゆいが、嫌われるよりはマシだ。

 そう自分に言い聞かせる。


「さて、初めての授業だが、今日は軽く運動といこう」


 何だかあやふやな言い回しだなというのが率直なところだ。

 これが男子校だったら校外ランニングだったりするかもしれないけど、元女子高なんだからそのへんは大丈夫だよな?

 俺の不安は次の瞬間には消えていた。


「まずは準備体操、ストレッチからだな」


 先生はそう告げたからである。

 こうして俺の初めての体育の授業は始まった。

 女子と一緒というところで時折目のやり場に困る時があり、女子達が急に露骨に距離を取るようになって焦ったら、彼女達が自身の汗の臭いを気にしていただけだったり、となどといった事が起こるようになる。

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