エピローグ(裏)
どこかにある、豪華な一室にて。
「赤松康弘か。意外と普通だったな」
「C○Aや特殊警察のふるいを突破しただけのことはある」
何人かの人物が一人の少年について語っている。
概ね評価は好意的だった。
そのうち一人が上座にたたずむ男性に問いかける。
「どうして彼には何もさせなかったのですか? 準備や片づけでもやらせればよかったではないですか?」
「それでは特別扱いすることになってしまう。男子と女子の違いを理由とした区別はやむを得ないが、それ以外では公正に扱うのがルールだよ」
上座の男性は穏やかに言った。
偉ぶったところは少しもないのに、周囲の人間は奇妙に委縮している。
その男性の答えに納得できなかったのか、質問者は食い下がった。
「しかし、それでは彼が一体感を味わうのは難しくなるはずですが? 現に一人ぽつんと所在なさげにしていたではないですか?」
質問者の発言に同調する声がいくつもあがる。
彼らはみな、赤松康弘という少年に対して好意的であるようだ。
ところが、上座の男性は冷淡な態度を示す。
「別にそれはかまわない。彼がいつまでも英陵の学生であり続けるとはかぎらないからね。彼に課せられたテストは、まだ終わってはいないのだ」
「それは意外ですね」
これまで沈黙を守っていた一人の男性が声をあげた。
「あなたはてっきり、赤松康弘君に対して好意的だと思っていましたが。何故、未だに彼に厳しい態度をとるのですか?」
「意外なのはむしろこちらだよ。桔梗院は彼の入学に対して、最後まで反対していたじゃないか? どうして、ここにきて好意的にな立場になったのかな?」
上座の男性は眉を動かし、本当に意外そうな表情を作ってみせる。
質問に対して質問で返すような行為だったが、彼がそうしても誰一人として異を唱えることはない。
咎めるという発想すらできないような相手なのだと、この場の参加者たちはよく知っている。
桔梗院と呼ばれた男性は、ほろ苦い顔になりつつ応じた。
「彼は溺れた娘を助けてくれた人物ですからね。水深は浅かったと言え、我が娘では本当に危なかったのです。可愛い娘を救ってくれた相手に敵意を持ち続けるのは難しいのが、親心というものです」
胸の内を明かして嘆息する。
娘に取り入ろうとしての行動であれば容赦はしないが、そういう人物ではないとあらゆる情報を集めた結果出ていた。
「ホワイトハウスも震え上がる桔梗院殿と言えど、やはり人の親だったということですな」
そんな桔梗院に対して、何名かが声をかける。
いずれも温かみがあり、嘲弄や冷笑とは無縁だった。
「お恥ずかしい話ですがね。娘は何も言わないようですが、どうも彼と結ばれることさえ望んでいる節があります」
桔梗院は本当に恥ずかしそうな様子でそんなことを言うと、次々に驚きの声があがる。
「何ですと!?」
「百合子様がですか!?」
誰もが目を見開き、腰を浮かしているところから、どれほどの衝撃が走ったのかがうかがえた。
その爆弾を投げ込んだ張本人はクールに困惑するといった態度のまま、更に言葉を続ける。
「私としては娘が幸せならば、それもありだと思っていますよ。もちろん、今のままでは一族の中枢に参加させるわけにはいきませんが」
「なっ……」
誰もが絶句してしまう。
場からは音が消えてしまったかのようであった。
ただの庶民の息子が桔梗院の娘と結婚する。
それが一体どのような意味になるのか、想像ができぬ者などここにはいない。
成り上がりだとかシンデレラボーイといった言葉も過小評価に感じられる。
「ずいぶんと大胆な発言だね」
だが、その熱気も上座の男性の発した一言で冷めてしまう。
「あくまでも可能性の話です」
桔梗院と呼ばれる男は冷静に返した。
「ふむ。それでは我が娘がどう出てもよいということか」
「はい」
両者の間で見えない火花が散ったと、他の一同は錯覚する。
その後は当たり障りのない話題ばかりが出され、やがて場は解散となった。
桔梗院と呼ばれていた男のところへ、何人かが集まってくる。
「それにしても驚きましたよ。まさかあなたがあのようなことをおっしゃるとは」
「本心ですよ」
桔梗院百合子の父たる男は穏やかに微笑む。
娘の面影が映し出せそうな、上品な動作だった。
「ただ、姫小路様の胸の内がさっぱり読めない以上、油断しない方がいいでしょうね。赤松君の為にも」
彼は周囲のみならず、己自身にも警句を発する。
「確かに。学校経営は順調ですし、傾いたところで姫小路家の財力なら簡単に叩き直せるはずですからな」
取り巻きの一人がすぐに賛同した。
「いや、そもそもが危うくなるとさえ考えにくい。一体どこにあの方の真意があるのか」
別の一人がそんな事を言い出す。
ただ、その表情には明らかに憚りがあった。
たとえその場にいなくとも、変わらず畏怖される存在であることが伝わってくる。
例外と言えば桔梗院くらいだが、その彼も遠慮しているのはたしかであった。
「まあ、別に赤松君に含むところがあるわけではなさそうですから、私は様子見させていただきますね」
「そうですな。それがいいかもしれませんな」
他の者たちも口々に賛同する。
結局、姫小路家は赤松康弘という平凡な少年に何を望んでいるのか、突き止めることはできなかった。
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