13

それからは練習、練習、練習の日々だった。


 お嬢様たちが嫌な顔を少しも見せずに付き合ってくれるおかげで、何とか過ごせている。


 俺は知らないことだらけ、できないことだらけなんだと改めて思い知らせてしまう。


 そんな自分が情けないと思う瞬間は多いものの、それではお嬢様たちの気持ちはどうなるのだと自分を叱咤する。


 彼女たちは自分のプライベートの時間を削ってまで、俺の面倒を見てくれているのだ。


 頑張って結果を出せなければ、彼女たちに申し訳が立たない。




「……これなら、大丈夫でしょう。気休めではなくてね」




 ある時、とうとうデジーレがそう評し、褒めてくれた。




「やった、やった!」




 俺は思わず叫びたくなるのをぐっとこらえて、ガッツポーズをする。


 デジーレは音楽に関しては非常に厳しかった。


 手心なしで評価してくれるように頼んだことを後悔しかけたほどに。


 だからこそ、ほめてもらえたのが余計にうれしかった。




「やりましたね!」




「たしかにお見事でしたわ」




「この間まで素人だったなんて、とても信じられません」




 他のお嬢様たちも次々に褒めてくれる。


 いつもならば照れくさくなって逃げるところだが、今だけはもっと褒めてもらいたい。


 今は放課後、場所はデジーレが住んでいるマンションの一区画だ。


 同じフロアに別の住人はいない上に、防音対策が完璧ということで練習場として使わせてもらっていたのである。




「みんながそう言ってくれるなら、大丈夫そうだね」




 これまでは困った顔をされることが多く、デジーレ以外ははっきり言ってくれなかった。


 それが笑顔が並んでいるのだから、うれしいことはない。


 もっとも、我がことのようにうれしいというのは半分くらいで、残り半分は安堵の気持ちだろう。


 ……この子たちのことだから、前者が八割くらいの可能性は否定できないが。




「後はダンスか。何人と踊ればいいんだろう?」




「一人当たり三分前後で二時間ですから、単純計算で四十人ほどでしょうか」




 大崎がぱっと答えてくれる。


 そうだよな、一時間は六十分だし、一人と三分踊るなら二時間じゃ四十人くらいになるよな。


 とっさにそんな計算もできないなんて、相当疲れているのか。




「十五分ほど休憩いたしましょう」




 デジーレが笑顔で言って、壁際の赤いブザーを押す。


 これを押せばメイドさんがやってくるため、デジーレが人数分の飲み物を用意するように命じた。




「四十人か……」




 全員に見られているものの、踊る必要はないと思えば少しは気楽である。


 ただ、誰と踊るのかがひとつの問題であるらしい。


 小早川に尋ねてみると、視線を虚空にさまよわせながら考え始める。




「生徒会の皆さまが先になるかしら。それから私たちだけど、紫子さまや季理子さまがお望みになれば、私たちは譲らないといけないし……だからと言って同じクラスの人と一人も踊らないというのは慣例的に問題だし」




 何やら大変そうな気配がただよってきた。


 翠子さんと高遠先輩が望めば逆らえないのは分かるし、生徒会のメンバーとは全員踊った方がいいというのも何となく分かる。


 でも、それ以上入れるとこのクラスの子たちとは、何人かが踊れないんだよな。




「いいのか? クラスメート全員と踊れない可能性が高くなるけど」




「私たちは外れるべきでしょうね。練習に来られなかった子たちを優先してあげて」




 小早川は割り切った態度で言う。


 彼女はともかく、他のメンツも全員落ち着いた様子だった。


 自分たちが俺とパーティーで踊らないということは、すでに理解し受け入れてくれているのだろうか。




「みんなのヒーロー様を独占している、と思われるとわたくしたちも肩身が狭いですからね」




 と言って悪戯っぽく微笑んだのはデジーレである。




「そうよねー、赤松さまと同じクラスになりたかったと、初等部からのお友達に真顔で言われましたもの」




「あれは少し怖かったわ」




「どうしてあなただけがと言われても、クラス編成は先生がたがお決めになることですものね」




 慎ましいひそひそ話がいくつも発生し、俺は目を白黒させた。


 何やらお嬢様同士のバトルでもあるのかとびびる。


 さすがにこれは気のせいで片づけられないよなあ。




「何だか申し訳ないな」




 罪悪感に耐えかねてぼそりと言うと、彼女たちが慌てる。




「い、いえ! 赤松さんが悪いわけじゃないですから!」




「そうです! 誰だって時には運命に涙するのです!」




 いきなり運命とか壮大なスケールにされても、と戸惑うが相手はお嬢様だからな。


 庶民の男には理解できない感覚をお持ちなのだろう。


 別に嫌味や皮肉を言っているわけじゃない。


 乙女心の難しさは理解できそうにないから、そういう結論を出しておくのが無難なんだ。




「残りのメンバーは百合子さんはいらっしゃるとして、他の方々はどうかしら」




「百合子さんがいらっしゃるなら、紫子さまもいらっしゃるのではなくて?」




「それから季理子さまでしょうか」




 ああ、たしかにその三人とは踊ることになりそうな予感はしていたよ。


 他のメンバーは正直、顔と名前を一致させられるか不安だし、止めておきたいところなんだが……クラスメートを優先させたいという俺の主張は果たして通るんだろうか?


 言えば通りそうだけど、その分不満が彼女たちに向かってしまいそうな気がする。


 感情とは理屈ではない。


 それは分かるが、じゃあどうすればお嬢様たちは納得してくれるんだろう?


 考えても分からない以上、誰かに聞いてみるしかないか。


 同学年のことだけなら小早川かデジーレでいいけど、二年もいるとなると上級生の方がいいだろうか?


 姫小路先ぱ……翠子さんに聞くのが最強かな?


 いや、高遠先輩の方がいいだろうか?


 翠子さんは絶対的存在みたいだから、言えば全部それがまかり通ってしまう節があるしな。


 どうしても上手くまとまらなった時は、翠子さんの力を借りるしかないけど……。


 でもまあ大丈夫だろう。


 信じたいと言った方が正しいかな。


 英陵のお嬢様たちなら信じられる。


 生徒会選挙だって彼女たちは立候補してこないだろう。


 と思ったところで、いい機会だから聞いておこうと思いつく。




「生徒会選挙?」




 小早川はどうして今聞くのだと不思議そうだったが、教えてくれた。  




「生徒会選挙は文化祭の後、ダンスパーティーの前になるわね。新生徒会の初めての仕事がダンスパーティーなのよ」




「基本、新役員は全て現会長が指名して、承認するか否かの信任投票が行われるわ。翠子さまの推薦に異を唱える人なんていないだろうから、問題ないでしょう」




 彼女の発言を聞いて俺は自分が副会長に指名されると打ち明けるべきか、少し迷う。


 だが、ここで隠し事をするようなまねは避けた方がよいと思い打ち明けた。




「赤松さんが副会長っ?」




 お嬢様たちからは悲鳴に近い叫び、ざわめきがさざ波のように起こる。


 この子たちでこの反応となると、外でなら大騒動レベルになるんじゃないだろうか。




「い、いいんでしょうか?」




「赤松君はれっきとしたわが校の生徒なのだから、いいに決まっているでしょう?」




「いえ、そうではなくて、男子生徒が副会長というのはどうなのでしょう?」




「来年も男子生徒を取るなら、いいアピールになるのではなくて?」




「え、そういう話聞いた覚えが」




 何やらすごい勢いで情報が飛び交い始めていて、正直ついていけない。


 というか男子生徒が副会長なのはよくないって、この子たちも思うんだなあ。


 それと来年男子は来ないらしいよ……一人くらい来てほしいものだが。


 どうして知っていると尋ねられると英輔さんのことを言うしかないので、黙っておこうかな。


 今さら言うのもなんだけど、翠子さんの父親って時点で相当大物だよなあ。


 気さくで人当たりがいいせいで全然緊張しなかったが。


 むしろいい年して鉄道趣味を持っているとは……げふんげふん。


 ざわめきは小早川のリーダーシップで鎮められた。




「あなたが指名されるなら、同じクラスのよしみだし応援するわよ。たぶん、不信任の心配はいらないと思うけれど」




 彼女が言い、他の子たちもいっせいに支持を表明してくれたのはうれしい。


 だが、同時にもう後戻りはできない予感がしたのも事実だった。

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