12

 放課後、俺は帰ろうとするところを小早川とデジーレに呼び止められる。




「頼んでいたものが届いているから、受け取ってくれる?」




 と小早川が言えばデジーレも




「さっそくあなたとお会いしたいという者が見つかりました。そのことで相談したいのですが」




 と言ってきた。


 相変わらず展開の速さが尋常じゃないよな。


 普通そんな簡単に用意されるようなもんじゃないだろうに。


 さてどうしようか。




「小早川のは荷物なのか? だったらまず先にそれを受け取っておこうと思うんだけど」




 俺の発言にうなずいた彼女は携帯を取り出す。


 あっ、しまったな。


 たとえお嬢様の関係者でも許可なしに敷地内への立ち入りは厳しいはずだ。


 俺が学校の外に出た方が早かったんじゃないのか。


 それだったらそこでデジーレが引き合わせたいって人にも会えただろうし。


 携帯電話をしまった彼女は俺に向きなおって笑いかける。




「これから向かうから外で待っているように言っておいたわ。その方がデジーレも紹介しやすいでしょう」




「ええ、それでお願いします」




 何食わぬ顔で俺のいたらなさをフォローしてくれたお嬢様がたに黙って頭を下げておいた。 


 ひとまず生徒会に行って先輩たちに断っておかなければいけないだろう。


 ……こういう時のためにも連絡先を教えておいてもらえると助かるんだけどなあ。


 そこまで考えて、翠子先輩のメールアドレスを教えてもらっていたことを思い出す。


 よし、さっそく打とう。




「ごめん、少しだけ待ってくれるかな」




 二人にそう声をかけて携帯を取り出して先輩に遅れる旨を送信する。


 すると二人は愕然とした様子で俺の携帯を見ていた。


 たしかに校内で使ったのは初めてかもしれないけど、何もそこまで驚くことはないじゃないか。


 思っても言えないため、遠回しに訊いてみる。




「俺が携帯を使っているところを見るのは初めてだっけ?」




「えっと……どなたに連絡をしたのですか?」




 デジーレの表情は珍しくぎこちなく、目は若干見開いていた。


 こんな貴族令嬢の姿を見るのは非常にレアかもしれない。




「え、姫小路先輩だけど」




 これまでの流れ的に生徒会の誰かに連絡したとデジーレや小早川なら分かりそうなもんだが……。


 それとも姫小路先輩の連絡先、意外とみんな知らなかったりするんだろうか。




「い、いつの間に?」




「よ、よりにもよって翠子様?」




 二人とも動揺は露骨で、いつもの淑やかさはどこへやらである。


 これまで散々世話になってきた手前、素知らぬふりを決め込んでおこう。


 二人がこそこそ小声で話をはじめたのも黙って待機する。


 翠子先輩はそれだけ英陵のお嬢様がたの中でも強大な存在なのだ。


 しばらく待っていると二人はようやく俺を放り出していることを思い出したらしい。


 ぎこちない咳ばらいをした後、デジーレがとりつくろうような笑顔を向ける。




「お待たせいたしました。それでは参りましょう」




「うん」




 押し寄せる奇妙な疲労感を極力押し殺し、何もなかったかのように応じる。


 三人肩を並べて校門まで歩いていくと、時折視線を感じた。


 俺が誰かと一緒に門のところまで歩くというのはそう珍しいことではないはずだが。


 きっと取り合わせの問題なんだろうな。


 振り返ってみれば、デジーレと小早川と三人でという構図はほとんどなかったし。


 校門の外側には高そうな二台の黒塗り高級車……たぶんロールスロイスとベンツが待っている。


 そのそばには執事らしい壮年の燕尾服を着た男性が二名、それと紺のレディースーツを着た若い女性が一名立っていた。


 その女性は軽くウェーブがかかった黒髪を耳の下のところで切り揃えていて、凛としたまなざしがとても印象的である。


 小早川とデジーレは目を交わし合い、まず小早川が口を開く。




「田代、頼んだものは?」




 俺達に発する時とは違ってどこか高飛車な口調は、彼女のお嬢様としての態度なんだろうか。




「はい、文香様。こちらにございます」




 田代と呼ばれた人はうやうやしい動作で一枚のDVDを小早川に差し出す。


 それを上品に受け取った彼女はこちらに向きなおるとにこりと微笑む。




「赤松君、これが例のものです。ご覧になって参考にして下さい」




 俺に対してもいつもより丁寧な言葉遣いなのは、やはり今はお嬢様としての立場があるということなのか。




「どうもありがとう」




 こういう時はどういう風にふるまえばいいのか、とっさに出てこない。


 だがしかし、俺が一介の庶民にすぎず、マナーに疎いのはきっと知られているはずだ。


 ならば無礼にならないようにだけ気をつければいいじゃないか。


 そう開き直ることにしたのだ。


 誰も態度には出さなかったのでおそらくギリギリセーフだったのだろう。




「私は田代と帰ります。デジーレ、後は任せましたよ」




「ええ、お気をつけて」




「それでは皆様ごきげんよう」




 二人のお嬢様は上品な微笑を交わし合って別れる。


 最後のあいさつのところだけはこっそり参加しておく。


 締まらない気がするんだけど、あいさつもできない奴になるよりはマシだからな。 


 小早川が田代さんを連れて車と共にさると、デジーレの番である。




「紹介しますね、ミスター赤松。こちらは小野さやか。国立芸術大学音楽部の指揮科の二年生です」




「初めまして赤松様、小野さやかと申します」




 小野さんはひかえめにお辞儀をした。


 国立芸術大って俺でも知っている美術系の名門大学じゃないか。


 予想はしていたけど、やっぱりすごい人が来たなぁ。




「彼女は小中学生相手に家庭教師を経験していて、そこでいい評価を残していますからきっとお役に立てると思いますよ」




「あ、はい」




 俺は小学生と同じなのか、なんて腐ったりはしない。 


 デジーレや関係者が評価しているとなると、きっとどこかいいところのお嬢様に教えて親御さんに満足されたレベルだぞ。




「殿方の指導をするのは初めてですが、デジーレ様のご信頼に背かないよう精いっぱい努める所存です。どうぞよろしくお願いいたします」




「こちらこそよろしくお願いします」




 彼女のあいさつにあいさつを返す。


 あくまでも第一印象だろうけど、美しさと気品では英陵のお嬢様にも負けていない人だと思った。


 しかし、どういう感じでこれから教わっていくんだろう?




「ひとまず今日のところは顔合わせ、後は連絡先の交換ですね。練習場所は学校の教室を考えているのですけど、かまわないですか?」




 デジーレの言葉にためらいながらもうなずく。


 学校が一番無難だよな。


 みんなの目があるのはちょっと恥ずかしいけど、何かあった時に何とでもなりそうな感じがする。


 返事をすると彼女は輝くような笑顔を浮かべた。




「よかったわ。学校でしたら皆さんも集まりやすいですし、ダンスの練習もできますから」




 うん? ダンスの練習?


 とっさに目の前の貴族令嬢が何を言っているのか分からなかった。


 怪訝に思ったのが表情に出てしまっていたのか、彼女は小首をかしげる。




「十二月のダンスパーティーに備えた練習も、今からやっておいた方が慌てなくていいでしょう?」




 ……たしかにその方が困らないな。


 忘れかけていたとは言えず、もう一度うなずいておいた。

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