21話
次は内田先輩の試合を見に行く。
事前に「見に来るよね?」と確認されてしまったのだから仕方ない。
俺がその旨を告げると、百合子さんと小早川、デジーレがついてきた。
何故と訊くだけ野暮で無駄なのだろう。
「ヤスはトモコ先輩と仲がいいのですか?」
デジーレがそんな事を尋ねてくる。
「あの人、誰に対しても気さくなイメージなんだけどなあ」
小早川からの情報で、案外そうでもないらしい事は知ったものの、だからと言って自分の印象を否定する気にもなれなかった。
「そうでもないのですよ?」
俺の発言に返事をしたのは百合子さんだった。
「確かに気さくではありますけど、私達にとって親しみやすい方というわけではないですし。物怖じせずにおつきあいできる赤松さんは凄いと思います」
何だ、この高評価は。
俺は正直なところ困惑を隠せない。
単にあの人とそれなりにやっているだけでこの反応なんてな。
到底信じられないんだが、デジーレも否定はしないところをみると、別に俺はかつがれているわけじゃなさそうだ。
体育館に入るとムワッとした熱気が頬を撫でる。
空調機が仕事をしているはずなのに、こうしたものはなくせないらしい。
もっとも全部綺麗なお嬢様達から発せられたものだと考えれば……セクハラになるかな。
人の洪水の合間をぬって俺は観客スペースに行く。
内田先輩は既に青ゼッケンを着ていた。
何とか間に合ったらしい。
対戦相手はというと……
「あれ、水倉先輩?」
思わず声に出していた。
聞こえたわけじゃないんだろうけど、二人の先輩達はほぼ同時にこちらを見る。
俺の居場所は目敏く発見したようだ。
内田先輩は笑顔で手を振り、水倉先輩は微笑みかけてきた。
仕方がないので目礼をしておく。
それはいいんだが、二人の反応のせいか、周囲の視線までが俺の方に集まった気がする。
やっぱり生徒会役員メンバーだからだろうか。
「あの子は一体?」
「ほら。例の男子生徒です」
「ああ。智子さんと朱莉さんとも親しいのね」
小さなざわめきが起こる。
良家のお嬢様達とは言ってもそこは年頃の女の子。
おしゃべりや噂話はお好きらしい。
何やら黄色い声もあがったような気がしたけど、きっと聞き間違いだな。
二人との仲は勘ぐられるようなものじゃないし、そもそも勘ぐるような下品な人はいないだろう。
だってここは英陵なんだから。
俺の思いとは関係なく、試合は始まった。
てっきり内田先輩の方が有利だと思っていたんだが、俺の予想とは裏腹に水倉先輩のチームの方が有利だった。
内田先輩は確かに上手なんだけど、デジーレのように一人で無双できるほどではない。
ダブルチームって言うのか?
二人ががりでマークすれば、抑え込まれてしまうようだ。
まあ、数人がかりのマークをものともしなかったデジーレの方が異常なんだろうけどな。
結果は水倉先輩のクラスが十三対十一で勝った。
水倉先輩が二本レイアップシュートを決めていたのが印象的である。
内田先輩はスリーポイントを一本、ジャンプシュートを二本決める活躍だったものの、チーム力の差は埋められなかったのだ。
引きあげる先輩達の表情は実に対照的である。
さて、どちらから声をかけたものか。
ここは内田先輩からにしよう。
「お疲れ様です」
俺が声をかけると先輩は泣きそうな顔で寄ってきた。
演技だと思うけど、ちょっとくらいは本心も混ざっているのかな?
「赤松君。負けちゃったよ。朱莉が相変わらず上手でさ」
水倉先輩が上手い事は織り込み済みだったらしい。
そりゃそうか、以前にも見る機会はあったんだろうし。
「僕は知らなかったので、失礼ながら驚いたりして」
「騙されちゃダメだよ。あの子、大人しい顔をして運動できるんだからさ」
お茶目な顔に一抹の真剣さを混ぜて言う。
反応に困って「はあ」と曖昧な返事をすると、
「誰が誰を騙しているですって?」
後ろから水倉先輩が顔を覗かせた。
「わ、出た」
内田先輩が大げさにのけぞって見せる。
「失礼な」
水倉先輩がそれを睨むが、目は笑っていた。
じゃれあいと言うかふざけっこしているんだな。
内田先輩に関しては、負けたウサをこれで晴らしている気がするし、水倉先輩は分かっていて相手をしている感じがする。
「水倉先輩、お上手なんですね。びっくりしましたよ」
「大した事ないわよ」
手を振り朗らかに笑う。
落ち着いた自信にあふれている感じだ。
「そんな事を言って。去年も球技大会で優勝しているじゃないの」
内田先輩がジト目になる。
「え? そうなんですか?」
俺が目を丸くして穏やかで大人しい美貌の先輩を見ると、当の本人は首を横に振った。
「メンバーに恵まれていただけよ。チームスポーツなんて一人の力で勝てるわけないじゃない」
正論である。
あるのだが、それを覆してしまう例を俺は見た事があった。
「はあ。普通はそうですね」
だからこんな反応をするほかない。
それが引っかかったのだろう。
内田先輩がさっそく絡んでくる。
「何、その態度?」
とは言っても腹を立てたわけではなく、脇腹を肘で突っついてきたくらいだ。
「いえ、何と言うか……ああそうだ。お時間よろしいですか?」
実物を見た方が早いと思い、クラスのラクロスの観戦に誘ってみる。
「ええ。大丈夫よ。そのスケジュールなら」
「私も」
生徒会役員は、単に選手として参加する以外にも仕事は割り振られているのだ。
更にはクラスメートの応援もある。
しかし、偶然と言うか何と言うか、ちょうど観戦できるらしい。
「翠子様とまどか様の応援は行けないけどね」
その時は二人とも仕事のようだ。
「何とも間が悪いですね」
俺がそう言ってみせると、内田先輩が珍しく曖昧な表情を見せる。
「お二人とも、私達が応援できない事を気にするような方じゃないけどね」
だが、次の瞬間にはいつもの悪戯っぽい顔になっていた。
「でも、赤松君が見られないなら、残念がられるかも?」
そして含みのある笑いを投げてくる。
先輩達に対して失礼とも言える内容のはずだが、水倉先輩は咎めなかった。
否定も肯定もせず、俺を見て微笑んでいる。
そんな意味ありげな反応は止めてほしい。
二人の言動を見ていたギャラリー達が、何やらざわめき始めたから。
「まさかそんな」
などという声も聞こえる。
下種の勘繰りとは無縁のお嬢様達と言えど、さすがに今の言葉は無視できなかったらしい。
俺はその場をそそくさと後にする。
逃げ出したと言われても反論はできないだろう。
だが、今はこの恥ずかしい空間から離れるのが最優先だった。
外に出ると明らかに空気が変わる。
雰囲気云々は抜きにして、体育館の中にはやはり特別なものができあがっていたようだった。
グラウンドに降り立つとクラスメート達が集まっているのが見える。
相手クラスも同様だったが、俺の近くに内田先輩と水倉先輩がいる事に気づくとさっと道が開く。
言うまでもなく上級生への遠慮だ。
「朱莉様、智子様。どうしてこちらに?」
クラスメート達が驚く。
問いかけられた二人はにこやかにしているだけではっきりと答えない。
これじゃまるで俺にくっついてきたみたいなんですけど。
周囲の興味ありげな視線もそう言っているんですが。
無言で抗議してみたが、二人には通用しない。
両チームの選手がゼッケンを着て整列する。
そして試合が始まった。
相変わらず、デジーレ無双である。
「赤松君が言っていたのはバズゼール様の事だったの」
内田先輩がそう言った。
「ご存じなんですか、デジーレの事を?」
「バズゼール子爵家のご令嬢は有名人だからね」
答えたのは水倉先輩である。
内田先輩もすぐにうなずいた。
デジーレは有名人らしい。
さもありなん、と目の前の光景を見て思う。
またしても途中で交代してしまうが、既に八点差である。
試合は十一対五で勝利した。
デジーレがいる限り、負けそうにないな。
「確かにチーム力を個人技が凌駕する例だわね」
内田先輩は納得したと言うよりも呆れたと言う口調だった。
水倉先輩も同様である。
どうやら二人にとって、デジーレはあくまでも例外的存在らしい。
裏を返せばそれだけあいつは有名って事なんだろう。
よくよく思い出してみれば、一回戦の時も今回の相手も、デジーレを見て怖気づいていた気がする。
中学時代、体育の授業でサッカーやバレー、バスケのレギュラーが大暴れしていたようなものか?
だとしたら大人げないにもほどがあるな。
普通に出場しているあたり、禁止するルールなり暗黙の了解なりが存在していないって事なんだろうけど。
という事は、俺が何か言う事は止めた方がいいかな。
何も知らない新参者が何を言っているのか、みたいな風潮になったら堪らない。
クラスでの様子を見た限りじゃ、デジーレだってかなり人気があるからな。
流れやタイミング次第では内田先輩や水倉先輩が擁護してくれるかもしれない。
だからと言ってそれをアテにして行動するというのは、人として問題があるだろう。
「それじゃまた後でね」
俺達は互いに仕事がある身だ。
手を振られたので手を振って応える。
女の子相手に手を振るのがすっかり板についてきたな、と思うが悔いはない。
若干の気恥ずかしさならあるけど。
今度は三年のバスケの試合の主審である。
順調なら決勝戦のはずだ。
決勝の審判が俺でいいのかと思ったけど、俺の方が適任だという声が先輩達の間で多数を占めたのである。
信頼されていると考えたいところだが、恐らくは単純に男の方がよいと思われただけだろう。
何とかして選んでよかったと思われたいものだが。
体育館に入って準備をする。
さてと、対戦カードはというと……確認してびっくりだった。
高遠先輩のクラスじゃないか。
更には高遠先輩本人が選手として出ている。
勉強ができる事は知っていたけど、運動もできるんだな。
内田先輩や水倉先輩と言い、実は生徒会役員って文武両道タイプが多いんだろうか?
俺と目があってもすぐにそらしてしまう。
表情は特に動いてはいない。
内田先輩みたいなリアクションをされても困るけど、全くの無反応っていうのも寂しいな。
高遠先輩らしいって言えばそれまでなんだが。
対戦相手が姫小路先輩という事はなかった。
三位決定戦もやるけど、この後である。
俺が知っている限りじゃ三位決定戦が先で決勝が後のケースがほとんどなんだけど、英陵では決勝戦を先にするのだ。
ジャンプボールが行われ、試合が始まった。
高遠先輩のポジションはガードっていうのか?
ボールを運んでパスを出す、司令塔的な存在らしい。
何と言うかとても様になっているし、イメージ的にもぴったりだ。
敵のマークをかいくぐってパスを出したり、ディフェンスをやったりしている。
とは言え、相手チームも決勝戦まで来ただけあって実力に差はない。
一進一退の攻防が続き、高遠先輩のチームは負けてしまった。
十対十二だからホント紙一重だったと思う。
「お疲れ様でした」
他のチームメート達が肩を落とす中、相も変わらずクールな表情を保ったままの先輩に声をかける。
「ああ。赤松君。せっかく見に来てもらったのに、申し訳なかったですね」
俺に気遣いを見せる余裕まであるのか。
「いえいえ、いいんですよ、そんなの」
俺の方が恐縮してしまう。
負けたのは別に先輩の責任じゃないだろうに。
というか謝るような事でもない。
「時間があるならば、翠子の試合も見ていってはいかがですか?」
「え? 姫小路先輩の試合もあるんですか?」
驚いて訊き返すと周囲が軽くざわつく。
何かやらかしたみたいだけど、何でかは分からない。
「ええ。ラクロスの方ですが」
ああ、ラクロスの方だったのか。
てっきりバスケの三位決定戦かと思ったよ。
あの人はバスケよりラクロスって勝手に思っていたけど、間違いじゃなかったらしい。
「ええ、行きます。実は僕のクラスがラクロスの決勝に残っていますしね」
それに予定で言えば二年ラクロスの副審くらいのものだ。
後、風紀委員から応援を求められたら行かなきゃいけないけど、多分大丈夫だろう。
最新のセキュリティシステムに警備員、それにお嬢様がたのボディガード達までいるんだから。
俺の仕事が少なめなのは、きっと色々と配慮されているのだろう。
先輩達はかなり忙しそうだしな。
「そうでしたか。確かバズゼール家のご令嬢がいましたね」
確認するまでもなくデジーレの事だ。
どうやら先輩達には家の名前の方で覚えられているらしい。
「よくご存知ですね」
俺は目をみはる。
大した記憶力だよな。
「ええ。一通り頭に入っていますから」
高遠先輩は特に誇る事もなく、いつものように淡々と答える。
若干頬が朱になっているのは照れたからだろうか。
そしてさらりととんでもない事を言われた気がする。
一度覚えたからって、すらすら出てくるもんじゃないと思う。
「それに有名な方ですよ。デジーレさんは」
高遠先輩が言いわけするようにつけ加える。
まあ、有名人なら比較的覚えやすいってのはあるかもしれない。
一応は納得できたので、それ以上は何も言わなかった。
会話が途切れたまま俺達は肩を並べて歩き、グラウンドに戻る。
考えてみれば俺、色んな女子と一緒に歩いていないか?
いや、ほとんど偶然と言うかその場のなりゆきだし、俺以外は女子しかいないんだから、単独行動をしない限りは女子と行動する事になるだろう。
自分にそう言い聞かせる。
変な事を考えだしたらキリがない。
風向きのせいでかすかに匂いがただよっているとか、汗をかいた後だからか、体操服の某部分が透けているとか。
うっかり凝視してそれを見られたら、一気に信用が失墜してしまうんだ。
煩悩退散、煩悩退散。
頭では分かっていたが、実際体験してみると思ったより難しい。
俺の内心の葛藤を気づいていないのか、高遠先輩は何も言う事なくグラウンドに先に降りた。
内田先輩と水倉先輩と来た時と同じ現象が起こる。
ただ、今回は畏敬の念が込められているように見えた。
高遠先輩も充分「有名人」の範疇に入りそうだよな。
誰かに訊くわけにもいかないけど。
「今から決勝?」
俺が問いかけると、大崎が答えた。
「ええ、そうです」
高遠先輩を憚るような様子を見せながら。
何だろう、怖がられているのかな?
そして高遠先輩も、慣れているのか気にしているそぶりは見せない。
どことなく緊張感が観客席にたち込める中、決勝戦は始まった。
やっぱり、デジーレは圧倒的である。
人数を費やした集中マークをかいくぐって点を取っていく。
さすがに決勝の相手は強く、反撃をされて点を返されるが、じわじわ離していくのだ。
今回ばかりは途中で引っ込む余裕はないらしい。
それでも終わってみれば、十三対七で快勝だった。
デジーレがフルに出場してこの結果なのだから、相手チームはこれまでと比べてかなり強かったんだろう。
「さすがですね」
高遠先輩が簡潔に感想を述べる。
俺としては相槌を打つしか選択肢はなかった。
デジーレの実力に驚きを通り越して呆れていたからである。
一年七組はラクロスで優勝した。
もっとも八割くらいはデジーレ一人のおかげと言うべきだろう。
バスケの方は早々に敗退してしまっているだけに、より輝いて見える。
同級生達は素直に仲間の栄光を喜んでいた。
俺も輪に入った方がいいのかなって思うが、誰も何も言ってこない。
厳密に言えばちらちらと視線は感じるんだけど、隣に高遠先輩を見て諦めたような顔になっている。
まあ、先輩を放り出すわけにもいかないし、そうしろとも言えないよな。
上下関係にはかなり厳しい学校だし。
そういう様子を見ていたのか、高遠先輩は不意にくすりと笑った。
「言ってあげて下さい。あなたとも喜びを分かち合いたそうにしていますから」
「はい」
先輩に言われてしまった以上、行くしかない。
女子まみれ、美少女まみれになるしか。
嫌っていうわけじゃないけど、俺の煩悩が不安要素なのだ。
「ヤス、見ていましたか?」
デジーレが喜色満面で問いかけてくる。
「うん、おめでとう」
俺が答えると何と抱き着いてきた。
「ありがとう」
柔らかい感触に襲われる。
そしてわずかにだが汗の臭いも。
体操服でハグなんてされたら、色々と危険な事になるんだが。
注意しようとしたらそれよりも早く、他の女子達までが抱き着いてくる。
ちょっと待ってくれ。
声にならない悲鳴を上げる。
そんな何人もの美少女達に抱き着かれたら、俺の理性がマジでやばい。
高遠先輩の目もあるんだと必死に叱咤する。
だが、胸や二の腕や背中やらに女の子特有の柔らかな感触がある。
誰か助けて。
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