第29話

初代内閣総理大臣・伊藤博文が伊賀忍者であり、真の名を伊賀博文ということは以前に述べたとおりである。

また彼は明治憲法にホワイト律を盛り込んだことも既に述べた。

これを知った読者はある歴史上の事実に思い当たるだろう。1887年、憲法草案盗難事件である。


当初、憲法の草案は金沢のとある旅館で執筆された。だが伊賀博文は『旅館に憲法草案放置し窃盗せしめる』という苦渋の決断を下したことは実は余りにも有名である。

これにより、功を焦った甲賀伊賀両名は事実上の戦争状態へ陥る。ホワイト律草案に基いた争奪戦だ。

近代文明の幕開けであった。


ホワイト律草案とは、大日本帝国憲法に加えられた秘密の条項、いわゆるホワイト律の草案のことを指す。当然、金沢の旅館に放置された憲法草案にもホワイト律草案が巧みに隠されていた。

甲賀忍者との取引で生まれたホワイト律だが、その性能を試す試験に甲賀が生贄となったのだ。


つまり時の権力中枢には甲賀と伊賀の二つを合一し、一つの近代的組織とする野望が厳然と存在したのである。

問題は博文が伊賀忍者だったことだ。

思うに、この時期ほど博文が自らの出自に頭を悩ませたことは無かったのでは無いか。

伊賀の里では兼ねてより伊賀博文暗殺の声が大だった。


実際に暗殺を試みたお雇い外国人こと伊賀忍者ロエスレル(蔵石壁斎のこと)によると、伊賀博文の忍法は自らの肛門を爆裂させ死を装うという、当時としてはごくありふれたものだったらしい。

真偽は定かではないが、インタヴューでは彼は幾多もの暗殺をその「忍法」で回避したらしい。


権力中枢の思惑、博文暗殺、伊賀と甲賀の確執。そして何よりの問題は執筆中の憲法草案がまだ真っ白だったこと。正にホワイト律という訳だが、この危機感を忘れない為に博文自身がホワイト律と命名したことは記憶にも新しい。

そしてこれら全ての要因を一気に解決するのが憲法草案争奪戦だったのだ。


甲賀伊賀、両者に取って千載一遇の機会。先に憲法草案を確保し、内容をそれとなく自勢力に有利となるよう書き換えてしまえば、成文憲法であるので保証される。

だがそれは実際は白紙だったので全くの掌の上だったと言える。

当然だが、ホワイト律による戦いの規定すらまともに存在してなかった。


だがここで思わぬ事態が起きた。本当に憲法草案が盗まれたのだ。

これは稀に見る珍事として歴史に残っているが、真実はより凄惨を極めた。

本来なら金沢の旅館に放置された憲法草案を甲賀伊賀の代表が奪い合う予定であったのが、何も知らぬ盗人を巻き込んだ捜索戦へと変貌した。


さて、事はボアソナード推薦の民法執筆甲賀忍者と、ロエスレル率いる海外留学伊賀忍者との策謀戦の様相を呈した。これはつまりフランスとドイツの代理戦争でもあり、別名を第0次世界大戦と言っても過言ではない。

果たして、国家の盛衰を賭けた小さな大戦は、伊賀の勝利に終わった。


甲賀の代表、デズモンド小雪と仲間達が盗みの下手人を見つけ、伊賀の仕業に仕立て上げた頃には、伊賀の代表は"新たな憲法草案"を井上毅と共同作成し終えていたのである。

デズモンド小雪とは慶安の変で有名な江戸幕府大逆者由井正雪の子孫を名乗る謎の男で、スリーサイズは72-55-78だ。


憲法草案を無事提出した伊賀忍者。全ては丸く収まったかに見えた。

だが闇の歴史上での勝者は甲賀である。それは"甲賀忍者が自身の有利になるよう書き加えたのは暗黒律の方"だったからだ。

つまりホワイト律草案をかけたこの戦いこそがどう転がっても甲賀に有利な結果を保証する陰謀だった。


争奪戦はホワイト律が存在していないので、暗黒律に基づいていた。

結局、甲賀伊賀は両者とも"対等に"甲賀組、伊賀組として内閣へ組み込まれる。

ホワイト律は暗黒律と相殺。

暗黒律の全文は散逸し有耶無耶となる。


加えて戦いの最中、桃地という伊賀忍者が甲賀へ寝返ったこともあり、これ以降、伊賀の勢力は次第に甲賀に取り込まれ、闇社会から急速に姿を消してゆく…

さて、甲賀忍者が巧みに捏造した偽の暗黒律はどうも甲賀の頭領選出儀式の流用らしい。それ自体暗黒律が元になので楽な作業だったろう。


一方、伊賀忍者が全文執筆したホワイト律は百数十年の時を経てついに甲賀を討ち取った。

「陰陽組の特徴は隠す事。そして暗躍だ。」

現代において甲賀忍者2名の生首を携え言ったのは入滅部隊のビショップ。彼は七本槍のお父さん達に槍を突き付けられ、肉を焼いていた。

「友人が詳しくてね。」


「良いから肉を焼け。そこの肉焦げてるんじゃないか。」

キレ気味に言ったのはボディービル美の父だ。彼にとっては何より目先の肉が大事なのであり、血生臭い闖入者などパーティーの添え物程度にしか思っていない。他の者も大体同じだった。

「ちょっと待って。」

ツっこんだのは山田寺さんだ。


「これ殺人とかじゃないの。」

流石山田寺さん。状況の理解が早い。と宝蔵院お春こと西大寺千秋は思ったが、千秋は状況を理解しきれてなかった。

「しまった、一般人がいたのか。このことは忘れてもらおう。」

言うが早いか、トレンディの父親は山田寺さんの胸ぐらを掴んだ。


「今日のことは全部忘れるんだッいいな!」

トレンディの父は恫喝した。

「はいっ分かりました。」

「聞き分けの良い奴は嫌いじゃないぞ。」

山田寺さんはこれは首を突っ込んだらアカン奴だと即座に理解したのだ。

「話聞いて…ねえ…」

ビショップは誰も聞いてないのに話し始めた。


「陰陽組の目的は甲賀組や伊賀組とは全く異なる…彼らには独自の文化、野菜王国があり、独自の考えで行動しているんです。幻術それ自体が彼らの意義なんです。」

「焼いた肉はお前が食べるんだ。」

「政府が陰陽組の存続を許すのはひとえに"秘密を隠してくれるから"です。」


「食べながら喋ってんじゃねえ!」

するとビショップは黙って肉を食べ始めた。

「まさかボナンザが入滅部隊だったなんて。」

とりあえず千秋は驚いてみた。

「私が七本槍に潜入したのは3月。錦城高校の生徒となる為の隠れ蓑だったが、私は潜入のプロなので誰にもバレることはなかった。」


「話は終わりか、ボナンザ。」

凄まじい闘気を放ったのはミカエラだ。その顔は一切の油断なく殺意に満ちていた。

「一ヶ月前のミカエラなら即座に私を殺していた筈。」

ボナンザもまた全身からオーラを放った。

「ゴールデンヴァルキュリア和尚とやらか。アレはお前の下に来たんだろ。」


「そうだ。アイツは仲間だ。未だお前らの所で潜入活動を続ける私に発破をかける為に馳せ参じた訳だ。」

七本槍達はお互いを理解していた。だからこそ迂闊に手を出せず千日手となった。

「なんでボナンザさんは一人で勝手に喋ってるの。」

山田寺さんは暗号を知らなかった。


その時、ボナンザの顔面を拳が殴り抜けた。

橘さんだ。

「死ぬの、ボナンザ。」

橘さんは草原のように無表情だった。

「誰も死なせません。お嬢様。」

「命の一つもかけられないっていうの。」

「私もまた二枚舌だったという訳です。」

ボナンザはビショップを見た。


「甲賀組は全滅した。理事会の召喚権は我らのもの。陰陽組にも根回しした。だが戦いは終わってない。」

ビショップは冷徹に言った。

「お春殿が生きている。なぜ彼女を生かす?殺人は是だ。」

ビショップは刀に手をかけた。

「我が愛刀マイケルスサノオの力を見よ」


ビショップの白刃が煌めこうとした時、刀の柄を上から掌で抑えられた。千秋が。

「こうすれば刀は抜けないんだよね。」

千秋の脳内コンピュータは戦闘用に切り替えられていたのだ。ビショップは刀を掴んだ千秋の手を上からさらに掴んだ。

「今更小娘一人に躊躇するとでも。」


次の瞬間、ゴンという犬の名前みたいな音がしたかと思うと、ビショップの後頭部を瓶で殴ったのは山田寺さんだ。

ビショップは頭から血を流して気絶した。

「一般人はお前らを大歓迎なんだよっ!この不審者め!」

山田寺さんって凄い。そう思った千秋だった。

「マスク剥がそうぜ。」


「お春殿、間も無くここは戦場になるのでとりあえず私と来て欲しい。」

ボナンザはビショップが気絶したことでむしろ動きやすくなった。千秋は手錠を引きちぎった。

「ミカエラの結婚パーティーを台無しにしたくない。」

ボナンザはいつの間にか潜入していた七本槍に愛着を覚えていたのだ。


「私の優先順位はあくまで入滅部隊。次に橘様。そしてお春殿だ。だが出来ればお春殿は殺したくない。」

だがその時、会場の扉が開いた。

「そうも言ってられんようじゃ。お出ましじゃぞ。」

入って来たのは半裸のプロレスラー達だった。

「我々は殺人プロレス団体。」

「誰じゃよ。」


「我々は当ホテルのルームサービス殺人プロレス集団ハンク・ウィリアムズでございます。」

橘さんは結婚パーティーの催しに殺人プロレス団体を呼び込んでいたのをすっかり忘れていたのだ。

「さあ我々に人を殺させて下さい。」

プロレスラー達は機関銃を構えた。

「人殺しはダメだと思う。」


「もうダメだッ!とりあえずボナンザ!其々思うところはあるが殺しあおう!」

千秋が複雑な問題をす暴力で解決しようとした時だ。ボナンザは千秋を殴った。

「そうやって暴力に頼るのは良くないことだ!嫌がるなら力づくでもお前を四教頭の所へ保護させる!」

ボナンザもまた混乱していた。


千秋の脳内コンピュータと同じように、手練れであるボナンザも意識を戦闘用に切り替えている。今の彼女達は意思に関係なく殺人を行える。

「成る程な。」

事ここに至り二人は理解した。これは一方がもう一方を下さねば話が進まないと。割と意見は一致してる気がするがとりあえず戦う流れだと。


「マライア和尚〜加勢に来たぞ〜〜」

武器を提げて現れたのは入滅部隊の面々。傍らには頭部の破壊されたお茴が転がっていた。

「それで誰がマライア和尚だ。」

アマンダ和尚が言った。

「奴は潜入調査員。顔はビショップしか知らぬ。」

答えたのは巨漢メアリージェーンワトソン和尚だ。


マライア和尚ことボナンザは応えなかった。一瞬でも気を抜くと千秋との戦いに支障をきたすからだ。

「そこに転がってる覆面の男ってビショップだろ。」

グロリア和尚が指摘した。

「そんなまさか。あのビショップ殿が戦って負ける筈がない。」

「はははそれもそうだな。」


さて、入滅部隊は立ち往生した。室内には焼肉の匂い。女子高生や黒人が我知らぬ顔で焼肉を焼き、死体がそこらに転がっている。約束していた人物が見当たらない。

やがてグロリア和尚、ハーマイオニー和尚、メアリージェーンワトソン和尚、アマンダ和尚の四人は殺人プロレス集団に目を向けた。


「そうか、これは貴様らと戦う流れか。」

グロリア和尚は独りごちた。

「誰でもいい、私達に人を殺させて下さい。」

殺人プロレス団体は演出と勘違いして応えた。

「お前ら弱そうだけど殺る?」

口を挟んだのはハーマイオニー和尚だ。

殺人プロレス団体は彼我の実力差を本能的に察知した。


そしてプロレスラー達が次に取った行動は、被っていた覆面を剥ぎ取り、素顔を晒すことだった。

「一人のプロレスラーとして手合わせ願いたい。」

プロレスラーが覆面を取る。それは台本抜きで本気で戦うことの示し合わせである。

「良いだろう。」

ハーマイオニー和尚もまたこれに応えた。


だがこの時、焼肉を焼いていたミカエラが驚愕の悲鳴を上げた。

「アァっ貴方は!」

と、ミカエラの口はそう言う動きをしていた。

「私の婚約者の白庭台さん!」

白庭台と呼ばれたプロレスラーはミカエラを見た。

「すまない…ミカエラさん。僕はプロレスラーだったんだ。」


「そんな、ミカエラの婚約者の白庭台さんがプロレスラーだったなんて。」

山田寺さんは即座に状況を理解してみんなにも分かるように説明した。

「君が台本ありのプロレスを嫌っているのは知っていた…だから橘さんに頼んで…今日打ち明けるつもりだったんだ。信じて欲しい。」


「ではこうしよう。」

ハーマイオニー和尚も白庭台に呼応して袈裟を脱いだ。消防服を着た僧兵。かつて遭遇した敵だ。

「俺とお前が戦う。そしてお前が勝ったらミカエラとやらとこの場で結婚しろ。」

その素顔は左側頭から後頭部にかけて禿げていることを除けばかなりの美形だった。


そして口紅を塗っていた。

「俺は敬虔なクリスチャンでね。戦い方も紳士的なんだ。」

「ブレーンバスター!」

白庭台の一撃がハーマイオニー和尚の頭蓋骨を砕いた。

「馬鹿め、俺は頭蓋骨を砕かれることで人格が入れ替わる体質なんだ。」

頭蓋骨を砕かれたハーマイオニー和尚は負けた。


白庭台さんは普通にめっちゃ強かったのだ。

「ミカエラさん!君はプロレスが嫌いかもしれない。だが、俺と結婚してくれ!」

ミカエラは涙を流して首を横に振り、会場から出て行ってしまった。

「ええええー!」

白庭台さんはフラれたのだ。

「待ってくれ!ミカエラさん!」


一方敗北したハーマイオニーは床に這いつくばっていた。

「馬鹿な…この俺が負けるだと。」

その時、投げ槍がハーマイオニー和尚の心臓を貫いた。ハーマイオニー和尚はショック死した。

「貴様ら良くも娘の結婚を台無しにしてくれたな。全員命は無いぞ。」

ミカエラの父は怒り狂っていた。


七本槍の父親連中全員が抜刀していた。

「お前らは完璧に振る舞っていた。完璧な計画を立て、完璧にこなし、完璧に敵を倒し、全てが完璧。そして事故に遭って完璧に死ぬんだ。」

グロリア和尚もまた抜刀した。

「元十二軒流の剣術見せちゃる。」

グロリア和尚は笑っていた。


「俺は心の何処かでずっと待っていた。一般人を殺す機会を。ゾンビは飽きた。」

これは仲間を逃がす為の口実である。彼は入滅部隊の隊長だ。

「お前達は逃げろ。」

グロリア和尚はメアリージェーンワトソン和尚とアマンダ和尚に目配せした。

「入り口に誰かいるぞ。」

それはお茴だった。


「え」

入り口に一番近いアマンダ和尚の足首をお茴の遺体の手が掴んだ。だが、お茴は入り口にいる。無傷だ。何故。

「忍法『反身香』。」

お茴が印を結ぶと、どういうことであろうか。バーベキュー台から牛が出現した。

「総理、この男一人だけで限界です。」

「充分だ。」


プロレスラーの一人がマスクを外すと総理だった。総理は牛に跨った。

「そいつ一人いれば理事長召喚の儀は行える"ルール"だ。」

「ほほほほほ」

明らかに何かがおかしかった。お茴の遺体はそのままアマンダ和尚の右脚を掴んだまま外へ出て行ってしまった。


「え」

今の一瞬で何が起こったか理解できた者は総理だけだった。入り口に立ったままのお茴は足元が透け始めていた。

「彼の護送は伊賀組が引き継いでくれる。忍法『反身香』。"反魂術"の逆。臭いから肉体を再現する忍法。ゾンビ化と合わせれば見事"不完全な"死者蘇生の術となったな。」


「私の"反身"はもう持ちませぬ。焼肉の臭いで掻き消される。早く牛でお逃げくださいませ。」

「いや何、策が見事に成ったものよな。」

「甲賀組全員の命を懸けた甲斐がありまする。権力者が忍者を使い捨てるのは良くあること。」

「今迄ご苦労だった。」


「心にも無いことを。それに肉体さえあれば生前の習慣を繰り返し何度でもこのように現れまする。」

「そうか、では一先ずさらばだ。」

総理は牛に乗ると走り去ってしまった。

「さて、私の身が持つ限りここは通しませんよ。」

お茴の反身は入滅部隊に向き直った。


全ての戦いは、どう転がろうとも勝者側の人間が一人いれば理事会を召喚できるようにルールが定められていたのだ。

そしてボナンザは千秋に尻尾が生えてさっきからずっと阿波踊りを踊っているので迂闊に手が出せなかった。


馬鹿な。これが忍者の忍法だと言うのか。一体何をするつもりなんだ。ボナンザは理解不能な現象と行動に心を乱されていた。

如何にこの状況を突破するのか。

つづく










甲賀組

×百面刑部(死亡)

×石ノ老猿(死亡)

×舟渡伝次郎(死亡)

×桃地八右衛門(出家)

×果報矢文之介(入院)

×お茴(ゾンビ化)

×お仮名(死亡)


入滅部隊

グロリア和尚

×ハーマイオニー和尚(死亡)

メアリージェーンワトソン和尚

×アマンダ和尚(不明)

マライア和尚

×レイチェル和尚(死亡)

×ローズマリー和尚(出家)

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