第14話

野蛮な敵。

西大寺千秋がはじめに抱いた印象だ。宝蔵院お春こと少女は肉体の自由を奪われて尚、モヒカン刈りの僧兵を凝視した。男は釘バットを片手にもう片方の手で車のハンドルを握る。この世にこんな人間が存在したとは。


「ここからは暴力の時間だ!」


叫ぶモヒカン僧。


サイボーグに改造された千秋の脳は敵を倒す方法を演算している。八右衛門と全裸の男は心停止。千秋自身も両脚を太腿の中程辺りで切断され、加えて首元に散弾テーザー銃の電極アンカーが食い込む。常人なら行動不能になる電流を流され身動きがままならない。


「ヒャッハァー!!」


だがモヒカン僧兵、アラクニド和尚は叫びつつトラックを急停止。そのまま車外に出た。相棒を救い出す為だ。


「エイジョリヤーン和尚!」


アラクニド和尚はエイドリアン和尚のそばまで駆け寄る。


「エイジョリヤーン和尚!」


右肩のワイヤーを引き抜く。


「おお、相棒か。」


エイドリアン和尚は意識を回復した。活力剤を注射したからだ。


「エイジョリヤーン和尚!」


アラクニド和尚がエイドリアン和尚に抱きつく。敵は行動不能。八右衛門の肉体は黒煙を上げ、全裸男は瀕死。千秋自身も全ての活動を停止。

だがこれはサイボーグ擬死だ。

完璧な擬死モードである。そして馬鹿な敵だ。わざわざチャンスを与えてくれるとは。このまま目からビームを放ち二人とも殺害できる。だがこの状況下、千秋は殺人行為に踏み切れなかった。仕方ないので左肩を撃ち抜く。


「おらぁ」


千秋の目からビームが放たれた。ビームは光速で回避不可能。

ビームはアラクニド、エイドリアン両和尚の左肩を焼き尽くした。あまりの熱で左腕が融解し、垂れる。


「ああああああ!」


両名悶絶。そのまま地面に伏して動かなくなった。


戦闘続行不可能。


「馬鹿ね。エイドリアン和尚なんて見捨てれば良かったのに。」


十代の女子高生は残酷だ。

だがこれはアラクニド和尚の立場からすれば仕方ないことかもしれない。入滅部隊の戦闘は基本的に対ゾンビを想定しているからだ。

目からビームを放つゾンビが存在するだろうか?ゾンビは化学兵器ではない。しかも相棒を救う為に挑んだ無謀な戦いであれば尚更対ビームを想定する余裕などない。


いずれにせよ、最早この場で動ける者は西大寺千秋以外にいなかった。結果が全てだ。


「私がチャンピオンだあああ」


勝利の雄叫び。だが犠牲も大きい。

焦げて黒煙が吹き出す八右衛門。全裸男。


「AED機能で治せるかも。」


千秋はお腹からAED装置を取り出した。女子高生AEDだ。

考えてみて欲しい。女子高生がAED装置になり患者に電流を流す状況を。女子高生の電流で心臓の鼓動が復活する喜びを。生きているって素晴らしい。全裸男は思った。


「俺は死んだのか。」


曖昧な意識の中、言った。孤独の中では誰も何も答えてくれない。さながら宇宙空間を彷徨うが如く。

臨死体験という奴だろうか。全裸男は今までの人生を振り返っていた。


「孤独な幼少期、思い出せぬ少年期、結構モテていた中学時代、全裸に武装コート変質者に絡まれ命からがら逃げ出したものの何かに目覚めた高校時代、半年前の21歳誕生日。」


自然と口に出していた。


「お前21歳かよ!?」


千秋は目を背けつつ言った。流石に全裸男の姿を直視するわけにもいかない。


「ああ。」


全裸男は言った。


「え?大学生?」


「そうだ。」


「え?授業は?」


「大学生を舐めるなよ」


千秋の大学への憧れが消えてなくなった。


「近寄らないで変態。」


「ああああああ!!」


「ああああああ!!」


二人の横では二和尚が血を噴出しつつ苦しむ。痛みにより半ば発狂している彼らと言葉を交わすことは出来ない。


「君は始めから敵が襲ってくる事を想定して動いていたんだな。」


全裸男は言った。


「人質という奴だ。予想以上に効果があったようだね。」


「でも殺せなかった。」


千秋は別にそんなことは想定していなかったが言った。


「それで良いでござる。彼らはほっといてもいずれ死ぬだろう。」


八右衛門が起き上がった。


「八右衛門、生きてたのか。」


千秋は睨んだ。


「睨まないで怖い。」


八右衛門は自らを仮死状態にして難を逃れたのだ。これぞ本当の擬死。

八右衛門の擬死は機械的スリープに入るだけのサイボーグ擬死とは違い生物に本来備わる、言うなら自然擬死である。


「そうか。散弾銃を撃たれる直前、瞬間的に自らの心臓に打撃を与え心停止させたのか。」


全裸男は推理した。


「そういう事だ。」


そういう事なのである。


「ちょっと待って。身体から黒煙吹き上げてたけど、あれは何。」


「忍法を使った。心臓が停止し体より煙を吹き上げる拙者の意識が残ってるとはよもや思うまい。結果、敵は拙者が完全に死ぬより前に、拙者が死んだと思い込んだのでござる。」


あの間に高度な心理戦を繰り広げていたである。


「こういう状況ではな、お春殿。死ななければ生き残れるのでござるよ。少なくとも今回の敵は死ぬ。ただそれのみ。生死に頓着する必要はない。」


八右衛門は冷たく語った。千秋は八右衛門の忍法が気になって仕方なかった。


「業が深いな。ロクな死に方しないぜあんた。」


全裸男は言った。

八右衛門は胸部が複雑骨折。心臓にダメージ。電撃で消耗。口から血を垂れ流していたがまだ生きている。これが十年以上学校の傭兵達と戦ってきた実力である。


「死ぬのはまた今度の事でござる。この学校での戦い方は熟知してる。敵に遅れは取らぬ。故に死なぬ。」


死ぬとすれば石之老猿である。

八右衛門は老猿の事を見捨てていた。いつからかと言えば、老猿に調査任務が命じられた事を知った時からだ。先短いボケ老人の世話をする気など始めから無い。忍者的生真面目さ由来の暴走癖を持つ者など味方に勘定する理由も尚更なかった。幸い戦場は学校から遠ざかっている。


「まさか老猿を放置して嵐が過ぎるのを待つの。」


千秋が言った。


「そうだ。敵本拠地は恐らくお堂だ。僧だからな。さっき見たお堂に僧がいなかった以上、敵本隊は学校から逃げたと考える。で、老猿は敵を追った。」


故に、安全確保の為あえてアラクニド和尚含む分隊を炙り出したのである。


千秋は何となく激怒した。


「酷い。自分の安全の為に他の全てを切り捨てるなんて。」


「でも学校も安全でござるぞ。」


「流石八右衛門。」


千秋は頭が悪かった。学校が安全と聞いて、まあいいやという気持ちに切り替わったのである。


「もう体が動かんでござる。だが敵の動きも気になる。奴ら単に逃げてる訳ではない。」


その横で全裸男が立ち上がる。


「整理してみよう。まず敵は何処にいた?」


全裸男は聞く。


「体育館に2人いた。1人はエイドリアン和尚。もう1人は村上和尚と言ってトイレに流した。」


八右衛門は答えた。


「だがもう1人、敵がいた。」


「校外に潜伏していたか。嫌に手練れだったな。」


「待って。教室でも敵に襲われたわ。」


「襲われただと。」


八右衛門が聞く。


「本隊が逃げてると思われるのに、こいつらは襲ってきた。何か理由があるか。囮か?犠牲を出してでも本隊を確実に逃がす価値があると。」


「無いでござる。僧は学校に雇われた身。本隊もいずれ学校に戻らねばならぬ。一時的退却ではない?」


「待て待て。本隊は学校で戦う理由が無い。だが分隊にはあった。何故だ?」


「学校で戦いたいと…思わせたいから。だからゴールデンヴァルキュリア和尚は死んだ。」


千秋は言った。


「それだ。」


全裸男は言った。


「本隊なんて最初から学校にいなかった。逃げてすらいなかった。この戦い全てがブラフだ。」


「通信妨害装置だ。」


八右衛門は言った。


「通信妨害を起こしたのは確かに老猿だ。だが、敵も始めからそうするつもりだったのだ。」


「敵の目的はどこかの襲撃?狙いは君たちの上司じゃないのか?」


全裸男が聞く。


「いやそれはあり得ないでござる。彼には常に護衛がつく。」


「教頭と昨日の僧兵よ。」


千秋は直感で言った。


「僧兵は大人しく逮捕された。何で?すぐ出るつもりだったんじゃないの。」


「あり得るでござる。入滅部隊は教頭に頭が上がらない。だが、身柄を救い出せば。」


「上司に貸しを作るって事だ。デキル部下のする事だぜ。」


「じゃあ入滅部隊のリーダーは昨日の晩から即座にこんな作戦を思いつくなんてデキル男なの?」


ヤク中オタクの奈良先生は所詮デキナイ部下だったのだ!


「老猿は闇に消えるとしてだな。教頭と昨日の僧兵。奴らがいるのは留置場だ。」


「ここからそう遠くないわ。」


「何でお春殿は留置場の位置知ってるのでござるか。」


宝蔵院お春こと西大寺千秋はそういうことには詳しい!


「ということは今頃留置場は大パニックだろうな。」


全裸男は言った。


「どうする?敵の目的は達せられただろう。我々の敗北だ。」


「ところで誰なのお前。」


八右衛門は聞いた。


「俺はしがない大学生さ。」


「大学行けよ。」


大学生の間では大学に行かないのが嗜みなのである!

余談であるが八右衛門もかつて忍者大学の学生だった。一応凶都大学にも忍者学部はあるのだが、やはり甲賀と伊賀の区別もつかないような学部は嫌だった。故に忍者大学の甲賀学部に進学したのだ。


「私は留置場に行くわ。」


千秋は言った。


「無駄だ。」


全裸男は上空を指差した。


上空に現れたのは武装ヘリである。


「アレは敵か?味方か?」


全裸男は問うた。


「老猿でござろうな。」


八右衛門はプロペラを指差す。そこにはプロペラの上に白髪の小柄な老人が忍者装束を身に纏い鎮座している。


「あれが石之老猿だ。」


「ああああ!!」


アラクニド和尚が咆哮。

アラクニド和尚は最後の力で自らに薬物を注射。そのままエイドリアン和尚と右掌を合わせた。


「しまった!」


八右衛門がアラクニド和尚を見る。袈裟の脱げた二和尚の肉体は鋼鉄製。


「エイドリアン和尚!合体だあ!」


二和尚はサイボーグだったのである。

忽ちあたりが光に包まれた。


アラクニド和尚の肉体が、エイドリアン和尚の肉体が変型してゆく。自動修復機構を備えた対ゾンビ戦闘サイボーグである。

即ち二和尚のシルエットが合わさり双頭の阿修羅像が顕現した。


「我が名は嶋村和尚。」


嶋村和尚は人間の姿をしていなかった。

その最大の機能は小BUKモードだ。


BUKとは中・低高度防空ミサイルシステムの通称であり、旧ソが開発した遺産だ。ロシア語でブナの木を意味するそれは本来なら指揮車両、探知車両、自走式地対空ミサイルランチャー三機で構成される。だが、最新兵器嶋村和尚はサイボーグ二体の合体で小型になるが三機分の役割を兼ねる。


2014年、ウクライナ上空で旅客機が墜落した事件もBUKが撃墜したとの見方が強い。だが、真実は嶋村和尚小BUKモードのデモンストレーションだったのである。コブークと読んで頂きたい。


「あれは地対空ミサイルだな。ヘリを撃墜するつもりだ。」


八右衛門がわかりやすく説明した。石之老猿と嶋村和尚。二人の暴走はヘリ撃墜戦という地獄を生み出した。


「どうしよう。」


「敵の攻撃は杞憂でござる。老猿はヘリを撃墜させるつもりだ。」


「それって杞憂って言うの。」


「逃げろっヘリが落ちてくるぞ」


「おおおおお」


嶋村和尚はミサイルを発射した。

轟音と共に凄まじい煙があたりに撒き散らされる。同時に老猿はヘリから飛び降りた。そして、ミサイルに着地。ミサイルは爆発しない。ミサイルは校舎の真上で墜落するヘリに着弾。爆風が巻き起こる。


「きゃあああああ」


地下シェルターに避難していた生徒達も絶叫。

残骸が校舎に激突。瓦礫が降り注ぐ。


「ああああ」


千秋は全裸男と八右衛門を抱え切断された脚で体育館に避難。


「通信妨害装置は何処。」


「トイレの便器から地下に潜り込める。そこだ。」


「ああああ」


トレンディと山田寺さんを拾い上げ両肩に載せるとトイレに直行した。


「ああああ」


鼻からサブマシンガンを展開し便器を破壊。畳3枚分はあろう大穴が姿を現した。


「ああああ」


大穴に飛び込む。間一髪、校舎の瓦礫とヘリの残骸が地面に直撃。粉塵が巻き起こり体育館にまで入ってきた。


「地下は兵器庫。ここなら多分安全ね。」


下水道を流れてゆく。

ここは言わば学校の秘密の部屋だ。千秋は直感した。流れ着いた先は洞窟のような広大な空間である。避難用地下シェルターとは訳が違う。洞窟内で川が流れており、下水道は川に直結してた。


「この先に通信妨害装置がある。」


八右衛門は言った。


「通信妨害装置を破壊し警察に連絡するわ。」


「無駄じゃぞ。」


声が聞こえた。下水道から流れてきたのは…いや、歩いている。石之老猿が水面を歩きながら千秋に向かっている。


「老猿っ!」


「警察は今頃留置場の敵に大わらわじゃ。」


果たして如何なる人外の外法によるものか。石之老猿はミサイルの上を滑り、下水道の水面を渡る。


「忍法『残山剰水』。」


老猿が呟いた。すると忽ち老猿の姿が消える。


「これはっ」


千秋は床に四人を下ろした。下水道に向け手で跳躍。そして、空に向かい左掌を振り抜いた。


「ただの光学迷彩マントじゃねーか!!」


「ぐああああ!!」


何もない空間が突如翻り、老猿の姿が現れた。

千秋のカメラアイはカメレオンの如く背景に色を同化する光学迷彩マントに隠れた老猿の姿を温度感知センサーで克明に映していたのである。


「上等じゃねーかこのクソジジイが!!てめーを留置場にぶち込んでやる!!」


千秋は自らのゴリラ並み握力掌底を喰らった老猿は顎が砕けたと思った。

だが、老猿は千秋の中指の上に…座った。


「忍法『残山剰水』じゃ言うとるやろーが!!痛いやねーかこんクソガキが!!でめーを***じてから●●●にして友達の前で×××して纏めて△△△だる!!ぼぼぼぼぼ」


なんて口が悪い。千秋でもちょっとドラッグを吸った影響が出てるだけなのに。

千秋は右掌でも掌底を繰りつつ短脚で老猿の首を捉えた!これは数学教師竹内開道先生の動きをトレースしたものだ。


千秋は脚の切断面から大腿骨に当たる鉄骨を伸ばす。


「口では何とも言えるなぁー老害!!」


千秋はサブミッションを極めながら川に落下。老猿はどう言う事か水面に沈まない。千秋は万力のような力で首を締め上げる。


「ごぼぼぼぼ」


老猿の口から血の泡。


「このまま!!川を流れて!!装置の前まで着く!!それまでに老猿を…殺す!!はちえもーん!!皆の事は任せたぞ!!」


川を流れながら千秋は叫ぶ。あまりの怒気に八右衛門は喀血しつつ破顔。千秋の成長に喜んだ。千秋は知らないが、入滅部隊以前のバウハウス忍者との戦いは10年間千秋の家で行われていた。


八右衛門は千秋のことを引っ越してきた2歳の頃から見ている。こちらの世界に引き込むよう細工もした。


「お春殿。良い顔でござる。エロい事とかしたいぞ…応!!!!任された!!!!安心して、敵を、殺すが良いぞ!!」


八右衛門は叫んだ!!そうしないと殺されると思ったからだ!その背にはヘリコプターの残骸が突き刺さっている!所詮は忍者!!力を使い果たし絶命!

つづく!!!!

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