裏社会に協調性とか求められても困るでござるの巻

第13話

禁城高校教師、第一学年主任の奈良火照は教員室で一人、TVを観ていた。


画面に写るのは大人気教育アニメ、シャルル丸。これは平安時代のフランス地方領主が現代に渡りアイドルを目指す物語である。

良くある話だが、教育アニメは稀に一部のオタク層にウケる。奈良火照はオタクだ。


「麻呂は餅が食べたいぞよ」


シャルルマーニュは言った。


「what?」


シャルル丸は言った。


「いや何でも無い。」


シャルルマーニュは言った。

トラックが突っ込んできた!道路の真ん中で戦っていた二人は撥ねられた!どうなる次回!


「シャルルマーニュタンハアハア」


奈良火照は新聞のシャルルマーニュタン特集を読みながらシャルル丸第二話の録画をもう12回はリピート再生していた。餅が大好物のシャルルマーニュタンは25歳のおっさんなのだが全裸の上にコートを着てる変態だ。だが声優が可愛い女の子なので人気がある。

そして声優は可愛い女の子だが、新人声優でも随一の演技達者で、ドスの効いた声が25歳男性っぽいのでハマリ役になっている。

そんなシャルルマーニュタンでハアハアしてるオタクは控えめに言ってもヤバイ人だが、最近のオタクはキャラに少しでも女性らしさがあればハアハアできるので何も問題はない。


だが、奈良は良識派のオタクなので、おっさんキャラよりどちらかというと声優に注目している。この新人声優は羊やカエルとか川の声を当てる得手だ。小動物に劣情を催すタイプの教師、奈良としては注目せざるを得ない大型新人と評価する。


「先生大変です!」


現代文の談山先生が息を切らせて教員室に入ってきた。


「どうしたのだねっ!?また竹内先生が生徒全員を気絶させたのかね?」


奈良はとっさに壁に立てかけてあった刺股を取った。


「いえ、大変です変態です!校庭に変態がいるんです!」


「それは大変だ。さっきから鳴ってる警報もその為だったのか。」


「あんた何で警報無視してテレビ観てんだ。」


「うむ、校内に不審者が現れたとあっては警備の責任問題だ。私は関わりたく無いからとりあえず教頭先生に御伺いを立てよう。」


「それはまさか召喚の儀を行うという事では!?」


「そうだ。教師全員と生贄をお堂に召集しろ。」


「た、大変な事になるぞ。」


談山先生は手斧を床に落とした。




そんな事は露知らず、宝蔵院お春こと西大寺千秋は体育館で虚無僧集団との戦闘に乱入した。

だが、目の前には百地八右衛門。周囲には気絶したトレンディ、倒れているのは虚無僧、そして虚無僧の深編笠を被ったブレザーの生徒だ。


「トレンディ強過ぎでござるな。」


八右衛門は防弾チョッキを脱ぎながら言った。


「ちょっと待って、状況が理解出来ないんだけど。そこのブレザーの虚無僧は誰?」


千秋は悠長に言った。


「山田寺殿でござる。囮に使わせて貰った。一応怪我はしてない。」


千秋は納得した。


「拙者は敵を順に排除するつもりだった。が、体育館には石之老猿もいたでござる。」


「奴は初めからつまらぬ調査任務は眼中に無かった。」


「どういうこと。」


「あのジジイ、狙いは任務遂行ではなく学校殲滅だった。敵を許さない気持ちが先行して独断行動とは相変わらず真面目な爺さんだ。

故にあえて任務失敗した奴は晴れて自由の身となり、これから気楽に学校に攻撃できる訳だ。

始めからこれが目的だったので、我々の協力を求めなかったというオチだ。俺が形式に拘りすぎたのは謝ろう。

後はこちらのホワイト律の法解釈の問題。だが、暗黒律は有効。何一つ組織に造反していない。粛清出来ぬ。」


「よくわかんない。全部老猿さんに任せたら良いんじゃないの。」


千秋は適当に返事した。


「これからは少しでも頭を使って生きろ。」


厳しく言われた千秋は反省した。


「老猿は体育館地下に設置された通信妨害装置を起動したでござる。敵方が我々の存在に気付いた体を装ってな。しかも装置は軍用の秘密開発品。つまり規模に関係なく連中は軍だ、軍。老猿は学校で軍と事を構える。」


「軍て。」


「老猿は我々も始末していいと考えてる。だがこの状況。虚無僧達は何故追撃せぬ?兵員を送らぬ?」


「そこの人に聞いたら。」


少し頭を使った千秋は虚無僧を指差した。


「そうしよう。」


八右衛門は喉を蹴った。


「ァ」


「答えろ。お前は何者だ。」


起きると同時に八右衛門は虚無僧に小銃を向けた。


「俺はエイドリアン和尚。」


エイドリアン和尚と名乗った僧は実際、虚無僧とは言い難い。床に転がる深編笠と袈裟は防弾用。頭に砂漠色バンダナを巻く。どちらかといえば僧兵。そして肩に部隊章。


「アルファベットに卍…」


千秋は武家屋敷の翻訳がサムライレジデンスと知った時の気分だ。


「俺の相棒は?」


エイドリアン和尚は何故か千秋に尋ねてきた。八右衛門はエイドリアン和尚の顎を蹴った。


「奴は隠した。」


「隠した。」


エイドリアン和尚は連呼した。状況を理解出来てない様だ。


「俺を見ろ。殺す。」


八右衛門は顎に銃口を当てた。


「所属。」


手短かに尋ねた。


「俺は軍人じゃない。」


エイドリアン和尚は両手を頭の後ろにして答えた。


「俺は僧だ。」


「やはり入滅部隊か。瀬戸内傭兵がなぜここに」


エイドリアン和尚は首を蹴られ気絶した。


「老猿の行動を理解した。」


八右衛門はエイドリアン和尚を抱え走り出した。


「えと、入滅部隊て?」


訳が解らない。千秋は八右衛門の返答を待った。


「世界初。僧兵による民間軍事会社(PMC)だ。瀬戸内事件はご存知でござるか?」


千秋は頷く。

今更語るまでも無いが2年前瀬戸内某離島の住民がゾンビに襲撃された。原因は未解明。政府はアメリカ支援の核攻撃を決行した。あまりにも有名な事件であり、この場で多く語る必要は皆無だ。


外に出て駆けだす。千秋も続いた。


「奴等は事件後に組織されたゾンビ専門の新戦力。日本は近年規制をすり抜け軍備を進めている。ゾンビの発生した島は現在アメリカ領で、兵器取引の中継地点となっている。会社も米国籍だ。」


「初耳なんですけど。」


向かうのはお堂だ。ここで千秋は八右衛門を追い越した。

八右衛門は胸部に負傷、エイドリアン和尚を抱える。千秋はもうお堂の石段に到着した。間髪入れず昇りだす。


「国家機密でござる。連中いくらでも兵器が手に入る。しかも島は暗黒律が通用しない。」


千秋は石段を上がりお堂に入る。


普段、学校のお堂内部には背面に如来像が鎮座され、周囲を四天王像が守っている。千秋はこういった寺の仏像の配置や知識について詳しくない。だが少なくとも日常、お堂を伺う時はその様になっていた。

ところが今この時は仏像ではなく、縄で縛られた捕虜が座っている。顔面に『捕虜』と書かれた張り紙が貼られているので間違いなく捕虜だ。この学校の闇は深い。捕虜の一人や二人を常備していても不思議ではないだろう。


そしてなにより千秋が注目したのは、捕虜の周りを教師陣が囲んで鎮座していたことである。

それは日頃の学校生活では絶対に見ない、黒魔術的な異様な光景だった。



「お香をここへ。」


学年主任の奈良先生が言う。

すると捕虜の前で秘薬の入ったお香が焚かれた。あまりにも悍ましく、神秘的且つ背徳的雰囲気である。


恐怖に眼を見開いた千秋だが、教師陣たちは千秋の存在に気付かず、呪文を唱え始めた。


「教頭先生よ。浅間山におわす四教頭よ。どうかこの場に現れ、お答えください。」


暫くするとお香が室内に充満し、教師陣たちが吸い込む。


「んんんん」


教師陣と捕虜が鼻から吸引し苦しむ。気持ちよさそうだ。つまりこのお香はドラッグだった。捕虜が気絶する。


「おお、儀は成った。」


奈良先生は突如振り返り、千秋を見て言った。 千秋はあまりの事に茫然とする。何故かメキシコギャングの慣習儀礼とかを思い出す。


「これよりお伺いを立てる。」


奈良先生の目の前には、教頭先生の幻覚が現れているのである、と千秋は理解した!これがこの学校の闇の一側面なのだ!

超常存在たる教頭先生にお伺いを立てるには、ドラッグの力で感覚を研ぎ澄まして教頭先生の幻覚を見るしかないのだ!


「この忙しい時にどうしたね。」


だが、いかなることが起きたのであろうか。お堂を構成する魔術的な雰囲気が千秋の脳内コンピュータにすら作用を及ぼしたのか。

この場にいない男の声が聞こえたのだ。


「実は校内に変態が出没しましてね。どうかお力を頂きたくて。」


奈良先生は虚空に向かって語りかけた。否、そこにはいるのだ。千秋にもボンヤリと見えてきた。小太りで無駄にオシャレなスーツを着ているいかにも教頭然とした凶々しい存在の姿を。


「奈良くーん。んな事で呼んだのか。」


「いや、周囲に通信障害も発生してましてね、只事では無いです。」


だが、ドラッグで酩酊している奈良は千秋に一方的会話している。


「通報出来ないのかね。」


「出来ないですよぉ〜。校の信用問題ですよ。内密に内密に処理しないと。」


「ううん、仕方ないなぁ。」


すると教頭先生の幻覚は確かに捕虜の顔面を掴んだ。

青龍ではない?千秋はその姿が四教頭の青龍とは違うと思った。ならこれは新たな四教頭なのか?ドラッグによる幻覚なのか?


「ひいいいいい」


余りに悍ましい光景に教師陣失神!気絶していないのは奈良先生のみ!彼は以前会社勤めをしておりストレス耐性が強いのだ!


「シャルルマーニュタンハアハア」


教頭が捕虜の口に入ってゆく!恐怖により発狂寸前まで追い詰められているが、千秋は通報出来ない!


「如何かお春殿。」


追いついた八右衛門が覗く。予想以上にダメージの残っていた八右衛門は、いつの間にか千秋の後陣に配していたのだ。お春こと千秋は振り向き号泣!黒魔術的は高校生にはキツ過ぎた!


「うわ」


八右衛門もお堂の中を見て引いた。ラリって幻覚と会話する教師達。忍者といえど無理ない。


「うおお俺を見ろー!!」


一瞬の隙をつき、校内を徘徊していた全裸の男が突如として八右衛門の後頭部殴打!


「えぇっ!?グォォ」


忍者の戦は僅かな油断が死を招く!


「俺を見ろー!!目を覚ませー!!」


変質者は奈良を乱打する!


「この場にいる誰も知る由は無いが、かつて麻薬で親友を失った俺は薬物で幻を見る奴が許せない!」


「ぐあああ俺は西川朱雀ー!!」


全裸男の力で教頭先生の幻影は断末魔の名乗りを挙げ、捕虜から消滅してゆく!悪は去った!

この変質者は伝説の勇者の子孫なのだ!誰も知らないが伝説の勇者の子孫には変質者が多い!


「ああああー!!」


千秋は八右衛門を抱え逃走!


「ああああー!!ああああー!!」


面白がった全裸男はエイドリアン和尚を抱え千秋を追いかける!所詮は犯罪者!


「ああああー!!」


千秋は泣きながら逃走!裸を女子高生に見て欲しいタイプの人にこの反応は逆効果!生徒は避難している故、千秋は戦場に孤立無援!

だが千秋は思い出す。僧兵と老猿は何処へ?


入滅部隊?ゾンビ?兵器?自分で考える。

そして天啓!


「あんな変態がのさばってんだ!学校にいるわけねぇ!!連中は逃げつつ戦ってやがる!!

私のようになぁぁ!!」


「ああああー!!ああああー!!」


変態がもう背後に迫る!


「おあああ!!」


千秋は勇気を出し変態の両肩を掴んだ!


「おい犯罪者!!殺したい奴等がいる!手を貸して!!」


「覚悟はあるか。」


変態は言った。


「地獄へ行くのは私では無い!奴等だ。」


「いい顔だ。」


「ありがとう。」


千秋はドラッグをちょっと吸ってしまったので混乱していた。だがこれで同盟が結成された!変態との!


「何これ。」


八右衛門が目覚めた。


「老猿を殺す。」


千秋は凄惨な顔だ。これはドラッグの影響だけとは言い切れないだろう。


「そうでござるか。」


八右衛門は追及しなかった。


「俺の勘が奴等はこっちに逃げたと告げてるぜ。」


全裸の男は校門を越えた道路を指差す。ハードボイルドだ。おそらく強者だろう。頼りになる。ちょっとラリってる中で千秋は変質者に信頼感を覚えた。みんなはドラッグを吸ってはいけないよ。


「誰お前。」


「イライラするな。タバコいるか?」


男はタバコを差し出した。


「いただこう。」


八右衛門は立ち上がりタバコを受け取る。ハードボイルドだ。


その時、千秋の高性能集音マイクがタイヤ音をキャッチした。


「トラックが来る。」


「トラックか。おそらく拙者が呼んだ業者だ。排除した敵を回収する役目を負う。」


「お迎えが来たって事か。」


男はタバコをふかす。


「老猿は入滅部隊を追って学外に出たと思うわ。」


「追いかけっこが得意か。」


「変態は口挟まないでござる。」


「へいへい。」


だがその時、3人はトラックに撥ねられた!猛スピード!?

激突!千秋のサイボーグ化したカメラアイは自動的な反射で運転席を見る!トラックには僧兵!まだ校内に敵がいた!


「ぐあああー!!」


一瞬の判断ミスが致命的に不利な状況を招くことがある。敵の人員の規模について考えを巡らせていれば、このような事態には陥らなかったであろう。

竹内の授業中に八右衛門が察知した敵の気配は複数名。

八右衛門と僧兵が戦闘している時、七本槍が察知した殺気は3つ。その時点で八右衛門は敵を一名排除し、トイレの隠し通路に隠した。

そして、千秋が体育館に突入した時にエイドリアン和尚なる僧兵を気絶せしめた。

だが敵はもう一人いた。千秋はその考えにようやく至る。


八右衛門は敵の運転する車自体は回収業者のトラックと確認!つまり短いやり取りの間に、トラックが奪われていた!

八右衛門は千秋をクッションにし無傷!千秋は衝撃分散機構が働き軽傷!全裸の男は受け身で全身打撲!

エイドリアン和尚は無傷。何というトラック運転テクニック。


相棒…相棒!エイドリアンの発言した相棒なる人物は、トイレに隠した男ではなかった!


トラックは八右衛門が10年以上かけ学校に出入りするパン業者を買収し得た協力者だ。だがこうなれば信用が台無し。こんな危険な仕事には二度と協力してくれないだろう。


僧兵はアクセルペダルを踏みつつ運転席から身を乗り出し後方で悶絶する千秋達に向かい何かを発射。

発射するタイプのスタンガン、所謂テーザー銃だ。 しかも銃ではなく、銛に改造している。つまりテーザー銛だ。そして散弾式。広範囲に向け10本の銛が高速で発射される為回避不能。

電極が4人の体に刺さった。電極銛は肉に食い込むよう一つ一つ錨のような返しがついている。


「ひゃっはぁー!!」


アクセル全開、電極の刺さった4人は引き摺られる。校内へ逆走。


「ひゃっはぁー!!」


運転手はエイドリアン和尚以外の3人に電流を流す。


「ばあああ」


八右衛門は身動きが取れぬ。千秋のサイボーグ体も人体構造に比較的忠実であり、運動機能に障害。全裸の男は息をしていない。


「おらあっ」


千秋の背からジェットパック展開。


「ひゃっはぁー!!」


僧兵は即座にスピン走行。4人はつられ回転。


「おあおお」


体育館前まで戻る。ドリフトする千秋の前方に予め張られたワイヤー。


「ああああ」


ワイヤーにより千秋の両足は切断!

テーザー縦糸と切断ワイヤー横糸。世紀末トラック野郎アラクニド和尚だ!

つづく

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