第12話

ゴールデンヴァルキュリア和尚はテキサス随一と謳われるハルバードの名手だが即死した。流派はミレニアム宝蔵院流免許皆伝だが死んだので今やその業を見る機会は永遠に失われたのである。

彼の人生は槍の激突により幕を閉じた。畢竟、戦乙女が死を誘う、永遠たる一瞬の主観世界のなせる戦闘の結果である。

ゴールデンヴァルキュリア和尚は廊下の床に仰向けに倒れた。


ミカエラはこの時、確かにゴールデンヴァルキュリア和尚の声を聞いたと確信していた。稀に格闘者同士が拳を交えながら心の中で会話するアレである。

ミカエラはゴールデンヴァルキュリア和尚の骸を冷たく見据えた。


「紙一重。」


ボナンザがそんな事を呟いた気がした。


「紙一重で正々堂々勝負を挑めば負けていたのは我々の方だ。そもそもか弱い女子高生に一対一の決闘を申し込む変態の類。即座に抹殺するのが正しき行いであるな。」


ボナンザがそう言った気がした。


要は土足且つ完全武装で女子校に押し入るような輩は控えめに言っても不審者に相違なく、そんな奴は何かする前にいきなり殺されたとしても文句は言えないという事だ。また不審者とミカエラは戦闘中、一瞬の内に永遠とも思える主観時間を体感しており、誇り高き戦いに恨み辛みなど一切ない。


ボナンザがそう言いた気な顔をしていると思ったのは千秋だけだろうか。否、教室内のほぼ全員がそう理解していた。七本槍の対応を見れば解る。

スパークはミカエラが動く前に菅原さんの視界を塞いでいたし、トシオ=クリスティーは何やら丸薬を菅原さんの口に含ませた上でお茶を飲ませていたからだ。


「さあこれを飲め。」


という様な感じの流麗な動作であり、菅原さんはわけも解らずとりあえず抵抗する他ない。


「ごくんごくん」


「良しッちゃんと食道まで入り込んだなぁ。」


今にもそう言いそうな顔のクリスティーナだ。菅原さんがお茶を飲み干すとスパークは目隠しを解いた。


「うん。なに、ええっなに?」


菅原さんは千秋は流石の菅原さんでもこのような時には狼狽えるのだと思った。いや、いきなり目隠しされて丸薬を飲まされて何なのか問いたださない理由がないが。


「人が倒れてるね。あれ?ピンクの羊?」


丸薬を飲まされた菅原さんの視界には何が映ったのか。どうも千秋に見えないものが菅原さんには見えてるようだ。


「は?え、うそぉヘラクレス?」


あまりの事態に菅原さんの脳はちょっと対処出来ないみたい。


「落ち着いて安らかに。」


然とスパークが寝るよう促す。菅原さんは立とうとするが足元が覚束ない。


「外周からやり直し?」


これは菅原さんは何か幻覚のような物を見せられているのだと千秋は直感した。


「腹筋50回!?」


菅原さんは言った。スパークは曖昧に微笑んだ。やがて菅原さんは目を瞑った。


「じゃあ頑張ってね…」


「良い子だ。」


然としたマントが棚引くスパークは菅原さんを床に横たえた。


完璧なコンビプレーだ。即座に敵を認識し殺害する一方その情報を遮断する。全ての動作が七人一体となって行われ無駄がない。また不審者が並外れた闘気にも関わらず入室するまで誰も存在を認識し得なかった事がそうさせた一面もある。戦闘達者である七本槍に即座に殺人行動を行わせる程に凶々しい存在感を放つにも関わらずだ。千秋は七本槍の本気の行動に感嘆すると共に震え上がった。


「七本槍を舐めないで貰いたい。」


と言わんばかりの視線をスパークが千秋に送る。即ち七本槍は殺人という究極の手段を以ってしか不審者に対処出来なかったのだ。それ程に状況が切迫していたと言える。またこの時、校内全体に死臭が漂っていることに千秋は気付いてなかった。作戦状況は知らず知らずの内に全員を包み込み、殺人というシンクロニシティを生んだのだ。


一方で、千秋は七本槍の的確な行動に考えさせられた。自分は理解不能な剣気漂う不審者に出くわした時どうしたであろうか。変に対話の姿勢を見せた為に自分はサイボーグにされたのではないか。


「お春殿。」


橘さんが千秋の肩を叩く。千秋は橘さんを見る。


「橘さん。」


「凄い!髭のおじさんがいるよ!!」


「え、あなたも?」


千秋が見た橘さんは目を回転させ涎を垂らしていた。


「お春殿。」


「はい」


「ミカエラの結婚式の次は船に乗るわ。」


「はい」


「私は貴女の航海技術に期待してるのよ。」


「はい?」


「ポン酢」


「はい?」


「ポン酢」


「はい?ポン酢?」


「タピオカよ。」


こうして宝蔵院お春こと西大寺千秋はポン酢と来るとタピオカと返さないと場合として橘さんの機嫌を損ねる事を知り、そして橘さんを床に寝かせた。


「タピオカ」


ミカエラがそんな顔をした。


「ポン酢」


千秋は返した。


「fuck.」


ミカエラは言った。千秋は泣いた。


要は菅原さん橘さん両名は睡眠導入剤を含まされ眠りに落ちたのだ。全ては事件を明るみに出さない為。槍投擲から90秒しか経過していない。

何故、幻覚作用が睡眠導入剤にあるのか、それは聞かなかった。



「私は自首しよう。」


ミカエラはそんな目をしていた。

人を殺せば逮捕されるのが当たり前です。

にも関わらず、ミカエラが殺人に及んだのは彼女なりの理由があると思う。


ミカエラは携帯電話を取り出した。

だが、ボナンザがミカエラの右手を掴んだ。


「まてミカエラ。お前は結婚を控えた身。私が下手人になる。」


ボナンザがそんなポーズをした。


「馬鹿なそんな事」


ミカエラは怒った顔だ。


「なら結婚はどうする」


ボナンザの動きは覚悟に満ちていた。


「いや死体なんて処理すればいいじゃん。」


突然、ビル美が大体そんな表情をした。皆引いた。

だが十代のビル美は被害者の方が悪いのに加害者が罰される理由が解らなかった。


「柳生斎様を頼るしかあるまい。」


という仕草でラブセクシーは髪を掻き揚げた。


「ミカエラは任務に忠実であった。それのみよ。」


ミス・トレンディが言った。そして千秋を見た。目が合う。


「お春殿、今は聞くまい。」


そんな顔をした。 勘だが七本槍は宝蔵院お春の正体に気付きつつあった。学校全体に漂う殺気にも。その上で千秋に友人として接したのだ。


「良し決まりだな。」


スパークがそんな顔をした。千秋は何が良いのかわからなかったが状況は常に動く。


「なあマズイぞ」


ママンが携帯電話を拾った。先程ミカエラが通報しようとして床に落としてしまった物だ。


「圏外だ。」


ママンが突き出した画面には『圏外』と表示されていた。


「通信妨害か。」


ラブセクシーが髪を振り乱した。


「局所的な通信妨害?」


「恐らくそう。」


千秋のカメラアイはすべての暗号を見逃さず翻訳する。


「なら敵はお春殿が目的か?」


ボナンザとミカエラがゴールデンヴァルキュリア和尚の死骸に飛びついた。


「fuck!?」


ボナンザがゴールデンヴァルキュリア和尚の懐から取り出したるは爆弾!ゴールデンヴァルキュリア和尚自作の閃光弾である!


「aaaahhhh!」


ボナンザ激憤!閃光弾なら当に爆発してる筈!つまりこれは死のブラフ!二重の罠!当然、閃光弾は爆発しない!


ミカエラは瞬時に状況を推察する!だがそれよりも早くトレンディが動いていた!何かがおかしい…そう、七本槍にも存在を気どられぬ程の隠密達者が、あえて教室に姿を現してまで戦いを選択した事。七本槍に負け死ぬ事それ自体がゴールデンヴァルキュリア和尚のブラフだったのでは!?


「お春殿ッ!敵の狙いは、ここでは無かったアアアアーッ!!」


ミカエラがそんな顔をした!トレンディはいち早く廊下に飛び出し火災報知器のアラームを押した!


「お春殿、体育館へ急げ。人には戦わねばならぬ時がある。」


っぽい感じでトレンディは千秋を抱え窓に手をかけた。


「えっ」


「ちくわあああああ」


ちくわあああああ警報音が校内に鳴り響く!


「敵は始めからお春殿を足留めさせるつもりだ。一対一の戦いを臨んだのもその為。場合によっては閃光弾により動きを封じるつもりだったようだ。」


とでも言うかのようにトレンディは千秋をホールドし体育館に向けて飛翔した!


「まって、なんで体育館なの。」


千秋は最初から体育館に向かう予定だ。


「ハルバードに黄金甲冑。協力なしに持ち込めぬ品々。つまり敵の背後に学校がいる。なら敵は学校を守る立場なのは明白。誰から?お春殿、貴女からだ。なら貴女は体育館へ行け。」


とでも言うかのように着地!


「加えて通信妨害。体育館の殺気。ゴールデンヴァルキュリア和尚。武器は…体育館だ。」


と言いそうなトレンディは閉ざされた体育館入口を通り過ぎ、千秋を抱えたまま回り込み裏側の建物へ!


「体育倉庫はここだな。」


と言いそうな槍で両断!壁を貫通!壁が崩れて穴が空いた!


「私、体育館に入る」


「良しッお邪魔する。」


と言いそうなトレンディは千秋を抱え倉庫に入るが誰もいない。体育館にも誰もいない。


「死臭だ。火薬臭はない。」


と考えるように冷静に分析する。


「見ろ。」


トレンディがそんな顔で二階を指差した。


「カメラだ。」


と言いそう。

千秋のカメラアイは即座に認識機能をオンにし、二階窓枠に取り付けられた小型レンズを発見した。


「そこにも、あそこにもある。ここを守る連中がいたという事だ。」


と言いたげだ。


「連中はどこへ?」


「トイレ休憩というわけではなさそうだな。」


と言いそうな耳の形をしている。


その時トイレのドアが開いた。体育館と倉庫の間にトイレがあるのだ。トイレから黒煙が舞う!


「おおおおおおお」


黒煙の中から見えたのは虚無僧が二人。一方の虚無僧は崩れ落ち、黒煙に紛れた。煙の中に立つもう一方の深編笠の虚無僧はしかし、ブレザーを着ている。


「いや、中だ。トイレの中だ。」


トレンディが千秋を抱え、煙幕に構わずトイレに向かい走る。だが、この時、忍者が二人いた事を!トレンディは気づかない!

そして…1時間目が終わった!


「ううううぬああああああ」


トレンディの背中に…人が座っている!


「死」


トレンディの背に座るのは白髪の小柄な老人!いやこれは?トレンディの面前に八右衛門が!?一体何時の間に!?とりあえず八右衛門に蹴りをお見舞いする。だが、何一つ理解せぬままトレンディは気絶した!老人に針で刺されたのである。針に塗られているのは何らかの薬品であろう。


何らかの薬品の為に蹴りは十全な力が入らず、とりあえず八右衛門の胸骨を粉砕した。八右衛門は煙の中悶絶!血を吐き、すると煙幕が止んだ!これもまた忍者が用いる人外の術なのか!?


「ハァハァなんて一般生徒だ。」


八右衛門は何時の間にかスパークから貰っていた強壮剤で気力を取り戻す。

トレンディに抱えられていた千秋は状況が飲み込めない。目の前には…八右衛門一人!?一体今しがたの老人は?


「紹介しよう。彼の名は石之老猿。」


八右衛門は虚空に向かって言った。


「老猿殿、こちらは宝蔵院お春だ。」


「女子高生。」


虚空から声が聞こえた。


「年頃か。」


千秋には石之老猿の姿が見えない。まさかこのような形で接触してくるとは。3時間の時限付き任務が課せられていた甲賀忍者。だが、ついたった今、3時間は過ぎてしまった。


「任務は失敗じゃあああ」


見ると八右衛門は額に汗を滲ませていた。老猿の任務失敗とは即ち秘密法による保護が消滅した事を意味する。老猿は敵中に孤立したと言えよう。


「老猿殿、輸送ヘリは用意しています。ご同行頂きたく」


「ワシは真面目な忍者でなあ。幼少の頃より規則に基づき行動せねば気が済まぬ性分。育ち。」


八右衛門は相変わらず虚空に向かい話を続ける。


「大事なのは目的を達成することです。貴方は敵の情報を探るという当初の目的を達成した。」


「ホワイト律は失効した。これより暗黒律に従い敵の殲滅を行う。」


それきり虚空からの返答は無かった。


千秋はホワイト律の闇を理解した。ホワイト律は忍者から一般人を守る為のものだったのか。


「ちくわああああ」


外で生徒の悲鳴!偶然不法侵入した全裸のおっさんが校庭を走る!


「あれは」


「只のガチの変質者だろ。」


通信妨害装置が機能し通報出来ない!地獄の延長戦の幕が開く!

つづく

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