第11話

最強の講義科目は何か!?


現国、古文、漢文、数学、化学、生物、物理、地学、日本史、世界史、地理、英語、公民、芸術、家庭、情報、保健、体育、道徳、ESS。


多種ある講義科目がルール無しで戦った時・・


授業ではなく・・


目突き、金的、ありの『講座』で戦った時、最強の講義科目は何か!?


それは数学である。


私立錦城高校の教師、竹内開道は数学教師だ。つまり凡ゆる教科の中で目下最強の教科を扱う。何故数学が最強なのか。それは無限の計算と論理性の果てに見出される完全なる数字の世界に由来するからではない。そんなのは素人の考えだ。


答えは解答時間。

授業中、生徒に問題を出した時、マトモな教師なら平均的な生徒より短時間で解答を弾き出す事が可能。そこで0.05秒のインターバルが生まれるのだ。

数学教師はその致命的時間を有効活用しムカつく生徒にアームロックを極める。その気になれば命すら刈り取る事が出来る。

つまり、数学こそ生徒を抹殺する授業に最適なのだ。

『凡ゆる授業を生徒の前で行った時、最も強い教科は何か?』

と聞かれたら、数学こそが最強と答えるべきだ。

竹内は自分の数学に自信を持っていた。そして、このような危険極まりない人物が教師になれたのも単に数学の授業の達者故にである。


そんな竹内にとって今日は厄日だった。普段、朝は4時ごろに起きて5時ごろの電車に乗るのだが、電車の中で全裸のおっさんと出くわしたのだ。早めの電車はこれだから困る。幸い、裸のおっさんは駅員の格好をした少女と歓談していたので、こちらの存在を気取られる事は無かった。

あれは何かのコスプレ大会の帰りとかだったのだろうか?コスプレ文化に疎い竹内には如何なる計算を以ってしても理解の範疇を越えた事象だった。だが、厄災はそれだけで終わらなかった。


一時間目の授業から何かどうにも生徒達が真面目に授業を受けてる感じの態度ではないのだ。

まず左斜め後ろ辺りの一角。

そこに座るのは橘さん率いる仲良しグループの一員、宝蔵院お春だ。この生徒は通学中に駅員の格好をして全裸のおっさんと歓談していた事からも判る通り、賢い生徒ではない。彼女は珈琲牛乳を飲みながら旅行雑誌のページをめくっている。いい度胸だ。


そして、宝蔵院お春の後ろの席にいる百地八右衛門。男らしい名前だがれっきとした女子校生。彼女は授業を聞く様子もなく、先程から前の席にいるお春の肩をしきりに叩いている。


また、左右隣の席から宝蔵院お春の肩を叩くのはボディービル美とスパーク。同じく前の席で頭を振り髪の毛を当てるのはラブセクシーだ。やはり橘さんグループの生徒。

新手のイジメだろうか?


だが、大体この手のふざけた行為には関わらないのが竹内開道のやり方だ。

生徒を抹殺するのは授業の中だけだ。プライベートには踏み込まない。また、このような危険思想を持つ人間が教師を勤められるのも数学の教育能力の高さ故にである。


「ではこの問題をスパーク、答えろ。」


「fuck.」


スパークは即答した。即答されては殺す隙が生まれない。


「違うな、ここは4xy=19だ。今は数学の授業中だぞ。」


「fuck.」


今の返事でスパークの成績は1点減点だ。

しかし、何という身のこなしであろうか。教室全体に漂う一毫も隙無き殺気は流石、七本槍である。

授業はあと12分で終了する。ここで生徒を殺せなければ竹内開道、教師として完全敗北といえよう。

竹内は今まで数々の気に入らない生徒を再起不能に陥らせてきた。授業を真面目に受けない輩は罰として失神させ、学生としての死を与えてきた。死とは即ち学生の本分、学業としての死、単位落としである。


そう、竹内の好きな生徒は不真面目な生徒でも馬鹿正直に授業を受ける生徒でもない。彼が好きなのは自分のペースで勉強が出来て、且つ竹内が行う授業程度には簡単に付いて行ける生徒だった。竹内はガリ勉である。人間としてのレベルが低い人間とコミュニケーションを取る事は不可能だった。

よって、竹内が最も好むのは挨拶する時「ごぎげんよう」とか言っちゃうくらいおしとやかで文武両道の生徒だ。典型的なお嬢様学生が大好きなのだ。あまりにもそのタイプの生徒が好きなため、自分はその妹になりたいとすら考えていた。妹になり勉強を教えて貰いたかった。人生の勉強を。


「ね、姉さんなのか…?」


そしてこの時、竹内は姉としての可能性をスパークに見出しつつあった。質問に即答したのもポイントが高いと思っており、彼としては高評価だった。


「姉なのかもしれない。だが不確定要素がある事は否めない。」


事実スパークは真面目な態度で授業を受けていない。


「これから12分は姉なのかをしっかり見極める必要がある。」


だが、七本槍は常に殺気を放っており迂闊に近付けない。そこで鍵となるのが周りの友人達だ。

特に七本槍と親しい橘だ。橘もまたポイントの高い生徒だが彼女はまだ暴力の快楽を知らない。あるいはそれを封じ込めてるのかもしれない。

真の姉ならば妹に対する容赦の無さは野生の熊並である筈だ。そして自分は優しい姉に甘んじる弟ではなく、厳しい姉に尚抵抗する孤高の妹でありたい。それでこそ姉との家族関係から真の優しさを学べるというものだ。


「先生、トイレに行きたいです。」


手を挙げたのは百地だ。

成る程、次は生徒のターンという訳か。竹内はそう理解した。教師の自覚が並のように戻ってきた。授業とは教師と生徒の1ターン性バトルだ。


「成る程。では授業を中断する事なく速やかに教室をでた方が君のために良いのでは?」


竹内は答えた。姉なら授業中トイレに行かない。


「先生、私もトイレ。」


不意打ちをかけたのは山田寺だ。彼女は橘、菅原と並ぶクラスリーダー格だが素行不良の天才タイプで一般教師受けが悪い。


「ほう、では?トイレなら教室を出て右に曲がって直ぐだぞ。」


竹内は冷ややかに言った。山田寺のポイントはもう下がらないのでどうでもいい。

山田寺は既に姉だ。矛盾した表現になるが姉ならトイレくらい行くだろう。だが、竹内は山田寺に興味を持たなかった。真の姉では無いからだ。

結局、百地と山田寺は教室を出た。


「fuck…」


スパークが呟いた。橘に攻勢をかけるなら今だ。


「あと10分で授業は終了なのだがねえ。」


生徒達の間に緊張が走る様子が見て取れた。残り10分という事は小テストを行うには充分な時間であるからだ。生徒達の学内ヒエラルキーというモノは複雑にして怪奇であり全貌を把握している人間などまずいないだろう。それは学校という生態系が野蛮である証左だ。


だが、弱肉強食、つまり学力だ。


無造作に築かれた違法増改築の如き人間関係の牙城に打ち込むクレーンハンマーは学内成績という名の横線だ。人間は比較的同じレベルの頭のつくりをした人間としか仲良くなれない。つまり、ここで小テストを行う事で人間関係に青春という名の変化が訪れる。だから皆緊張して当然。


「じゃ、今から小テストを5分間で行うぞー。ただし終わった奴から休み時間入って良いからな。」


仲良しグループが反応した。スパークの友人に付け入る隙が生まれつつある。


「授業が早く終わるだと?」


「それは休み時間が増えるという事では。」


「我らの知能が今こそ試される時。」


西大寺千秋に戦慄走る。

ちなみに今の竹内には知る由も無いが、七本槍には一刻も早く授業を終わらせ、今日の放課後に行う録音会とは一体何なのかについて菅原さんに尋ねたいという事情があった。

一方で宝蔵院お春こと西大寺千秋もまた菅原さんの行う録音会がバスケシューズの摩擦音である事実を秘匿したかった。

心の繊細な乙女がバスケシューズを録音する状況に陥れば衝撃のあまり七本槍は割腹する事これ必定。学内成績を優秀に収め、平穏に一学期を修了したい千秋にとって頭が良く顔の広い友人を失う事は大きな痛手だ。

千秋は一刻も早く小テストを解答し七本槍の主、橘結に接触する必要がある。

橘さんは日常的には柔らかなお嬢様だ。クラスのキーパーソンで、私兵団七本槍のオーナーである。幸い千秋は彼女と親交があり、彼女に七本槍を止めてもらえば良い。


「抜き打ちとは穏やかじゃないですね。」


橘さんが言った。


「安心しろ、成績には影響しない。まあ要はただの余興だな。」


竹内はそう言いながら黒板に数式を書き始めた。


「問題数は①〜③までの3つ。答えはノートに記入するなり好きにしろ。別に先生も一々確認とかしない。余興だからな。」


「成る程。」

つまりお嬢様達の自尊心への挑戦なのだ。


すると竹内は黒板に何か書き始めた。


①a^3+b^3

②a^3+b^3+1-3ab

③x^3+6x^2+3x+18


これはッッッ!!

因数分解の問題だッッッ!!

プライドに寄る証明を含むッ!!!!!!


まず^3の意味がわからない!だがこれは3の乗数を表す記号でネットとかでは主にこっちで表記されるのが常識だ。竹内が今日の授業中にこの表記法をちょろっと説明したが殆どの生徒は聞き逃していた!!殆どの生徒、脱落確定!!

そして、ネット中毒の一部の生徒達はここで始めて問題に挑む資格を得た!


竹内はテスト中に生徒の解答を見て教室内を回る教師の動きを装いながら、瞬時に生徒の頭脳を嗅ぎ分け、問題を解けてない生徒達を手刀で気絶させて行く。気絶させられた生徒は誰に気付かれるでもなくテスト時間どころか休み時間も寝て過ごすだろう。見立てでは生き残ってる生徒は9人。


いや…だがこれはッ!


竹内は突如視界に入った光景に釘付けとなる。最も授業を真面目に聞いてなかった宝蔵院お春が…黒板の問題を見ると同時にやおら立ち上がり教室を後にしたァァ〜〜〜!?


竹内は冷静を装いつつお春の机を見る!そこには白紙!のノート!!こいつ小テストを放棄しやがった!!竹内はこの事実に愕然!!

ならば…この出来の悪い妹のような宝蔵院お春は逆に真の竹内開道であり、自分自身が姉だったというのか!!絶対に嫌だ!!


「はっ!」


そうか…主体性とは客観性と究極的には同一!!大事なのは自分の定義だ!ならば自分はやはり妹だ!西大寺千秋…マイナス10点!


授業中に勝手に教室を出た宝蔵院が減点されるのは自然摂理のごとく当然だ。そして自己の再構築を経て最強となった竹内に死角は無い。教室内には七本槍と普通に問題を解いている橘と菅原。だが、第三問に悩んでるようだ。当たり前だ…第三問の数式は…因数分解不可能だからだ!!勝った!!


確かに、この小テストは因数分解の問題ばかりだが、第三問だけは因数分解出来ないので因数分解出来ない事を証明をしない限り終わらないッ!!


「fuck!」


スパークが竹内にチョップ!竹内が気絶してテストは強制終了の算段だ!だが


「この問題ゼミでやったぞ」


突如、菅原さんが解答終了!!?

菅原琴美は…学業に専念したいので運動部に所属してないのだ!勉強は普通に出来るし、春休みのうちに大学の数学ゼミを訪問したりしてた!


「お前が!俺の姉さんだったのか!!」


竹内は絶叫!その時、スパークのチョップが竹内の喉に直撃!続いて右膝蹴りが顔面に直撃!


「fuck!」


「姉さん!姉さん!」


「えっ何」


事態を把握出来ない菅原さんは思わず返事した。この返事で竹内は菅原さんが姉だと確信した。


「fuck!」


スパークは床に仰向けになった竹内の腹に肘打ち!

だが、竹内は素早く回避するとスパークの肘を掴み両足をスパークの首にクロスさせた!


「fuck!」


「お前はどうだ?私の姉か?」


スパークの頚動脈が締め付けられる!竹内は姉を発見した時、姉を奪還する使命感に駆られ如何なる非人道的行為も厭わなくなる。


「おおおお」


残りの七本槍がスパークを救出すべく殺到!


ウィルヘルミーナ!

ラブセクシー!

ミカエラ!

トシオ=クリスティーナ!

ママン!

ミス・トレンディ!

ボナンザ!


そして…宝蔵院お春!


「あぁ〜姉さん…助」


竹内は宝蔵院お春こと西大寺千秋に後頭部を蹴られ昏倒!


「お春殿」


スパークが千秋の肩を叩いた。


「これでみんな休み時間ね。」


千秋はそれとなく言った。


「授業はのこり6分!」


「yeaahhhhhh!!!!!!」


七本槍達が勝利の槍を掲げた。ここに七本槍と宝蔵院お春の友情が結ばれたのだ。


では百地八右衛門は何処へ行ったのか?彼は体育館にいた!

体育館には敵と思しき気配が3つあり、此奴らを逃す手は無い。千秋のいる教室から体育館は向かい側にあり、目と鼻の先の距離だ。つまり最短距離で体育館へ辿り付くには誰にも気付かれぬうちに教室からジャンプし体育館へと飛び移れば良い。八右衛門にはそれが出来た。

八右衛門が敵を排除する間、千秋はサポートに回る。そのためには直様クラスメイト達の対処をしなければならない。

依然、体育館は静寂。死の静寂である。否、体育館の中では生存をかけた静かな戦闘が繰り広げられていた。


「ところでお春殿、先ほどより体育館から漏れ出す殺気は何なのだ。」


ボナンザが肩を叩いて指摘した。


「えっ殺気て何。」


千秋は専門用語に詳しくなかった。


「いや何でも無い。」


ボナンザは千秋の肩を叩いた。


「何やら体育館に鼠がおるようだの。」


ミス・トレンディがそんな表情をした。


「あなた達好い加減にしなさい。」


突然橘さんが口を挟んだ。


「体育館の何がそんな気になるの。今日の録音会が嫌なの?菅原さんと親交を深めたく無いの?駄目よ。あなた達は永久に私の下僕。私が行くと決めたらあなた達も行くのよ。」


「結様。」


ボナンザがそう言いいそうな顔をした。

七本槍が体育館の戦闘を察知した事を、橘さんは彼女らが今日の録音会を嫌がっていると勘違いしたのだ。これは千秋も感づいたが、橘さんと菅原さんは同じリーダー格同士、何となく周囲で優劣付ける動きがあった。

だが橘さんは周りの評価を恐れずに菅原さんと仲良くしたかったのだ。


「第一、矢でも降ろうと地雷でも踏もうと私を守るのがあなた達七本槍でしょう。」


橘さんは毅然として言った。


「然り。我らは結様の御尊意のあるままに。」


七本槍達が一斉に槍を伏せ、膝まづいた。


「あなた達は私のいう事だけを聞いていれば良いのよ。」


「はっ」


これが彼女なりの優しさだった。橘さんにとって七本槍は部下であり奴隷、そして仲間であり親友だった。


「七本槍は永久不滅!」


橘さんが言ったがその時教室の扉が開いた!入室したのは黄金甲冑を身に纏った仏僧だ!


「我が名はゴールデンヴァルキュリア和尚!いざ尋常にぶほぉ」


ゴールデンヴァルキュリア和尚は突如喉元から槍を突き立てられ絶命!ミカエラの投擲した槍だ!

つづく

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