第34話

土俵の上にいるのは学生ではない。

飲み込みが難しい表現である。目の前の光景を言っているので仕方ない。

要するに、学校で親御さんが相撲を取るなど、高校生活の破壊ではないか。宝蔵院お春こと西大寺千秋はそう感じた。

そんなに学校に期待していたのか。それも違う。


西大寺千晴、旧姓宝蔵院千晴。千秋の最も苦手とする母親だ。

他人にとっての悪になることが生き甲斐のような女性で、正義に対して正義を名乗り、悪に対すれば正義の名の下に悪逆非道な鉄槌を振り下ろす。何も無い人間には正義を教え込む。今世紀最悪の暴力ヒロインだ。ごく普通の主婦だ。


西大寺冬彦。千秋が最も好む父親だ。

力にも智謀にも優れない。戦闘に向かず、規則に緩く、社会人にして自由を謳歌する性格だ。

ただ一点、変な人に好かれる。

まず、あの母親と結婚してる。

道を歩けば変態に遭遇し、仕事に出れば人が死に、家には不審者が乱入する。その点で母親より恐ろしい。


母親は退屈しないだろうが、一緒にいると身がもたない。千秋にとってこの受難体質を遺伝しなかった事が救いだ。

以上の事から、Gブロックが一際不審であることは想像出来た。

しかも相手は菅原さんの父親と橘さんの父親、そしてマダムだ。

「俺履いてるの冬用靴なんだよね。」

黒滝が言った。


千秋母が包丁を投げたが、黒滝に届く前に橘さん父が刀で切ってしまった。

「武器の持ち込みは禁止ですよ。」

巨大な滑車に入った菅原さん父が言った。

「よろしくお願いします。」

千秋父が言った。

「あら貴方、死相が出てるわよ。」

マダムは喪服を纏い、巨大な鎌を構えていた。


「不安だ」

観客席にいる千秋の背後で呟く者がいた。誰であろう、振り向くとそこには入滅部隊のメアリージェーンワトソン和尚が腕組みして直立していた。

「お前はメアリーなんとか和尚。」

千秋は大袈裟に驚いてみた。

「名前を間違えるな。俺は…メアリー…えっと…ワトソン和尚だッ!」


なんとか和尚が袈裟を脱ぐとそこには英国旗柄のTシャツに革ジャケットを着た男がいた。

「だがお前の意見にも一理ある。カタカナの羅列した名前では覚え難いだろう。俺の事は親しみを込めてダビットソンと呼べ。」

ダビットソンはサングラスを掛け、英国旗柄の鉢巻で頭部を覆い、葉巻を咥えた。


「それで何の用。私の命でも奪いに来たの?」

「冗談を言うなGIRL。俺が背後を取った時点でお前なんて何時でも殺せるさ。」

確かにダビットソンの言う通りだ。ダビットソンはコーラを飲み、ポテトを食べ始めた。

「俺はこう見えて元忍者でな、服部半蔵の下で修行に明け暮れたものさ。」


「マジでッ!?」

千秋は驚愕の事実に戸惑いを隠せなかった。

「ああ、お前も瑕疵腹で通信を聞いただろ?だが飽きちまってな。逃げ出して、流れ着いたのが傭兵稼業って訳よ。そんな俺の予感が告げてんのさ。ここらが潮時だってな。」

ダビットソンは所詮流れ者だったのだ。


「昔とは何もかも変わっちまったな。」

ダビットソンは哀しそうに言った。

「そしてこれからも変わり続けるよ。」

千秋は適当に返した。

「ふっ、この試合が終わったらトンズラさせて貰うよ。」

一方、土俵の上では千秋父が投げたクナイがマダムの右肩に突き刺さっていた。


「チロリアンシューズは登山靴にルーツを持つの?俺のはスノトレだけどね。それよりこの時計5万だと思う?」

黒滝がすかさずマダムに話し掛け、隙を突いて、千秋母がマダムをヌンチャクで殴り飛ばす。

「オラアッ!」

「それより君の姪っ子さん何歳?」

「グハァッ」

「オラアッ!」


「俺は年齢で人は見ないけど、君は今にも倒れそうだね?」

黒滝が指摘すると、マダムは印を結んで三体に分身した。

「調子に乗んじゃねえ。」

分身するマダムの明らかなルール違反に千秋母の怒りが炸裂した。撒菱を地面に投げつけると、ヌンチャクに仕込んだ鎖鎌でマダムを横一線に薙いだ。


マダムの分身は煙になって消えた。顔面に傷を負ったマダムは震えながら地面に膝をついた。

「良くもわたしの美しい顔に傷を」

菅原さん父が豆乳をかけるとマダムは気絶してしまった。

「菅原グループ総帥の力を甘く見ないで貰いたい。今この土俵自爆装置を作動させてもらった。」


「なにぃ自爆装置だとぉ馬鹿言ってねえで脱出するぞ。」

千秋母は気絶したマダムを抱えると土俵の外に出てしまった。

さて、残る勝負はすぐさま決着がついた。土俵が光り、崩壊を始めたのだ。千秋父は橘さん父に手裏剣を投げたが、橘さん父は丸太と入れ替わった。

「そこだあ」


突如、千秋母が土俵の縄を解くと、黒滝を縛ってしまった。

「敗者にルールは無えんだぜ。勝った方がルールなのさ。」

すかさず菅原さん父を斬り伏せようとした千秋父だが、その時、地面から延びた手が千秋父の足首を掴んだ。橘さん父の土遁の術である。

「不味い爆発するぞ」


危険を察知した選手達は煙玉を投げ、土俵から脱出した。その瞬間、黒滝を残して土俵が大爆発した。

「ぐおおおおお」

逃げ遅れ、爆風に巻き込まれ、吹き飛ばされる選手達。だがその時、奇跡が起こった。

「見ろ、爆心地に誰か立っているぞ。」

それは血を吐いて倒れる黒滝だった。


「馬鹿な、マトモに爆発に巻き込まれて生きているだと。一体なぜ。」

黒滝は胸ポケットから社労士の問題集を取り出した。

「先生がオラを守ってくれただ…」

問題集にはサインが描かれていたのだ。

「勝者ッ!トイプードラー黒滝ッ!」

白虎が叫んだ。千秋はイマイチ納得がいかなかった。


事態を飲み込めない千秋が爆心地から目を背けると、茂みで会話をする二つの人影が見えた。何やら懐かしいシチュエーションだと感じていたが、それはキャスパー和尚と松平総理だった。

「あれ、あそこになんかいるよ。」

千秋は言ったが、後ろにいた筈のダビットソンは風のように消え去っていた。


きっとダビットソンは旅に出たのだろう。流れ者の彼にはかつて所属した組織と今所属する組織の争いは耐えられなかったのだろう。さっきの爆風に巻き込まれた可能性は積極的に無視する事にした。

それより、キャスパー和尚と松平総理だ。盗み聞きする為、千秋はそれとなく二人に近寄ってみた。


「教えて頂けませんか?陰陽忍者の式神について。」

「残念ながらそれについては詳しく答えられんな。総理の管轄は甲賀組と伊賀組、そして電子組に限られる。」

「では陰陽組は忍者の上に立つ者だと?」

「それも違う。忍術には奥義があり、その者は第三の眼を持つ。それが最強の忍者。」


「では私はその人に当たれば良いんですね?」

「気をつけると良い。第三の眼に魅入られれば即死は免れんぞ。」

キャスパー和尚は頷くと、何処かへと去ってしまった。

「総理、何を話してたの。」

千秋が話しかけると、総理は千秋の眼を見た。

「お春殿か。良いのかこんな所にいて。」


「それはこっちのセリフだよ。憲法改正の手続きとかあるんじゃないの?」

総理はどうやら焦燥しきった様子だった。眼に光は無く、放心故か口元は緩んでいた。

「お春殿、最後まで希望を捨てぬ事だ。まあ賭けだな。そして良くあることさ。土曜日まで待つ必要は無くなった。」

「?」


その時、中庭で悲鳴がこだました。生徒がスマホのニュースを見ながら叫んだのだ。

「大変だわ!ゾンビの大群が南大犯線を使って電車通勤しているらしい。この学校にもゾンビが来るわ。」

果たしてこれは校長復活に伴う混乱の増長の結果なのか。千秋は非難げに父を見た。彼は変人を引き寄せる。


「もうゾンビは地元の駅を降りたらしいわ!なぜか一心不乱にこっちに向かってるみたい!」

「愚か者!慌てるでない、何より女子高生の相撲を優先するのが第一義じゃろう!」

四教頭の魂の叫びを聞いた生徒達は覚悟を決めた顔つきになった。

「そうよ。私達は相撲を取る為に学校に来たのよ。」


こうして女子高生達は決死の相撲を取り組む事になったのだ。Hブロックはホタテが規格差で圧勝した。

「これは一体どうなってるの!」

千秋は思わず叫んだ。

「加速している…校長の復活が加速しているんだ!時間の概念が収束を始めて一気に土曜日に近付いてるに違いない!」


総理は狂気を眼に宿し、千秋の肩を掴んだ。

「西大寺千秋君!私は全ての決を着けに…行く!私が死んでしまった時は、逃げろ!」

そう言うと総理は全裸で何処かへ走り去ってしまった。

「なんであいつ全裸だったんだ。」

「お春殿、大変よ。」

橘さんと菅原さん、山田寺さんが駆け寄ってきた。


「みんな…」

「大変よお春殿。県境ラインをゾンビに突破された事で、合衆国がこの学校を核攻撃する決断を下したわ。」

「なんですって!」

「それだけじゃない。この緊急記者会見を見て。」

山田寺さんがスマホのテレビ画面を翳すと力士が写った。

「どうも、日本相撲協会連合の代表です。」


「あっうん。」

「…我々は錦城高校の校長復活を遺憾として光の刺客を差し向けます。」

連合の代表は心痛な面持ちだった。

「えっ」

「…彼は奈落交通観光事業部闇の刺客と出会う事で理事会が顕現します。これが数千年ひた隠しにして来た相撲の真実です。」

千秋は校庭の力士を見た。


力士の忍海は生徒達とちゃんこ鍋を貪っていた。

「…なおホワイト律勝者に開示された召喚の詠唱については旧バージョンなので、唱えても自宅の家庭菜園が全てバス停に変わるだけです。絶対にやめて下さい。」

「これ公共の電波に乗ってるの?」

その時、ゾンビの大群が校門を突破した。


ゾンビはタクシーで校門に突っ込んだ。そして待ち構えていた四教頭達を車で撥ねたのだ。四教頭達は血を吐きながら壁に激突した。その光景は校庭からでも遠目に見えた。

「ヤバイわ。このままじゃみんな轢き殺される。私達もなんとかしないと。」

「そんな暇は無いみたい。」

上空が鳴動した。


その場の全員が空を見上げた。ありえない光景が写っていた。アメリカ軍の鎌暗大仏が飛翔しながら校庭の真上に到来した。大仏は大統領に変型した。

「鎌暗大仏がッ!オバマ大統領になっていく!!」

アメリカ大統領は伝説の勇者の子孫だ。

「ハーイ。ワタシはアメリカ大統領デース。」


「ヤバイぞ、アメリカ大統領は伝説の勇者の血を一際濃く継ぐのでロボットと合体変型するぞ。四教頭でも太刀打ちできるか。」

校長が震えながら言った。

「この学校を核攻撃しマース。」

アメリカ大統領が核レーザーを放つと大犯府に命中し焦土と化した。

「お春殿、私達友達よね。」


不意に、橘さんが千秋の手を掴んだ。すると山田寺さんが泣きながら橘さんを殴った。

「ふざけるなよ、今更そんな事確かめる間柄かよ。」

「殴った意味無くない?」

菅原さんがツッコんだ。

「ゴメンね皆!」

橘さんは鞄から杖を取り出した。

「トランスフォームッ」

橘さんは変型した。


橘さんのいた場所にはなんかフリルの塊みたいな服を着た橘さんがいた。

「これが私の本当の姿なの。これを知られたからには魔法界に帰らないといけない。最後にゾンビ達を死に還元して魔法界に連れ戻すわ。お春殿はアメリカ大統領をお願い。」

「あっうん。」

橘さんの周囲に七本槍が出現した。


「行くわよ七本槍。」

「お春殿、後は全て任せた。」

トレンディが言った。

「おおおおおおお」

橘さんはステッキ上に直立して空中浮遊しながら校庭に突っ込んでくるゾンビの車に突撃して行った。

「魔法少女橘さんー!」

ゾンビ達はタクシーやバナナボートで七本槍と橘さんを迎え討つ。


「振り向くな!アメリカ大統領は私たちがなんとかするぞ!!」

山田寺さんが泣きながら言った。

その時、オバマリオンは地上に立っていた。

「ワタシはどうすれば良いんですカネ?」

「とりあえず成り行きを見守ってくれ!頼む!」

山田寺さんが泣きながら言った。


「展開だわ。」

千秋は突然感得した。

「理事会が校長と対になる存在だから、展開が巻いてるんだわ。もう憲法改正もトーナメントも呪文詠唱も不要。後は光と闇の力士が激突すれば理事会が降臨する。するとどうなる。」

千秋は自分でも何を言ってるのかイマイチよく分からなかった。


「もし理事会が降臨すれば俺の肉体が復活するのと同じく、全人類が発狂するだろう。」

校長が冷徹に言った。

「次は…次は何が起こるの?」

校門を見た。バナナボートと激闘を繰り広げる七本槍と、四教頭がいた。

「四教頭ッ」

不意にバナナボートの大群の中から躍り出た者達がいた。


白虎はバナナボートに騎乗した六人の者を見た。

「貴様らは。」

「陰陽組。」

六人は答えた。

「名は」

「百地人右衛門。」

それは百面刑部に酷似していた。

「百地口右衛門。」

それは石之老猿に酷似していた。

「百地二右衛門。」

それは初めて見る和服の美女だった。


「百地木右衛門。」

それは舟渡伝次郎に酷似していた。

「百地入右衛門。」

それはお茴に酷似していた。

「百地卜右衛門。」

それはお仮名に酷似していた。

「知ってる顔がいるな…束になったとて俺に勝てると思うたか。」

「所詮我々は時間稼ぎ。」

「時間稼ぎでも出来ると思うたか!」


白虎が叫ぶとバナナボートは跡形もなく消し飛んでいた。

「軟弱者どもめッ兵法を極めれば神の域に達する!俺は他の四教頭のように能力は持たぬぞ!培った兵法全てが俺の力と思えッ!」

「白虎はああ見えて元人間だからな。」

朱雀が言った。人間ってなんだろう。遠目に千秋はそう思った。


その時、橘さんが太陽のような光を放った。魔法少女の力がフルパワーとなってゾンビを追い払ったのだ。

「橘さん。」

千秋の眼前に現れたのはフリルの塊みたいな服を着た橘さんの父だった。

「魔法少女橘柳生斎!」

「悪いが我々の正体が露見したからには娘達は魔法界に帰らないといけない。」


気がつくと千秋は七本槍ミカエラの父親に背後から羽交い締めにされていた。千秋だけではない。校庭にいた全員が七本槍の父みたいな連中に羽交い締めにされていた。

「だが魔法界の掟でな。我々の存在は知られてはいけない事になっている。君達の記憶を消させて貰うよ。」

「やめて!」


こうして千秋達は魔法界の手により、大規模な記憶操作を行われた。魔法界による拷問は苛烈を極め、全員の脳が橘さんを忘れるまで四日もかかった。

そして決戦の土曜日である。

「ヤバイわ、何故か分からないけどもう土曜日じゃない。相撲トーナメントも終わってないのに。」


この失態にオバマ合衆国はトランプ合衆国に改名。アメリカ大統領は初代大統領に就任する事になる。

そして厳正な取組の結果、二回戦は以下のような組み合わせになった。


Aブロック

宝蔵院お春

vs.

Bブロック

日本相撲協会連合会 光の刺客、忍海


Cブロック

メアリージェーンワトソン和尚

vs.

Dブロック

魔法のボンネットバス


Eブロック

天野卯音美

vs.

Fブロック

ファミリー公園前信虎


Gブロック

トイプードラー黒滝

vs.

Hブロック

ホタテ


Iブロック

山之辺朱莉

vs.

Jブロック

紀響(Ya)


Kブロック

昆虫館真比

vs.

Lブロック

奈落交通観光事業部闇の刺客 二上山


二回戦第一試合。千秋の対戦相手はあの理事会の召喚に関わる光の刺客、忍海である。

土俵の上で千秋は塩を振りまいた。

「俺は…光の刺客。」

忍海は言った。

「俺は闇の刺客。」

観客席で応える者がいた。闇の刺客、二上山である。

「何っ!」

忍海と二上山、二人の眼が合った。


「不味いぞ、光と闇の刺客が出会った。だがここにはホワイト律の詠唱者はいない筈。理事会召喚権は発動しない計算だ。」

千秋は忍海に呼びかけるよう説明したが、忍海は千秋を一瞥した後、長柄校長を見た。

「奴が校長。」

二上山が校長を羽交い締めにした。

「四教頭は…陰陽組と戦ってる!」


千秋は悟った。校長と理事会は対なる存在。つまり忍海と二上山が校長を挟んで激突すれば、対消滅が起こり校長がいなくなってしまうのではないのかと。それは錦城高校の崩壊を示していた。

「止めるのは私しかいないのか。」

千秋は迷うのを後回しにする事にした。同時に脳のリミッターが外れた。


脳内コンピュータは全ての制御を放棄した。サイボーグ体の全身が燃焼、炎に包まれながら音速の阿波踊りを開始した。

「えっ何これ」

これは千秋も知らない事だが、自らの肉体を犠牲にして放つ最強フォームだった。

「どすこいどすこい」

阿波踊りと力士、二つの究極が土俵で激突した。


「お春殿っ!不味いぞ、位置的にお主が忍海に押し切られれば、そのまま俺と二上山に激突!理事会が発生する!頼む止めてくれ!」

校長の声は最早聞こえなかった。熱で耳の人工肉が融解したからだ。千秋の顔面は炎の中で崩れ落ちつつあった。


さて最強フォームであるが、体が燃えるとか設計ミスなので普通に押し切られた。

「くまああああああ」

光に包まれた忍海に押し切られた千秋は火の塊と化し、校長を羽交い締めにする二上山と激突した。磁石が引き寄せ合うように、二上山と忍海は千秋と校長を押し潰しながら合体した。


この時、千秋のサイボーグ体が耐えきれず爆発、千秋は半壊しながら中庭の池の近くに放り出された。

「あ…あ…」

二つの力士が激突した地点にはブラックホールが発生し、そこには立て札を掲げたおっさんが直立していた。

『ハズレ』

立て札にはそう書かれていた。

「えっ」


「何が…起きた…」

クラスメイト達が駆け寄る光景が見える。此の期に及んでカメラアイは機能している。傍らでは袈裟斬りされたように分裂した校長が転がっている。校長の肉体は四教頭がそうであったように、黒い粘液に包まれ再生しつつあった。

「水…水を」


未だ燃焼する肉体を消火すべく、這いずる。下半身の感覚が無い。水面に身を乗り出す。光が反射し、色彩の無いシルエットを映し出す。

「あ…ああ…」

映っていたのは知った顔だ。脳の機械が記憶を検索する。

最後に見たのは総理官邸。車椅子のような機械に上半身だけ繋がっていた。


入滅部隊が言っていた。現地の臨時スタッフに過ぎぬと。サイボーグ化。陰陽組。初めて見たのは耳。

どのタイミングでなのか。

水面に映ったのは藤原和尚の顔だった。

「あぁっアァアアア…」

後ろの校長はほぼ再生しつつあり、起き上がっている。

藤原和尚は炭化して崩れ落ちた。

つづく

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