第17話
果たして何時間車に乗ってたのか。
千秋は瑕疵腹市のとあるホテルの駐車場にいた。
瑕疵腹市には古い歴史があり、地下には遺跡やアーティファクトが埋没している。また幾多の陰謀や政争が存在した地でもあり、そういう所に千秋は来たのである。
「さて、君にはこれから甲賀組の皆と会ってもらう。」
甲賀組長官、百面刑部は言った。千秋は気分が乗らないので車内で携帯音楽を聴いていた。
「ねえなんで無視するの。」
「だってめんどくさいし。」
千秋はこういうふてぶてしい性格だ。その割に体は細々としており、どころか両脚は切断されている。総合的に言えば、最早歩くのもめんどくさい状態である。
「いまは弛んで良い時ではない。」
「えーだってさっきから私なんて関係ないみたいに話進んでんじゃん。なんで?私如きは存在しても意味ないの?」
「ドネルケバブあるけど。」
刑部はドネルケバブを差し出した。
「マジでッ!?ドネルケバブあるの?」
「そういう車だから。」
今更だが刑部の運転する車は趣味で違法改造が施されていた。
「四次元ポケットかよ。」
思わず千秋は立ち上がろうとする。だが、両脚が無いのでうまく立ち上がれない。
しかしなんと美味そうなドネルケバブだろう。そして、この匂いに惹かれて寄って来たのは千秋だけではなかった。
いつの間にか千秋はは刑部などを含めた7人の男女に囲まれていた。
「何よあんたら。」
「舟渡伝次郎。」
名乗ったのは長身痩躯で血色の悪い能面の忍者だ。
「百面刑部」
名乗ったのはモノクルに紳士帽の初老男性だ。
「石之老猿。」
名乗ったのは針鼠のような長い髪を生やした破壊僧だ。
「お茴」
名乗ったのはストールを巻いた長髪の修道女だ。
「お仮名」
名乗ったのは十二単を纏った少女だ。
「果報矢文之介」
名乗ったのは移動式拘束台に縛られた虚ろな瞳の狂人だ。
「桃地八右衛門・デス」
名乗ったのは体が金属製のロボットだ。
「八右衛門、生きていたのね!」
千秋は感動の事実に涙を隠せなかった。機械の体でも涙を流す事ができるのだ。
「アタリマエデスヨ。私ハ死ニマセン・ガガピー」
そう、実は八右衛門は生きてたのだ。これを奇跡と呼ばず何と呼ぶのか。
「ピピピー・ザザーッ!ボフン」
八右衛門は小爆発を起こして煙を出した。
さて、こうして甲賀組の忍者7人全員が集結した。彼らはただならぬ殺気を漂わせており油断ならない。また、刑部や老猿、八右衛門がその片鱗を見せたように、7人全員が奇怪な術を用いるであろうことは千秋にも明白だった。彼らは忍者なのだ。
「皆集まったな。」
刑部が切り出した。
「甲賀組を集結させたのは他でもない。例の件について報告がある。まず錦城高校校長先生が復活しつつある痕跡が認められた。」
刑部が言うと、甲賀組の忍者達はどよめいた。
「それはあまりにも難敵だな。さてどうしたものか。」
舟渡伝次郎が辛うじて言葉を発した。
「伝次郎、何を恐れておるか。我らは忍だぞ。」
刑部が咎める。伝次郎の能面が震えた。
「忍の者が慎重になって何が悪い。我らは豪傑の英雄ではない。ましてや敵は古の文献に名を残す怪物。慎重になり過ぎて不足なし。」
「確かに校長先生は事象を超えた存在。その素性についても古代の資料から読み解く他ない。だが、手の打ちようが無いではない。」
一同の額に汗が滲んだ。千秋もまた訳は分からないが体の震えが止まらなかった。
「言伝によれば校長は数千年周期で眠りから目覚め、世界は弥生時代に一度滅んだとされる。そんな化物と戦う術はなかろう。」
伝次郎が言った。
「元より戦う気は無い。我らの敵は入滅部隊だ。」
刑部は言った。それと同時に、場の空気が一変した。急に話題が変わったようだ。
「千秋殿は連中と接触したようだな。」
唐突に刑部は千秋に言った。忍者達の目が千秋を見た。
「どんな連中だった。」
入滅部隊の事より、千秋は一度に注目が集まった為に顔が赤くなった。
「よくわからない。サイボーグとかもいたし。」
「成る程な…」
伝次郎が頷いた。
「見えてきたぞ、お主の思惑が。」
伝次郎が刑部に言った。
「対ゾンビ部隊が何故、学校に雇われておるのか。答えは明白だ。」
「いかにも。」
「ならば奴等にとって今回の件は不測の事態の筈。打てる手は限られてこよう。そこを突くのか。」
能面の震えが増した。
「いかにも。」
千秋が首を傾げていると、老猿が耳打ちした。
「理由はわからんが、おそらく学校はゾンビに襲われとる。」
ゾンビ。率直で何ものにも順応しなさそうな響きが耳の中で反芻する。
そうゾンビは実在する。それは校長や教頭のような想像を超えた存在ではなく、台風や地震のような自然現象である事が近年判明した。テレビでも紹介されている。
「おそらく教頭も対処出来とらん。」
「は?」
千秋は困惑した。
「考えてみ、ゾンビやぞ。教頭いうてもゾンビは専門外や。数の暴力に勝てるわけない。」
老猿は丁寧に説明する。
「でもゾンビなんて見てないけど。」
「それは儂にもわからんわ。調べたけどようわからんかった。でも考えてもそれしか答えは見つからんのや。」
それは全部推測に過ぎないのでは無いか。だが、そんな事すら言えない程に話は突飛だった。
「その通り。教頭達にも弱みはあるだろうという事。その一方で校長が復活しつつあるということだ。」
刑部は言った。俄かには信じ難い事だ。
「入滅部隊は学校のゾンビを退治してるというの。」
「どう考えてもそれしかないだろう。」
刑部は言った。
一同は静まり返った。人智を超える恐怖の対象が自然現象に淘汰される事実に唖然とする他なかった。
「さて、我らは何としても校長復活を回避せねばならん。」
刑部は切り出した。
「今朝、総理が青龍と接触した。そしてホワイト律に基づく取り決めを交わした。」
刑部は巻物を出した。
巻物には先端部に何かがぶら下がっていた。それは極めて人間に近縁種と思われる緑色の生物の肉塊としか形容しようのない物体だった。本能的に触れてはならぬ気がした。
「取り決めによって我ら甲賀組は入滅部隊との暗殺合戦を執り行う事と相成った。」
皆が顔を上げた。刑部が巻物を開いた。
・甲賀組
百面刑部
石ノ老猿
舟渡伝次郎
桃地八右衛門
果報矢文之介
お茴
お仮名
・入滅部隊
グロリア和尚
ハーマイオニー和尚
メアリージェーンワトソン和尚
アマンダ和尚
マライア和尚
レイチェル和尚
ローズマリー和尚
※勝者に理事会との面会権を与える
「り、理事会とな!?」
お仮名が驚く。
「あの学校にも理事会は存在する。理事会は教職員の任免権を持つ。我らは入滅部隊を倒し、理事会と面会を行う。そして理事会の前で校長解任の呪文を唱える。」
刑部が解説した。
「解任の呪文!!」
そんなものが存在するのか。
「注意すべきは、入滅部隊の総員は20数名ということだ。この名簿に載る名前も選出した代表に過ぎぬだろう。一応、戦いは巻物に書かれた14人の内でしか行えない事になっているが勿論我々はそんなものを守るつもりなどない。敵も同じだろう。」
刑部は千秋を見た。
「お春殿、この名簿に記載されぬ入滅部隊の人員全てを屠るんだ。」
刑部は千秋に言った。
「手段は問わん。ある程度は好きにやってくれて良い。これは総理直々の命令だ。」
千秋には何とも言えなかった。ここにきて戦いの全体像が見えたかにも思える。
ここで千秋の携帯が鳴った。
「とりあえず出てみたら。」
何故かお茴が言った。千秋は電話に出た。
「もしもし」
「あっ菅原です。」
声の主は菅原さんだ。
「私の番号菅原さんに教えたっけ?」
「うん。山田寺さんから買ったんだ。」
「売ってるの私の番号!?」
「あの人は顔が広いからね。」
「そうなんだ。」
千秋は山田寺さんにも電話番号を教えた記憶はないが、山田寺さんは校内で個人情報を扱っている。
「知らない間に寝ちゃってた。そしたら皆避難してるし。お春殿達もいつの間にか居なかったけど無事かい?」
「うん。今ドネルケバブ食べてる所。」
「それはランニングの後に食べたいね。」
菅原さんは快活で至って普段通りの声色だ。まるで校舎にヘリコが墜落した後とは思えない。千秋は菅原さんの気遣いに感動していた。
「どうも校内に変質者が乱入しただけみたいだねー。被害らしい被害もなかったみたいだよ。大事をとって午後から休校になったけどね。」
「え?ヘリコプターは?」
何かがおかしい。菅原さんの声が明るすぎる。いや、それはいつもの事だが、何かがおかしい気がする。
「でね、休校になっちゃったから体育館も使えなくなったんだ。」
それは安心した千秋である。
「そうなんだ。じゃあ収録も出来ないね。」
「大丈夫、手は打ってある。」
「嘘でしょ。」
「市民体育館を借りるんだ。幸い平日の午後なので空きはあるはずだよ。調べたら当日の申し込みでも使わせて貰える場所があったよ。瑕疵腹市の体育館だ。」
菅原さんはウキウキで言った。瑕疵腹市民体育館。ここから目と鼻の先だ。
「ぶっちゃけ不安なんだけど。」
「大丈夫、絶対楽しいよ。」
菅原さんはあまりにも楽しそうに話すので千秋はそれ以上何も言えなかった。
「橘さん達も連れてくるね。お春殿も何処かで拾おうか。今どこにいるの?」
「うん、それがね、今は瑕疵腹市のホテルにいるんだ。」
「え、本当に?私も瑕疵腹のホテルにいるよ。」
瞬間的に千秋は全身から嫌な汗が噴き出した気がした。実際はサイボーグに汗腺などなかった。だが、サイボーグであるかどうかなどは関係なく、もしかして状況は切迫してるのでは。
「え?ホテル?瑕疵腹の?なんていうホテル?えー…と」
混乱して上手く喋れない。
「ロワイヤルホテル」
「ロワイヤルホテル?」
「そう、瑕疵腹ロワイヤルホテル。お春殿のホテルはなんていう所?」
「観光ホテル。」
千秋の代わりにお茴が答えた。
「あ、ありがとうございます。」
千秋は短くお礼を言った。
「いいのよ。私も女子高生が大好きだから。」
今のは聞いてないことにした。
「観光ホテルにいるみたい。」
千秋は答えた。内心同じホテルでなくてホッとしていた。ばったり鉢合わせでもしたらとんでもない事だ。今の千秋は傷だらけで忍者に囲まれているのだ。
「観光ホテル?ここから目と鼻の先だね。じゃあ30分後くらいに迎えにいくね。」
そう言って電話が切れた。
千秋は忍者達を見渡した。
「友達がこっち来る。」
「それは大変だな。」
刑部は言った。
「面白そうだから俺たちも一緒にいるぜ。」
伝次郎が調子良さげに言った。
「それはセクハラよ変態。」
千秋は突き放した。
「セクハラなの!?」
伝次郎は言った。無責任な奴だ。面白そうだからといって、女子高生のバスケシューズ収録現場に立ち会わせるのはセクハラ以外の何物でもないだろう。
「ご、ごめんなさい。」
伝次郎はとりあえず謝った。
「私もセクハラとか言ってごめんなさい。」
「良いのよ。こいつ能面とか被ってる変態だから。」
お茴が答えた。
「それは酷くない!?」
伝次郎は憤慨する。
「じゃあ何で能面とか被ってるのよ。」
「俺は能面が大好きだからこうしてずっとそばに居たいんだ。」
伝次郎は変態だった。
「良かった変態さんなんだね。」
千秋は安心した。
「ああ。」
このように忍者達は意外と取っ付き易かった。
「所で本当にこのままだと色々不味いんだけど。とりあえず脚とかヤバいからなんとかしたい。30分以内に直せるこれ?」
千秋は切り出した。
「直せるよ。」
「直せるんだ。」
「ホテルに電子組の連中も泊まってるし有料だけど多分何とかなるよ。脚も元々取り外しできるタイプだからね。」
そう、何事にも対価は必要なのだ。幸い電子組はサイボーグフェチなので千秋は己の肉体を担保に何とかしてもらった。電子組の人間はパッとしない人達なのでここでは割愛させて頂く。
因みに千秋の修理費は半分が千秋の肉体を担保に、もう半分が忍法執行室が闇社会で稼いだお金で賄われている。
「今回は胴体部分のダメージが少ないから四肢を交換すれば何とかなるよ。」
電子組の技師が言った。
「そんなもんなんですか。」
「但し太腿のパーツは今は無いからね。代用品で何とかするけど、脚の性能は数段落ちる事になる。激しい運動は控えた方がいいね。」
「ありがとうございます。」
その時駐車場にリムジンがやって来た。
「おやおや、君の学友が来たみたいだね。私は退散させてもらうよ。」
そう言って技師は駐車場から去った。千秋は駐車場に残された。
「お春殿、待っててくれたのかい。」
リムジンから出てきたのはなんと菅原さんだ。
「何事なの。」
「パパに送ってもらったんだ。」
千秋は錦城高校の生徒が上流階級である事を改めて思い知らされた。窓から見える後方席の人が菅原さんのお父さんだろうか。
「ふんっ琴美の友達か。」
声のする方を見るとリムジンの後部で巨大なハムスターの滑車みたいな奴の中でおっさんが走っていた。
「ふんっふんっ」
このおっさんはエンジンとかだろう。きっとそうだ。
「送ってくれてありがとう、パパ。」
「ふんっそんなことお安い御用だよふんっふんっ」
「良いフォームしてるね。大好きだよパパ。」
「私もお前の筋肉を愛してるよ。」
二人は身体だけの親子関係だった。
「ご当主様、筋肉でございます。」
突如黒服が半裸になり逞しい上半身を見せつけた。
「うむ。」
それっきりリムジンは去った。全ては窓越しの光景だった。
「なんなのあれ」
「奥様の趣味でございます。」
それだけ言うと黒服も走り去って行ってしまった。
「ああ」
「うわあああ」
さあみんなも一緒に体を鍛えるんだ。
つづく
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