第39話

千秋が新聞を読む日が来るとは、まさか一家の誰も予想してなかったので、西大寺家には新聞を置いていなかった。

困っていた所へ、橘さんが大量の新聞を届けてくれた。親睦の証だという。

『魔法界新聞』という名前が気になったが、まあそういう新聞も有るのだろう。


一面見出しには、相撲トーナメント優勝者へのインタビューが掲載されている。

トーナメント終結から二週間。フルパワー中のフルパワーを出したホタテは敗北。昆虫館さんが優勝した。

また新聞の片隅には前総理が獄中で不審死し、政府が自殺であるとの見解を述べたと小さく書いてある。


「まさか昆虫館さんがトーナメントに優勝するとはね。」

千秋は正直な感想を述べた。

トーナメント優勝後、昆虫館のさんはクラスのヒーローとなった。一方でクラスの覇権を握ったのは、相撲トーナメントの運営を主導した菅原さんだった。

今現在、クラスの勢力図は大きく揺れ動きつつある。


「修行で超パワーアップしたからね。」

橘さんはよくわからない説明をしてくれた。

「それにしても、最近世間が物騒だね。」

最近、一般人が未知の能力に目覚める事件多発している。

「魔法界の穴の影響さ。」

それって橘さんのせいなんじゃ。そう思った千秋だった。


結局、今後昆虫館さんは超パワーアップした相撲力を活かして、魔法界の穴を閉じる為の戦いに身を投じるそうだ。千秋はお願いだから昆虫館さんが力士大覚醒でお相撲さんにならないように祈った。

「ホタテは水ガーデンで永劫に苦しみ続けるという罰を自ら引き受けたらしい。」

橘さんは説明した。


一方、トイプードラー黒滝は念願のブラジル旅行中だ。彼のブログには現地人とコーヒー豆を栽培する写真が掲載されてから音沙汰が無い。

トイプードラー黒滝とホタテの活躍は校内でも噂になっていた。

「私はまだ暫く人間界で勉強が出来るの。お春殿、トーナメントの次は文化祭の準備をするのよ。」


橘さんは、九月の文化祭で行う古代貨幣研究部のミュージカル歌劇にやる気を見せていた。橘さんに関する記憶を消された千秋にとっては、よく分からない事だ。

だが、これには菅原さんも随分と乗り気で、千秋はタップダンスの訓練を無理矢理積まされている。

「でもその前に、海に行かないとね。」


少し気が早い事だが、橘さん、菅原さん、山田寺さんと七本槍、宝蔵院お春こと西大寺千秋の間で、海にクルージングしに行こうという話が持ち上がっていた。これは七本槍ミカエラの結婚祝いとして、元々橘さんが秘密裏に計画していたらしい。

ミカエラと言えば、トーナメント後に婚約者と復縁した。


この意外な出来事には、故松平信成が立役者となって関わっている。

ミカエラの婚約者、白庭台戸丸はプロレスラーだったのだが、故松平信成は同じ団体にお忍びでアルバイトしていた縁で、ミカエラを説得したのだ。いかに白庭台が誠実な人間かを獄中で力説したのだ。彼の残した数少ない善行だ。


台本ありきのプロレスを嫌うミカエラも、白庭台さんがプロレスから能役者に転向した事で気持ちを変えたらしい。

六月には改めて結婚式を執り行う事がすでに決定している。

その時に、海でクルージングするというワケだ。

千秋は船の免許取得に励んでいた。船は橘家の物を使う。


行き先は、ゾンビが最初に発生した瀬戸内海の島に行きたいが、これには橘さんが反対している。

「私は北の方が良いわ。」

橘さんは言った。

「漁でもするつもりなの?」

「あら、漁獲量はそれなりに有るのよ?」

「するつもりなんだ。」

その時、千秋の自宅の部屋の天井が半回転した。


天井から落ちてきたのは美肌探偵キャスパー和尚だ。

「やあお待たせしました。」

「誰も待って無いけど。」

この突然の来客に橘さんは露骨に嫌そうな顔をした。

「えっ何ですか貴方?通報すれば良いんですか?」

「落ち着いて下さい。私は怪しい者だが正義の怪しい者だ。落ち着いて。」


キャスパー和尚は鹿撃帽を目深に被り直した。

「やあ、お待たせして申し訳ない。依頼されていた件では無いのですが、最後の謎を解決出来そうでして。謎を解決せずにはいられないのが探偵の性分、というワケでは全然無いのですが、女子高生の部屋に入る機会なんてそうそうありませんから。」


「なんだそうだったのか。」

「ねえお春殿?やっぱり通報したほうが良いんじゃ無い?」

キャスパー和尚は用心深く立ち上がり懐から湯たんぽを取り出した。

「ほら、私は暖かな人間ですよ。」

「それは人気アニメシャルル丸のキャラクター湯たんぽ。」

湯たんぽには密造酒が入っていた。


キャスパー和尚の賄賂でスッカリ気を良くした千秋と橘さんはこの探偵の話を聞かざるをえない状況に追い込まれた。

「それで?今度はどんな事件を解決するの?」

「貴方ですよ、宝蔵院お春殿。」

キャスパー和尚は言った。

「私の事は私が一番分かってるよ。」

千秋は自信なさ気に答えた。


「ダメよお春殿はそんなに積極的になってはいけないわ。お春殿の魅力は消極的な無抵抗主義にあるのよ。」

橘さんは謎のフォローをした。

「それって褒めてるの?」

「答えるのは恥ずかしいわ。」

橘さんは言った。

「お春殿の事を知るのは、製作者ですよ。やっと政府の許可を得ましてね。」


「許可?何のですか?」

「旧総理官邸ですよ。前回の事件の貸しで、新政権から電子組への地下室立ち入り許可を貰いました。」

マックス函館は総理に就任後、改革を実施。新政権主導の下、憲法が改革された。現在、日本は急速に軍備化が進められている。

また、数々の違法な研究を明るみにした。


新政権が発表した旧政権の数々の違法な研究。その殆どはゾンビの島で行われていたサイボーグ超兵実験や鳥人間コンテストの研究成果だった。忍者に関する情報は一切表に出されず、闇に葬られた。

「今から京都の総理官邸に行きますよ。答えはそこにあります。」

探偵は北を指差した。


橘さんは立ち上がった。

「じゃあ列車を用意しましょう。」

「お願いします。」

キャスパー和尚は色々無頓着だった。

「今から行くの?」

千秋は尋ねた。

「そうよ。善は急げよ。」

「ところでお春殿。体調はどうですか?」

キャスパー和尚は尋ねた。

「絶好調よ。」


校長との一件依頼、千秋の体はサイボーグに、謎の黒い粘液が女子高生の体を形成する形で存続していた。

青龍に聞くところによると、それは精神力が作り上げた念の物質らしい。千秋自身の精神の影響を受けているから女子高生の肉体となるそうだ。

四教頭の目的は理想の女子高生の創生だった。


橘さんが用意した特別車両で、一同は京都駅へ向かう。

特別車両のコンパーメント内で、三人は会話していた。

「私の体は、サイボーグの体を西大寺千秋の意識が操作している形になるらしいの。」

「人体式神兵器と同じですね。そこが解決すべき問題なのですよ。」

探偵は答えた。


「どういうこと?」

橘さんが尋ねる。

「お春殿はこの三ヶ月近く、様々な試練に巻き込まれてきたそうですね?そしてその果てに、四教頭から肉体を与えられた。全ては結果論です。

予想の上から言えば、お春殿の肉体は破壊さ確率の方が高い。実際、何度か破壊されている。」


「その為のサイボーグだからね。」

「ええ。人体式神兵器は丁度、PCと同期した携帯端末の関係です。本体となるPCに残したデータを、携帯端末にそっくりそのまま写す。」

ああ、成る程。

「桃地馬琴の失敗は、おそらくそこにあるのでしょうね。イロハ順に基づく七体の桃地。」


キャスパー和尚は懐から携帯を取り出した。

「桃地馬琴は自らのデータを携帯端末に写し続ける事で永遠を望みましたが、耐用年数を考慮して無かったのですよ。本体を仮死状態に置くことで問題の解決を図ったようですが、その為に、『仮死状態の自分』という意図せざる第八の人体式神兵器が発生。」


「本体のPCに、新しいデータを上書きしてしまった訳です。だから桃地シリーズは、馬琴の意思を継いでいなかった。これはある一つの示唆を残します。

お春殿に西大寺千秋の意思が存在している事です。お春殿の場合、馬琴の失敗を踏まえて、データのバックアップを取っている筈です。」


「それって要するに…お春殿の本体が京都にいるって事?」

橘さんは言った。

「そうです。それを今から回収しに向かいます。」

「楽しみだわ。」

青龍が言っていたか。人間の魂はどこに宿るのか。

少なくとも千秋の魂は京都、総理官邸地下の秘密基地の中にあったのだ。


「総理の動機は、自身の妻の中身がオッサンだった事にあります。お春殿、貴方は四教頭が目指しただけではない。松平総理の求めた、もう一つの可能性だったのですよ。」

「そんな、勝手にそんな事を言われても困るわ。」

何故か橘さんが答えた。

「こんな用事、さっさと済ませましょう。」


一時間半後、一同は京都駅に着いた。

京都駅の地下、禁鉄の秘密通路を下った場所に旧総理官邸がある。公には存在しない建物、公には存在しない地。

ここは旧総理官邸だが、松平信成が実際に住んでいた訳ではない。

実際の生家は北に位置する。

ここで、歴代の服部半蔵は式神の修行を行っていた。


「お待ちしてました。」

旧総理官邸の地下室で出迎えたのは薬師博士ではない。電子組の研究員だ。

「ここからは女性しか立ち入り禁止です。」

キャスパー和尚は電車で帰った。

「あの人何しに来たの。」

「さあ。」

地下の研究施設。広い敷地内のそこかしこにコードや機類が見受けられる。


一本道を十分程歩いただろうか。干し椎茸の栽培研究ルームに到着した。

「電子組では干し椎茸の栽培が大ブームでしてね。この部屋で干し椎茸の栽培を行っているのですよ。さあご覧なさい。究極の干し椎茸の研究成果を。」

千秋達の目の前には柱のようなカプセルが安置されていた。

「何これ」


「実は人工の天然干し椎茸の栽培に成功しましてね。西大寺千秋さんの安置カプセルが生育環境に丁度良かったのです。」

「そうなんだ。」

研究員はカプセルのスイッチを押した。

すると、どうであろうか。ドライアイスを撒き散らしながら蓋が開いたではないか。

カプセルから液体が流れ出した。


研究室の床一面によくわからない緑色の液体が流れ出す。これが天然干し椎茸の人工溶液である。この液体から自動的に天然干し椎茸が生えてくるのだ。

そして天然干し椎茸の溶液に塗れ、ドライアイスの煙が充満する中で這い出て来たのは全身が天然干し椎茸に塗れた少女だ。

「ばああああ」


髪が伸び、体は痩せている。白眼を剥いて口から緑色の液体を垂らしている。

「ばああああばああああ」

その表情から理性が見えなかった。

「ああ……」

橘さんが少女に駆け寄った。

「貴方はプリンターガール。世界のコピー機を一体型インクに規格統一する為に生まれた人造人間319号よ。」


橘さんは根も葉もない嘘を吹き込もうとした。

「ソウダ…独立型インクは滅ぶべき惰弱…ソシテWi-Fi接続を断ち切り…USBケーブルで満たすノダ…」

「待って、私はそこまでは指示してないわ。Wi-Fi接続は本当は素晴らしいものなのよ。」

「ダマレ…最早命令は聞かない…」


少女の首には無線ルーターみたいなのが接続されていた。

宝蔵院お春こと西大寺千秋は少女に駆け寄り、上着を着せる。

そして千秋は少女に語りかけた。

「はじめまして西大寺千秋。私は宝蔵院お春よ。」

つづく

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