お嬢様学校はハイレベルでござるの巻

第4話

 困った事態になった。

 授業についていけない。


 千秋は魔界に入学してしまった。全く以って意味不明だ。なぜ高1の四月時点で文理選択を迫られなければならないのか。しかも中学からのエスカレーター組は既に中3の冬に文理選択したというのだ。連中は高1の授業内容を粗方勉強し終わっているらしい。そのため普段の授業は高2レベルに相当する。千秋のような高校入学組には授業に追いつく為の補習が放課後待ち受けている。

 この学園だけが未来都市であり暗黒時代なのか。きっとこの世界の住人にとって普通の学校など動物園と変わらないのだろう。人間ではないということだ。

 決定的に千秋の心を折ったのは、会う人会う人皆が人格者だったことだ。クラスメイト達は凄く人間が優れている。お嬢様育ちの癖に運動が得意そうな連中もゴロゴロいた。流石は中学受験の時に厳しい受験戦争を勝ち抜いただけのことはある。千秋の公立高校受験など児戯に等しかったのだ。

 千秋は誰も言ってくれないので心の中で言った。なんで私はここにいるの?

 こんなことなら死を選んだ方がマシだったかもしれない。現実感が希薄だった分、甲賀忍者に拉致された時は危機感や恐怖などは心をかき乱す要因足り得なかった。

 ところが今はどうだろう。自分は頭が良く無いと割り切って生きている千秋だが、周りはそれ以上にエリート達なのだ。自分が無駄にアホに見えてしまうではないか。

 同じ中学出身の者達も何人か見かけた。彼らがそんなに立派な奴らだとは思いもしなかった。

 自分は三年間この学校にいることになるのか。ああ、そういうことになってしまうのだろうな。だが、単位とか大丈夫なのか。


 何より不可解なのは百地八右衛門もまた学生として入学している事である。

 確か彼は壮年男性だった筈だ。千秋より頭が悪いのだろうか。だが、普通に授業にはついていってる様子だ。

 しかし、おっさんが高校生の姿をしていて社会的に大丈夫なのだろうか。他の生徒に質問とかされたらどうするのだろうか。千秋がしばらく何日間か観察した結果、なんとこのおっさんは老け顏で押し通しているのだ。なんと面白い奴だろう。老け顏と言われたら質問した側も気を使ってしまうようだ。但しここは女子校である。

 とりあえず千秋は目立たないよう、それなりに勉強をしないといけない。誰かに勉強を教えてもらう必要がある。

 百地八右衛門はダメだ。目立つ。

 彼とはあまり人に気づかれないよう接触しなければならない。

 そもそも任務の内容すら良くわかってないのだ。今は学生生活を送る事が何よりの使命だろう。時がくれば勝手に事態は動く筈だ。一国の総理大臣もたかが女子高生にそこまでの期待はしていないだろう。現時点では周りに溶け込むだけで十分だ。

 とりあえず、急務は学生の本分、勉強だ。

 適当に何人か友達を作った方が良い。幸いにも周りには頭の良い人間しかいないのだから、そいつらに勉強を教えてもらえば良いのだ。


 候補は三人。

 まず、クラスのリーダー格、橘さん。彼女はみるからに目立ちたがり屋さんだ。

 菅原さんは明るく活発で熱血漢的な女傑だ。橘さんに一方的に嫌われている嫌いがある。

 山田寺さんはどうしようもない変人だ。説明すらはばかられる。成績も悪く、おそらく千秋以上に授業についていってない。ただし彼女の場合、千秋と違って頭の回転だけは速そうだ。多分潜在的な利発さだけで高校進学したと思われる。顔が広そう。

 入学初日、何故か山田寺さんは千秋の席に座っていた。山田寺さんの第一声は「君も古代貨幣研究部に入ろうよ」だった。千秋はその場の勢いだけで古代貨幣研究部に入部した。山田寺さんはラクロス部に入部した。それ以来千秋は山田寺を信用していない。


 意外なのは目立ちたがり屋の橘さんも古代貨幣研究部に所属していたことだった。どうやら山田寺さんに騙されたらしい。

 が、これはチャンスかもしれない。これを機に目立ちたがり屋の橘さんと仲良くなれば勉強を教えてもらえる。これを逃さない手はない。

 ここまで塾考してついに千秋は橘に声を掛けた。


「橘さん、ちょっといいかな。明日の数学なんだけど、わからないところがあって。」


「愚か者。我を愚弄するか。」


 どうしろというのだ。橘さんはクラスと部活動でキャラが全然違ったのだ。これは完全に計算外だ。しかも今の返答に意味はあるのだろうか。

 しばらく千秋は橘さんを顔を見つめていたが、橘さんの方からおもむろに言い放った。


「おお、誰かと思えばクラスメイトのお春殿ではないか。」


千秋は学内でも偽名で通していたのだ。

橘さんは目の前の人間が千秋と気づくや否や雄弁に語り出した。


「いやあ、まさかお春殿とは気づきませなんだ。いやはや。

して、我に何の用であろうか。我は究極にして至高の存在。いかなる願いでも聞き届けようぞ。」


 この出会いがその後の千秋の人生を大きく左右する事件に繋がるとは思いもしないのだった。

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