第7話

西大寺千秋は天空で回転していた。その背中からは黒煙が上がっている。彼女は女子高生でありながらサイボーグだ。


『エンジンを破壊されたつたたた上半身に30%以上の損傷これ以上ん…はっ死…』


八右衛門からの通信が途切れつつある。敵地にて傷を負い、このまま通信が回復しなければ孤立無援となることを意味する。


「これってマズイことなの?」


千秋は運動場グラウンドの地面向かって、緩やかに落下していた。真下には敵の影が2つ。

その瞬間、千秋の心臓に矢が突き刺さっていた。


「女子高生討ち取ったりいいいい」


勝鬨の声を挙げたのは虚無僧だ。袖の下から微かに見えているのはボウガンである。もう一人のスーツ姿の男は無表情で千秋を見上げていた。


『…上10mから墜ら落すぅっざぞざざざ』


ボウガンの一撃により、完全にコントロールを失った千秋の肉体は地面に激突した。


運動場に巨大な土煙が舞い上がった。


『任務は失敗だだだ速やかかかか速やかに自決せよキュキュキューン………』


耳に聞こえる通信は無謀にも自決を促す。千秋に斯様なメンタリティは無い。それに身体が動かない。

後方から敵が近づく足音が聞こえる。

体が動かない。両脚が破壊されたからでは無い。彼女は竦んでいた。


「何者なんですかねえ、この娘は。」


スーツ姿の男だ。先程、掌から光弾を放って千秋の背中を破壊した男だ。この余りにも現実を超えた力の前に千秋は萎縮していた。


「教頭先生、ここは私が。」


教頭先生。彼の背後から虚無僧が言った。ボウガンを構えながらこちらに近付いている。


「何か起死回生の一手は無いの?」


千秋は通信に頼るしかなかった。


『無い。お前は自決するしかしかしかしか無いないないない。』


「まだ手が動くわ。」


千秋はブレザーのポケットに右手を入れた。


『奴は…の一人だ。そそのその力は忍者すらも遥かに超える。政府でも下手に手出し出来ない。』


「見た感じ40代のおっさんだけど。まだ反撃のチャンスはあるわ。私はただの女子高生よ。カタギなのよ。」


その時、虚無僧がついに歩みを止め、地面に仰向けになった千秋の頭部にボウガンを突きつけた。


「答えろ小娘、貴様は何者だ。」


手探りでポケットの中を確認する。この瞬間、不意に千秋は見つけたのだ。起死回生の一手を。


「私はただの女子高生よ。いい大人が子供を襲ってどうするつもりなの。」


千秋は言った。この計画は慎重に進めねばなるまい。一つ誤れば即死だ。


「子供が大人の仕事に手を出してはいかんなあ。」


虚無僧は答えた。どうやらまだ気付かれていないようだ。


「大人でもこんな事したらいけないと思う。」


千秋は教頭先生を見た。まだ学校に不慣れな千秋は教頭の顔を知らなかった。名前も知らなかった。


「教頭先生が生徒にこんな事をするなんてね。」


千秋は言った。教頭は笑った。


「私もこの学校の生徒がそんな身体になっているとは思わなかったよ。空を飛ぶなんてね。」


「変なとこ見てないでしょうね。」


教頭は千秋の鋼鉄の身体を見た。続いて両脚を。両脚は太ももからひしゃげて大破していた。強化筋肉による人工脚の柔軟性が墜落時のダメージを最小限に抑えたのだ。


「驚嘆だな。出来ればこの学校の生徒に手を出したく無いがね。」


「こんな犯罪紛いの事をして何になるというの。」


教頭は丸眼鏡の位置を直した。


「君に崇高なる教育の理念はわかるまい。」


「偉そうな事を言ってもただの女子高生が好きな変態じゃない。」


虚無僧がボウガンを放った。ボウガンは千秋の右眼に刺さった。


「時間稼ぎは無駄だぞ。」


虚無僧の言葉は冷酷だ。虚無僧は戦闘のプロフェッショナルだった。拷問、尋問の術も心得ている。しかし千秋の右眼は義眼であり、彼女に痛みは無かった。


「サイボーグめ、小癪な。」


「まあ落ち着きたまえ。」


教頭が虚無僧を諌めた。


「私はこの学校の生徒全員に等しく愛情を注いで来たつもりだ。」


教頭は運動場の向こう、校舎に視線を移した。千秋もまた同じ方を向いた。千秋の視界に写ったのは校舎より手前にある体育館だった。体育館にはまだ明かりが灯っていた。


「認めよう、私は女子高生が大好きなので教職に就いて居る。」


「えっ」


虚無僧が深編笠の中から声を発した。


「えっ」


千秋もまた声とも言えない声を発した。


「そうだ、私は女子高生が大好きなのだ。考えてみろ?ピチピチだぞ。」


「いや私サイボーグだけど。」


「でも心はピチピチだろう。」


千秋はこれまでの自分の半生を振り返った。ピチピチでは無かった。


「そういうのってセクハラだと思う。」


「だが悲しいかな、君は敵。私は敵を排除せねばならない。」


教頭は右手の中指と親指で千秋の首筋に触れた。首の導線が火花を立てた。


「セクハラとは此んな事を言うのだよ。」


そのまま、教頭は人外の膂力で千秋を持ち上げたのだ。


教頭は左手で眼鏡の位置を直した。千秋の首など眼鏡を掛け直すのと同じ動作でどうにでもなる、という意味と千秋は受け取った。


「走馬灯を思い浮かべて見たまえ、ピチピチだろう。」


だが悲しいことに千秋の心は先程の教頭から放たれた光弾を思い出していた。


「言え、君の雇い主は誰だ。言えば君を生かしてやろう。いや、私の専属の女子高生にしてやってもいい。そうしよう。」


教頭の目は血走っていた。


「教頭にこんな趣味があったなんて。」


虚無僧は蝋梅した。


「ぐああ」


とりあえず千秋は呻き声を挙げてみた。


「女子高生は全てこの学校のものだ。誰にも渡さぬ。さあ答えろ。君の雇い主は誰なのか!?私の専属女子高生になるのか!?今の十倍の報酬は払ってやろう。悪い話では無い。」


「えっそんな話でしたっけ?」


虚無僧が思わず疑問を口にする。


「まだ死にたくない。」


その時だ。千秋はブレザーの胸ポケットから武器を抜きはなった!


一瞬の隙であった。それは鉄球である。


「なら戦うしかないっ!おらああああ」


鉄球は弧を描き虚無僧の心臓に直撃した。


「ぐはああああ」


虚無僧が血を吐いて倒れた。


「もいっぱあああつ」


反対側の胸ポケットからも鉄球!教頭は唖然として千秋の首を掴んだままだ。


二発目の鉄球は虚無僧の後頭部に直撃!


「小癪なっ!どこにそんな物を隠し持っておった!」


虚無僧が立ち上がりすぐさま腰に帯びていた小銃を撃ち放った。小銃は千秋の腹部に全弾命中!だが千秋は腹部への攻撃を認識することはなかった。既に千秋の首から上は教頭の放つ光弾によってちぎれ飛んでいたからだ。


千秋の首から下は崩れ落ちた。


「さらばだ女子高生よ。」


教頭はクルリと後ろを向いた。全ては一瞬の出来事であった。遠くでサイレンの音が聞こえる。虚無僧がよろめきながら教頭に駆け寄る。


「お見事でした。」


「そちらは君らしくもないダメージだな。」


「危うく即死でした。」


虚無僧が袈裟を脱いだ。それは防弾チョッキ機能に特化した防弾袈裟である。


「いや、やはり連中はいい機械を揃えておりますなあ。」


虚無僧が言った。


「ではやはりこの娘は?」


「十中八九政府の手先でしょうな。」


千秋の首から下は黒煙を上げながら運動場に転がっていた。


「政府は我等の目的を嗅ぎつけていると?」


教頭が言う。その顔は先程から変わらぬ無表情であり、悪魔的な雰囲気を漂わす。常人なら一瞥しただけで怯んでしまう程の醜悪なオーラだ。


「いえ、むしろ察知されたのは私の方。」


虚無僧は言う。こんな教頭と会話出来るなど常人の行いではない。

教頭の邪気と向き合えるのは単に積み上げた仏道修行の成果であろう。一女子高生如きでは教頭への攻撃すらも忌避してしまう。だがそれ故に先程は予想外の鉄球攻撃のとばっちりを受けたのだが。


「藤原和尚の行方が知れませぬ。」


歴史上において僧は交渉のプロ。彼もまた交渉役だ。この学校との。


この学校は教職員により支配されていた。その支配は古代における神と同義だ。そのため微細なるミス一つでもあれば虚無僧の目的は果たせぬだろう。教頭とてビジネスパートナーであり、決して味方ではない。


「藤原和尚が情報を吐いた可能性は高い。彼は現地の臨時スタッフに過ぎませぬが。」


遠くのサイレンの音量は段々と大きくなる。ふと気がつくと二人は背後で何者かが動いている気配を察知していた。


「そういえばあの娘もまた教頭先生に口を利いていましたな。」


「やはり少なからず只の女子高生ではなかったと言う事。」


二人の背後で立ち上がったのは首の消し飛んだ筈の西大寺千秋だった。


「警察に通報したッ!今までのやり取りは全て電話の交換手が聞いている。」


千秋の鎖骨辺りから音声が流れた。


「なにっ」


教頭と虚無僧は大いに驚愕した。


「これが私の作戦よ!胸ポケットに入っていたのは携帯電話だった。」


サイレンの音がかなり近づいている。疑い様もなくパトカーは此方に向かっていた。


「どんなに優秀な人間でも社会的に死ねば容易いものよ。覚えておくがいいわ。女子高生が弱肉強食の王である事を。」


「エクセレント。」


思わず教頭は拍手していた。そして涎を垂らしていた。


「私は女子高生に逮捕されるというのか。」


産まれて始めて教頭は破顔した。その表情に虚無僧すらも一瞬竦んだ。


「何だこれは。これは…笑顔か!?そうか!この感情は歓びというのか!!これが戦いの歓びか!」


教頭は女子高生に一杯食わされた事で未知の感情に支配されたのだ。


全て千秋の計算通りだ。110番通報し思わせぶりな会話を携帯で垂れ流す。女子高生が変質者2名に襲われていると察知した警察は現場に急行という手筈だ。そして教頭は説明義務を果たさざるを得ない。誤算らしい誤算と言えば教頭が本当に女子高生が大好きだった事だ。


「面白い。まさか私が逮捕されるとは。そう、この感情は恋だ。」


教頭は運動場にいよいよ乗り込んで来たパトカーに向かって言った。


「何で私まで。」


教頭の後ろで悔し涙を流すのは虚無僧だ。


「いいだろう。大人しく逮捕されよう。娘、名を聞こう!」


「宝蔵院お春。」


「お春殿か。」


教頭は手を翳した。


「ふんっ」


教頭の放った衝撃波は千秋の心臓部に直撃した。心臓に刺さっていたボウガンの矢は吸い込まれる様に千秋の内部へと消えた。


「どうやら迎えが来たようだな。」


地中から直立姿勢で浮かび上がる一人の忍者の影があった。八右衛門だ。


地面に転がっていた千秋の頭部から鼻血が噴出した。首から下もまた崩れ落ちた。霞む意識の中目にしたのは八右衛門の姿、そしてパトカーだ。


「ふん」


教頭が八右衛門に向けて光弾を放った。光弾は八右衛門をすり抜け校舎に直撃した。


「お春殿は回収させてもらう。」


忍者の瞳は妖艶に煌めいていた。彼もまた夜の世界に生きるプロフェッショナルだったのだ。

八右衛門は教頭から目を離さず、僅かに微笑んだ。


「警察官が現場を抑え、政府側の我等はお咎め無し。お春殿も考えたモノでござる。このまま全裸の変態でも乱入しない限り事態は鎮静化。

お互い痛み分けといこうではないか。」


八右衛門は提案した。教頭も頷いた。


「てやんでえてやんでえ」


その時、パトカーから全裸の男が出てきた。


「ばっきゃろう!オメェ、今日は俺っちの誕生日だ!ちきょうオメェ、お誕生日おめでてぅっっとぅーわきゃだ!こんにゃろおめ。」


全裸の警察官は警棒を振り回しながら日本酒を煽る。


「この場の全員動いたら射殺すっぞおめーら」


警察官は即座に教頭に発砲した。


「ぶ」


弾丸は教頭の喉元に命中した。


「あばっ…な…」


「お誕生日おめでとうっ!!」


警察官は教頭に駆け寄り警棒で滅多打ち!社会的立場のある教頭はなされるがままになるしかない。


「トランスフォーム!!」


警察官は棒術の構えをとった。


実はこの警察官は邪馬台国より伝わる伝説の勇者の子孫だった。日本人の中にはそういった人間が一定数存在する。アメリカ現オバマ大統領などがそうだ。生まれつき高い聖気を纏い、そのため邪悪の力に打ち勝てる。これは教頭にとって最悪の誤算だった。


「ふぬおおおお」


教頭は気絶した。


「正義は勝つ!」

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