ルールはとても面倒くさいでござるの巻
第8話
海潮音が聞こえる。
辺りを見回す限り海は無い。板張りの床と壁そして黒板がここにあるだけだ。
どうやら何処かの教室らしい。
いつのまにか西大寺千秋は席に座っていた。
見知らぬ教室だ。床も壁も旧年代の木製で出来ており、高校の校舎と比べると明らかに異質な古さを感じさせる。
また、教室内であるから当然、机の列が整然とならべられている。矢張りどれも年代物アンティークの如き古さである。こんな場所になぜ自分がいるのか、千秋には検討がつかなかった。
依然、貝殻に耳を当てたかの如き潮の音が鳴り響く。有無を言わさず、まるで何かを強制させようとせんが如き恐ろしい響きである。
千秋は戦慄した。通常、海のない場所で海潮音は鳴らない。明らかに物理現象を超えている。
ふと千秋は、自分自身が夢の中にいると感覚した。
「夢の中なら何でも出来るかも。」
座っていた椅子から立ち上がり、心にゴリラを念じた。千秋にとっての強さの象徴そのものだからだ。
「ここが夢の中なら私の願いも叶うはず…お願い、ゴリラさん出て来て!わたし物凄くゴリラを見たい。」
依然、海潮音は鳴り止まない。それどころか激しさを増し、千秋の心に恐怖を掻き立てる。
「この音はなんなの。」
人の声が聞こえた。千秋以外にもこの室内に人間がいたのだ。
「ダメ…今はゴリラに集中しなきゃ!」
最後までゴリラは出てこなかった。
それは視界いっぱいに差し込んだ光だった。悪夢は終わり、千秋は目を見開いた。
「っうぇいくあっぷ!?」
反射的に自室の天蓋付きベッドから起き上がる。ただ、少し訂正をすると、ベッドでなくシェルター内であり、しかも良くわからないコードに全身が繋がれており、尚且つ拘束されていた。ここはどこかの研究室だった。
シェルターのハッチが開く。同時に、内部に満たされたガスが排出された。顔半分に取り付けられていた酸素マスクが剥がれ、千秋の口元が剥き出しになる。カメラアイは目の前の人間を二人認識していた。
「今のは夢だったのね…」
「だがここは現実だ。」
目の前の男、百地八右衛門が答えた。忍者装束を纏った壮年男性だ。
「怖い夢をみたの。」
「修理は完了したでござる。挿げ替えられた頭部であっても夢を見る。電子組の技術力は随一でござるな。」
千秋は己の首を確かめた。
内閣特殊諜報局忍法執行室電子組
...機械技術に長けた忍法集団。内閣直属の特殊諜報局に属する忍法執行室に所属する秘密機関である。構成員は公募による一般入局。主な活動内容は他組の支援補助。また忍法と現代技術を組み合わせた超兵士の製造も請け負う。千秋の改造、修理もここが担当する。
いかなる現代技術か、討ち取られた筈の首は見事に修復されていた。皮膚もまた人工とは思えぬ素肌そのものである。
「頭部を挿げ替えるのに時間がかかった。敵遭遇から既に10時間経過している。」
髪に触れた。特別伸びた訳でも短くなったわけでもなかった。
「そうだ、あいつらはどうなったの。つまり、あの二人は。」
千秋は己の腹部を確かめた。そして四肢を。完全に修復している。サイボーグだが、一目でそれとはわからぬ有機的デザインだ。記憶が残っている限りでは、これらは敵に破壊しつくされた筈だ。
「戦闘は痛み分けとなった。」
「痛み分け?じゃあここは?」
千秋は室内を見渡した。窓はなく、見知らぬ機械器具類がそこかしこにある。どうやらここは地下のようだ。
「お主はこの総理官邸まで連れ帰られた。そして、治療を受けたのでござる。」
「待って、痛み分けってどういう事。何故無事に帰るなんて事が出来たの。」
千秋が戦った教頭先生はあまりにも強力だった。少なくとも人類が叶う相手では無かった筈だ。
「教頭先生は猥褻の罪で逮捕された。一緒にいた男も。」
「ああ。」
「君の手柄だ。でかしたでござる。」
千秋は八右衛門を無視して隣にいる人物に目を向けた。胡乱な眼をしたスキンヘッドの男だ。車椅子に座っており腰から下は車椅子と化していた。
「藤原和尚でござる。」
「うへへ。」
藤原和尚は涎を垂らした。全裸だ。首にペースメーカーのような機械を取り付けている。それは彼の首から脳に直結し、干渉していた。
「藤原和尚は素直になれなかったのでござる。政府に誤った情報を提供しお春どのを危機に導いた。」
「うひひひひ。」
「まさか教頭連中が下山していたとは。」
「教頭先生って何。」
「奴らはな、お春殿。この世ならざる存在だ。人類史以前に飛来し、邪馬台国は滅亡した。」
八右衛門は良くわからない事を言った。
「邪馬台国って人類史以前にあったんだ。」
千秋は感動した。
「本来は教頭が校庭にいるだけで非常事態宣言が出るレベルでござる。」
「それほどの事態なんだ、すごい。」
千秋はそろそろ学校に行く準備をしたかった。
「交戦開始から10時間経過している。既に禁が解かれてもおかしくはない。」
千秋が首を傾げると、八右衛門は千秋を見た。
「そもそも私立錦城高校と日本政府は不戦協定を結んでるのでござる。
あの学校は闇の生物によって統治されている。その力は地球規模に及び、容易にすべてを破壊する。奴らの王を封印出来たのは全くの偶然に過ぎない。だが、四人の幹部…教頭達は未だ王の復活を願っている。」
「四人の幹部?」
「即ち、青龍、朱雀、白虎、玄武の四教頭にござる。」
「あの教頭が四人もいるの。」
千秋は事ここに到って始めて事態の深刻さを理解した。
「お春どのが面識したのは青龍でござる。念動弾と念波動を操る思念存在。」
「勝てない。」
「まあ人類が勝てる相手ではなかろう。逃げるのが精一杯。だが、奴らとは戦う必要は無いのでござるな。」
「不戦協定?」
今日の千秋は冴えていた。
「そう。奴らにも社会的立場はある。学校法人認可と引き換えに両勢力共互いに手は出さない。しかし、それは学校側に雇われた傭兵と政府に雇われた忍者の代理戦争を意味する。」
つまり、千秋は教頭先生と戦わなくて良い代わりに、学校の刺客と戦わなければならないのだ。
「学校は幾度も兵を雇った。その度に拙者は連中を葬ってきた。今回も。」
「あの虚無僧ね。何者なの。あの虚無僧は。」
「我々にもわからない。お春どのの任務は奴らの正体を突き止める事でござる。」
千秋は拳を握り閉めた。そして今、自分のすべき事を確信した。
「ところで私の服どこ?」
今に至り千秋は自らが全裸である事実に気付いたのである。
「う、うむ。これはお春殿の修復が最優先であったが故。」
八右衛門は言った。
「いやそういうのいいから。」
千秋の語調には怒気が孕んでいた。即ち女子高生にして声帯に怒気を妊娠したのだ。それは八右衛門をして彼の額に冷や汗を滲ませしめた。
先の戦いで千秋が着ていた服は破壊されている。勿論それは運動に適した中学の体操服であり、学校指定の制服は出陣前に古代貨幣研究部のロッカーに閉まって置いた。だが今は学校から遥かに離れた場所であろう総理官邸にいるのだ。
「今すぐ着るものを出せ。」
「そ、それがな、うむ。落ち着くがよい。」
千秋は八右衛門が焦っている事を察した。いみじくもカメラアイは動悸、視線のブレ等を詳細に把握している。
「交戦から10時間。総理は事態解決に紛糾してる。今回は当事者たる教頭が戦いに関与してる上、協定が破棄された恐れがある。だが、現状で禁が解けていない以上」
「解けていない以上?」
「未だ協定の破棄が確認出来ない以上、こちら側もみすみす証拠を残すわけにはいかない。お主は昨日の夜全裸で下校した事になった。」
「ふざけんじゃねー!」
「これが一番安全な解決方法なのだ!政府とお主は一切の関りを持っていない。つまり装備品の類は補助出来ない。さあ学校へ行け。」
「んなもんアタイが変態になっちまわー!!死ねー!!」
千秋のサイボーグ特有のゴリラ並の掌底が迫る!だが、八右衛門は一瞬早く後退し、千秋の掌を躱す。流石は忍者。
「女子高生が全裸で登下校して何がおかしいのだ!」
言い切ったり!八右衛門は内心全裸の女子高生が好きだ。女装も本当は趣味である。一応、八右衛門の名誉の為に補足しておくと、この不戦協定への解釈は八右衛門の個人的意向が強く絡んでいるのだが、甲賀組の他のメンバーはおろか長官も総理大臣も女子高生が大好きだ。お役所仕事というものは個人を埋没させる。つまり、かような変態集団の下にあっては、どっちみちこの判断は為されたであろうということだ。
それでも忍者とあらば私心や社会的通念を圧し殺して只任務を全うすべきで有る。八右衛門も女子高生が全裸なのは流石にエロいと思ったが、忍者としてのプロ意識が妥協を許さなかった。
しかし、忍者のおっさんの腐ったジレンマなど千秋には関係無し!
「うおあああ」
千秋の脳内コンプは殺戮モード起動ー!?
八右衛門は戦慄した。今のサイボーグ超兵計画は甲賀組も強力に加担するプロジェクトであり、その戦闘力は八右衛門他甲賀組各忍者の能力を基に設計される。つまり千秋の身体能力は八右衛門と互角以上だ。そんな貴重な兵器を傷つければ降格必至。
「おらあっ!」
八右衛門は千秋の頚椎に右フック!
忍者に容赦の文字無し。千秋は鼻から液を噴出し昏倒。もとよりサイボーグ体が人間身体構造に比較的忠実であらねば出来ぬ芸当である。
「12秒後にお主は再起動するが、それまでに任務を開始する余裕十分!」
八右衛門は何かのボタンを押した!突如として千秋の入ったハッチが発煙!そのままハッチはレールに乗って地下室を射出!
そう、もう分かるよね。この総理官邸は狂都市内、秘密裏には狂都駅地下に造営された忍者射出施設なんだ。
「このレールは禁鉄狂都線に直結しており、お主はこれより禁鉄電車と並行して錦上高校に登校、誰にも見つからず速やかに制服に着替えよ、以上。」
無常!禁鉄狂都線は禁忌鉄道株式会社が運営する私営鉄道であり、狂都駅からタンババ市駅を経て大和災大事駅に連絡する!
千秋の不幸は奈落行きの路線に乗り合わせたことだ。奈落行きの電車は疵腹神宮前駅に向かう際、途中まで路線を共有する。分岐点に当たる大和災大事駅では乗り換えが分かりにくい上に合間に有料特急を挟んでくる為、乗換でかなり待たされる!全裸の千秋が人に見つからぬ事此れ難事!最凶の超A級高難易度任務が開始された!
つづく!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます