第9話

通学ラッシュ時の混雑する電車内は居心地が悪い。だが、車外に居ればばどうだろう。危険だが少なくとも他人に気を遣わないで済む。


それは電車の裏に張り付いた機械人間、即ちサイボーグだった。即ち宝蔵院お春、即ち西大寺千秋である。


衣服の類は纏っていない。


だが、全裸であってもレール上を走る電車の裏側に貼り付けば、誰にも見られぬ。これは現代における衆人環視の罠から逃れようとする思春期特有の快楽追求なのであろうか。

違う。任務である。そして、その機能も女子高生にあるまじき武芸者の如き洗練された美しさだ。

否。直喩すれば、宝蔵院お春は直刀である。


直刀とは平安以前の古代兵器だ。

千秋の美しい肢体は例えるなら忍者装束かボディスーツであり、人間的有機体と無慈悲な金属とのコントラストが著しい。特筆すべきは黒く染まった人工筋肉である。一流アスリート並みの身体能力を可能にするそれは毛だ。腹から太腿にかけて理想的な筋構造を占める人工毛だ。

太腿の筋肉は鉄骨の骨を守り、動作補助表皮と鉄板で覆われる。いわばスパッツを履いてるように見える。元来スパッツとは人間の体の一部なので下着の類では無い。安直にスパッツ萌えとほざく一部の軽率な読者諸君はスパッツはノーパンであると思ってこれから認識を改め猛省して頂きたい。

一方、太腿から下の脹脛に目を移す。すると、そこには広大な無機質の世界が広がるではないか。明らかに換装が前提となっている膝。義足。今は人間的造形をした柔らかめのゴム等で作られた特注品だ。また一見それとはわからぬ金属関節は腰部分のジョイントにその痕跡が見られる。

これら黄金比めいた脚部が車両の車輪付近を踏みつける形で千秋の姿勢を保っていた。

一方、大部分を人間的に構成した脚部とは逆に腕は筋肉量を抑えた機械的作りをする。重要な装備を内蔵し腕周りを最小限の外骨格で覆っている為だ。丁度パワードスーツと同じ発想で作られた骨格であり、筋肉を必要としない。


ここに至ったならば、改めて宝蔵院お春こと西大寺千秋に施されたサイボーグ美について語っておかねばなるまい。その両脚は車軸を足場とし、安定している。背は側面が屈曲し、両腕は車両右側を弄っている。まさに美しき機能のなせる非人間技である。常人ならば轢死している。

千秋は車両内部を目指していた。

先ほど直刀と例えたが、その反りの無い刀。造形に神がいるとすれば、後の世の武士を生む為の雛形とする為に、これを産み出したのだ。この身体は試作品であると、千秋自身もその事実に薄々勘付いていた。

おそらく、性能を試されている。気にくわない。


「手を離してみるか。」


突如、千秋は全身の力を弛緩した。当然、車両から落下する!

そもそも論として、張り付いた電車から落ちるのは、千秋個人の自由だ!


まず、千秋がレール上に張り付いていたのは基地でのポッド射出から自動的な安定化装置の働きによりしがみついただけの反射行動である。それは意思の介在しない気絶中の行動であり、状況の有利に貢献しない!反射的な回避行動で不利になることも当然ある!

なら、止めて良いではないか!千秋はそう判断した!


千秋は土まみれになりながら転がる!全裸の女子高生が外で剥き出し!

全裸で外に放置された千秋はどうするのか? ところで、サイボーグの何より素敵なのが全身機械に貼り付く皮膚だ。薄透明のそれは多少の光学迷彩機能を搭載し、有事の際には光の反射により違和感なく人間の皮膚に擬態化する。開発に当たって実態調査をした技師達の高度なリサーチに感謝すべきである。

彼らは生粋サイボーグフェチだが、サイボーグのパッと見の人間ぽさを追求した。その為、マネキンにこの皮膚を貼り付けたものを高校の更衣室に無断放置する実験を繰り返し、男女更衣室にそれぞれ置いた異性のマネキンを、生徒が異性の裸と勘違いするか試した。

しかし、そんな技師達の努力など、千秋の知る所ではなかった。


その頃、千秋の脳内パソコンは任務達成の為の最短経路、速やかに電車へ追いつく方法を演算していた。成る程。と、千秋は思った。だが、これら論理追求めいた計算を遥かに超えた妙案を、彼女は導いていた!


早めの準急に乗りさえすれば知り合いは乗ってない!


大体、見た目もほぼ全身タイツだし、知り合いに見られなければ恥ずかしく無い。千秋はダッシュで次の駅に行き、駅員に普通に事情を説明し電車に乗った。しかも駅員は着る物をくれたし、暖かい茶まで振舞ってくれた。1時間後、学校に着いた。まだ6時半。


校門の前に人だかりが出来てる。昨日の夕方、運動場で不審火が上がりパトカーが駆けつけたせいだ。朝練の生徒は奥に隠れ、マスコミや教師達しかいない。面倒なので、千秋は裏手門から侵入を試みる。


『任務達成。まさか準急をあんな風に使うとはな。』


八右衛門からの通信が入る。


「てめーは後で殺す。」


千秋はここに冷徹極まる忍者の心を会得した。


『悪かった許してくれ。車内で人に見られなかったか?』


無用な心配だ。


「私しか学校の人間はいなかったよ。それよりさっさと次にやる事を言え。」


そう、問題は無かった。あえて挙げれば他にも全裸の人が乗ってた事か。

その人は厄介だった。どうも千秋を知っている様子だったからだ。筋骨隆々の美丈夫で髪は総髪。まず警官で間違い無かった。警棒を携え血を浴び拳銃を帯びて居たからだ。


「おっ君も大変だったね~。」


などと意味不明な事を言われた。


「警察に目を付けられたのはまずかったかも。」


『あ、いやそいつは大丈夫かも』


心当たりがあったので八右衛門は言わなかった。


『そんな変態より、今は人だかりの中に不審者がいないか確認してくれ。昨日の虚無僧の件もある。謎の集団を突き止めたい。』


千秋は部室近くの窓にいた。校舎裏側からグラウンドを見渡す。


グラウンド方向にはまばらな点々。記者は2、3人。昨日の夜中にはもっといたのだろう。他には警察官や教師など。不審者は見当たらなかった。


『これは規制により事件として扱われないだろう。』


通信を聞きながら千秋は部室に侵入した。ロッカーを開くと昨日畳んだ制服が安置されている。早速、千秋は制服に着替えた。着るまで苦労した制服はまるで十年振りに再開した相棒のようだった。宝蔵院お春、学生体の完成である。 今や八右衛門の通信など適当に聞き流す。

お春こと千秋は、任務なんて要は敵を見つけさえすれば良いと思っていたのだ。だが見つからなかった。仕方無く橘さんを探す事にした。


橘さんは昨日の時点では部室で寝てた筈。中二病の発作が突飛な彼女であるが、人前では品行方正なお嬢様そのものなのでこう言う時は生徒の集まる所にいる筈だ。


「やあ お春殿じゃないか。」


教室へ続く渡り廊下で声をかけてきたのはスポーツがマックスしてる系の菅原さんだ。菅原琴美は運動着だ。


ランニングウェアの菅原さんはやはり作り物の千秋のスパッツめいた肢体とは違う本物のスポーツウーマンだ。刀で例えると、反りがあるか無いかで言えば有る方だ。つまり趣があるのだ。千秋は思った。


「菅原さん。」


「おはよう。君も朝から運動かい。でも今日はグラウンドに記者がいるから走れないんだ。朝練は中止さ。」


菅原さんには申し訳なかった。菅原さん程のスポーツ好きなら無念もひとしおだろう。首にかけたテープレコーダーも気になるが触れないでおこう。


「皆お祈りへ行ったよ。お春殿も行くかい?」


千秋は知らないが、この学校にはお祈りの時間があるのだ。橘さんもお祈りへ行った筈だ。


お堂は渡り廊下を渡って右に曲がった所にあった。お堂では禅僧や生徒達が結跏趺坐していた。それにしても昨夜遭遇した虚無僧の正体は未だ掴めないなあ。


「おはようお春殿。」


橘さんは左側で座禅を組んでいた。南スーダン七本槍の面々も座していた。


「橘さん早いね。」


千秋は微笑みかけた。


半跏趺坐しながら千秋は思う。例の虚無僧は何者なのかなあ。武芸達者で銃器を持ち合わせ、何より学校に自由に出入りしているなあ。


「御悩みですかな。」


千秋が耽っていると生徒指導官のキャスパー和尚が見回りついでに話しかけてきた。


この禅堂は生徒指導室を兼ねており、実質ここはキャスパー和尚の持ち場である。


「キャスパー和尚。」


キャスパー和尚は金髪碧眼のイケメン教師だ。私生活がミステリアスで生徒からの人気も高い。


「迷いがありまするぞ。」


「あら、キャスパー和尚怪我してる。」


橘さんが言った。


「これは昨日の夜階段から転んでしまってね。」


キャスパー和尚の首には包帯が巻かれていた。


「キャスパー和尚でもそんな事あるんだ。」


菅原さんは腕立てしながら言った


「ねえなんで菅原さん筋トレしてるの?」


「趣味です。」


「ああ。」


その時だ。


『お春殿。』


通信連絡。


『先程、甲賀組の忍者が虚無僧の足跡を追い、奴が最後にいた場所が判明した。体育館だ。奴はそこで誰かと会っている。急行してくれ。』


「そうだ、今日は体育館で録音の日だよ。」


菅原さんが言った。

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