たまには自分のことも気にかけて欲しいでござるの巻

第24話

どこまでが幻だったのか。

此岸と彼岸を行き来したような焦燥感の中、宝蔵院お春こと西大寺千秋は意識を覚醒させた。


「おはよう。君は事後処理の為に隔離させてもらった。」


目の前に居たのは松平総理だ。暇な総理大臣である。


この場にいるのは総理だけではなかった。石之老猿、お茴、お仮名の姿もそこにあった。


「甲賀組の人達。」


千秋は適当に反応した。


「現時点で活動可能な者を全員集めた。これから秘密会議を始めようと思う。」


松平総理が厳しい表情になった。


「ついに刑部までも脱落しましたなぁ。」


老猿が嬉しそうに言った。


「うむ。だが奴の死は想定内。八右衛門の相討ちは予想外だったがな。」


総理は気にも留めてない様だった。


「ともあれ百面刑部、桃地八右衛門、舟渡伝次郎、そして果報矢文之介。甲賀組精鋭の四人が落ちた訳ですな。」


二人の会話を横から聞いていた千秋だが、果報矢文之介の名は覚えてなかった。


「矢文之介さんって誰?甲賀組の人?」


「お春殿も瑕疵腹で会っている筈。」


あの時の。ホテル駐車場に集結した甲賀組の中の、全身を拘束された虚ろな男か。


「あの人死んだんだ。」


「いや死んだ訳ではない。」


「百面刑部は討たれ」


突然、お茴が口を挟んだ。


「桃地八右衛門は出家し」


お仮名が呼応するように言った。


「舟渡伝次郎も討たれ」


松平総理も乗っかってきた。


「果報矢文之介は精神病院に入った。」


石之老猿が説明した。


「そして私はまた敗北した。」


千秋もとりあえず言ってみた。


「矢文之介はメンタルが弱い忍者でな。今回の戦いが始まる前に実は精神崩壊していたのだよ。」


老猿は千秋を無視して説明を続けた。


「奴の『夢漣』は超自然の声を聴く忍法だ。」


忍法『夢漣』は神々や別次元の存在の声を聴く能力だ。要するに、神の声は人間の理解を超越してる為、聴くと発狂するのである。


「奴は感受性が敏感で、いち早く校長復活の兆しを察知した。結果、その冒涜的な姿を夢に見て精神が磨耗したのさ。」


校長の力は神に匹敵するのだ。


それにしても一体何の為にあるのか不思議な忍法だと千秋は思ったが口に出さなかった。

だが、矢文之介の忍法によって松平総理及び甲賀組は校長の復活が近いと事前に判断するに至ったという一側面もあるのである。


「四人消えたがワシはまだ劣勢とは判断しておらん。」


松平総理が強気な発言をした。


「刑部が戦っていた間、老猿とお茴は貴重な情報を入手した。」


総理が老猿を見た。


「敵に妙な動きがあった。今夜奴らは錦城高校お堂に集結すると思われる。」


老猿が得意げに語る。


「なんで?」


「武器の流れでわかる。」


その時、室内に男が入ってきた。

男は総髪であり、槍や刀で武装していた。千秋は突然の来訪者を凝視した。そう言えばここは何処だろうか。薄暗くてはっきりとわからない。どこかの飲食店のような場所だと感じた。


「おかえりなさいませご主人様。」


総理はメイド服を着ていた。


「この男の人は?」


千秋は尋ねた。


「さあご主人様だろうな。きさま名前は?」


松平総理は男のことを知らないようだった。


「田原本と申します。」


男は答えた。


「ようこそメイドカフェへ。」


「何故ここで会合を。」


武装した男はメイドカフェの客だった。

一体どんな理由があって総理はメイド服を着て接客をしながら秘密会合などしようと思ったのか。皆目見当がつかない。他人に無茶を押し付けるクソ野郎とはいえ総理にこんな趣味があるとは思えなかった。


「き、気にしないで、総理!」


千秋はそれしか言えなかった。千秋は他人を気遣うことに慣れていなかった。

会話の前後に脈絡のない発言だ。千秋が言うと、総理はフリフリのカチューシャを装着しながら千秋の右肩を叩いた。


「安心しろ。私は何事も堂々と行う男だ。お席へ案内しますご主人様ッ」


「恥とか無いんですか。」


「ここは従業員が忍者の格好をして接客する忍者カフェなのよ。」


黒衣を纏ったお茴が説明をする。


「でもだからって何故忍者カフェで会合を。」


千秋は言った。細かいことを気にしても話は進まないが気持ちが収まらない。千秋は総理を見た。


「いやメイド服着たらダメじゃん。」


千秋はお茴に詰め寄った。


「忍者カフェでしょ?メイド服着たらダメじゃん。止めないと。」


「ここは学校から一番近い拠点だし時間が無かったのよ。」


お茴が忍者カフェで会合を行う理由を説明した。


「だからってバイトする意味無くない!?」


その時、客席でズシリと音がした。


「ご主人様っ!バーベキューでございます!」


テーブルの上には竃が置かれていた。

竃はレンガ造りの持ち運び用だ。簡素な作りだが中に網が敷いてあり、肉が焼けるようになってる。


「うわーあ、美味しそうっすねぇ。」


「まだお肉はお持ちしておりませんぞご主人様っ!」


「私この国の未来を憂いたわ。」


だが、これには十分な理由が存在した。それは唐突に千秋に伝わった。そう、肉を運ぶ甲賀組の動き一つ一つを良く見ると、暗号の所作になっているのである。千秋の高性能脳内コンピュータは暗号を解読した。


『お春殿…重要だからよく聞いてね。』


千秋は気付いた。甲賀組は接客に見せかけ、暗号により指示を送っている。


『入滅部隊は学校に武器を密輸しているわ。それは関係者だけでなく一般の裏社会にも渡っている。』


千秋は客を見た。田原本と名乗った男も武装していた。


「えっなんで通報しないの?」


『だって怖いし。』


田原本の顔面には大きな裂傷がある。そして、サングラスをかけており、金髪で、ヒゲを生やしている。如何にもな風貌。しかもチェックの服を着て、リュックを背負い、眼鏡を掛け鉢巻を巻いていた。


「シャルルマーニュたんハァハァじゃけぇの。」


田原本はフィギュアを握りしめながら言った。


「うわ怖っ。」


千秋の薄い胸に絶望が去来した。


『あんなヤバい一般人とか怖すぎて通報は無理よ。諦めましょう。』


お茴が生肉を焼きながら言った。


「この肉がシャルルマーニュたんのぶんじゃ」


田原本はフィギュアに語りかけていた。


『ここからが本題。』


お仮名が構えた。


『武器をばら撒いてるのは入滅部隊。反社会組織と取引してる。入滅部隊の組織形態は会社だから、流通網を追うと武器保有数が丸分かりなのよ。』


千秋はこれは大事な説明だと思ったが難しいことが分からないので諦めることにした。


『で、毎月一定の時期にね、弾薬と火薬が奴等の本拠地に集中してるの。』


「それって何か隠してるって事だよね?」


千秋は話を理解してなかったが、相手の発言がどんな意味でも比較的対応しやすい答えを言った。大体謎を解くパートでは敵が何か隠してるのだ。


『聡いわ、お春殿。入滅部隊の敵は私達なのに、私達と関係無い所で戦う動きをしてる。何か隠してるわけ。』


この時千秋は恐ろしい事に気付いた。総理が会話に参加してない。必死に接客をしている。よく考えれば一国の総理如きが忍者の暗号サインを出来る筈が無かった。総理だけメイド服を着て、総理だけ真面目に接客しているのだ。


「不味いわね。」


『まあぶっちゃけ、彼奴らゾンビと戦ってんやろ。』


老猿がサインを送った。


『それ以外にないやろ。彼奴ら対ゾンビ部隊なんだし。』


『たまに出るその妙な関西弁ムカつくんだけど。』


お茴が老猿にアイアンクローしながらジェスチャーした。


『キャラ作りの為や。勘弁してくれ。』


老猿はボケ防止の為にキャラ作りを趣味としていた。


「関西弁なのは良いけど、標準語混じってるのは許せないよね。」


千秋は同調した。そう言えば老猿とは主従関係を結んだ筈だがどうなったのだろうか。口約束故に期待はしてないが。


『でも腑に落ちないのは武器搬入が月一ペースという事。次に話が脱線したら殺す。』


お仮名は突然キレた。


お仮名が怒ったので、千秋は真面目に話を聞く事にした。お茴は老猿に生肉を喰わせる手を止め、老猿は身を正した。一同の気迫は客席にも伝わり、田原本は敬語でフィギュアに話しかける様になった。


「月一でゾンビと戦ってるって事?」


『それをお春殿に調べてきて欲しいの。』


任務だ。今、千秋が置かれているのは死と虚構に満ちた現実である。夢や幻は関係無い。


「これが現実。」


千秋はその理論で行けば総理のメイド服も現実になる事に気付いた。


「やっぱり夢かもしれない。」


『甘えるな。夢も現実もクソだ。今夜、奴等は学校でゾンビと戦う。』


度重なる敗北の事を千秋は思った。戦うから負ける。サイボーグの体に慣れてしまえば、待っているのは刑部や八右衛門のような敗死しかない。


『まず、入滅部隊の偵察。あと刑部の回収ね。』


お仮名は千秋の目をを見た。


「刑部?」


『死体よ。』


千秋は逃げようと思った。


『刑部の死体は入滅部隊に奪われたわ。仮に本当にゾンビがいるなら、最悪の場合刑部もゾンビ化してるわ。頑張ってね。』


お茴は無責任だった。千秋は頭を抱えてその場に蹲った。


「ちょっと待ってよ。」


慌てて自分の状態を確認する。体に特に大きな損傷は無い。任務遂行は可能だ。

千秋は今こそ勝負の時だと理解した。この場を乗り切りたい。慎重に言葉を選ぶ。


「なんで私なのよ。入滅部隊と戦うのは甲賀組って決まりじゃ無いの?」


当然の疑問である。危険な任務である以上、甲賀組は明確な答えを示さねばならない。


『別に私でも良いけど貴女が適任なのよ。』


お仮名は全身に殺気を帯びていた。それはサイボーグである千秋にも感じ取れた。


『入滅部隊との戦闘は今回含まれてないの。あくまで情報収集と死体回収が目的よ。彼奴らを殺す策は別にあるし。』


殺意を帯びたお仮名の説明は千秋に向けられていた。


「コンディションが悪いわ。」


千秋は言った。お仮名はお茴と目配せした。


『安心して。任務遂行に支障が無い事は確認済みよ。』


お茴が言った。


「刎ッ!」


ゴキリと音がした。お仮名が殺意を放ったことで隙が生まれた。千秋は両手で自分の首を捻じ折ったのだ。


「裁ッ!」


そのまま一番近くにいたお仮名に足払いを放った。


「殺すぞ。」


お仮名の殺意は本物である。だが千秋は限界を超えたスピードで股関節を稼働させ、自らを破壊しながら攻撃した。その衝撃はお仮名の両脚諸共に粉砕した。


「ほう。」


老猿が関心した。千秋の目的は自傷行為だった。

千秋の目論見は概ね達成された。誤算があったと言えば、両脚が砕けて尚、お仮名の攻撃が止まらなかった事である。


「お主はこれ以上喋ってはいかん。」


お仮名は笑いながら千秋の上に跨った。そのまま薄い胸を殴りぬいた。


「ほほ。」


老猿は実に嬉しそうだ。


『気に入った。』


お仮名もまた戦闘狂特有の嬉しそうな顔をしていた。


『これで任務に支障が出たわね。』


千秋は頭部が損壊したので胸部の救急マイクから音声を発した。


「儂はお主が甘んじて任務を受けるようなら見捨てておった。」


老猿がサラリと言った。


「此奴は儂が鍛え直してやろう。」


老猿が言った。


『どうでもいいけど声出てるわよ。』


お茴は冷淡だった。


『この子は良い。電子組を呼んで、急ぎ修理させてあげて。』


お仮名はお茴に合図を送った。


『貴女もその様子じゃ暫く動けなさそうね。』


その時田原本が立ち上がった。


「これが忍者カフェなのかぁ。」


田原本は都合よく今の光景を演出と思ったようだ。


「ところで店員さんは何で総理大臣の顔になりながらメイド服を着て接客してるんじゃ。」


田原本が遂に突っ込んだ。


「その昔死んだ親友が家の使用人でしてな。命日にはこの服で過ごしてるんです。」


その時、従業員用ロッカールームからリーゼントのおっさんが出てきた。


「俺ここの店長なんだけどさぁ、経営再建してくれるっつうから君達に任せんだよね。ちゃんと仕事してくれないかな。」


千秋はいきなり店長に怒られた。


「いえ、とても良い話でした。ブログとかにアップしますよ。」


田原本さんがなぜかフォローしたこの時、店のドアが開いた。新たな来客である。


「いらっしゃいませ。」


その瞬間、田原本は抜刀していた。


「あれ?何で俺抜刀してるんだ。」


「忍法『残山剰水』。」


「忍法『反身香』。」


いつの間にか老猿とお茴も反射的に忍法を使っていた。四人の来客に対して。

忍者達の攻撃は四人に当たらなかった。代わりに田原本が窓ガラスに向かって吹き飛び、総理は竃から突然現れた牛に蹴られてひっくり返った。


「いつまで待っても来ないから此方から来させてもらったよ。」


言ったのは四角眼鏡を掛けたスーツ姿の男だ。


「ああああ」


老猿が絶望的な声を発した。


「今月は誰か来てくれると思って待ってたんだけどね。待ちきれなかったんだ。」


言ったのは四角眼鏡を掛けたスーツ姿の男だ。


「入滅部隊は置いてきた。」


言ったのはデブの男だ。


「来ても意味ないしな。」


長身痩躯の老人である。


「とりあえず茶を貰おう。」


肩幅の広い男だ。


「お前らはっ」


「博多青龍。」


「西川朱雀。」


「森永玄武。」


「尼崎白虎。」


甲賀組

×百面刑部(死亡)

石ノ老猿

×舟渡伝次郎(死亡)

×桃地八右衛門(出家)

×果報矢文之介(入院)

お茴

お仮名


グロリア和尚

ハーマイオニー和尚

メアリージェーンワトソン和尚

アマンダ和尚

マライア和尚

×レイチェル和尚(死亡)

×ローズマリー和尚(出家)

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