第25話

賭け引きにはリスクが憑き物で、常に勝負が狙い通りに運ぶ訳ではない。

それどころか時として全裸のおっさんが乱入し勝負自体が滅茶苦茶になることすらある…千秋の父の言葉だ。


文字通り身を張った千秋の賭けは四枚の道化のカードを引く結果を出した。最悪だ。錦城高校の四教頭である。


当時はお父さん賭け事するんだとか、全裸の変態に襲われたことあるんだとか思ったが、今となっては他人事ではない。災難は誰に降りかかるか分からないものだ。


「さて、改めて自己紹介しよう。私は博多青龍。魂と精神力を司る教頭だ。」


その一言で喜劇の幕が上がった。

慌てず状況を確認する。四教頭が入室した時、甲賀忍者は自然と攻撃に動いた。だが忍法は敵を逸れ、総理大臣と一般人に命中した。

遍く全ての生命体は四教頭を恐怖するが故に、ことさら恐怖や権力に弱い甲賀忍者という種の本能が四教頭との接触をより忌避してしまった為なのか。

千秋は知らないが、忍者の体が一人でに攻撃体勢を取ったことすら、教頭が四人揃った光景を脳が拒否した一時的な発狂による暴力反応過ぎない。教頭が揃うことは体が思い通りに動かない程の恐怖である。


宝蔵院お春こと西大寺千秋が幸運なのは彼女の脳は恐怖の感情が制限されていることだ。


だが、この場には恐怖に支配されながらも戦う意思を崩さない者がもう一人いた。


「俺好みの男じゃねーか。」


店長である。


「いらっしゃいませ!ご主人様!」


「えっ何?ここどういうお店?」


見ればリーゼントの店長は口紅を塗っている。


「忍者カフェは本来オカマバーなのよ。」


この店長は只者ではない。四教頭の根源的恐怖に打ち勝つのはそれ以上の狂気だ。


「私は店長のマダム・マリファナ。」


店長は青龍の席にお茶を置いた。


「ハーブティーをサービスしてあげる。」


「ねえここどういうお店なの?」


青龍は明らかに当惑していた。四教頭は世間に疎いのだ。

千秋は体が壊れて動かない。だが、喋った。


「いらっしゃいませ!ご主人様!」


「えっお春殿何で壊れてんの?」


青龍が慌てると、朱雀が立った。


「落ち着け!これはきっとテーブルマナーを乱した者から敗北する勝負だ…ところで、ここは良いお店ですなあ。」


なんと朱雀は店を褒めた。

千秋は気付いた。これは教師竹内の小テストと同じだ。マダム・マリファナは矜持に訴え、四教頭をテーブル席に着かせたのだ。格上たる四教頭は全霊をもって店のもてなしを受けるのが強者の風格である。まさに朱雀の指摘通り、礼を失した者が精神的に敗北する局面…だからこそ朱雀は店を褒めたのだ。


「なあ、朱雀が評価するのはセンス悪い店だぞ。」


唐突に批判を口にしたのは玄武だ。朱雀はキレた。


「なんでよ、良いお店じゃん。」


「俺は何も信じない性格だけど特にお前だけは絶対に信じないの。逆にそこだけは信頼してるね。」


「いや意味わかんねえよ。」


見るからに二人は仲が悪い。いきなり白虎が咳払いした。


「どうでも良いけど店選んだのは青龍だぞ。」


白虎が言うとマダムが青龍に擦り寄った。


「あら嬉しい。私に会いに来てくれたんだね。」


「おっ俺の責任にすんなよ!忍者達がこの店にいるからだろ。」


逃げ道を探すべく青龍は周囲を見る。お仮名と目が合った。


「ひいっ。」


お仮名が小さく悲鳴を上げた。


「それで、どうしてこのお店を選んだのかな?」


四教頭は恐怖存在。側にいるほど精神が衰弱する。お仮名は震えながら口を開いた。


「学校がたまたま近くにあったから。潜入とかもしやすくなるし。」


五七五七七の…リズム!すると青龍は返歌した。


「なるほどな。この場に居れば儲けもの。女子高生が集まるわけか。」


「あの、まさか貴方がここに来た目的は。」


嫌な予感がした千秋は勇気を振り絞って聞いた。青龍は千秋を見た。


「その通り。忍者の事はどうでも良くて、お春殿をば見に来たわけさ。」


どういう事か!?四教頭は全員女子高生が大好きだったのだ。そんな変態達が女子高生のいる店に駆けつけるのはなんらおかしい事ではなかった。


「ちょいと待ち。聞き捨てならぬその言葉。今から俺が仕切ると決めた。」


口を挟んだのは店長だ。彼はナイフを青龍の首すじに突きつけた。


「えっ何このナイフ?」


青龍が怒った。次に店長はナイフを青龍の首に突き刺した。


「えっ…あっぐぇぇ」


「デスゲェーッィイム!」


首から動脈血が流れ出る。その場の全員が凍りついた。


「この無礼者共!注文の一つでもしてから口聞きやがれ!さあ、小娘なんかじゃなく俺を見なよ!」


「青龍ッ!」


朱雀が駆け寄る。

千秋は悟った!店長は伝説の勇者の子孫!四教頭に対抗する力を持った聖なる変質者だ!あまりにも危険人物!


「ほう…いい女じゃねえか。」


仲間が傷つけられ尚、燦然とした太陽の如き笑顔を見せたのは白虎だ。


「続けろ。俺達は人間じゃねぇ。ナイフや銃如きじゃ死なん。まあその分苦しむけど…だから青龍は死なねえよ。」


白虎は言った。店長はハーブティーを指差した。


「飲め!」


白虎の顔が曇った。


「…いや、遠慮しよう。」


「デスゲームだって言ってるだろう!飲んだ奴から発言を許す!」


四教頭は戦慄した。千秋も戦慄した。マダムの名前を考慮すると普通のハーブとは思えないティーだからだ。


「ルールは簡単…喋ったら殺す。喋らなくても殺す。ハーブティーを飲んだ奴から発言を許可する。」


玄武が右手で机を叩いた。


「朱雀、お前が飲め。」


「安心しろ、もうやってる。」


朱雀はやおら立ち上がると、右足を前に突き出した。


「いや、飲みはしない…四教頭を甘く見ないで欲しい。貴女が飲め。」


すると、どうであろうか。なんとマダムの顔面が無くなっていた。

マダムの顔面は楕円状に縁取られ、内部が空洞になり闇と化していた。


「飲めるならな。」


「顔面…えっ?」


千秋はこの時初めて何か異常が起きていると思った。これは忍法?闇の向こうは学校の校門が垣間見えた。


「そうだな…マダムのルールに従うのも良かったかな。でも青龍や白虎はお春殿と会話しに来ただけかもしれないが、僕や玄武はもっとこう…触れ合いが欲しくてね。」


朱雀は千秋を見た。


「触れ合いがね!そして君が…お春殿なんだね?はじめまして。私は西川朱雀。時間と空間を司る教頭です。なんちゃって。」


「うわっなんちゃってとかキモっ」


思わず千秋は言った。


「え」


「キャラ作りですか?止めた方が良いですよ。良い歳して。」


千秋は幾多の修羅場を潜った経験上、他人のキャラにケチをつけるなら今しかタイミングが存在しないと理解していたのだ。


「そんな…今言わなくても良いんじゃないか。」


朱雀は打たれ弱かった。まさかカッコよくキメてる最中に女子高生にダメ出しされるとは思わなかったのだ。


「お春殿…本当に成長したな。ツッコミが。」


青龍は血塗れで言った。教頭の生命力は人を遥かに上回るのだ。


「正直俺も朱雀のことはキモいと思ってました。」


玄武が便乗した。


その時マダムが朱雀の肩を叩いた。


「何か異常が起きてるんなら早くしてくれる?」


「ウェーイ。」


マダムは顔面に穴が開きながらも普通に動いている。間違いなく何か異常だ。朱雀はやる気の無いかけ声を出した。


「今の声が朱雀の全てを表してるよな。」


玄武が千秋に話をふってきた。


「俺はさあ、俺は何も信じない性格だけど君とメルアドだけは交換したいんだよね。」


千秋は知らない人とか怖いので無視した。


「ちょっとちょっと、お春殿も困ってるし朱雀が何か計り知れない事してる間に話進めちゃおう。」


青龍が血塗れで仕切り出した。こうして朱雀は(一人だけ蚊帳の外で)人間の知性では理解しきれない現象を起こす羽目に陥った。


白虎が青龍を殴った。


「青龍の話は長い。俺が手短に話させてもらおう。」


「ねぇなんで殴ったの。」


「いやなんとなく。」


白虎は悪びれもせずに言った。


「お前ら何でもありだな。」


千秋は遂に言った。白虎の話が始まった。


「まず断っておくが俺達は校長に出てきて欲しく無い。」


「えっ」


これは意外だった。四教頭は校長に仕える存在だと聞いていたからだ。


「どういう…ことだ…」


口を挟んだのは辛うじて呼吸をしている老猿だ。忍者は恐怖を知りすぎるあまり、四教頭の前では活動すら困難になるのである。


「今年は校長復活の年では無い。」


「あの方は二千年周期で目覚める。一週間だけ起きた後、永い眠りに着かれて、その間は仮死状態だ。そして目覚めた七日間でこの世の全てを破壊する。」


千秋は息を呑んだ。二千年周期で目覚める怪物。それは一体どれ程計り知れない存在だろうか。


「今の話のポイントは二つ。」


「一つは"起きると全てを破壊する"。そしてもう一つは"寝ている間は仮死状態"だ。言葉の意味は分かるよな。」


老猿の蒼白な顔面が更に青くなった。白虎は気にせず続ける。お茴に至っては過呼吸に陥っている。


「それでだ、校長先生殿が次に目覚めるのは百八十二年後なんだよ。」


「えっじゃあ今年は安全じゃん。」


千秋はとりあえず質問してみた。


「いい質問だ。だがその答えは俺たちでも分からん。」


白虎の顔は曇りに曇っていた。


「今までお前が知りえた情報を総合して考えてろ。自ずと答えは出る。いいか、"仮死状態"なんだぞ。」


「入滅部隊。」


お仮名が震えながら答えを出した。千秋もまた答えを得た。


「そうだな。入滅部隊。あいつらはその為に呼び寄せた。」


入滅部隊。対ゾンビ部隊。僧兵で傭兵。謎の集団。


「校長が…ゾンビ化している…?」


「俺はそう思ってる。青龍もだ。」


だが、玄武は首を横に振った。


「その辺の意見は四人の間でも割れてる。俺は懐疑的だ。一人で何かしてる朱雀もな。四教頭ですら理解不能の現象だ。なんなんだ…?ゾンビ化って?」


「ゾンビ現象は全くの想定外。校長が何か影響を受ける可能性は無視できない。」


青龍は血塗れで言った。


「俺達でも死者蘇生が出来る奴はいる。玄武がそうだ。だが確かに心は蘇生不可という共通点があるが…玄武のは肉体が完全に再生するんだ。ゾンビは肉体が腐ったままだ。」


白虎が玄武を見て言った。


「忍法はどうだ?ゾンビは実は忍法によるものでは?」


玄武が言った。

老猿は首を横に振った。


「有り得んな…まあ陰陽道にも反魂術という死者蘇生法があるとされるが…やはり腐らぬ。」


陰陽道。


「その陰陽道とかいうのは忍者の専門ではあるまい。お前らの管轄外の場所ならあり得るのでは?」


「それを言い出したらキリがない。江戸暗黒武芸。魔術、秘術体系。我らの知らぬ技術など星の数ほどあるわ。良いか、完全なる死者蘇生の法など存在しない。だが不完全な死者蘇生の法なら枚挙に暇など存在しないのだ。」


老猿は喋り続けることで徐々に気力を取り戻しつつあるようだ。


「校長に復活されては困る。」


全員の視線が白虎に集中した。


「校長が復活すると具体的にどうなると思う?破壊の力によって女子高生も女子校も全て壊されるのだ。」


それ言い終わると、室内に物凄い静寂が訪れた。


「えぇー!?そっその為に?あんたら趣味の為に上司を裏切るの!?」


「そうだ!何が悪い。あの方が起きたらせっかく育てた女子高生達が全員死ぬんだ。校長が復活しない為なら何でもする。だが、何をしたら良いか分からん!!四教頭ですらゾンビとは何か分からんのだ。」


「ちょっと待って。」


これまでの話で千秋は疑問に思ったことがあった。


「入滅部隊と甲賀忍者って戦う必要ないよね?」


千秋は同じ目的を持つ者同士なら、協力しあえると思ったのだ。


「それはね…利権争いだよ。」


「汚なっ」


「実は今回の戦いの勝者を専門業者として入札することにしてあるんだ。」


青龍が言った。


「何の専門業者だよ。」


「その辺も四教頭の間で意見が割れるな。そもそも先に仕掛けてきたのは忍者やし…。まあ、詳しい話は追々語ろう。そろそろ準備が出来た筈だ。」


白虎が指パッチンした。一同は朱雀を見た。正確には朱雀とマダムを。


「ウェーイ」


「何事だこれは。」


マダムの顔面の顔面に広がる暗黒空間は今や、煌びやかに光り、都会のネオンを映し出していた。


「朱雀の力でマダムの顔面を学校と繋げた。」


「マジでっ!?」


暗黒空間の煌びやかさはどう見ても学校ではなかった。


「さあお春殿、この空間の中に飛び込むんだ。」


「what?」


千秋は事態を理解できなかった。すると、朱雀は信じられないアホを相手にするかのように溜息をした。


「あのね、君は何しにここにいるの?学校に潜入調査するんじゃないの?僕達四教頭は女子高生が尋ねて来るのを楽しみに待ってたんだよ?何で来ないの。」


「嫌よそんなの。」


すると玄武と白虎と青龍も非難がましく千秋を見つめた。


「今日も朝からどんだけ待ってたと思う?」


「もう入滅部隊が一仕事終える頃合いだよ?」


「やる気出せよ。こっちの予定通りに動かないとイライラすんだよ。」


四教頭はもう待つことに疲れていたのだ。

何で自分が怒られてるのか、千秋は理解できなかった。すると忍者達も声を荒げはじめた。


「そうよお春殿。貴女は良い加減大人しく任務に就くべきだわ。」


「私とか両脚骨折したし。」


「中途半端は良くないと思うぞ。」


本来敵同士である筈の教頭と忍者が女子高生を追い詰める為に協力した。


「ほら、せっかく日時と場所を調整したんだ。さあ早く。」


朱雀が促す。千秋は自傷行為に及んで本当に良かったと思った。


「あのね、私今両脚粉砕して首とか捻じ曲がってるから動けないんだよね。」


「安心して。電子組の人員を呼んだから。」


千秋は無言で床を叩いた。


「じゃあ電子組が来るまで待ってて良いよね?」


勝負はまだ終わっていない。千秋は確信した。まだチャンスはある。千秋はここから逃げ出すと心に決めていた。逃げ出すタイミングは必ず何処かで出来る。手札は揃いつつある。ジョーカーさえ誰かに押し付ければ。


朱雀はマダムの顔面をちらりと一瞥した。何かあるのだろうか。


「別に待ってて良いけどさ。この穴って向こうからも通じてるから早くしてね。」


千秋は右手で髪をかき上げた。


「誰か入ってくるかもしれないってこと?」


白虎が僅かに動いた。


「あ」


少し遅れて忍者達も反応した。老猿は高く飛んで天井に張り付き、持っていたフォークを投げた。両脚の折れたお仮名は床を転がり、お茴は マダムにタックルした。マダムが仰向けに倒れる。


次の瞬間、マダムの顔面がけたたましい轟音を上げた。

千秋のサイボーグ化した動体視力は捉えた。学校の闇から放たれる幾多ものマズルフラッシュを。


「ちぃ!やっぱりな!」


お仮名が着ていた十二単を一枚脱いで投げる。それはあたかも一本の槍のように鋭い投擲だった。


「不意打ちが雑で良かった良かった。不幸中の幸いだな。」


老猿が安堵し、お仮名の投擲した布の上に着地する。布は空を舞っており、どういうわけか老猿はその上に着地したのだ。


「今のは、敵が学校から奇襲を仕掛けてきたってこと?」


千秋は恐る恐る聞いた。


「タイミングとは重なるものだ。まさかと思ったがな。」


老猿は窓を一瞥した。


「幸い目撃者はいないみたいだね。」


千秋は言った。天井にはマダムの顔面を通して放たれた弾丸の痕がいくつも残っていた。


「おいおいおいおい。」


白虎が両手を広げた。


「ほぼ同時だったわけだ。」


白虎の両手は別方向を示していた。右手はマダムを。左手は窓の隣、扉を示していた。

扉が半開きになっていた。フォークが刺さっている。


「防御と敬遠、護衛。全部同時にやったのか?お前らスゴイな。それがおもてなしってヤツなわけだ。」


白虎は嬉しそうに拍手した。


「それにタイミングとは重なるわけだ。」


ドアから顔が半分覗いた。それとほぼ同時、マダムの顔から手が伸びた。


「電子組と…入滅部隊。」


千秋は呟いた。味方と敵が両方きた。千秋は新たな味方を見ていた。顔がよく見えない。


「修理自体はすぐに終わる。」


電子組の人員は言った。千秋に言った。耳でわかる。


「このフォークは警告ってこと?」


パズルのピースが揃った。


「中に四教頭がいるわ。」


電子組の人は足元辺りを見ている。何を見ているのか。


「窓からあの方といるのが見えていた。入っても安全なのかな?」


このチャンスを逃すわけにはいかない。


「いた。」


電子組は何かを見つけたようだ。その視線は客席辺りの床に注がれている。老猿が手をかざす。


「聞け!今からこの部屋は戦場と化すが…お春殿は今動けない故、この場で修理を行うしかない!中に入れ!」


「そう。」


四教頭は?千秋が一つの疑念を抱いた時、客席の床から起き上がる者がいた。


総理大臣だ。


「同時…!タイミングが…!」


足元にお仮名が投げた布が広がっている。


「四教頭との交渉は俺がしよう。」


同時に扉が開き、電子組が入店した。

マダムからも禿頭が突き出した。

その僧兵は黄金甲冑を纏っていた。


「お前は…ゴールデンヴァルキュリア和尚!」

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