第30話

祝福に満ちた会場からは当事者達が去り、予期せぬ来訪と招かれぬ敵への殺気に満ちている。

殺気とは元来、標的より先手を取る為の手段だ。感情とは無縁の、機械的な所作である。これはサイボーグの西大寺千秋が特に顕著な傾向にある。

だが今回は順序が逆で、先に衝突があった。


例えるならこれは事故だ。道路の上、不注意な歩行者がいたとする。歩きながら阿波踊りを踊っていると、前方から来たトラックも徳島ナンバーだったのだ。

さて両者が激突したとして、これを道路を整備した国交相ひいては政府の陰謀と主張しても、事故の当事者間の殺し合いは避けられないだろう。

そう、もうわかるよね。戦いの場で阿波踊りという奇策を講じた千秋に対し、ボナンザが取った手段。それは真面目に阿波踊りで対抗することだったんだ。


「お春殿、思い付きで私は倒せんぞ。お主の思考は読めている。」


実際は全く逆で、ボナンザは千秋の思考を読めずつい阿波踊りを踊ってしまった。

この対決には周囲の戦士達も注目せざるを得ない。全員の視線が千秋とボナンザを向く。

戦力の動向を操る、これぞ集団戦の妙である。単に西大寺千秋の機械が暴走しただけなのだが。


「阿波踊り程度の技量、私に無いとでも思うたか。」


ボナンザは勝ち誇るが、内心焦り先ほどから適当に喋っている。

だが今や戦線は千秋とボナンザを挟み、敵と味方、そして入滅部隊後方のお茴の三列に分かれた。


「敵味方に分かれ阿波踊りを踊る。この戦いこそ徳島県のようだな。」


ボナンザは自分で言ってて悲しくなった。


「ボナンザ、もう終わりにしてあげる。」


千秋はボナンザの置かれた立場を言ったのだ。


「ああ、阿波踊りは終わりにしよう。では普通に戦おうか。」


「悪いけど止められないわ。これはもはや私の意思を超越して踊り続けているのよ。」


千秋としては体が勝手に踊ってるのだから当然の話だ。


「それが民主主義の成すことか!」


二人は互いの話を半分も理解してなかった。


「では斬る。」


「このまま来いっ。」


二人は互いの対決が不可避だと合点した。

全員を守る為、敢えて二人が場の中心に居座ることで、敵対する勢力の致命的な交わりを妨害する役目を引き受けたのだ。

それはボナンザことマライア和尚と、宝蔵院お春こと西大寺千秋にしか出来ない役目だった。

阿波踊りを踊り続ける千秋。ボナンザは阿波踊りを止め、刀を正眼に構え切り掛かって来た。

さて、敵の攻撃に対して「攻撃」「防御」「回避」が封じられ、「阿波踊り」しか選択の無い千秋。彼女の取った対抗手段は、阿波踊りのスピードを上げるという単純明快な答えだった。


「何っ」


高速で動けば当然、移動も速くなる。サイボーグの千秋が阿波踊りのテンポを瞬時に切り替えるのに造作は無い。その変化たるや一般的な阿波踊りの秒速200mから秒速1kmへの脅威的な加速だった。

これは時速60kmで走るスクーターと同じくらいの速度だ。ボナンザとの間合いも容易に詰めた。

極端に間合いを詰めたことで両者は密着した。そこは刃の届かぬ死角となる。


これこそボナンザの狙い。千秋もまたその意を汲んでいた。今や戦局の最前線は二人のいる地点で、他の手練れ達といえども不用意な攻撃が封じられた。

入滅部隊の残る筆頭和尚と巨漢和尚は入口を塞ぐお茴へ向き直った。

橘家は間にいる千秋を気にして入滅部隊へ追撃が出来ない。

反対に入滅部隊は宝蔵院お春こと西大寺千秋の抹殺をボナンザに任せ、ホテルからの脱出に専念出来る。完璧な布陣が完成した。


「了解したぞマライア和尚。」


僧の一人が刀を鞘に収めた。居合の構えだ。

お茴は怖くなり入口から退いた。


お茴は負けを認めた。それ程に実力差を察したのだ。だが入滅部隊は釈然とせず、これを罠と決めつけた。

すると隙を突き従業員が部屋に入ってきた。殺伐とした雰囲気を見かねたホテル側がサービスにきたのだ。


「ニュース番組でございます。」


従業員はせめて場を和ませようとテレビを点けた。

ニュースでは緊急記者会見が行われていた。

画面に映ったのはスーツ姿の松平総理だ。


「御機嫌よう。これは国民全体に向けたビデオメッセージだ。」


その場の全員が、初見のラーメン屋でテレビを見てる時のような不安感を覚えた。それは殺意へ昇華し、ボナンザは密着状態で刃の通らない千秋に足払いした。

ボナンザの足払いは膝での強烈な払いで、千秋の骨盤から左大腿部にかけ一撃で折ってしまった。七本槍は見事な足腰やカウンター技を得意とする。

太腿を破壊された人体は通常転んでしまおうもの。が、千秋は第三の脚、太い尻尾で代用し姿勢を保つ。

そこをボナンザは膝蹴りの体勢から足裏で押す。


七本槍の体術に「護法」「傲岸」二つの奥義が存在する。

「護法」は奇襲に対し先手を取るカウンター技。

「傲岸」は校舎二階から飛び降り、果ては忍者の心臓をも破壊する強靭な脚力である。

距離を突き放し、隙を与えず走りつつ跳ぶ。高さ2メートルを超える跳躍。これが「傲岸」。

「傲岸」最強はトレンディ。「護法」はミカエラ。

ボナンザもジャンピングニーバットが上手い。

膝が空中で千秋の顔面に衝突。これがジャンピングニーバット。

後方に倒れる千秋に向け、持っていた刀で心臓を一突き。青龍との戦いで、心臓に矢を受けた千秋が機能停止したことは聞いている。

しかし千秋は尚も平然と阿波踊りを踊っていた。


「あわわわわわ」


これにはボナンザの殺意も鈍らざるを得ない。矛盾している。殺意を持ちながら、強い自制心で阿波踊りをあわわわわわ


「いやっこれ機械の故障で止まらないだけだ!」


ボナンザの思考は真実に到達し、キャパシティを超えた。

スパイ活動、対ゾンビ、殺人、罪悪感、民主主義の矛盾、そして千秋の性格。全てを一人の十代の女の子が抱え込むにはあまりにも困難過ぎた。


「あわわわわわ」


実はお春殿は争いの愚かさを知らしめる為に踊っていたのではないだらうか。単に機械が暴走しただけなのだが。

その時壁が爆発した。

壁を突き破って現れたのはティーガー戦車だった。


「ティーガー戦車!?さては政府の刺客か!?」


「不味いぞ、総理は圧倒的火力で全てを闇に葬るつもりに違いない。アマンダ和尚を拉致したので後は脳を弄るなり拷問すれば総理も理事会の召喚権を持つ手駒を得る!俺たちはもう用無しだ!」


ティーガー戦車のハッチが開いた。出てきたのは野球服を着た菅原さんだ。


「お待たせ。阿波踊りの時間だよ。」


菅原さんは一心不乱に阿波踊りを踊り始めた。


「成る程な。パーティーの余興だったという訳か。」


ボナンザは狼狽した。


「そうだよ。私なりに考えたこれが殺人者の背負う業さ。」


菅原さんはミカエラが殺人を犯してしまった事を知っていた。伝えたのは他ならぬ教師竹内である。殺人を犯した人間は罰を受けるべきという世間の風潮。葛藤し、導いた答えがこれだ。


「迷ったり落ち込んだりした時は部屋に篭って阿波踊りを踊り倒すよね。それと同じだと気付いたんだ。」


誰も共感しない思いを打ち明けられ、殺人の罰(阿波踊り)から目を背けたくなった一同は、自然とテレビに向かった。

テレビでは総理がまだ喋ってた。


「国家は今、脅威に晒されている。ゾンビ、テロ、教頭などがそうだ。」


「なにこいつ。新手のパブロン?」


山田寺さんは政治に疎かった。


この時室内が赤い光で満たされた。


「今度は何事だ。」


「当ホテル自慢の自爆サービスでございます。」


突然出てきたオーナーはハムスターの滑車みたいな奴に入った金剛力士、菅原さんの父親だった。


「自爆サービスだと。」


オーナーが電力を供給した事でホテルの自爆装置が作動したのだ。

これは焼肉センチュリオンホテル永遠が菅原グループの系列だったことによる。いわゆる接待という奴で、はじめからこの比較的安全な自爆サービスは余興として予定されていたのである。


「不味いぞ、みんな踊りながら脱出するんだ。」

そうとは知らぬお茴は錯乱し踊りながら飛び出した。


お茴が一歩踏み出すと床が消失し、落とし穴に落下していった。


「嗚呼っお客様困ります!そちらは罠だらけですよ。」


注意しようとしたオーナーがうっかり足元のボタンを踏むと、フロアの床が裂け、地中から大量の爆炎とともに幅8メートルはあろうかという巨大なホタテが出現した。


「不味いぞ、お客様が山の神の怒りを買ったに違いない。勝手な行動は危険なので皆さん私について来て下さい。」


錯乱したオーナーは踊りながら脱出し、三日後に六甲山のケーブルカー付近で巨大なホタテに説教される姿を目撃されている。彼もまた生存権に踊らされた一人であると言えるだろう。


「お前ら結婚パーティーは無礼講だからってハシャギ過ぎるなよ。」


「えっ…ァア、オゥ。」


一同はホタテに説教されながらホテルからヘリで脱出した。

だがフロアが爆発炎上する中、あえて一行から取り残された者達がいた。西大寺千秋とボナンザ。ここで決着を付けようというのは自然な感情だ。

千秋は辛うじて立ち上がり、刀は心臓に刺さったまま。ボナンザは無手。


「動かない。」


ボナンザは千秋が微動だにしない事に疑念を抱いた。どれ程ダメージを与えようが踊っていた千秋だ。


答えは簡単。踊りの速さを極限まで低下させ、静止状態と変わらない程ゆっくり踊っているのである。

今や両者は互いに睨み合うのみ。爆音が遠くに聞こえ、徳島のぞめきが近くに聞こえる。決闘に良くある『心の対話』が発生し、ボナンザが混乱し始めたのだ。千秋は殺意を捨て、全てを阿波踊りを踊りたい欲望に傾倒していた。

「護法」は殺意に反応するカウンター。殺意の無い今の千秋に通用しない。


ならばと先に攻撃したボナンザ。成り行きを考えれば当然だろう。このまま相対しても徳島のぞめきが心の中に聞こえ混乱が増すばかり。


「ッベィブッ!?」


剣道独特の掛け声でボナンザが蹴りを繰り出すと同時に千秋は阿波踊りを急加速。ボナンザの初動に合わせ、それより速く。これが「護法」。


そもそも「護法」は無意識に行う。「子供が車に轢かれそうになってて、勝手に体が動いた」アレである。七本槍は経験と訓練で意図的にこれを引き出す。ミカエラがゴールデンなんとか和尚を返り討ちにしたのもこれだった。要するに体が敵を敵と判断し攻撃する自動迎撃システムである。

千秋は経験も訓練もない。だがそれを補い余りある脳内コンピュータ性能がこれを可とした。かつてミカエラが行った所作を学習していたのだ。

さて阿波踊りしか踊れずとも敵を下す技はある。

千秋は手をボナンザの口に突っ込み、そのまま時速60キロ(音速の3倍)で踊る。

衝撃で顎が外れた。


音速を超える速さで阿波踊りを踊る。すると囃子が踊りより遅れてやってくる。これを徳島では「流し」と呼ぶが、千秋自身はまだ知らない技術である。


「…決着ありだね。」


いかなる武人といえど時速60キロ(音速の3倍)で顎を外され、戦える者はいない。そんな状態で戦えるのは千秋くらいだ。

ボナンザは諦め、床にへたり込んだ。


「ボナンザ、私が勝ったからには言うことを聞いてもらう。どうか私の味方に付いてほしい。」


ボナンザの目が千秋を見た。


「勿論取引の材料は用意してる。」


千秋は阿波踊りを踊りながら床に落ちた拳銃を拾った。


「面白い話ですね。聞きましょう。」


口を挟んだのはさっきまで気絶したままほっとかれてたビショップだ。ビショップは覆面の上から後頭部を抑えていた。


「一体これはどういう状況ですか。」


「早く脱出しないと死ぬよ。」


「えぇぇ…」


千秋はビショップに拳銃を投げ渡した。


「その拳銃は密造だけど私をここまで追い詰めた。」


千秋としては自分の肩のことを言ったつもりだった。だが、誰が見ても説明が下手だ。ビショップは電撃に撃たれたかのように千秋の姿を見た。


「…!!…成る程。よく分かりました。」


ビショップはこの銃が撃った者を阿波踊りを踊りたくて堪らなくさせる夢の銃と勘違いしたのだ。


「売るわ。」


明らかにビショップは勘違いしてるが、今の千秋は妙に自分に自信があり、それに気付かない。悲劇はもう一つ。勘違いを察したボナンザは指摘したくても、顎が外れて喋れなかった。


「貴方達は随分前から山田寺さんの銃密造を知っていた。でも"何も手出し出来なかった"…!そうじゃない?」


「ええ、四教頭の目がある内は、一般の女子高生は巻き込めませんからね…!!」


ビショップはベラベラと重要な情報を話してしまった。


「密造現場は体育館地下。そこにゾンビに職を追われた東大阪の工員を匿っていました。まあ何も知らぬ彼女は、あそこが何なのかまでは知りませんでしたがね。」


やはりそうだ。千秋は納得した。


「買いましょう。我々はあの学校を足がかりに武器の密輸ビジネスを日本に展開したい。」

千秋は初めてこの男に恐怖を抱いた。


「ゾンビと四教頭を天秤にかけ我々が得た答えです!」


これだけで千秋の抹殺命令が無くなったのだ。


「ボナンザは任せます。」


ボナンザとしては自分が口出しできない間に勘違いだけでトントン拍子に話が進んでしまった形だ。

その時床が崩落した。


「不味いぞ、長く話し過ぎてホテルが崩壊を始めた。逃げましょう。」


ビショップは急いでホテルを飛び出し、千秋とボナンザも普通に脱出した。

間一髪、3人がホテルの門を潜り抜けた瞬間、ホテルが崩れ落ちた。みんなの乗ったヘリコプターは空中を飛んでいた。


「特に今日語りたいのは校長先生の目覚めについて、そして全校集会について。」


外に出た千秋は、車の通らない道路に男が一人、スマホでテレビを見ている姿を発見した。


「グフフ。やはり演説はビデオで撮ったものを生中継が最高じゃあ。興奮するわい。」


総理だった。誰よりも早くホテルを脱出し、一番にするのが自分の演説姿の確認だった訳だ。


「これら一連の事象には裏がある。全ての黒」


その瞬間画面がニュースキャスターの姿に切り替わった。


「番組の途中ですがCMです。菅原グループのホテルでは自爆サービスをご提供中!たった今爆発したホテルをご覧下さい。」


次に画面に映し出されたのはヘリからの空撮。千秋達のいる現場だ。


「Oh, Noooooo!」


総理の叫び声はメリケンパークまで届いたという。

画面は戻ることなく、番組の尺が終わるまで菅原グループの宣伝が行われた。単純に総理より菅原さんの父親がテレビ局に払った金が大きかったのだ。


「総理!」


「おっ!?おぉ!?おっおぅ。なんじゃ、お前らか。テレビを見てたろう。来週に憲法を改正しゾンビ島に進軍する。」


誰もテレビなんか見てなかったとはあまりにも言いにくいので、その場の3人は空気を読む事にした。


「えぇ、アマンダ和尚はあなたの手に落ちた。戦いのルールを確認しましょうか?『※勝者に理事会との面会権を与える』。勝者は入滅部隊全員。そういう事ですよね?」


総理はビショップを見た。


「お前は今回の作戦で随分と損失したようだが…」


「理事会には入滅部隊全員が会える。あとは校長解任の呪文を唱えさせればいい。なんなら教頭解任の呪文も唱えてしまえばいい。」


ビショップが勝利の笑みを浮かべているのを千秋は怪訝に感じた。


「これが狙いか?ワシと会う為に仲間を?」


「圧倒的劣勢から一気に対等へ。どうです?正面切って首を絞められる気分は?」


「惚けおって。テレビを見てたろう。決戦は一瞬間後。場所は錦城高校。そこで校長解任の呪文を唱え、邪魔するお前達を返り討ちにする。学校の利権は政府の物だ。」


「いいえ。それしか出来ないですよ、貴方は。」


ビショップは千秋を見た。


「政財界の中枢にいる彼らの事について、彼女に正直に説明すれば如何です?総理。」

総理は視線をビショップから逸らさなかった。


「…千秋君。陰陽組は嘘しか言わん。

だが、


"今回の戦いは彼らなくては甲賀組を敗北に導けなかった。"


そういう事だ。」


「千秋君?成る程それが本名なんですね。

総理、貴方は私とここで直接交渉した。

今回の命令は千秋君を脅かしたら貴方がどんな行動に出るか、それを確認したかったんです。結果は上々。

今日から一瞬間、我々は貴方からの暗殺に怯えて暮さねば成りませんからねえ。」


「…約束は守ろう。」


その時、ホテルの瓦礫が爆発して中から身の幅8メートルはあろうか巨大なホタテが出現した。


「不味いぞ、小難しいやり取りが山の神の怒りを買ったに違いない。踊りながら逃げよう。」


錯乱したビショップは三日後に六甲山のケーブルカー付近で巨大なホタテに説教される姿を目撃されている。


「いい加減にしろよ。俺はサイズ的にヘリに乗れないんだよ。」


「ホタテだとぉ、舐めやがって山にホタテがいれば寿司屋はネタ切れだよぉ。」


と言いながら見得を切ったが、空中分解しながら再合体したホタテに五時間くらい説教されてしまった。


「俺が若い頃は軽率に殺し合いとかしてたぞ!

大体なんだお前ら。罪を犯しながらいざ殺しあうとなれば微妙に空気を読みあいやがって。」


「えっあっハイ。」


その後、千秋達は日が暮れて親が迎えに来るまで普段の行いを説教されたのだった。


つづく

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