結婚パーティーは息苦しいでござるの巻

第27話

七本槍ミカエラの結婚式が来週に迫っている。これがリア充お嬢様の世界だというのか。

だが昨晩、千秋は四教頭から庇護の言質を取った。それは上流階級との関わりを自ら肯定した側面を持つ。自分を錦城高校生だと受け入れたのだ。

これからは相応の振る舞いが求められる。さてどうしたものか。


それよりも目下の問題は部屋に橘さんがいることだ。なぜ橘さんが千秋の自室に上がりこんでいるのか。これがお嬢様の作法だとでもいうのか。


「御機嫌ようお春殿。今日はお誘いに来たのよ。」


橘さんは口上を述べた。


「ごっ御機嫌よう。」


これもまた学生生活の一環ということか。

さて、一体どういうことなのか。実は昨日の夜、『言伝集成』を受け取った直後、示し合わせたかのように橘さんから千秋に連絡があったのだ。この事実に千秋は疑念を抱いたが、もはや乗りかかった船だ。橘さんの対応は素早く、こうして朝から二人で会話しているという次第である。

先手必勝とは油断ならない友人だ。千秋は脳内コンピュータを戦闘用思考回路に切り替える。


だが、そこではたと気づく。橘さんはなんと鎧ではなく普通の服を着ているのだ。白ニットにジーパン、そしてチロリアンブーツ。千秋は橘さんが人間の服を着ていることに耐えられなかった。

そして橘さんの私服は妙にダサかった。白ニットの上着には“Captain”と筆記体で書かれ、そこにビーズがあしらわれていたからだ。しかもポーチは英国旗柄だ。あと家の中では靴を脱いで欲しい。だが千秋は玄関で見たので知っている。そのブーツは室内履き用だということを。


橘さんは真剣な表情だった。これには千秋も全霊で応じねばならない。千秋は橘さんの言葉を待った。


「ねえお春殿はどうして梶井基次郎のTシャツを着てるの。」


「現代文への意気込みかな。」


千秋はレモンの模型を橘さんの頭上に置いた。

すると橘さんは頷き、納得したようだ。

さて、あの宝蔵院お春こと西大寺千秋が現代文に意気込みを見せた。これからは学業に真面目に取り組むということである。それはつまり学生生活、ひいては友人との交友にも真剣に取り組むことと同義である。今のやり取りにはいわゆる女子高生的な独自の意思疎通が含意されていたのだ。

同時に橘さんの頷きは「じゃあミカエラの結婚式には参加してね」という意味である。橘さんは、お春殿がどこか一歩離れた友人付き合いをしていることを気にしていたのだ。正直それは人の勝手だが、錦城高校生として相応に振る舞うことを決意した千秋には友人が必要だった。


別にそのメッセージを鈍感な千秋が察したわけではないが、よくよく考えてみれば橘さんはまだ何の用件も述べていないではないか。


「まさか橘さんが変な格好もせずに真剣に申し出てくれるなんてどうしたの。」


「いや、アレは親にバレてしまって。」


橘さんは半泣きで弁解した。


嗚呼、なんと愚かな質問をしてしまったものであろうか。千秋は自分の心の弱さが嫌になった。だが、橘さんはわざわざそれを伝えに千秋の家を訪れたというのであろうか。そこまで信頼されるというのは悪い気がしないでもないが、些か違う気もする。


「安心してお春殿。まあえっと安心して。」


もしかして橘さんは中二病じゃない時も言葉が丁寧なだけで頭は悪いのではないか。


それより、橘さんは一体何のお誘いに来たのであろうか。よもやミカエラの結婚式のことではないか。ならば今後の為にも是非参加したい。だが、そうとは確定してないのに当たり前のように話をするのは失礼ではないか。


そういえば、橘さんは先程から語彙力が減ってないだろうか。

何か気分でも優れないのだろうか。

何か見てはいけないものでも見たのだろうか。

何か。

何か千秋に目線を合わせず、床の方を見てる気がする。


「ねっねえお春殿…今気づいたんだけど、その…尻尾なに?」


それかー!!


「生えたの!」


「生えたの!?」


「生えたの!!そうなの!!」


これは不味い。話題が本筋から離れている。一体橘さんの用件は何なのか、確認せねば話が始まらない。


「橘さん!今の私は学校に安寧を求めつつあるわ!」


まずは説明が先だ。詳細は省き、結果のみを説明する。


「そしたら!生えたの!」


「う、羨ましい…!」


橘さんは別に学校に安寧は求めてなかったが、学校に安寧を求めることで尻尾の生えたお春殿を同じ中二病患者として先を越されたと感じたのだ。


一方そのころ橘さんの自室では両親により中二病グッズが机の上に並べられていたという。


「一体どうしてお春殿が学校なんかに救いを求めるのか分からないわ。」


橘さんは決然とした表情で言った。

その時千秋は気付いたのだ。部屋の天井が開き、そこから石之老猿とお仮名が顔を覗かせていることに。


「ええー!」


「えっ学校って所詮は他人の集まりでしょ?」


橘さんの妙に冷たい一面は怖かった。そして千秋は天井の汚物でお嬢様の目を汚してはいけないと直感したのだ。殆ど焦りからくる行動だった。


「橘さん!」


千秋は橘さんの両肩を掴み、向き直った。


「あなたのことを友人と思ってるわ。」


「え、ええ。私もそう思ってるわ。」


千秋の中に焦りと疑念、そして躊躇と恐れ、打算といった感情が渦巻いた。千秋は己の戦いに他人を巻き込むつもりなのだ。

すると橘さんは千秋の両肩を掴み返した。


「でも、お春殿がただならぬ事態に巻き込まれているの、私気付いてたの。」


橘さんはとんでもないことを暴露した。


「えっ」


「だってお春殿、四月から明らかに死相が凄いもの。」


侮るべきでは無かったということか。やはり橘さんは只者では無かったのだ。


「死相?」


「分かるのよほら、私の家は暗殺とかしてるから。」


今のは聞かなかったことにした。


「何か差し迫ってるんでしょ?私も七本槍もお春殿のこと、本当に友人だと思ってる。だから特別割引でも良いのよ?」


千秋が一番驚嘆しそして寒気だったのは橘さんの眼がいつもの調子とも、中二病の時とも変わらなかったからだ。


「つまり断れば私が割り引かれるって話なんですね。」


「そういう事よ。」


千秋のカメラアイは窓の外から見える七、八本の穂先を見逃さなかった。鞘に収められていないのが彼女らの本気具合を見て取れる。

あの暗黒の学校の生徒として、友人達を戦いに巻き込むべきか決めあぐねていたつもりが、いつの間にか相手の方から退路を絶っていたのだ。


覚悟を決めろという事か。


先程から天井と窓の間で殺意とか手裏剣が飛び交ってる気がするが、持つべきは友人だったのだ。


「橘さん。私も学校や他人に全幅の信頼を寄せてない。でも錦城高校に入学出来たこと自体には感謝してるのよ。」


それは昨晩再改造を受けるに至った正直な動機である。

そもそも昨晩「錦城高校生として振る舞う」道を選択した千秋は、「女子高生」として存在する事がこの複雑な戦いを勝ち抜く唯一にして絶対の武器だと悟った。

故に学校の生徒達を巻き込み、特に七本槍の協力を仰ぐことが肝要とされた。それは己に自信を持たない千秋にとってあまりにも難題だった。七本槍とは即ち、


ミカエラ

スパーク

トシオ・クリスティーナ

トレンディ

ママン

ラブセクシー

ウィルヘルミーナ(愛称:ボディービル美)

ボナンザ


である。幼い頃より橘結を守る為の七本の槍として厳しい訓練を受けてきた。目下武力と女子高生性を兼ね備える最強のワイルドカードだ。


「支払いのアテはあるわ。」


千秋は交渉に乗り出した。


「何かしら。正直本当に友人なのでプロ野球チップスレアな奴5枚とかで良いのよ。」


橘さんはプロ野球選手を黒魔術の生贄にする事に最近ハマってるのだ。千秋は日本のプロ野球を守る為に申し出を断り、切り札を切らざるを得ない。


「山田寺さんよ。」


「成る程ね。」


橘さんは驚いてもない様子だった。


「と言っても私も何も知らないし、今から調べる時間もないので賭けみたいなものだけど。」


「山田寺さんが銃を密造してるのはほぼ間違いわ。」


「その利権をパクります。」


「でも製造場所は不明なの。見つからない。」


「橘さん、その点については心当たりがあるわ。」


問題はそれなら本来"入滅部隊"との全面衝突が避けられないことだ。だが千秋の予想通りならば。

その時、部屋の壁が半回転しスーツ姿のおっさんがネクタイを締めつつ入室した。


「あ、おかえりお父さん。」


千秋は言った。


「お父さん!?」


橘さんは半回転した部屋の壁を二度見した。


「壁回ってるよ!?」


「ああ〜うん。欠陥住宅だから安かったんだ。」


これが橘さんと千秋の父とのファーストコンタクトだった。


「えっ…あっあぁ、おう。」


橘さんは無理矢理納得せざるを得なかった。


お父さんは橘さんを二度見した後無視し、千秋を見た。


「我が娘お春殿よ、一杯やるか。」


「我が娘お春殿!?」


橘さんが叫んだ。実は千秋は春休み以降、有事の為に家の中でも偽名を使っているのだ。


「ちょっと待ってお春殿!一杯やるのは置いといてお父さんの娘の呼び方どうされたの!?」


「私のお父さんは大体こんな性格だよ。」


「そんなまさかあ。呑むのは金曜だけだよ。」


「今日は土曜日ですよ!?」


橘さんって初対面の人にも堂々と話し出来て偉いなあ、と思う千秋であった。


「あっヤバい会社に遅刻する。」


「もう10時ですよ。」


「えっ…」


そう言うと千秋の父は窓ガラスを破砕しながら外出した。七本槍の悲鳴がこだました。


「えっ…と、中々素敵な御仁ですわね。」


「中々最高の父だと娘ながら思ってるよ。」


千秋はわりと父親好きだったのだ。ただ焦ると二階から飛び降りるのは年頃の娘としてはなんとかして欲しい。


「ところでお春殿のご両親って何をされてるの?」


「音楽関係の仕事かな。」


「まあ、それは素敵ですわね。」


嘘は言ってない。母親はレコード会社の子会社に勤める自称キャリアウーマンだし、父親に至っては著名なボカロPを営む傍ら飲食店で一日中ピアノを弾く仕事をしている。

そして2〜3年に一度、フラリと何処かへ出かけては臨時で船上ピアノマンをし、海外に問題を残して帰ってくるのだ。千秋としては特に父親が心配だが、一方でこれくらいどこの家庭でもあり得ることだと思っており、正直な話そんな父親がちょっとカッコいいものだと未だに認識していたりする。

そんな西大寺家の主な収入が父親のボカロPによる印税なのだから因果な話である。

ただ、千秋は父親がボカロPだということを子供の頃から絶対に友人に話さなかった。


「話を戻すわ。」


橘さんが言ったが、もはや話は出発すらしてない気がした。


「あいや待たれよ。」


窓に槍が覗いた。

窓から入ってきたのはトレンディとボナンザだ。


「お春殿。話は大体聞かせて貰った。お主の巻き込まれている重大事、我が主君の申し出とあらば是非力になりたい。」


トレンディが目で語った。


「だがお主は知る必要があるのだ。主の真実について。」


ボナンザは手話をした。


「ボナンザ、その話は止めなさい。」


この時初めて橘さんの表情に焦りの色が出たことを千秋は見逃さなかった。


「ゾンビのことは知っておるな。」


ボナンザを取り押さえる橘さんを横目に、トレンディは切り出した。


「ゾンビですって。」


「どうやら知っておるようだな。その顔色だとお主の事情にも絡んでおると見える。」


「お春殿。ゾンビとは何と心得ておる。」


「妖怪の一種って聞いたけど。」


「アレは実は魔法少女が死」


「トレンディッ!それ以上ネタバレすると阿寒湖に放り投げるわよッ!」


橘さんの怒気は本物だった。千秋はトレンディが萎縮するのを初めて見た。


「いや、やっぱり止めておこう。」


「待って!魔法少女って何!?」


「止めておこうお春殿!やはりこれはお主とは一切縁の無い話なのだ!お主の話には関係ない!忘れてくれ!頼む!私は阿寒湖に沈みたくない!」


「そうよお春殿。原因を知った所でだから何?私が魔法少女のことも忘れて。」


なんか釈然としないまま、他人には踏み込んではいけない領域があることを知った千秋であった。


「ゾンビが妖怪ってのもあながち間違いじゃないから。兎に角発生原因は全く不明で今後も明かされることは永遠に無いのよ。」


「わ、わかった。」


だが、確かに魔法少女橘さんの言う通りかもしれない。(どう見ても生きているが)魔法少女橘さんの死によってゾンビが誕生していたとしても、それは千秋には計り知れない事態だし、対策の必要はあるが千秋が取り組むべき魔法少女ではない。千秋は混乱していた。


それより問題は陰陽組のことだ。

蔵石壁斎のことは総理も知らなかった。


そもそもあの『言伝集成』で総理が何を伝えたいのか、それは言ってくれなかった。どうも一国の総理程度ではおいそれと口に出来ないらしい。


それに百地二右衛門。何者なのか。


「そう言えば百地二右衛門先生って八右衛門さんに名前似てるよね〜」


「え」


突然話題を変えた橘さんを、千秋は素っ頓狂な表情で見た。


「えっちょっとどういうこと。」


「?どうしたの」


「いやその百地二右衛門先生って誰。」


「二年の新しい学担だよ。今朝から急に赴任したんだって。」


「へーそうなんだ。」


二右衛門が動き出したか…と千秋は内心釈然としなかった。


なんかこのノリだと八百屋に行けば壁斎もいそうだ。


その時部屋の掛け軸がめくれて外からスーツ姿のおばさんが入ってきた。


「野菜買って来たよー!」


「あ、おかえりお母さん。」


千秋は言った。


「お母さん!?」


橘さんはめくれた掛け軸の隠し通路を二度見した。


「掛け軸めくれてるよ!?」


「誰だよてめー。お茶は自分で淹れやがれ。」


「私のお母さんは大体こんな性格だよ。」


千秋は母親のことがちょっと嫌いだった。


「あっ御機嫌よう。お春殿の友人の橘と七本槍です。」


「おっ金持ってそうじゃねえか。」


「まあ。それを決めるのは私ではありませんわ。」


「へへへへ」


二人は意気投合した。


千秋の母親は白いビニール袋を掲げた。


「あっおいお春殿。野菜買って来たぞ。」


それって娘に渡してどうにかなるのかな。

自分で冷蔵庫に入れれば良いんじゃないかな。

だが袋の中には野菜こと外国人のおっさんが入っていた。


「どうも、蔵石です。」


「ああああああ!?」


蔵石は野菜だったのだ。

蔵石は野菜然と振る舞うことに百年費やす男だったのだ。


「畜生!なんで俺がお前の家に買われなきゃならんのだ。」


だが絶好の機会。逃してなるものか。


「珍しい野菜だろ?こいつの悲鳴が沢山聴きてえ。」


千秋の母は鞄から血塗れの包丁を出した。


「蔵石さん早く逃げた方が良いよ。」


千秋は古の真実よりも母の恐怖を優先した。


「お母さん八右衛門とか撃退してるからね。」


春休みに千秋が忍者になったことを近所に言い触らそうとした時、千秋の母は八右衛門に2度ほど消されかけた。だが返り討ちにしたのだ。結局元から誰も西大寺家には近寄らないことが判明しことなきを得た。


「止めて!俺を料理したら野菜王国が黙ってないぞ!」


「つれねえな。俺は野菜を料理する為なら肉だって食ってやるぜ?」


こういう時の母親と会話が通じないことは千秋が一番知っていた。


「ぐああー!分かった!全部話すから!俺は不老不死の肉体故に野菜王国に左遷されたんだ!」


「何わけわかんねーこと言ってんだ野菜野郎。警察呼ぶぞ。」


千秋の母も場の空気が変わったことを悟ったのだ。


「ふふふ。俺の不老不死は誰にも真似できなかった。だから式神が支配する幻術世界で永遠に囚われたんだよ。」


その後蔵石は逮捕され、聴取によりさらなる真

実が明らかになった。

蔵石が留置所に入れられたことで野菜王国の経済は荒れたという。

こうして結局橘さんの要件ってなんだったのか、有耶無耶になったまま土曜日の午前は過ぎていった。

つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る