感傷的な季節の日々

綿貫むじな

境界線の季節

夜になればもう涼しい風が吹いている。

貴方の事を思い出すにはもう、季節は過ぎ去っているんだ。

わたしは花火の残響音を繰り返し聞いていた。

あの時の花火の色はもう思い出せないけれど、音だけはまだ頭に残っている。


電車のガタンゴトンと揺られる音にわたしも揺られて、体を一緒に揺らす。

一緒に行こうと約束した人はもう来ない。

ホームで別れたきり、もう顔も合わせていない。

どんな顔をしていたのだろうかと思い出す事も無い。

全ては綺麗な思い出として処理してしまおうと無意識に決意している。

嫌な事はゴミ箱に押し込んで蓋をしてしまえばいい。

ふとしたきっかけで思い出さないように鍵を掛けて、そして見向きもしない場所に放り込んでしまおう。

わたしは電車に揺らされていた。


駅です。降り口は右側です。尚、当駅は終点となります。降りる際は落下しないようご注意下さい。


鼻に掛かったしゃべりの車掌の声を聞いた。ふっと我にかえれば、既に終点で終電の時間だった。

わたしの降りる駅から何駅も離れている終点。

タクシーに乗るお金もないし、知り合いに連絡するには憚られる時間帯。

でも、どの顔を下げて誰に会えばいいのかわからない。

歩いて帰ろう。

時間だけはわたしにはある。夜が明ける前にはまだ帰れると思う。

夜風が頬を撫でるように通り過ぎた。

夏の匂いをほのかに漂わせるけれど、決してあの時のような温度にはもうならないということを、わたしに確信めいて告げていた。

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