さんま、さんま

 さんま苦いかしょっぱいか。

 誰の詩だったかもはや覚えてすらいないが、まだ残暑極まりない八月の下旬、いつものように俺は仕事帰りにスーパーに立ち寄っていた。

 スーパーで鳥の胸肉や野菜を買って適当に炒める、味噌汁を作る。

 それだけで自分が堕落していないと思ってしまう事それ自体が堕落している人間だと思い知れと言われたが、とにかく自炊は良いものだ。

 かつての俺は自炊などせず(というかガスコンロすらない部屋だった)に帰り際にひたすら牛丼屋で牛丼をかきこむような生活をしていたおかげで肝臓が脂肪肝で偉い事になっていた。酒はあまり飲まないというか飲めないのに肝臓を悪くするとかどれだけ栄養が偏っていたかの証拠だ。

 

 最近は流石に健康に気を使わないとダイレクトに体に跳ね返ってくるので嫌でも健康を意識した生活をしなければいけないのだが、やはりいい加減店で惣菜を買ってきたり外食をするのはやめて自分で何かしらの料理、それも簡単なものでいいからやらなければなるまいと決意を固め、いざ自炊を始めてみた。

 今は料理の本を買わずとも大体のレシピはネットで探せばあるもので、今日はこんなものを食べてみたいなとかパスタを一人分だけ作ってみたいなとか思いながら、アバウトに料理をしてきた。

 

 所詮はいい加減で堕落した人間のやる料理だ。

 本当に大した事もない、人に喰わせるには恐れ多い料理?のようなまねごとだが、これが意外と楽しいのだ。

 何よりフライパンを振ったり鍋で何かを茹でたり煮込んだりするのが楽しい。

 しかも自分だけの為に作るのだから好き放題やればいい。

 誰かに食わせて不味い!と言われるわけでもなし。

 自分の料理が不味かった時は自分の責任で胃袋に放り投げるのだ。


 しかし今日は疲れていた。

 自分で料理を作る気力はなく、かといって腹は減っている。

 何を食べようかとスーパー内を彷徨っている時に、それはまさしく鎮座していた。


 秋刀魚、サンマ、さんまである。


 まだ流石に刺身になる鮮度のものは出回っていないが、一尾まるごと塩焼きにしてあるものが惣菜コーナーに置かれていた。

 俺はさんまが大好きだ。

 さんまは良い物なら脂が皮の下にぴっちりと詰まっている。それがほのかに甘くてたまらなく飯が進むし、内臓は昔は苦くて嫌いだったが今食べてみればその苦さが逆に酒をすすませる。

 刺身も好きだがやはり塩焼きが一番美味いと思う。

 何より安い。

 不漁の影響で多少の値上がりはあるものの、まだまだ安く安心して買える良い魚なのだ。


 さんまを買って帰り、うきうきした気分でレンチンすると、すでにさんまの匂いが立ち込めている。

 さんまにかぼすとかすだちだかを搾ったり、あるいは大根おろしを付ける人も居るだろうが俺はそのまま食べる方が好きだ。

 まず頭と骨を取り、内臓と身を一緒に口にする。

 その勢いでご飯をかきこむ。これはもう下品にやる。

 苦みと脂と身のうまみが飯の上にのって、噛んで一気に飲み下す。

 これが美味い。

 ため息が漏れるくらいに。

 皮も良く焼けていると香ばしく食べられる。

 皮が美味く食べられるのは鮭の他にはさんまと鯛じゃないかと俺は思う。

 

 気が付けばさんまはもう頭と骨を残して俺の胃袋の中に納められている。

 やっぱりまだ旬じゃないからか、少し小さめのサイズだった。

 微妙に名残惜しいが、これから旬になり、徐々に北の海から降りてくるにつれてもっと身も大きく脂ものったさんまが出てくる事だろう。

 俺はその日を楽しみに今日も眠りに着く。


 シケた一日でも美味いものを喰えれば全て良し、だ。


 

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