先輩の行方
じっとりとした梅雨の、つかの間の晴れ間。
それでも湿気が凄くて、今日も街を行く人々は汗をぬぐいながら歩いている。
ま、僕はいまエアコンが効きまくった部屋で涼んでいるんだけどもね。
「あれ? 先輩どこにいくんだろう」
確かに先輩を見かけた。
堅物でクソ真面目で、生徒会長をやる以外に取り柄のないようなやっぱりクソ真面目な先輩が、繁華街の中を歩いている。
夜の繁華街なんて、あの先輩には一番用事がない場所だろうに。
「ちょっと、窓の外見てどうしたの? 早く続きをやろうよ」
「んー、いや、ごめん。今日ちょっと用事思い出したから続きはまた今度」
「ええ~? 折角気分が乗って来たのに」
「ごめんね、次かならず埋め合わせするから」
僕はお客さんにキスをして、その場を後にした。
先輩の後をつけていく。
先輩は挙動不審にきょろきょろしながら、繁華街の奥へ奥へと進んでいく。
時にはキャッチのお兄さんの勧誘についていきそうになったり、店舗を眺めては右往左往したり、道の先を行ったかと思いきやまた戻ってきたり。
気の迷いが行動に思い切り出ている。
そしてようやく、ひとつのお店の前に立った。
でもそこは、ぼったくりで有名なお店なんだよなー。
しかも先輩はまだ未成年だろうに、そんなお店に通っていいのかなぁ。
うん、やっぱり止めるべきだろう。
僕は先輩の前に立った。
「せーんぱい、どこに行くんすか?」
「なっ、君はアキ君じゃないか」
同じ高校の生徒に見られてしまったせいか、めちゃくちゃ赤面している。
「そんなに童貞捨てたいんスか?」
「う、うううううううるさい! 僕の悩みなんて君にはわからんだろう!」
「確かにわかんないっすよー。先輩、クソ真面目だけどモテそうな面してるのになんで今まで彼女いないんすかねぇ」
「それは……僕がひとえにふがいないからだ」
そう。本当にふがいない。
告白した女の子に対してしどろもどろになって、それで女の子に冷められてしまったり、ラブレターを貰ってもどうしていいかわからなくて結局待ち合わせの場所に行かなかったり、本当に腰が引けている。
全く、女の子に耐性が無さすぎる。
女の子も男の子も大して変わんないってのにな。
「それで、童貞でも捨てれば少しはマシになるだろうって思ったわけっすか?」
「……そうだよ」
「浅はかな考えですね。いくらプロの手で童貞捨てられたとしても、素人の女の子と付き合うのはまた別問題っすよ。女の子と付き合う為には慣れるしかないっすよ」
「でも、僕は女の子を目の前にするとどうしてもだめなんだ」
「しょうがないっすねえ。じゃあ僕と付き合います?」
先輩は目を丸くして僕を見ている。
「君は何を言ってるんだ。君は男だろうが。なんで女装してるのか知らんが」
「あ、これはあれですよ。僕の商売です。こうしてるとお金一杯くれるパパさんがいるんで」
「なんて破廉恥な事をしているんだ……高校の恥さらしだ!」
「先輩んとこみたいにウチはお金持ちじゃないっすからね。両親も居ないし、学費は自分で稼がないといけないんすよ。使えるものはなんでも使うってもんでしょ」
「だからと言って、自分を売るのはいくらなんでも」
「バイトするのも自分の時間を売ってるのと変わんないっすよ? それなら短時間で稼げる方がいいっしょ」
それに、だ。
「先輩、さっきから僕の足ちらちら見てましたよね?」
指摘され、先輩の顔が一層赤くなる。
「やだなあ。僕の足がそんなに魅力的ですか?」
「やかましい! とにかく、僕の邪魔をするなよ」
「あー、もう。これだから堅物は。いいっすか。この店はぼったくりなんすよ? 先輩みたいな初心な奴が入ったら、骨の髄どころか家にまでたかりに来ますよこの手の連中は」
「ほ、本当なのか?」
「そうっすよ、だからさっさとこの場から立ち去るのが一番って奴っすよ」
「おう、さっきからうちの店の営業妨害してんのはおのれらか」
声を掛けられ、気づけば僕らはいかつい黒服に囲まれている。
「やっべえ」
「そっちの兄ちゃんはともかく、こっちの姉ちゃん……?は中々綺麗な面してやがるじゃねえか。うちの系列に入ったらまちがいなくトップになれるな」
「あいにく僕はどこにも所属する気はないっすよ。先輩!」
「お、おう!」
僕は先輩の手を握り、一目散に駆け出した。
といっても、僕の足よりも先輩の足の方が圧倒的に速い。
ついていくだけで精一杯だ。
「遅れるなよ! 捕まったら何されるかわからないんだろ!」
「え、ええ!」
ジグザグに道を行き、駅に入って電車に飛び乗ることでようやく僕らは何を逃れた。久々に走ったせいでめっちゃ疲れた……。
汗だくだくで服もじっとりして気持ち悪いし、帰ったら着替えてシャワー浴びないと。
「で、先輩。考えてくれますか」
「何をだよ」
「僕と付き合う事」
先輩は僕の赤らんだ顔を見て、一瞬戸惑ったように顔をしかめる。
「……いやでも、男同士だろう」
「だーから! 女に慣れるために僕のようなのと付き合っておけばいずれ慣れるでしょって言ってるでしょうが!」
「そうか、それもそうだな。じゃあしばらく、僕に付き合ってくれ」
にやり。
僕は言質を取ったぞ。
最初は代わりでも、いずれは心を掴んでやる。
絶対にね。
「じゃ、先輩の家に行きましょ」
「なんでだよ!」
「そりゃ、シャワー浴びたいからに決まってるじゃないっすか。こんな汗だくじゃウチに帰れないでしょ」
「嘘を吐くな!」
ちっ、バレたか。
まあ今日はいいや。
いずれ絶対に先輩ん家にあがりこんでやるもんね。
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