からの器

 自分には何かがあると若い頃は無条件に信じていた。

 無限の可能性がある。

 何かの才能に満ちている。

 若い頃の特権だ。そう思えるのは。

 

 やがて気づくのだ。


 自分には何もなく、特別な存在でも何でもなく、何処にでもいる優れた才能に溢れているわけでもない一般市民だと。

 


 厚く鈍色の空をした曇天の日。

 こんな日に僕はアルバイトを首になった。

 昨今の流行り病のおかげでさっぱり客が来なくなったから、と言うのもあるが、それ以上に僕が使えない奴だったからだ。

 同じく入ってきた金髪のウェイ系の学生は、そんな身なりでありながらも実はかなり良い奴で要領も良く、愛嬌もあってそりゃ僕よりも残しておくべき人材だと僕ですら思った。

 彼からたまにLINEが届くし、彼は時々僕の家にもバイト先から貰って来た食材なんかを届けに来てくれたりする。

 僕なんかに構うよりも、もっと友人とか彼女とかと時間を使えばいいのに、と思わなくもない。

 僕には価値がないからだ。


 大学受験に失敗し、浪人を二年間したけど結局志望校には入れなかった。

 別の私大に入ったけど結局学校に行く気にもならずに辞めてしまった。

 それ以来ずっとアルバイトをして暮らしていた。

 地元に帰って就職しろと親には言われるが、地元に帰った所でやれる仕事なんか工場とか農業とか、飲食や警備とかそういう仕事くらいしかない。

 今もそういう仕事をしている以上、帰る理由も見つからない。

 

 自分には溢れた才能がある。

 自分には何か優れたスキルがある。

 そうに違いない。

 何も出来ない奴ほどそう思っている。

 僕のように。

 

 からの器。

 エンプティダンプティなんて誰かが上手い事を言った。

 何かが入っている卵かと思いきや、中身すらないなんて笑い話じゃないか。

 まるで僕のようだ。


 いじけた気持ちのまま、街を行き交う人々の中をすり抜けていく。

 空を仰げばいつの間にか雪が降っている。

 水気を含んだ、べっとりと重い雪。

 頭に肩にずっしりとあっという間に積もっていく。

 雪をはらうのも億劫でそのまま帰った。


 アパートの自分の部屋はキンキンに冷えている。

 ようやく玄関で僕は雪をはらい落とし、部屋に上がった。

 髪の毛はじっとりと湿り、コートも水気を含んでじっとりと重くなっている。

 ハンガーにかけたコートからは水滴が落ちて来たので、玄関のドアの所にハンガーを掛けている。

 冷えた部屋を暖めようとして石油ファンヒーターのスイッチを入れた。

 しかしファンヒーターは「給油」の文字を表すのみだった。

 灯油がもう切れてしまっていたのだ。

 かといって18ℓ入るタンクにももう灯油の残りは無い。

 買いに行こうと思ったが、窓の外を見れば吹雪が吹き荒れていた。

 買いに行く気にもならない。


 仕方なく、僕は電気ストーブの前でしけった体を乾かしている。

 部屋全体は暖かくならないが、自分だけ温めるならこれでいい。

 毛布を背中に被り、手をかざして電熱線の明かりと熱だけを頼りにしている。

 部屋の蛍光灯も既に切れていた。

 スマートフォンの明かりだけが手元を照らしてくれる。

 まだ電気が止まっていなくて良かった。

 電気ケトルで沸かせばお茶くらいは飲めるし、カップラーメンだって食べられる。


 吹き荒れる嵐はいつか過ぎ去る。

 そう思いながら、僕はスマートフォンに来た着信をチェックしていた。

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