ホワイトアウト
私の視界は白く遮られた。
それは雪ばかりのせいではないと気づくのには、結構時間が必要だった。
冬休みの間に両親が離婚した。
私にとっては全く寝耳に水の話で、気づいたら既に別居が決まり、親権をどっちが取るかという話にまで進んでいたようだ。
私には弟がいた。
母は私と弟の二人、両方の親権を取りたがったが、私が母の方へ、父の方には弟が行くことになった。
あれほどまでに仲睦まじいと思っていたはずの二人は一瞬にして他人へと戻り、かといって血を分けた私たち姉弟にとっては他人ではなく親であることには変わりないので、二人が会った時になんとなく他所他所しくしているのが妙に気に入らなかった。
離婚当日は雪が降っていた。
底冷えするような、寒い夜だった。
まるで両親の仲を現すような、なんて言ったらそれは言い過ぎだろうか。
母はその時既に別の住居を用意しており、私と母は父が建てた家を出ていく事になっていた。
私と母が家を出て行ったあと、弟はずっと玄関のドアを見つめていたという。
父が何度も、もう二人は帰ってこないと言っても聞かなかったらしい。
指をくわえて涙をためながらずっとドアを見つめる弟。
一体その当時、弟は何を思っていたのだろう。
私には想像できない。
母と二人きりでの生活は、一言で言うとひどい生活だった。
パートだけでは生活が成り立たないからと言って、水商売を始めたのが良くなかった。なまじパートよりもお金が稼げるうえに男からも言い寄られる事が多くなったのを良いことにどんどん身の回りのバッグやら服やらが派手になり、そのうち家の事を顧みなくなっていった。
学校から家に帰ってみたら見知らぬ男が居間に転がって寝ていた事もある。
私を見定めるような視線を感じた事もある。
幸いにして最低限の分別はある男だったから、私に襲い掛かるなんて事は無かったけど、それだけでも十分に不快だったのは言うまでもない。
アパートの一室は広くないとはいえ、一人で家事をするのはそれなりに大変で、また母やその恋人が散らかしたものを片付けるのはしんどいの一言に尽きる。
また今日も母は仕事に出かけていく。男と同伴で。
テーブルに置かれている千円札は三枚。
これで晩御飯でも食べて、というメモも置かれていた。
「ばんごはん、か」
思えばもう家族で食卓を囲んだ事なんてない。
この家に移り住んでから母と一緒にした食事というのは最初の数か月くらいで、あとはもう私一人で食事をしている。
隙間風の吹く食卓で、一人で自分が作った簡単なおかずを黙々と食べている。
もう慣れた。
でもいつからこうなってしまったんだろう。
私は、両親に別れてほしくなんて無かったのに。でも二人の間柄にはもう戻ることのできない亀裂があるのだろうか。
冷蔵庫の中を眺めると、中は空っぽだった。消臭剤が片隅の置かれているのがなんだか妙に笑えた。
今から食材を買って料理をして、なんて面倒くさい。
どこかで食べてしまおう。それが手っ取り早い。
コートを羽織って、靴を履いて、外に出る。
雪がわずかに降っているが、外に出れない程ではない。
じゃあどこに行こうかと考えて、近くのイタリアンファミリーレストランに行くことにした。安い割にそこそこおいしいチェーン店のファミレスで、一人で利用する人も多い。
今は晩御飯の時間からちょっと遅く外れているので、客もいないだろうかと思っていたが、その予測は甘かった。
残業が終わって不機嫌なサラリーマンや、駄弁る為に集まった若者などで店内はごった返している。でもそれは、普段から静かな食卓に一人で座っている私にとっては心地よい音に思えた。
値段が最も安いドリアとサラダとスープを頼むとすぐに出てきた。
一人の食事は食べることに集中するからかあっという間に終わってしまう。
少しでもダラダラとしていようとSNSのチェックやらしていたけど、それも限界があるわけで。いい加減飽きも来たところで、料金を支払った。
中の喧騒に少し後ろ髪をひかれながら外に出ると、いつの間にか雪が積もっている。ひざ丈よりちょっと下くらいで、ブーツで来なかった事を後悔した。
雪の中をとぼとぼと帰っていると、突如風が強くなり、地吹雪となって辺りを舞い上がる。気温が氷点下の為に全く雪が融けず、風でいとも簡単にそこら中に浮き上がる。視界が全く利かない。
歩きなれた街のはずなのに、今の私には白い視界しかなく、歩くこともできずにコートのフードを被ってしゃがみ込むくらいしかできない。
「寒い……冷たい……」
帰った所で部屋には誰もいない。
私は何で生きているんだろう。冷たい母親、冷たい部屋。部屋自体は暖房器具であったまるにしても、そういう事を言いたいわけではない。
戻りたい。あの頃に。
最近はそればかり考えている。
「……」
風がようやく収まり、地吹雪も止んで少しは視界も利くようになる。
立ち上がろうとしたところで、背後から雪を踏む音が聞こえた。
「姉ちゃん?」
声の主は、私の弟だった。
ジャンバーにマフラー、分厚い手袋を着込んで、まだあか抜けない感じの田舎の中学生と言った風合いの。
「何してんの、こんなとこで」
無邪気に笑うその顔に、ふいに私の目尻から涙がこぼれる。
「どうしたんだよ、なにかあったのか」
「ううん……なにも」
ただ、昔と同じように笑うその笑顔が、無性に懐かしくなった。
少しの間だけ、私は過去に戻れたような気がした。
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