スタッドレス
12月を過ぎた。
今年は例年と異なり、大分暖かい日々が多い。
今日は冷えたな、と思う日があっても気温を確かめてみれば零下に至るほどではなかったりする。
ある日は最高気温が10℃を超えたりして暖かいな、と思うほどだ。
暖かいのは有難い。雪が降らずに済むから。
と言っても、いつ雪が降るかもわからない頃合いであるし、何より交換していないと言われるともう代えた方が良いよと言われるのでそろそろ代えようと思う。
仕事をしていると土日はとにかくゴロゴロしたくなって外に出るのも億劫なのだが、いつかはやらねばならないのだから。
先送りにしていい事なんて何もない。
先送りにしていい事以外は。
そんなわけで私は乗っている軽自動車のタイヤを交換しにガソリンスタンドまでやって来たのだ。
タイヤの交換くらい自分でしようと言う人も居るが、私はそもそも車は乗る為に使っているのであって車弄りをしたいわけではない。
それに機械を弄るのは苦手で、がさつで不器用な私が何かの機械を弄ろうとすると大抵部品を無くしたり、大事な場所を壊したり曲げたりしてしまうのでやらない方が良いと結論付けている。
ガソリンスタンドまで車を運転していく。
スタッドレスタイヤを四つ積むと、流石に車の挙動も重くなる。
ガソリンスタンドに着く。
流石にこの時期には皆交換し終わっているだろうと思っていたら、私のように先送りにしがちな人が居て田舎のガソリンスタンドにしては賑わっていた。
交換には多少の時間を要するので、待合室の中でコーヒーでも飲みながら待つことにしよう。
私の応対をしたのはここの店長だった。
「やあ、桜井ちゃんじゃないか」
店長は私の事を知っている。
それはもう、田舎ともなれば客商売をする人はだいたいの町の人を把握していたりしなかったりする。
私の場合はもうちょっと事情が違うのだが。
「あれ、今日はいないんですか?」
「ああ……あいつかい? ちょっと前にスタンドはやめちゃったよ。マチに出るってさ」
「あ、そうなんですか」
やっぱりいないんだ。
居ないと知って私はホッとしたのか、或いは何か虚しくなったのか。
店長にカギを渡して、待合室の中の自販機からコーヒーを選んで飲む。
甘いコーヒーを選んだはずなのに、口の中にはやたらと苦みが広がっていった。
ヒロキと出会ったのは高校生の時で、その時は普通の高校生同士の恋愛だったと思う。
お互いに下らない話をしながら帰り道を歩いたり、映画を見に行ってみたり、たぶん他の高校生たちとなんら変わらない事をやっていた。
でも私は高校を卒業した後は大学へ行く事になって。
ヒロキは地元に残ると言ってそれで別れた。まああいつ、馬鹿だったし勉強する気は一ミリも無いって言ってたし。
それで関係はいつしか自然と消滅していった。
私は大学を卒業したあとに地元に戻り、就職をして車を買ってたまたま入ったガソリンスタンドで、あいつは働いていた。
卒業した後ずっとガソリンスタンドで働いていたと言う。
まあ、あいつんちちょっと家族多かったし、手っ取り早く働くにはこういう場所が良かったんだろうと。
でもスタンドの仕事はきついっていつも愚痴ってたな。
再会してからはちびちびと連絡を取り合ってたりもしていたけど、旦那が出来てからはやっぱり疎遠になってガソリンスタンドで会う程度になっていた。
そのたびにあいつはいずれ都会に出たいって言うようになった。
ある程度の貯金も出来たし、下のきょうだい達も大きくなってきたしでスタンドの仕事はそろそろ終わりにして次に行きたいって。
未来を見据えていた。
私はどうだったろうか?
旦那が出来たのはいいけどまだ子供は居ない。
旦那もまだ若いしで子供を望んでもおらず、もう少しだけ遊びたいと言っている。
親は孫をせっついてくる。
口では孫なんて面倒みるのはこりごりよ、なんて言っておきながらテレビで新生児を見たり、街角で孫の面倒を見ている同じ世代を見るたびに貴方達はまだなの? みたいに言ってくる。
仕事自体は順調。
でも女の身で、どれだけ上に行けるかなんてわからない。
田舎の仕事は依然として男がメインで、女はその手伝いや後に控えている程度で、やりがいなんてあるのかどうか。
バリバリに仕事をこなしたいならもっと違う職場に行くべきだ、という旦那の言葉も当然に思うけど、その旦那だって私に仕事をバリバリやって欲しいとは望んでないように思える。
言葉の端々からそういう態度が滲み出ている。
さていずれ子供が出来て、私の生活は子供に縛られるようになるのだろうか。
子供それ自体は可愛いし、育てる楽しみや怖さもあるのだろうと思う。
でもそれだけに縛られたくない。
ぼんやりしていたらコーヒーは冷めてまずくなってしまった。
同時に店長がやってきて、タイヤの交換も済んだ。
料金は2500円くらい。前より高くなった。
冷めたコーヒーをドリンクホルダーの中に入れて、エンジンを回す。
アクセルを踏めばタイヤが地面をホールドし、力を伝えて車はゆっくりと動き出す。
左右を見て道路へ出て、風景が流れ出す。
冷めたコーヒーを口にする。
今度はやたらと甘ったるい味が強調され、思わず顔をしかめた。
家に帰ったらドリップコーヒーを作って、口の中の味を改めて洗い流したい。
私のこれまでの人生も洗い流せたらいいのに。
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