ある夏の猫と私

 私が小学生くらいだった頃の話だ。

 その頃私は事情があっておばあちゃん家に預けられていた。

 ひどく蒸し暑く、じめじめとしていたように思う。とはいえ、まだ本格的な夏が訪れる前の、梅雨の晴れ間。

 おばあちゃんの家には猫が居て、名前がチルとか言う黒猫だった。

 ひどく人見知り、というかおばあちゃんにしか懐いておらず、私や他の家族が構おうとしても全く近寄らない、そんな猫だった。


 特に私に対しては目を合わせただけでもシャーと威嚇するような嫌いっぷりである。


 私はいつものように学校から帰って宿題を済ませ、遊ぼうかと思っているとおばあちゃんから尋ねられる。


「チルちゃん見なかった?」

「ううん、見てないよ」

「おかしいねえ。今日は全く姿を見てないんだよ」


 あの子は外にも滅多に出たがらないというのに、というおばあちゃんの声をよそに、私はTVゲームに興じていた。

 夕ご飯の時間。

 食卓には焼き魚や煮物と言ったおかずが並び、匂いが立ち込める。

 TVゲームをやめて食卓に行く。もうその頃には私の母親や兄なんかも帰ってきている。


 なのに、チルだけが居ない。


「どうしたのかしら」

「逃げたんじゃねえの?」


 口々に勝手な事を言う皆を後目に、おばあちゃんはチルを探そうと言い出す。

 もうそろそろ日も暮れて夜になる。おばあちゃんまでもを探す羽目になるかもしれない。じゃあとばかりに私が探しに行く事にした。


 ばあちゃん家は山のふもとにある。木々の中を探しても見つからない。

 でも家から出たがらないという事は、よしんば出たとしても家の周囲にいるはずだ。私の読みは正しく、チルは物置小屋の近くの木に居た。

 どうやら木に登ったはいいが降りられなくなっていたらしい。

 私は近くに置いてあった梯子を使い、チルの高さまで登っていく。


「全く世話が焼けるんだから。ほら、私の腕に掴まって」


 チルはしばらく威嚇をしていたが、やがて暗くなる外を見て、鳥のホーホーと鳴く音を聞いて、徐々に怖くなってきたのか威嚇をやめて観念したらしい。

 私の差し出した腕にしがみつき、「にゃん」と一言だけ鳴いた。

 腕を切り裂かれるかと思っていた私は思いのほか素直になったチルを見て、少しだけ涙がにじんだ。


「じゃあ、かえろっか」


 せわしなく尻尾を撫でつけるチル。やっぱり家に帰りたかったよね、そりゃ。

 そして翌日。


「チールー!」


 私は元気よくチルに構いに行こうとしたら、やっぱりシャーと威嚇音をたてられた。元々動物には好かれない性質とはいえ、猫助けした恩人に向かってそれはないんじゃないかなあ。


 落ち込み私は食卓に向かおうとする。

 その時「にゃん」と小さな声が聞こえて、少しだけ私に体を撫でつけるチル。

 でもその後は、素早くどこかへと行ってしまったのだった。



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