古びた踏切に佇む

 朝の陽光が山々の隙間から伸び始めている。

 ふと気づいたら、目の前には古びた踏切があった。

 もう施設として利用されていない、塗装すら禿げた警報機。

 錆びた線路の枕木に一歩進む。

 目を瞑ってかつてこの線路を走っていたであろう電車の音を思い浮かべようとしても、時折走る車の音が耳に入ってきて微かに思い起こしていたはずの電車の残響は頭から消えうせる。

 

 色褪せた約束の事を思い出していた。

 あの人は背中を向けたまま、二度と振り返る事はなかった。

 日常に右往左往しているうちに、いつの間にか私はあの人の顔の輪郭すらぼんやりとさせてしまっている。

 一年も過ぎれば記憶は曖昧になり、どんなことを一緒にしたかなんてもうどんどん忘れてしまっていく。きっと忘れないと心に誓っていたとしても所詮はそんなものなんだって半年経った頃に気づいた。

 朽ちた枕木に足を埋めるとひび割れて、みしりと音を立てた。

 

 草が生い茂る遮断機の無い、踏切を渡る。

 太陽は山の向こう側から姿を見せ、にわかに空が白み始める。

 けたたましい原付バイクの音が聞こえる。

 早起きの老人がすることがないという風に散歩をしている。ともすれば徘徊老人とも見まがうばかりの、だらしのない寝間着のままで。

 私の姿も似たようなものだけど。


 散歩のつもりでいつの間にか遠くまで来てしまっていた事に気づいた。

 今から歩いて帰るのも億劫で、どうしようかと思って周囲を見る。

 田んぼと畑ばかり、道路は農道か幹線道路。あとは民家が多少立ち並ぶくらいの、見事な田舎。

 よく遠くを見れば、無人駅があるのがわかった。

 無人駅に辿り着くと、これから来る電車はあと30分後という事実を突きつけられる。

 だけどそれでいい。

 今はかつての記憶を懐かしみ、また忘れさせるための時間にしようと思うから。


 遠くからガタンゴトンと電車の音が、いつしか聞こえて来た。

 

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