雨宿り

 雨の季節は嫌いだ。

 外で遊べないし、家の中に居てゲームくらいしかやる事が無いのに、親はゲームは一日一時間とか訳の分からない事を言ってくる。一日一時間じゃ何時になったらゲームをクリアできるかわかったもんじゃないのに、ウチの親はそれが理解できているのかいないのか。そのくせスマホゲーはやってるのだからよくわからない。


 朝からどんよりとした空模様で、もうすぐにでも雨が降ってきそうだけど降ってこない、みたいな感じではっきりすっきりしない天気だった。

 じめじめとした空気。湿気が髪の毛や服にまとわりついて気持ち重いような気がする。ぼくの髪の毛は湿気を帯びると癖が出てしまってパーマみたいな髪型になる。

 大体それをからかってくるのはちょっと体の大きないじめっ子みたいな立場のやつで、雨の日はケンカになる事が多い。大体僕が気にしている事をからかうやつが悪いのに、喧嘩両成敗とか言われるのが未だに納得いかない。けど流石に椅子を投げて相手の歯を折ったのは悪かったかなと思う。たぶん大人だったら警察に行く事になってたかもしれないし。でもまあ相手の歯もまだ乳歯だから大丈夫だよね。

 その日、相手は病院に行ったまま学校には戻ってこなかったけど。


 午後の授業を終えて、今日はクラブ活動も無いからそのまま友達と一緒に帰る事にした。友達は親に念のためと言って傘を持たされている。ぼくはと言えば、傘を持っていくように言われていたのにうっかり忘れてしまっていた。

 

 「でも、うちに帰るまでには大丈夫だよ」

 「トモキんち俺の家よりも十分も遠い距離歩くのに?」

 

 友達のアキラが心配してウチの家から傘を持ってこようかと言ってたけど、根拠のない大丈夫の一言で押し通した。

 ふざけあいながら通学路を帰り、アキラはまた明日! と言って自宅へと戻っていった。

 ここから速足で帰れば五分で家には帰れる。

 そう思って歩を進めようとした矢先、暗雲が立ち込めてきた。湿気が更に空気中に濃くなっているような気がする。髪の毛のハネが酷い。

 そして水滴が頭に落ちる。ぬるい水。

 ぽつり、ぽつりと道路を黒く濡らしていく。

 この程度なら大丈夫。大丈夫。

 念じながら走る。でも、やっぱり駄目だった。

 暗雲は更に広がり、空を一面に覆ってしまった。降る雨粒の勢いは徐々に徐々に強くなってきて、このまま走ってもぼくの体がずぶ濡れになるだけだと思った。

 

 「どこかに、雨をしのげる所なかったっけ」


 そういえば、この辺りにはずっと前から潰れてそのまま残っていた廃工場があったような気がする。

 そこでちょっと雨宿りすれば、そのうちに雨は上がるんじゃないか。きっと通り雨だしそうしよう。

 廃工場は通学路からちょっと外れた脇道にある、雑木林を抜けた先にある。

 走って走って走り抜けて、一分くらいでたどり着いた。

 工場。周囲には打ち捨てられた何かの機材と、なぜかおいてある錆びついて地面に転がされた自転車。雑木林の中にぽつんとあるから、周囲は薄暗い。前にホームレスか何かが住み着いているのではと噂になった事もあった。

 とりあえず、雨除けなのだから庇の下にでも居ればいいかと思ってたんだけど、雨の勢いは強まるばかりでまるでスコールのように降っている。庇の下に居る程度じゃ全然雨をしのげそうにない。

 

 「でも、鍵なんて開いてないよなあ」


 独り言を呟きながら、工場の入り口のドアノブを捻ってみると鍵の感触はなかった。ぎしぎしぎし、と錆びた金属同士がこすれる音を鳴らしながら、ドアを開く。

 当然だけど電気が通ってないから、中は真っ暗で何も見えない。


 「こわいなぁ……」


 暗さに本能的に躊躇ってしまうけど、今は濡れないのが先決だ。というか結構濡れちゃってるけど、ずぶ濡れになるよりはマシだろうし。

 ここで携帯電話でもあればカメラ機能のライトで照らせるんだろうけど、ウチの親は小学生には携帯なんて持たせない、GPS機能のついた腕時計だけで十分だとかいう理屈のせいでぼくは携帯を持っていない。

 仕方がないからドアを開けっぱなしにしたまま、中に入る。

 どうせ雨をしのぐだけなんだし、入口あたりで座ってればいいや。

 そう思っていたんだけど、ダメだった。

 いきなり外が輝いたかと思ったら、遅れて轟音が鳴り響いてくる。

 

 「ひぃっ」


 雷。稲妻。空に光の軌道が描かれて、また遅れて今度はさっきよりもはるかに大きい音が一帯に鳴り響く。

 バリバリバリ、ズドンという音が近くで聞こえた。たぶん雷がこの近辺で落ちたに違いない。

 ぼくはあわててドアを閉めて中に入り、暗闇の中を進んだ。

 昔から雷だけは駄目なんだ。あの光と、地が割れるんじゃないかと言わんばかりの落雷の音だけはどうしても苦手で座布団を頭にかぶってクローゼットの中に隠れたくなるんだ。

 半ば走りながら進んでいくと、途中で懐中電灯が床に転がっていた。赤くてボタンを押すと灯りがつく奴。

 懐中電灯の電池はまだ生きていたみたいで、ぼくはその白熱電灯の明かりに少し安心した。明かりを得て、やっと落ち着いて周囲を見回す事が出来る。

 当然のことながら、廃工場の中にはぼくみたいな少年がワクワクするような、大型でなんかすごい専用の機械がある。そう思い込んでいた。

 でも、工場の中には機材らしきものは何もなかった。あとから聞いてわかったことなんだけど、工場が潰れた時に残された資材や機材なんかは差し押さえられて中古機械を扱う業者に流されたりするらしい。中古ゲームショップや古本屋とその辺は一緒なんだな。

 床を舐めるように懐中電灯の明かりを照らし回す。何かの端材やごみ、埃以外には何もない。床にはそこに機械が置いてあったと示すような、へこんだ跡だけだった。

 壁には日程表やカレンダー、何かの標語が書かれたポスターなんかが貼ってある。色褪せていて、ポスターを留めているテープも劣化でボロボロになっている。他にあるものと言えばもうなにも置かれていない棚とか、かつてここで作業していたんだろうなって思わせるプラスチック製の机とか、資材として持っていくだけの価値のないものばかり。

 ここは打ち捨てられた物が残された場所なんだ。役に立たない、要らないと思われて置いていかれた物達の墓場なんだ。

 雨が工場を打つ音が聞こえる。雷は徐々に遠くへ行っている。光った後に鳴る音の間隔が徐々に広くなっているからわかる。

 無性に悲しくなって、ぼくは部屋の隅っこに置いてあった段ボールを重ねて、その上に横になった。

 その時、かすかに何かの物音が聞こえた。いや、鳴き声?

 

 「……なんだよ、なんなんだよ」


 鳴き声のした方向を見やると、二つの光る物体が宙に浮いている。


 「ぃぃっ」


 慌てて立ち上がろうとしたら段ボールと床が滑って勢いよくバナナの皮でずっこける人みたいにすっころんだ。腰を打って痛い。

 ゆっくりと、音もなく近づいてくる。


 「こ、こないで!!」


 ぼくは右手に持っていた懐中電灯の光で照らそうとスイッチを押す。でも懐中電灯は二度と明かりを発する事はなかった。


 「電池切れ!? こんな時に!」


 確実に歩を進めてくる何か。生臭い吐息がこちらまで漂って来る。

 もうだめだ! 襲われる!

 目をつぶって諦めた瞬間に、顔をなぞられた触感はざらざらしていた。

 ……あれ? この感触には覚えがある。

 その後に気の抜けるような声が聞こえてきた。


  にゃーん。


 目を開くと、ぼくの目前には茶トラ柄の猫がぼくの顔を舐めては喉をゴロゴロ鳴らしていた。

 ていうかウチの飼い猫のトラ次郎だった。

 半野良だから外に散歩に行く事はあるんだけど、まさかこの工場がトラ次郎の縄張りだとは知らなかった。


 「なぁんだお前か~。怖がってソンしたよ」


 トラ次郎を撫でて、抱きかかえる。気が付けば、雨も上がっていた。

 外に出ると星空が広がっていた。ぼくをなんとなく迎えてくれているような、そんな気がする。

 

 「帰ろっか、トラ次郎」

 「にゃん」


 ぼくはトラ次郎を抱きかかえながら、廃工場を後にする。

 ここから家までは五分程度で着くだろう。晩御飯はなんだろうな。考えてたらお腹が空いてきちゃったよ。

 トラ次郎にも缶詰の餌を開けてやらなくちゃね。

 

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