シロツメクサ

 大地から緑の香りが濃厚に感じられるようになってきた。青々と茂っている木の葉は風に揺れて、その体を靡かせる。

 パステルカラーで彩られた淡い色どりの山々は、これから初夏がやってくることを告げようとしている。

 昼間にもなれば少し暑いかなと感じるくらいには日差しも強くなってきた。とはいえ、そよぐ風があれば昼寝が心地よいと感じられる程度の陽気で、今日もそんな感じの晴れた日だった。

 たまには昼間に散歩するのも悪くないだろうと思って近所をぶらついている。散歩のコースはいつも決まっているのだが、なんとなく今日はきまぐれに違う道を歩いてみる事にした。適当にぶらついていたら公園の前の道を通りがかった。

 公園に遊具はない。子供がけがをするからというクレームが入り、危険ならば撤去しようというお役所仕事によってそうなった。滑り台やブランコすらない、ただの広場。砂場もいつの間にかコンクリートで埋められてしまっている。もっとも、今の子供は公園なんかで遊ばないので撤去した意味もないのだが。ベンチだけが置いてあるので老人がたまに座って日向ぼっこをする程度の利用しかされていない有様だ。

 

 何気なく、私は公園に入ってみる。

 公園の芝生は荒れており、今では雑草がはびこっている。

 オオイヌノフグリやシロツメクサが芝生の代わりに一面に生えており、それはそれで寝ころんだら気持ちよさそうな場所になっていた。

 そんなシロツメクサの絨毯の上に、ひとりの男の子が座ってなにやら葉っぱを見つめている。熱心に葉の数を調べては、違うとつぶやいてまた次の葉の数を数えている。

 

「何してるの?」


 声を掛けてみると、男の子はこちらを向いた。

 

「よつばのクローバー、さがしてるの」


 まだ小学校に入るか入らないかという所の年齢だろうか。かわいらしい。


「なんで探してるの?」

「しあわせになれるってきいたから」

「だれに聞いたの?」

「おとうさん」


 そうしてはまた、クローバーを探す作業に戻る。

 私は隣に座り、その作業を見つめている。

 しばらくはクローバーを探していたが、やがて飽きてしまったのか寝ころんでしまった。

 

「おねーさん、だあれ?」

「わたし?わたしはこの辺に住んでるただのお姉さんよ」

「ふうん」

「お母さんはどうしたの?」

「おとうさんが、おかあさんはおそらにかえったんだよっていってたけど、よくわかんない。はやくおうちにかえってこないかな」


 拗ねた様な表情を浮かべる。それもまたかわいい。

 

「私も探すの手伝ってあげようか?」

「いいの? ありがとう」


 そうして、私と男の子は四つ葉のクローバーを探し始めた。

 公園一面に敷き詰められたシロツメクサの絨毯の上を、二人でひとつひとつ見ていく。こうやって改めて探してみようと思うと、意外とないものだな、四つ葉のクローバー。ドラマなんかではいとも簡単に見つけたりプレゼントにしたりしてるけど、やっぱフィクションだからね。

 腐らずに、葉っぱを二人で探していく。

 探す。三つ葉。

 探す。やっぱり三つ葉。

 探す。これもまた三つ葉。

 探す。どれもこれも三つ葉。

 探す。もしかしてと思ったけど裂けてよっつに見えるだけの三つ葉。


「……あーもう」


 思わずため息も漏れる。

 一万分の一の確率で四つ葉になると聞いているというのに、これだけの葉っぱがあるというのに全く見当たらないのはいったいどういう事なんだろう。

 男の子はまだ探している。一心不乱に。

 二人で公園の半分くらいまで探した所で、日が傾いてきている事に気づいた。もう夕暮れなんだ。


「ソウタ! ソウタ! ここにいるって近所の人に聞いたぞ!」


 公園の外から、男の人の声が聞こえてきた。

 その方向に振り返ると、作業着を着た男の人が立っている。まだ若く二十代中盤くらいに見える。

 ソウタと呼ばれた男の子はクローバー探しを辞めて、父親の元へと走っていく。

 笑顔で抱きかかえる父親。


「どこに行ったかと思ったよ……。本当に心配したんだからな」

「ごめんね、おとうさん」


 そして、父親はこちらを見る。


「ところで、このお姉さんは?」

「わかんない。いっしょによつばのクローバーをさがしてたの」

「そうか。ソウタの面倒を見ていただいてありがとうございます」


 こちらを疑う様子もなく、頭を下げる。


「いいえ。私も楽しかったですし良いんですよ」


 そういえば散歩の途中だった事を思い出した。

 私は公園から出て、散歩を続けようか、そのまま帰ろうか少し迷って立ち止まる。

 親子は二人仲良く手を繋いで歩いている。

 その中にもし私が割り込めたらと少しだけ考えたけれど、果たしてそれが正しいのかどうか、私にはわからなかった。

 

 日が暮れていく。

 空に人の魂が帰っていくというのなら、その魂は宇宙にまでたどり着いて、さらにそこからどこに行くというのだろう。

 そんな事を考えながら歩いていると、足を石に引っ掛けて転びそうになって足元を思わず見てしまう。

 

「?」


 視線を地面に這わせると、道路の隙間からシロツメクサが少し生えているのが見えた。ちょうど、私の視線のど真ん中に、存在をアピールするかのように四つ葉のクローバーが姿を見せている。

 幸せを呼ぶ葉っぱ。

 それが果たして本当なのか、嘘なのか。今の私にはどうでもよかった。

 



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