季節外れの彼岸花
ぶらぶらといつものように僕は夜の散歩をしていた。
コースを全く決めず、気の向くままに気まぐれに缶コーヒーを片手に歩くのはもはや僕の日課となっている。むしろ歩かなければ最近は調子が悪いまである。
そうやってコーヒーを飲み切って空き缶を片手に持ってぶらついていると、僕は橋に差し掛かった。
等間隔に置かれた街灯に照らされた河川敷を見て、ふと僕はそちらに行こうという気になった。何か赤いものが目の端に入ってそれを確かめたくなった。
石で作られた階段を見つけ、降りていく。
河川敷は手入れもろくに行き届いてないのか、雑草が伸び放題のまま放置されている。本格的な冬が来れば枯れるのだろうが、見栄えは悪い。
最近は河川敷だけでなく道路の管理も予算が無いのか、ひび割れや陥没が放置されたままになっている。所詮何の特徴も無い田舎町は衰退する運命なのだと無意味に嘆息しながら伸びた草の中を歩いていくと、赤い何かの正体が判明した。
雑草のただ中に、赤く咲き乱れる彼岸花の群生地がそこにあった。
彼岸花は夏の終わりから秋のはじめにかけて花を咲かせるらしい。だが今は既に11月になったばかりで、かなり時季外れに思える。桜の狂い咲きというほどの時季ズレではないにせよ、なかなか気が長いというかなんというか。
けばけばしい紅に染まった彼岸花の花を見るたびに、僕の心はなんとなしにかき乱されるような気がする。
彼岸花はその名の通り、彼岸に導く花とも言われる。球根に強力な毒を持ち、食べてしまえば死に至る。その性質を利用して、かつては墓地に植えられている事が多かった。昔は火葬ではなく土葬だったので、遺骸を動物に食害されることを防ぐために取った措置なのだろう。故に彼岸花は不吉なものと連想されてしまう。
雑草が生い茂る中をかき分けて、彼岸花の群生地の前まで歩いた。
誰が植えたのか。あるいは自然に増えていったのかわからないが、深い紅の花が橋の上からの街灯に照らされて良く映える。夜だからか、その赤い色はやけに僕の眼に鮮烈に映っているような気がした。
彼岸花の群生地の中に、そこだけぽっかりと口を開いたかのように綺麗に避けられた空間がある。雑草すらも生えていない、土がむき出しの場所。どうやら土が掘り返されて埋められたばかりのように見える。
誰がこんな事をしたのだろう。
一瞬好奇心に駆られたが、土を掘る道具など持ってきているはずもなし。
それにわざわざ彼岸花を踏み折ってまでその中に入る気もしない。
誰が手入れしたのか知らないが、これだけの見栄えがある彼岸花の群生地を荒らしてはならないのだ。
故に、何も見なかったことにして、ここから立ち去るのが正しい。きっと。
その時、風がひゅうと吹き抜けた。
彼岸花は風に揺られてその頭を左右に振る。不規則に、ゆらゆらと。
不意に僕の背中に寒気が走る。
誰かの気配を感じ、僕は振り返った。
誰もいない。墓地に近いこの河原に、夜に近づこうとする輩など滅多にいるはずもないのだから、当たり前のはずなのに。
そういえば、この近くの墓地には僕の先祖代々の墓があることを思い出した。
思い出すにつけ、墓参りに行かねばと思いつつも億劫で結局行かないという事を繰り返していただけに、少しばかり後ろめたい思いがある。ちょうど今近い場所にいるのだから行けばよいと思い、僕はその場を後にし、墓に向かった。
気まぐれな墓参りだから何も持っていない。強いて言えば缶コーヒーの空き缶だが、こんなものを供えても罰当たりでしかない。
線香も上げず、花も持たず、ただ手を合わせるだけの墓参り。
それだけでも気分的には結構違う。するかしないかというのはだいぶ隔たりがあるものだ。
先祖の墓は、誰かが手入れしているのか綺麗に維持されている。
ふと、墓地の至る所に彼岸花が植えられている事に気づいた。
彼岸花は風もないのにゆらゆらとその頭を揺らしている。
まるで僕を見ているかのように。
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