電車は行き来する

過ぎ去ったものはもう戻りはしないという事に、今更気づいた。

取り戻そうとしても手のひらの隙間からそれは零れ落ちていく。

何事もその時になってみなければわからないということに、ぼくは気づかなかった。

後悔先に立たず、覆水盆に返らず。

何度も心の中でその言葉を噛み締めながら、ぼくは駅のホームに佇んでいた。


きっかけは些細な行き違いだった。

些細な行き違いがすれ違いを産み、いつしか歯車がずれ始めて、軋む音が鳴り響いて。

壊れるのは時間の問題だった。

その行き違いを元に戻す為の、巻き戻しの為の時計など無いということにぼくらは気づけなかった。

お互いに努力をしたはずなんだ。

でもその努力というものもまた、お互いにズレてしまっているものだった。

それは相性というにはあまりにもお粗末な結論ではないか?

今更言うことでも無いけれども。


もうきっと、君は思い出さないだろう。

省みることもないだろう。

後ろ姿が雄弁に物語っている。

ぼくはそれをじっと見据えていることしかできなかった。


電車がガタンゴトンと音を立てながら遠くへと人々を運んでいく。

夕焼けがやけに眩しい…。

立つことすら億劫に思えたので、ぼくはベンチに力なく座り込んだ。

行き交う人々は様々な表情を、仕草をしながら目の前を通り過ぎて行く。

時折ぼくの顔を覗きこんだり、ぼくに気にかけながらも声は掛けずに通り過ぎていく人々もいる。


起きてますか?終電も過ぎましたし、もう駅を締めますよ?


駅員がぼくに話かけてきた。

ハッと気づけば、既にとっぷりと日が暮れる、どころかすっかり夜だ。

さあさあ、何があったか知りませんが、元気をだして!

と言いながらもぼくを駅から締め出すために追い立てる駅員。

否が応でも自ら動くしかなかった。当たり前だ。そのまま居座るわけにも行かない。

ぼく一人の事など誰もお構いなしに、世の中は過ぎていく。

そんなもんだ。誰もかれもが繋がったり別れたりする。

それが日常なのだ。


駅を出れば、目の前には広場がある。

そこをスッと通り抜ける風は、もう涼しい。

熱気に渦巻いた夜は遥か遠くに行こうとしていることに、今更気づいた。

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