白い彼岸花
いつもの散歩道。
幹線道路ではなく農道を歩いている。
田舎の道路なんて車は走ってやいないと思うかもしれないが、人口が少なくとも車が無ければ生きていけない社会なので、結構な数の車は通る。
歩道は狭く、いかにも車社会でござい、と言った風の片側一車線の道路をえっちらおっちらとゆっくり歩く。
田んぼのあぜ道を走るトラクターを眺めたり、時折道路をぴゃっと横切る猫や、ゆっくり渡ろうとしてこちらを見てぎょっと固まるたぬきを見たりと、散歩する風景はその時々に応じて本当に表情が変わる。
同じ道を通って、ひとときも同じ風景を見せることはない。
空を見上げれば、流れる雲も季節によって違う。
今は十月で秋とされる気候だけど、今年はどうも夏の残り香が後を引いているようで、残暑がしばらく酷かった。
散歩も昼間にやる気にはならず、夜遅くなってアスファルトの熱がようやく引いてくれる深夜にでもならないと歩けない。
最近ようやく昼間も過ごしやすい気温になったかと思えば、湿気が妙に残っていたりと秋の気配が一向に見えない日々が続いた。
ここ二、三日でようやく湿気も抜けて、秋晴れを楽しめる日々が続いている。
夕暮れ、田んぼが続く農道を歩いていると、田んぼのあぜ道に彼岸花の一団が咲いているのを見た。
赤く染まる花の色はいつ見ても目が覚めるような紅をたたえている。
その由来から一部では忌み嫌われている花だが、私はこの花が好きだ。
何より見た目が綺麗だろう。
毒があろうがなんであろうが、綺麗であればそれでいい。
あぜ道に咲き乱れる曼殊沙華の紅の最中に、ひときわ目立つ彼岸花があった。
それは赤と対極の白い色を持っており、そこだけ空間が空いて、一輪だけぽつんと咲いていたのだ。
田んぼの中の、忘れ去られた小さな社が背後に建てられている。
もう古ぼけて朽ちて、いつ建てられたのかもわからない代物。
それでも社を守るかのように、白い彼岸花は咲いている。
なんとなしに引き寄せられるように、私は白い彼岸花の近くへと歩み寄る。
白い彼岸花は、吹いた風に揺れて私に微笑んでいるように見えた。
こんにちはと私は声をかける。
もちろん花は何も応えない。
ただゆらゆらと、その花弁を揺らしているだけだ。
しばし立ち尽くし、どうするでもなく私は花を眺めていた。
ふと、それを摘み取りたいという邪な思いが湧いて、手をかけようとした。
その時、社の背後から何かが通り抜けた。
白い狐。
狐は私をじっと見つめている。
ああ、わかったよ。
私は摘み取ろうとしていた手を引っ込めて、元来た道に帰ろうと足を向ける。
背を向けてもなお、視線をずっと感じていた。
あの狐はきっと、あの社の守り神なのかもしれない。
振りむいた時にはもう姿を消していた。
風が唐突に止み、薄暗い雲が空に徐々に伸び始めている。
一雨、くるかな。
私は散歩の足を速め、小走りに歩いてきた道を引き返して家路を急いだ。
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