ひみつきち

 俺は何年振りかに故郷に戻って来た。

 都会の雑踏に疲れた、というわけではなく、同窓会の知らせがあったので久しぶりに顔を出そうかという気になっただけだ。

 一時間に数本しかない電車を乗り継ぎ、駅から降りる。

 昔と何も変わらない、と言いたい所だが田舎町と言えども数年経過すれば街並みもそれなりに変わるものだ。

 例えば駅の近くにあったこの町唯一のコンビニは、オーナーが高齢になった事で店を閉めてしまい、今は空テナントになっている。

 人口流出が更に進んでいるのか、昼間だというのに人っ子一人町を歩いていない。

 

 「いや……この暑さのせいか」


 七月に入った途端に急に粘っこく皮膚にまとわりつくような熱気と湿気。

 加えて雲一つない青空に輝く太陽の光の下を歩くのは、俺のような車を持っていない人間か、暑い最中でも元気よく走り回る子供くらいだ。大抵地元の人間は車を持っている。

 俺はバスに乗り込み、三十分かけて実家に戻った。

 実家はこないだの大地震でかなり痛んでしまったから建て替えられて綺麗になっている。俺の持っていた実家のイメージとはまるで異なり、なんだか違和感ばかり感じてしまう。

 数年経過して会う親。両親とも白髪が増えて皺がさらに刻まれている。

 それでもまだ元気で、何年かぶりに顔を見せた親不孝者に対して文句を吐きながらもその表情は嬉しそうだ。

 同窓会まではまだ時間がある。何をしようか。

 かつての同級生と会うのは同窓会の時で良い。このまま実家でゴロゴロと暇をつぶすのもなんだか勿体ない気がする。

 

 「……そうだ」


 俺は親に車を借りて、かつての思い出の場所に向かう事にした。

 

 車を走らせる事十分。

 雑木林の近くの駐車場に車を止め、その中をざくざくと歩いていく。

 堆積した枯れ葉が小気味良い音を立てる。

 強い太陽の光を遮る木の葉のおかげで、林を歩いている時はあまり暑さを感じずに歩を進めていける。

 向かう先は、俺がまだ子供の頃に使っていた秘密基地だ。もう十数年以上経っている。

 既に取り壊されていてもおかしくはない。その時はその時だ。どうせ暇つぶし。そう、暇つぶしなのだから。


 ……果たしてその先には、かつての姿をいまだに保った建物の姿があった。

 廃工場。俺が子供の頃にはもう潰れていた工場だ。外壁の塗装は剥がれ落ちて下地の素材がそのまま姿を現している。周囲には工場の備品と思われるものが無造作に転がっていた。中にはすっかりサビに覆われた、サドルとカゴの無い自転車もあった。これは確か俺が子供の頃にも置かれていた自転車。未だに誰も回収しようとしなかったのだ。あの時はまだサドルとカゴはあったはず。妙な笑いが漏れる。

 立地が立地なためか、それとも他に転用のしようがなかったのかは知らないが、ずっとこの工場は再利用されずに残っていたわけだ。

 今でも近所の子供たちの秘密基地となり、あるいは野良猫たちの住処にもなっているのだろうか? 俺の時は確か数匹の猫が居座っていた覚えがある。

 ゆっくりと、工場の入り口に近づいてノブに手を掛ける。

 ドアはさすがに鍵を掛けられているだろうと思っていたが、ノブを回せばすんなりとドアが開いた。

 工場の中は当然ながら電気が通っていないから暗い。

 俺はスマートフォンの明かりを点けながら中を探索する。

 あの時と全く変わらない、埃にまみれた通路。かつてはそこに機械があっただろうと思わせる床のへこみ。回収されずに残されたテーブルやがらんどうの棚。

 全てが懐かしい。

 さて、俺の秘密基地はどこだっただろうか?

 廊下を通り、色褪せたポスターが貼ってあるドアの前にたどり着く。ポスターにはマジックで何らかの文字が書かれていた形跡があるが、劣化でボロボロになっているために読めない。

 でも知っている。

 確かにここが俺の秘密基地だった所だ。

 

 「……」


 ドアに手を掛けて、開く。

 さび付いた感触があるかと思ったが、意外にもスムーズに音もなくドアは開いた。

 中の様子を見て俺は目を見張る。

 部屋は未だに使われている形跡がある。中は綺麗に埃やごみを片付けられている。段ボールで作られた仕切りスペースの中には、おもちゃ、本や漫画などといった物であふれていた。

 非常食なのかカロリーメイトや乾パン、水まで置かれている。随分と快適な環境を作り上げたものだと感心していると、ドアを開く音が背後から聞こえてきた。

 

 「おじさん、誰? 俺たちの秘密基地に何か用なの?」


 振り向けば、三人の少年が俺をじっと見ている。

 野球帽の少年、ふとっちょの少年、眼鏡をかけた痩せ形の少年。

 どうやら彼らが今の秘密基地の住人らしい。


 「いや、昔俺もここを使っていたのさ。今は君たちが使っているのか?」


 俺が問うと、野球帽を被った少年が答えた。


 「そうだよ。家族や学校みたいな煩わしいところから離れたい時に良く来るんだけ  ど、もうそろそろ潮時かなって思うんだ」

 「何故?」

 「ヤンキー気取りの中学生達がこの工場を見つけたみたいでさ、夜に工場入り口の  前にたむろしてるみたいなんだよね。今までこの工場に気づかなかったのが奇跡  みたいなものだけどさ」

 

 ふとっちょの少年が言う。


 「だから、ここにあるおもちゃとか食べ物、今日回収しに来たんだ」

 

 なるほどな。そういう事か。

 俺の時も似た様なもので、その時は確かホームレスが住み着いてしまったんだっけ。あのホームレスは頭がおかしくて会話が通じなくて、その時置いていた食料やらなにやら全部取られて悔しい思いをしたな……。

 感慨に耽っていると、少年たちがいそいそと荷物を片付けはじめていた。

 俺は工場を後にし、車に乗り込む。

 そろそろ同窓会の時間が近い。車を返して自宅で同級生が迎えに来るのを待っていなければ。

 

 ……秘密基地。

 自分たちだけが知っている、秘密の空間。居心地の良い場所。

 思えば、今の俺たちにこそ必要なものなんじゃないか。

 いつしか忘れたあの感情を、あの思い出を、今取り戻してみたい。

 なんとなく、そんな風に思ったんだ。

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