窓の外は雪

 アラームを掛けていない時間帯にも関わらず、僕は目を覚ました。

 スマートフォンの画面を眺めるとまだ午前六時。

 普段の僕よりも大分早起きだなと自分で自分を褒めたくなった。

 そして、何故こんなにも早く目が覚めたのかすぐに気づいた。

 布団の中にすっぽり入っている体は暖かいが、顔だけは外気に触れている。

 その外気が酷く冷たく、僕の顔を細い針でつついているように微かに痛い。

 勿論呼気も肉眼で把握できるほど白く染まり、僕は布団から出るのが億劫で仕方なかった。

 だが、これほどまでに寒いというのは、きっとそういう事なんだろう。

 うんざりしたような予感に促されて、僕は勢いよく布団を跳ね除けてカーテンを開ける。

 窓ガラスは外の空気と中の空気の温度差によって結露が沢山出来ている。

 結露を手で拭って外を見やれば、やっぱりだった。

 

 外は一面の銀世界。


 陳腐な形容だと自らを笑ったが、やっぱり何度見てもそう思うんだから仕方ない。

 ベランダも、屋根も、道路も、車も、全てを白一色で覆われた世界では音は失せる。

 もう少し時間が経てばそうでもなくなるだろうが。

 思えば昨日は酷く寒かった。ストーブを焚いて、エアコンをつけて、更に部屋の中だというのにダウンジャケットを着ていても背中の隙間からするりと冷気が入り込んで来て僕の背筋を文字通り凍えさせるような、そんな寒さだった。

 散々震えながら僕は毛布と掛け布団の上に更にもう一枚毛布を掛けてようやく眠りにつく事が出来た事を思い出す。

 

 震えて手先を擦りながら下まで降りて、僕はストーブとエアコンの電源を入れる。

 昔なら寒さに震えながら暖気が出るまでを体を丸めながら待っていた。その待っている時間は永遠にも思えるくらいだった気がする。寒さというのは全く時間感覚すらもおかしくさせる。

 今は技術の進化により、スイッチをポチと押せばものの十秒くらいでストーブは着火し、エアコンは暖かい空気を吐き出してくれる。全く持って技術の進化、文明の進歩は有難い。やっぱり人間は進歩して進化してナンボなのだという事を改めて噛みしめる。文明の後退なんてナンセンスにも程がある。誰もが江戸時代に戻りたいだろうか? 電気のない、ほぼすべてを人力で賄っていたあの時代に? 少なくとも僕はごめんだ。冬の暖房にすら事欠くような時代になど真っ平だ。


 それにしても、寒い。


 僕はヤカンに水を入れてガスコンロの火にかける。

 熱いお茶でも飲まなければこの冷え切った体は目が覚めない。

 こたつの電源を入れて、パジャマの上にどてらを着込んで僕はこたつの中に滑り込む。

 お湯が沸くまでテレビでも見ながらぼんやりと過ごすのだ。

 ぐつぐつと滾るヤカンの水の音を聞きながら、ニュース番組を見ている。

 今日もアナウンサーは早起きでご苦労様だな。ああいう、朝の番組を担当している人は深夜に起きて出社するらしい。実質夜勤~朝勤なのでは? と思う。夜勤は辛いよな。

 そんな事を思っているうちにヤカンから甲高い例の音が鳴り響いた。

 いそいそとヤカンの取っ手を持ってポットに入れ、急須にお湯を注ぐ。

 一度出したお茶っ葉だけどまだ出るだろう。

 カップにお茶を注ぐとお湯は茶を通り抜けて緑色に色づいている。

 ふうふう言いながらお茶を飲み、僕は昨日の晩御飯の残りの味噌汁と冷ご飯を暖める。

 おかずも昨日の残りのキャベツとちくわを卵で絡めて炒めたものだ。

 朝ごはんなんてそんなもので良い。

 暖めた昨日の残りをかきこみながら、改めて窓の外に視線を移す。

 積もっている。

 大体膝丈くらいだろうか。この辺りでは結構積もった、というべきだろう。

 

「あ~……」


 億劫だがそれをしなければならないという使命感に似た何かを心に宿す。

 食べ終えて食器をシンクにぶち込み、僕はパジャマとどてらを勢いよく脱ぐ。

 トレーナー、ジーンズの上に更にダウンジャケット。靴下は二枚履き。

 手袋もして準備は万端。履物は勿論ゴム長靴。膝までくる長さの。

 以前気まぐれでふくらはぎまでしか丈のないゴム長靴? を買った事があるのだがそれは雪に対してはまるで無力だった。よく考えれば当たり前だ。雪は積もるのだから。


 金属製のシャベルを片手に玄関のドアを開ける。

 目の前に広がる白い光景。子供がはしゃいで雪玉を作って投げ合っている。

 そうだ、僕も昔はこんな無邪気な子供だった。雪を見れば犬かと思うくらい雪に飛び込んで転げまわって雪だるまを作って、滑り台を作ってかまくらを作って遊んでいた。

 何時から僕は子供の心を失ったのだろう。楽しむことを忘れたのだろう。

 子供で居られる時間は思いの外短い。

 大人で居なければいけない時間はことさら長い。

 もうちょっと前に、できれば十年前くらいには気づきたかった。

 まわりで雪かきにいそしむ大人の人達は何時頃くらいにそれに気づいたのか聞きたくなった。


 雪をかく。

 シャベルを突き立て、四角形に雪を掘り出し、誰が決めたわけでもないが何となく邪魔にならない所に雪を捨てる。山を作る。

 救いだったのは雪がベタ雪ではなく、粉っぽい雪だったことだ。

 ふわふわして軽いのですくってもそれほど重くない。

 これがベタ雪だとシャベルいっぱいに雪を乗せるともう重くてかなわない。

 それから、休み休みやる。

 普段あんまり運動してないというのもあるけど、疲れてしまってはこの先の仕事やら何やらが手につかなくなるからあんまり精を出してやっても仕方がない。

 もっと本格的な雪国だとそんな悠長な事を言ってたら雪が積もりに積もってどうしようもなくなるのだろうが。


 ともあれ、数十分ほど雪をかけば大体地面が見えて、車が出せるくらいのスペースは作れた。今は雪がやんでいる。できれば太陽が顔を見せて、雪を融かしてくれればなおいいんだけど生憎の曇り空だ。

 子供たちは雪合戦に飽きてかまくらや雪だるまを作っている。

 庭先に飾られた雪だるまには石で顔を、棒と手袋で腕を作られていつの間にかニット帽までかぶせられている。

 今回作られた彼は何時まで形を保って生きていられるだろうかね。

 そんな事を想いながら、僕は雪まみれになったジーンズの雪をはたいて落とし、家にひきこもる。

 幸い僕は休みの日だった。

 寒い日は何もする気が起きない。血が巡らないからだろうか。


 こたつに入って外を見ると、また雪がちらほらと降り出している事に気づいた。

 何時まで降るんだろうな、これ。

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