
「カクヨム短歌賞」10首連作部門は、11/16(日)に中間選考会を行い、最終選考に進む10名のファイナリストを決定いたしました。
ファイナリストは、以下の記事でお知らせしています。
中間選考においては、3名の選考委員が1,783作から事前に選んだ上位15作(全38作)を議論の対象としました。
この記事では、どのような議論を経てファイナリスト10名が決定したのか、中間選考の記録をお届けします。
※前編、中編、後編の3部にわたってお届けします。この記事は「中編」です。
前編はこちら▼ kakuyomu.jp
選考委員(50音順)
青松輝
1998年生まれ。YouTubeでも活動。歌集『4』(ナナロク社)。
郡司和斗
1998年6月生。茨城県出身。第62回短歌研究新人賞、第4回口語詩句賞新人賞受賞。著書に歌集『遠い感』(短歌研究社)、川柳句集『ヒント』。短歌アンソロジー『海のうた』、『月のうた』、『雪のうた』(いずれも左右社)に参加。歌誌「かりん」、俳誌「蒼海」、文芸同人誌「焚火」所属。修士(専門職)。専攻は不登校研究。高校教員。
初谷むい
1996年生まれ、北海道在住。第一歌集『花は泡、そこにいたって会いたいよ』(書肆侃侃房)、第二歌集『わたしの嫌いな桃源郷』(書肆侃侃房)、第三歌集『笑っちゃうほど遠くって、光っちゃうほど近かった』(ナナロク社)。共著に『スペース短歌』(時事通信社)。
各選考委員の上位15作
中間選考会にあたり、選考委員がそれぞれ選んだ上位15名は以下の通りです。
| 順位 | 初谷むい | 郡司和斗 | 青松輝 |
|---|---|---|---|
| 1 | 小池耕 | 甲斐 | 相澤零 |
| 2 | 由良鴻波 | 穴根蛇にひき | 椎本阿吽 |
| 3 | @sknct834194 | 高橋寧 | 高橋寧 |
| 4 | 篠原仮眠 | 夜羽ねむる | 紺野藍 |
| 5 | 夜夜中さりとて | 瀬斗みゆき | 篠原仮眠 |
| 6 | 烏海大智 | 京野正午 | 植垣颯希 |
| 7 | 水埜青磁 | 篠原仮眠 | 瀬斗みゆき |
| 8 | 綿引つぐみ | 唯織明 | なかの |
| 9 | 巣々木盥 | 瀬名蛍 | 甲斐 |
| 10 | 太朗千尋 | たべ山 | 湯島はじめ |
| 11 | 織原禾 | 夜夜中さりとて | 緑川すに |
| 12 | 京野正午 | 榊隆太 | 山口遼也 |
| 13 | 砂崎柊 | 阪口十和 | 仲井澪 |
| 14 | 羽水繭 | 川口番 | 志田冷 |
| 15 | 品口回ロ | 衣井くう | 小杉セオ |
選考会
ここまでの議論は前編をお読みください。
瀬斗みゆき『魚影』
※作品の画像をクリックすると作品ページへ遷移します。
郡司:5位で取っています。これはいい意味で言うんですが、とにかくどの歌を読んでも傷がない、一首一首がきれいに整っていて、どの歌も抜群におもしろい印象を強く受けました。文体そのものは結構ベーシックなタイプですが、しかし読み慣れた文体の中に固有の身体感覚を少しずつ積み上げ、作者ならではの視点を織り込んでいる。たとえば〈孔雀が羽をひろげるような食欲のとにかくハードグミでしのいだ〉。〈ハードグミでしのいだ〉というのは現代的なあるあるでわかりやすいのですが、そこに〈孔雀が羽をひろげるような食欲〉というユニークな表現が結びついている。逆に言えば、意外と変なことを書いているのに、抑制された落ち着いたトーンで語られるおかげで、自然に受け入れられる。そういった丁寧さが連作全体として、非常によかったなと思います。
青松:7位で取りました。ここまで議論に上がった連作は抽象的で詩的な作風が多かったのですが、『魚影』は身体感覚や生活感がしっかり入っているのが特徴だなと思います。ほかの新人賞でもきちんと評価されてきた方向性ですが、その中にも〈孔雀が羽をひろげるような食欲〉とか〈上体をしならせば通れた〉とか、キレのある表現がバランスよく入っていて、今っぽい短歌になっています。5首目の〈蜂みたいで蜂かもね〉の部分も、一字空けなしで書くことでスピード感の演出をしているのが上手いです。短歌をきちんと読んできた作者なんだろうな、と思います。
初谷:上位15作にぎりぎり入らなかっただけで、私もこの連作は非常に注目しました。〈自動車が縁石に乗り上げたあとどう動いても怒りのように〉。〈どう動いても怒りのように〉が抜群だと思いました。現実に対するこのまなざしが、新鮮なのに共感できる。最後の〈太陽の低さに伸びている影のすべては遊歩道の終わりへ〉なども、どういう状況なのか完璧に伝わるんですが、実際に57577でこれを書いてくださいと言われてもここまで上手くは書けないだろうなと思わされます。作り方がとにかく丁寧だなと感じました。
青松:この方向性の短歌は一歩間違えると退屈になりがちですが、この連作は悪意や欠落のニュアンスに特徴があって、それが全体の緊張感や強度になっています。9首目の〈どう動いても怒りのように〉もそうですし、〈馬に乗る男の人がロゴのシャツ 果肉が喉を濡らして落ちる〉はラルフローレンのことかなと思いますが、かなり〈シャツ〉に対して距離のある書き方をしている。その距離の取り方が徹底しているからこそ、ただ「上手い」だけの読後感になっていないのだろうと思いました。
夜夜中さりとて『duplicate』
初谷:5位で取っています。斡旋した言葉の魅力を信じている連作だと思いました。〈ネクロマンス〉〈Sci-Fi〉〈アルカディア・ベイ〉のような、私からするとわからない言葉が多く並んでいる。けれどその他の部分でわかりやすさやポエジー(詩的な雰囲気)を作っているから、抵抗感なくこういった言葉も受け止められます。〈Sci-Fiの失いたがり 二版から誤訳の妹はいなくなる〉で言えば、〈失いたがり〉にもポエジーがあるし、下の句もわかりやすく良い、というような。『duplicate』というのは「重複」という意味らしいですが、連作内に出てくる〈再放送〉や〈ダビング〉などとの共鳴も含め、この連作をまるっと言い表しているなと思いました。
郡司:個人的な決勝ベスト10には入らなかったんですが、11位で推しました。〈瞬のスノッブ、等倍速のデマゴーグ 野菜室で野菜を腐らせる〉という歌がありますが、まさに〈瞬のスノッブ〉という印象の一連でした。現代短歌が集積してきたかっこよさを非常によく勉強して吸収していると感じます。〈好きな人にはいつも笑っていてほしい アルカディア・ベイの十月の雪〉のような歌では初谷さんの言うとおり、〈アルカディア・ベイ〉がわからなくても〈好きな人にはいつも笑っていてほしい〉と〈十月の雪〉のかっこいい雰囲気を味わってもらえれば結構です、というように見える。それがいいところにも悪いところにも見えてしまい、上位10作からは外しました。
青松:僕はちょっと、この連作を上位10作に推すのには反対だなと思っています。先ほど『GINGER』(高橋寧)について「大ぶりなフレーズやモチーフを持ってくるときに、裏付けをしっかり用意している」ことを評価しました。この連作も同じように大きくてかっこいいフレーズ、モチーフを使っていますが、『GINGER』や他の作品と比べて、それらを成立させる韻律や意味のレベルでの裏付けが足りないと感じました。大きなモチーフを持ってきたからには、1首として成立させるような工夫が、作者の責任として必要だと僕は思っています。この連作は少し、〈スノッブ〉〈デマゴーグ〉という自己言及に開き直っている印象を持ちました。たとえば〈生活に儀式があっていいけれどリップシンクの愛はまやかし〉。生活に儀式(的な工程)があることを〈リップシンク〉に喩えているのはわかるのですが、〈リップシンク〉という単語のかっこよさが、最後の〈愛はまやかし〉のベタっとした感傷を支えきれていないように感じます。〈デッドボール・ミーツ・サッドボーイ〉や〈ASSORTED FLAVOUR LOLLIPOPS.〉のようなサブカル男性的なニュアンスも無防備に発露されているように見えて、そこが「大きいフレーズのかっこよさ」と直結しているのは、あまりよくないと思いました。
初谷:おっしゃることはすごくよくわかります。持ってきた大きなモチーフの扱いに納得がいくかどうかは、読む側にも差があるのかなという気がしますね。私はむしろ「わからなくても楽しめる」ことの新鮮なおもしろさをこの連作に見ていました。みんなが知っているわけではない単語を、もっとも誰もがわかるように調理したんだ、という気概を感じます。「わからないならわからない方が悪い」と感じる歌も今までたくさん出会ってきたように思うなかで、個人的にはこの連作はすごくうれしかったです。
郡司:青松さんの意見におおむね賛成です。僕も同じ点が気になって、上位10作には入れられなかったので。衒った記述が開き直りに思えてしまうという青松さんの指摘は、その通りだろうなと。ただ初谷さんの言う読む側の差がかなり大きくなる連作という意見はその通りだと思って、浅い作りなのかどうかは、断言できないです。
青松:〈Sci-Fi〉は、多くの場合で「SF」と呼ばれていますよね。それを〈Sci-Fi〉と表現するのは、響きや見た目がかっこいいからだと思うのですが、作者は自分がなぜ「かっこよく」書くのかを示す必要がある。「かっこよさ」は、「かっこよくない」なにかや誰かを蹴落としてしか成立しないからです。だから一首の中で〈Sci-Fi〉という言い方の必然性を見せてほしい。偏屈な考え方かもしれませんが、僕はそういう必然性を重視したいです。
由良鴻波『メイジャー』
初谷:2位で取りました。全体として「空間との向き合いかた」をテーマにした連作だと受け取っています。まず1首目〈雨、きみは他人の傘を飼い慣らしフードの奥にりりしい眉毛〉で引き込まれました。〈きみ〉という言葉が出てくると、〈きみ〉に託しすぎていないかと警戒してしまうんですが、この歌は〈きみ〉に対していい意味の距離感がある。〈他人の傘を飼い慣らし〉というのは人の傘を借りているか借りパクしているかだと思うんですけど、〈りりしい眉毛〉も含めてギャグっぽくもあり、エモくもありという感じで好きでした。〈大量のプラごみ〉とか〈捨て札〉とかマイナスな言葉も出てくるんですが、モチーフや言い回しのポジティブな印象でバランスが取れていてよかったです。〈寝そべってする歯磨きはとてもセクシー 感動屋さんにはなってない〉の〈感動屋さんにはなってない〉みたいなキラーフレーズもたくさんあって、しかもこの人独特のキラーフレーズだ、という感覚がありすばらしいと思いました。
郡司:今日、「わかる」「わからない」という話題が何度か出ていますが、『メイジャー』はまっすぐ入ってくる連作ですね。単純に「わかる」だけではないんですが、芯にあるものが伝わってきます。〈捨て札にいてもハートのエースだけわたしのだって確信してた〉も、ハートのエースという記号的に重要性の高そうなものが〈わたしのだって確信してた〉と断言する。こういうまっすぐな歌があるおかげで、〈感動屋さんにはなってない〉のようなすこし衒いのある表現も、ひねくれた性格の発露ではなくて、真剣さとして立ち上がってきます。そんなふうに、主体像を好意的に受け取れるように構築できているなと思いましたね。
青松:僕もすごく好きな連作でした。『メイジャー』って、巻き尺とかを意味する「メジャー」を英語の「measure」っぽく読んでいるんだと思うんですが、これ一つとってもセンスがあるというか、絶妙なラインを突いていると思います。〈かごいっぱいの枝豆掴むてのひらに覆いきれなくなりたいんだわ〉のようなちょっと捨て鉢というか破滅願望、自虐的な感じと、〈純白のジグソー 都会に何回も眠った部屋を作れるかだよ〉のような無垢なモチーフ、そして〈風がないときの煙の流れかた 大丈夫、なんでも知ってるよ〉のような王道主人公っぽい希望が共存している。どこか読んでいて応援したくなるところがありました。採れなかったのは、キラーフレーズ以外の部分がやや抽象的で漠然としている感じがあって。僕はそういう方向の歌は好きなので、逆に厳しく見てしまっているかもしれないんですが。たとえば〈大丈夫、なんでも知ってるよ〉の強さを〈風がないときの煙の流れかた〉が支え切れているのかな、ということに、すこしだけ自信が持てなかったです。でも改めてこの場で読むと、推したい連作だと思います。
穴根蛇にひき『ドレープ』
郡司:2位に推しています。1位に挙げた『爪未満』が整った作りだったのに対し、『ドレープ』はやや文体に裂け目が多く、掴みどころの難しい感覚が魅力でした。ある意味ポテンシャルはこちらの方が高いかもしれない。「ドレープ」とは、布が垂れ下がった時に自然にできるひだのことなんですね。ニトリに行ったらそういうカーテンコーナーがありました。可愛らしい響きのタイトルから、〈掴んだら自分の手首でしたね、とあなたが見せてくれる白っぽさ〉とドスの効いた始まりが来る。連作全体に出てくるモチーフが草属性というか、〈梨色〉〈花壇〉〈クチナシの花〉〈森〉など植物に類するものが多くて統一感がありますが、1首単位では〈ドライ・ドライ・フルーツ わたし笑いつつ森の奥まで後ろめたいよ〉がもっとも好きでした。どうしても穂村弘*1の歌集『ドライ ドライ アイス』が浮かんでくる中で、〈森の奥まで後ろめたいよ〉という自然と精神の交感を表現したところに魅力を感じます。森に対して奥や手前を決めるには見る人の視点が必要ですが、この歌でも〈わたし〉という地点がきちんと置かれることによってグッと奥行きが出てくる。そこに森の薄暗いイメージを組み合わせている。感覚の鋭さが光る歌でした。〈みずうみを見るによい席 ミルクレープ 口にするとき治る気がした〉なども、『ドレープ』というタイトルで「クレープ」の歌を入れるんだと笑ってしまいました。上の句のイメージはきれいなのに、最後は〈治る気がした〉というぼんやりした終わらせ方なんですね。饒舌なんだけどちょっと適当な語り手の像が浮かび上がってきておもしろかったです。ちょっと引っかかったのは、リズムがすこしもたついているように思えて。しっとりした語彙で作っているぶん、リズムはもうすこいパキッとさせたほうが映えるんじゃないかなという気がします。
青松:悪くない連作だとは思いました。〈皺ふかくする夕ぐれの花壇には羽音ごと蜂が吸いついている〉の初句と二句の句またがりとか、いいポイントはいくつもあります。ただ、個人的にはちょっと惜しい感じがしました。たとえば〈つけ過ぎて口に入った乳液があまいこの世の前の霧雨〉のような歌は、いいんだけど無難な域にあるように思えた。口に乳液が入るところからスタートして、想像の〈霧雨〉が着地点になるのは、少し短歌っぽすぎるというか、もうすこし踏み込んでくれてもよかった。
初谷:私もおもしろい連作だとは思う一方で、痒いところに手が届かない感じがどうしてもしました。わからなくてもおもしろい歌というのは世にたくさんあるんですが、これは取っ掛かりが見つけられなくて、ちゃんと味わうことが私にはできなかったと思います。特に〈どれくらい丈夫にすれば梯子って寝てる間も白目が見えて〉からの最後の3首が、どう読めばいいのかすこし難しかった。連作の統一感や雰囲気の立ち上げ方は好きだったのですが、1首単位であまりピンとくることができませんでした。
郡司:「痒いところに届かない」感覚はわかります。僕は「届いていない」ことにおもしろさ、また次の20首連作が期待できるんじゃないかと思いました。まだ見えづらいんだけど、これがこの先もっとくっきりわかるようになっていったら、すごくおもしろくなるんじゃないかというイメージが僕の中にあります。
椎本阿吽『騎士だよ』
青松:2位で選んでいます。僕が推した作品はテクスチャー(言葉の質感)やポエジーに軸を置いているものが多いんですが、『騎士だよ』はそこも成立させた上で、意味のレベルでしっかり面白さを支えようとしている。これは他の上位作品にはあまりいなかった作り方でした。現代の短歌、特に今回の応募作では口語でポエジーを作る手法が煮詰まってきて、モチーフやテクスチャーに行きがちなんですが、これくらいのバランス感覚で意味によるポエジーを作ろうとする姿勢をまず評価しています。〈ソフトクリーム持って歩けば少しだけ勝手に背筋が伸びる 騎士だよ〉は岡野大嗣*2の〈倒れないようにケーキを持ち運ぶとき人間はわずかに天使〉という歌をあえて参照していると思いますが、岡野大嗣や木下龍也*3以降の、意味のレベルで読みどころを担保する手法をちゃんとインストールして作っている。逆に1首目の〈保護者のように〉なんかはニュアンスの表現がうまい。このバランス感覚が優れていると思って2位にしました。
初谷:私もこの連作はすごく好きで、途中まで上位15作に入っていました。1首1首がすごく上手いし、シンプルなんだけど、「この人だから書ける」味がある。青松さんが挙げた〈騎士だよ〉の歌もいいし、〈フォークとナイフを両手に持つとき人類は切るを利き手に選ぶのでした〉などもいいですよね。すごくいいと思っている前提で、最後に上位15作に入れなかった理由は、最後の〈落ちている桜をすべて避けたいのに蕎麦屋ののぼりもびしょぬれている〉があまりピンと来なかった。〈塗りやすそうな爪、と言われてそれからは爪は花びら散ったばかりの〉なども、すこし技巧的すぎるように感じてしまいました。いい連作でしたが、ほかのいい連作と比べて15位以内に入らなかったという感じです。
郡司:いい連作だと思います。ただ、意味の次元で面白さを作ろうとしている割に、よくあるモチーフやすでにある着眼が多い。〈ソフトクリーム〉は岡野大嗣の〈倒れないように〉に、〈落ちている桜をすべて避けたいのに蕎麦屋ののぼりもびしょぬれている〉は、例えば工藤吉生*4の〈シューティングゲームのうまいやつが来て雨粒全てよけて帰った〉に発想が似ていると思います。発想が被っていることを気にしすぎるのもよくないのですが、今回は上位15作にはぎりぎり入らなかったという評価でした。
青松:歌のベースとなる発想や設定が王道というか、「あるよな」というラインではありますよね。ただ僕は、この作者はわざと王道のモチーフを扱って、その上で勝とうとしているんだなと思いました。この連作に限った話ではないんですが、類型的なモチーフが悪いわけではない。競合する歌が多くなるので不利になることはあるかもしれませんが、あくまでそこでてっぺんを取れるかという判断になります。そのあたりも僕は、歌のスケールが大きいということで好意的に評価しています。
京野正午『素数蝉』
郡司:6位で取っています。連作全体がギャグの塊というか、この作者はギャガーなんだなと思いました。1首目の〈激突は無音で見るとおもしろい ピンクのイルカ 英語の俳句〉、もう最初から自分で〈おもしろい〉って言っちゃうんかいという。でもそのあとの〈ピンクのイルカ〉〈英語の俳句〉が妙に真顔で実際におもしろい。そのおかげでメタ言説として〈おもしろい〉がおもしろくなった。場合によっては希少性とか拙さ、周辺性をアイテムにして笑いを作っていく方向は敬遠してしまうのですが、この作品はもっと手前の言葉のおもしろさで勝負していて、そこに定型が備えている予言性と噛み合っています。これがいいなと思いました。〈100人対100人の球技 音階の制御できない楽器ばかりだ〉とか、見た瞬間に笑っちゃいましたしね。ショート動画的なおもしろさだと思います。〈素数蝉、素数の完璧さよりも蝉の怖さが偶数蜻蛉〉は、生物学的な詳細はわからないんですが、言葉が滑るように出てくるこの感じがいいと思います。
初谷:12位に選んでいます。すごくおもしろくて、郡司さんのおっしゃるようにかっこいいギャグをやっているな、と思いました。好きな歌を挙げるなら、やはり1首目がやっぱりべらぼうにおもしろい。でもどの歌もモチーフや内容にインパクトがあって、その割に語り口は〈楽器ばかりだ〉とか〈任せるよ〉とかやわらかいのもよかったです。最後の〈任せるよ〉の歌が、すごいかっこいいんですよ。〈力でしか走れないから朝靄の調律もわたしに任せるよ〉ってこれ、意味の部分ではわりと取りづらい感じなんですけど、連作を通して読んでいくと「まぁそういうもんか」と納得させられてしまう力がある。ギャグなんだけど正気な面もあって、そういうコントロールがうまいのかなと思いました。
青松:僕もこの連作はよかったと思います。お二人とも触れていましたが、僕も1首目はやはりすごいなと思いました。〈ピンクのイルカ〉を出した後にもう1個、〈英語の俳句〉を出せるんだ、と。その根性だけでも尊敬に値するし、読む価値がある。ギャグ的な意味でのおもしろさもあるんですけど、僕はどちらかというと9首目〈寒色の光のなかでもう何の匂いもわからない探知犬〉や10首目〈力でしか〜〉のような、抒情的な歌に魅力を感じました。こういう巧みな抒情があるので、ギャグっぽい歌も信用できた。採らなかった理由を強いて言えば、前半のパワーワード路線でもう1首くらい破壊力のある歌があったら、と感じたところです。ただ、全体的には非常によかったです。
@sknct834194『SVOC』
初谷:3位で取りました。連作としての完成度が非常に高いと思います。タイトルが英文法の文型ですが、伝えることやコミュニケーションといったテーマを軸としていると感じます。10首の中にわざとらしくない程度にストーリーラインがあって、読み終わった後に10首という歌数以上の感情が湧いたのがよかったです。特に好きだったのが最後の〈月面のうさぎも降りてくるようなサービスエリアできみを奪った〉。そこまでの9首、テーマに忠実な歌が揃っているんですが、最後でちょっと外して、ちょっとフワッとした雰囲気に変えてきている。これはいいオチだなという印象でした。ちょっとテーマをやり込みすぎているかもという迷いもあって、順位には悩みましたが、逆にここまで1個のテーマをやり切っているのは独自性だと思い、評価しています。何度読んでも、味を噛みしめられる連作でした。
青松:僕も『SVOC』は好きでした。タイトルは英語の第5文型ですが、かっこいいですよね。〈透き通る風ばっかりで・思ってることを話して・はしたない世界〉や〈ベランダにふたりの煙草は減っていく/倍のペースで積もる いいけど〉の「・」「/」の使い方はいまの若い人の短歌という感じで、これも一つの派手なモチーフ、道具立てですが、意味上の納得感が意外とあって失敗していない。たしかにふたりで煙草を吸ったら吸い殻が倍のペースで積もるよな、という小さなロジックが歌を読みやすくしています。上位15作に入れなかったのは〈おれが死んだら泣く、泣かない、って花びらを毟るはるかな春の階段〉とか10首目の〈きみを奪った〉とか、男性っぽい語り手の感傷がちょっとベタな感じがして、そこが気になったからでした。
郡司:僕も近い意見で、衒いが見えすぎるところが気になりました。でも取り合わせで勝負する連作のなかに〈遠くのものは小さく見えて蒸れてきた手首の腕時計をずらした〉のような身体的実感のある歌を差し込めるのはすごいなと思います。「腕時計をずらす」って、ほのかに手首が蒸れたり痛かったりするときの動作で共感値も高い。この連作の流れのなかでこれを読んだときには、だいぶ迫真でした。
夜羽ねむる『鶉と肋』
郡司:4位に選んでいます。ここまでわりあい抽象的な作品が多いですが、『鶉と肋』は意味上の屈折が少ない、まっすぐな抒情が多かったと思います。〈青いひばりがどのこころにも慰めにならないそんな夜を待ってた〉は〈青いひばり〉という詩的なモチーフで始まりますが、それを〈慰めにならない〉と突っぱねる感じがかっこいい。〈夜を撒くどうか息切れしないようにそれでもやさしくあれますように〉なども、入り組んだ文体が多いこの連作の中でのストレートな切実さが迫ってくる感じがしました。ただ、〈花が壊れ、という舌から壊れつつ やさしさは、アイロニー、報われる〉と1首目に〈アイロニー〉という語を持ってくるのはどうなんだろう。連作の世界に入る上でノイズっぽいというか、読者を醒めさせてしまうんじゃないかという気はしました。でもまあ、アイロニーをベースにこの連作を読んでください、という作者からの宣言でもあるのかな。
初谷:私はこの連作については、どうしてもリズムが合わないと感じてしまい、うまく読むことができませんでした。これはとても言語化しづらい感覚で申し訳ないのですが、たとえば1首目で言えば、そうですね。〈やさしさは、アイロニー、報われる〉が下句7・7の位置にあっていわゆる句またがりになっているのですが、たどたどしく読めてしまいました。
郡司:1首目は上句も、初句6音+読点で〈花が壊れ、〉から定型に戻って〈という舌から壊れつつ〉みたいな、定型と破調を行きつ戻りつしている感覚があるかもしれません。
青松:スピードを上げたいのか下げたいのかわからず読者がついていきづらい、というのが1首目として合わないというのはある気がします。
初谷:そうですね。1首目に限らず、全体的にリズム感がどうしてもピンと来なかったような気がします。〈夜を撒くどうか息切れしないようにそれでもやさしくあれますように〉とかも定型に近いんだけど、どこかリズムと内容がかみ合っていないように思えてしまいました。
青松:逆に、この歌はまだリズムがわかる、スッと入ってくるという歌はどれでしょうね。
初谷: 〈花は淋、夢が私を覗きこみゆめにわたしは青葉の粘度〉などはスッと入ってきましたね。
青松:もしかしたらその歌は読点の使い方が成功しているのかもしれないですね。〈木蓮の空への羽根を想像し、退屈し、飛行士を辞めてゆく〉などは読点が連続するから、どうしても滑らかにはならない。詰まる感じは確実にあると思います。ただ、あとで喋りますが、僕はそこも面白いと思いました。
初谷:この詰まる感じは、おそらく意図的に出しているんだろうと思います。それはリズムだけでなく、連作の中に要素が多いということもある。たくさんのパーツが微妙に関係し合っているような作りだから、切れ目がどこかわからなくなって、パーツごとの間が掴めなくなってしまう。私はたぶん、パーツを主軸として歌や連作を見ているんだと思います。そのパーツの切れ目がわからないから、リズムや意味を把握することができなかった。結果的に私はちゃんと味わってあげられなかったのですが、その作り方自体が悪いということではないと思います。
青松:僕はこの連作はいいと思いました。〈そんな夜を待ってた〉も〈それでもやさしくあれますように〉も、ここまでの連作のキレのあるキラーフレーズの感じとは少し違って、熱唱しているような印象があるんですよね。そこがおもしろい。モチーフや語彙の選び方に近代短歌っぽいニュアンスもあって、そこも作者の個性というか必然性を感じてよかったです。ただ、リズムの話も含めて、少し短歌のつくりのパターンが似ているのが気になりました。大きくて抽象的なモチーフを読点や助詞でつなげていく歌が非常に多いので、集中力がかなり必要な感じがする。もちろんあえてやっているとは思うし、成立しているとは思いますが、もう少し工夫して可読性を上げてもいいのかなと感じました。
郡司:もうすこし地の歌で連作を支えたり、緩急がついていると読みやすくはなるのかなと思いました。ただ、それを押し付けちゃうと個性を奪うことにもなるので難しいですね。この場においては、かなり作者を信頼していない限り読みづらく、疲れる連作になってしまっている状態でしょうか。
紺野藍『燃えるならなんでも』
青松:4位で選びました。〈I was born on the day of radiation cooling.燃えるならなんでも〉や〈仲間はずれほんとうにありがとう 暗いほうがきれいな教室だったから〉が好きな歌だったのですが、すごく迫力がありました。作者の中に、この言葉は許せてこの言葉は許せない、という感覚が強固にあるのだろうと感じます。それがすごくよかった。ただ、この連作もかなり抽象的な表現が多いので、そこは好みが分かれそうだなとも思います。描かれている感情や韻律の多彩さでカバーしていますが、歌の読後感にもう少しバリエーションがあると、もっとキャッチーで入りやすくなると感じました。
初谷:すごくおもしろく読みました。いい歌がめちゃくちゃ多いですね。〈こんなにも才能が熱くて生まれつきひとりっ子だったの 卑怯かな〉などは一度読んだだけで強く印象に残りました。ほかにも〈仲間はずれほんとうにありがとう〉〈泣かせた気持ちよさ〉〈おかしくなってからが炎〉と連作がキラーフレーズであふれている。タイトルも含む連作を通じて「火」や「燃焼」のイメージが頻出していますが、その流れで最後の〈夢にしていいよ 液晶焼けみたくわたしを思い出すいつかまで〉の〈液晶焼け〉というずらし方は、本当に上手い。私が選ばなかったのは〈仲間はずれほんとうにありがとう〉から〈はるばると泣かせた気持ちよさばかり おかしくなってからが炎だ〉までの3首が、同じような「いやな気持ちになる」処理が続いてしまっていると感じたからです。もう少しいろんな角度で処理すれば、もっと深い読み味につながったのではないか、と思いました。
郡司:抒情と呼ぶべきかアイロニーと呼ぶべきか迷いますが、いずれにせよ米川千嘉子*5を思わせるキレキレな熱量でした。米川千嘉子とは文体やモチーフはぜんぜん違いますが、10首連作という短さのなかで、ぶちまけられるものは最大限出している連作で、こちらが凍り付きそうです。全体的に皮肉めいた歌が多いですが、その中で〈すべすべの湖面を見てもなびかないわたしのここからがいいところ〉のような一筋の希望らしい歌も入っていておもしろかったです。
青松:郡司さんが米川千嘉子の名前を出しましたが、僕は大森静佳*6の系譜も感じます。〈ああ斧のようにあなたを抱きたいよ 夕焼け、盲、ひかりを掻いて〉のような激情がある。現代短歌に、シュッとしたセンスや抜け感を重んじる平岡直子の路線と、感情やパワーを押し出すような大森静佳の路線があるとして、後者の路線の応募作はあまり多くなく、貴重だと思いました。たとえば2首目なんかはすごいです。〈こんなにも才能が熱くて〉というおもしろみのある表現を〈生まれつきひとりっ子だった〉ことにつなげて、すでに1首としては十分なのにさらに〈卑怯かな〉まで行ける。このスピード感が描かれている感情に必然性を与えています。この展開の速さは紺野さんの特徴だと思います。
烏海大智『FAMILY』
初谷:6位で選びました。家族に対する暗い気持ち、のような難しいテーマだったと思いますが、表面上は軽やかに語っているのがまずよかったと思います。〈かんたんに夜食を・星が・作ったら・きらめいている・母は眠った〉は、〈かんたんに夜食を作ったら母は眠った〉と〈星がきらめいている〉を分解して組み合わせた作りになっていて、これ自体はすごく新しい発想というわけではないのですが、つながり方が詩的で自然なのがすごくいいと思いました。〈ピクサーの予告ですこし感動する 祈りとはどういうものだろう〉、映画の予告編というのはそもそも感動的なものですが、従順に感動するのでも感動しないのでもなく〈すこし感動する〉というのは純度が高い気がします。そのすこしの感動から〈祈りとはどういうものだろう〉という問いにつながっていくのが、わかる感じがしました。連作全体が夕暮れっぽいピンクオレンジの色合いで統一されているのも、1首1首を読むときにプラスになっているように思います。ただ最後の2首、〈耄碌していっちゃう夜の玄関のライトはつけっぱでもいいんじゃない〉〈リビングの電球色を〈ゆうがた〉と呼ぶぼくがまだ無辜すぎていた〉がちょっと弱い気がしました。連作の最後は非常に大事で、最後が弱いと連作全体を弱く感じてしまって、それで順位を上げきれませんでした。
郡司:モチーフが、僕が小中学生のころに摂取したものが多くて。〈サマーウォーズ〉とか〈なみのりピカチュウ〉とか。それで正直、歌の出来以前にグッと来ちゃったところがあって、そこは気を付けて引き算しながら読みました。小池さんの『戦隊モノ』とすこし似通った、幼さを感じさせる語り手による連作で、似たところが弱点だと思い、あまりファイナリストに賛成ではないのですが、個人的にはこっちのほうが評価は高いです。現実の固有名詞が多いから、そこで強制的に外部の視点が混ざって、語り手の存在自体を相対化できるのかもしれないですね。
青松:僕は正直、あまりこの連作は評価できなかったです。僕や近い世代の歌人が数年前から試みている方法、たとえば20~30代にとって懐かしいモチーフを持ってくるとか、ナカグロの導入とかは、5年前からやっていることなので、そのあたりの方法論を更新する、もしくは内容レベルでのオリジナリティがあれば評価を上げられましたが、適切なテーマを適切なテクニックで処理している、という以上の必然性を僕は読み取ることができなかったです。高いレベルでこなせているとは思いますが、もっと独自性が欲しい。もう1点、『FAMILY』というタイトルのわりに、作中に女性ばかりが出てくる。〈ぼくはおそらく女の子ではないことをキャンディーの桜味で思い出す〉のように男性目線で〈女の子〉と〈キャンディーの桜味〉を関連づけながら、10首目〈ぼくがまだ無辜すぎていた〉と無垢さ(アイロニー含みとはいえ)を自認する男性主体像に、僕は乗れませんでした。技術的なバランスが取れているのはすばらしいですが、この方向性だったら初谷さんが10位にしている『BIG GAME』(太朗千尋)のほうが、モチーフや内容の踏み込みにおいては優れていると思います。
植垣颯希『ゲート』
青松:6位で取っています。歌の作りが素直で、読みやすいのがいいなという印象でした。1首目が特に良かったです。〈東進は抜け出すことができるからそのときの宇宙の話は深く〉は、東進衛星予備校のことでしょう。ビデオ授業で席が区切られたブースだから、普通の授業に比べて抜け出しやすい。そういう絶妙なあるあるを突きながら、〈そのときの宇宙の話は深く〉と授業の内容を描写している感じでポエジーが入ってくる構造が素晴らしいと思いました。全部の歌がいいとは言い切れなくて、〈イメージしていきたい 創造がジョーカーを切り札と言わせる それならば〉などは作者としてのメタ視点が短歌に書かれすぎていて個人的にはイマイチでした。ただ、10首目もいいです。〈雪像はいつかは溶ける 動物は骨で見た方がかっこいいね〉。雪像が溶けることと、動物が骨からできていることを並べるのが、近いことのようで意外と新鮮味があり、芯を食っている表現だと思いました。
郡司:僕も注目した連作でした。〈最終回の前の回の全集を揃えて見事に雪の大晦日〉の〈見事に〉などはすごいなと感じます。あまり詩的ではない、無意識にはじいてしまいそうな言葉なんですが、それを意外なタイミングで出せている。ただ中盤から後半の歌にあまり入り込むことができず、上位15作にはギリ入れられませんでした。〈猿まわし 川の流れに逆らって春の左目だけでそれを見た〉の〈春の左目〉のような、読みのフックとなるところで少し焦点の合わせ方が上手くいっていない。あまりパワーを感じることができなかった。
初谷:私もほぼ同意で、序盤で期待した展開と、中盤があまり合っていない気がしました。序盤に〈東進〉とか〈転職サイト〉のような特徴的な語があるから「都会の学生や新社会人の話なのかな」と思って読み進めたんですが、中盤がそこから逸れてしまったことで、連作としてはやや受け取りづらくなってしまったかなと思います。でも〈東京ガスを使ってるのも共通点 そこから始まってなくても〉や最後の〈雪像は〉の歌はとても好きでした。
中編はここまでです。
後編はこちらからお読みください。
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注釈
歌人。歌集に『シンジケート』(沖積舎)、『ドライ ドライ アイス』(沖積舎)など。
歌人。歌集に 『サイレンと犀』(書肆侃侃房)、『たやすみなさい』(書肆侃侃房)など。引用歌〈倒れないようにケーキを持ち運ぶとき人間はわずかに天使〉は『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』(木下龍也・岡野大嗣、ナナロク社)より。
歌人。歌集に『つむじ風、ここにあります』(書肆侃侃房)、『きみを嫌いな奴はクズだよ』(書肆侃侃房)など。
歌人。歌集に『世界で一番すばらしい俺』(短歌研究社)、『沼の夢』(左右社)。引用歌〈シューティングゲームのうまいやつが来て雨粒全てよけて帰った〉は『世界で一番すばらしい俺』より。
歌人。歌集に『夏空の櫂』(砂子屋書房)、『一夏』(河出書房新社)など。
歌人。歌集に『てのひらを燃やす』(KADOKAWA)、『カミーユ』(書肆侃侃房)など。引用歌〈ああ斧のようにあなたを抱きたいよ 夕焼け、盲、ひかりを掻いて〉は『カミーユ』より。


