第1章 衣川早苗と化け物退治

彼がまだ無能力者だった頃の話 1

 夢を見ていた。

 そこでの俺は小さな子供で、ピンク色の女の子とおままごとをして遊んでいた。


「ねえいーくん。大人になったらほんとうに結婚しようね」

「大人になったらね」

「その言い方。信じてないでしょ」

「だって絶対○○ちゃん忘れてるって」


 俺の失礼な発言に最初は不満そうな顔をしていたが、何やらよからぬ事を考えたのであろう、口を三日月の様に広げた。


「だったら……えい!」


 その柔らかいぬくもりは俺の唇で感じた。


 彼女は俺にキスをした。


「だいすきだよ、いーくん」

「ぼくは……」

「返事はおとなになったらしてね。それまでは、だーめ」


 照れている俺を見て、満足そうに笑う女の子はとても可愛らしい。


 きっとその笑顔に……俺は×をした。


 彼女は今どこで何を……






 世界が覚醒した。


 どうやら俺は、校長先生の長い自己満足のような話を聞いている途中に眠ってしまったらしい。


 昨日徹夜をしたのは失敗だったと反省する。


『続いて生徒会長挨拶』


 生徒会長様の話が始まる。

 名前は宝瀬真百合ほうせまゆり

 の長い髪を腰まで伸ばした学園のマドンナ的存在。


『みなさん。おはようございます。今年度博優学園は創立200年というメモリアルな年です―――』


 我が母校、博優学園は21世紀から続く歴史がある学校だ。


 もちろんそれから200年経っているので現在23世紀。何ら不思議なことはない。


 ただこの世界には、青い狸のようなロボットもいきなり金髪になる青年もいない。

 移動には地面を走る車を利用し、連絡を取るためには携帯やパソコンを利用する。


 当たり前のことだがここは地球だ。人口は約40億人。この数字は200年前の半分くらいだろう。


 よく俺は200年前を強調するが、それは歴とした理由がある。


「ではみなさん。良い学園生活を送りましょう」


 校長先生がスピーチをするときは起立の号令がかからなかったのに、宝瀬先輩がスピーチを終えると生徒先生を含め全員が総立ちして頭を下げた。

 俺も少し遅れながらも、特に文句なく頭を下げるのであった。




 夢のことは既に忘れていた。




 昔からの伝統なのか、我が学園は始業式を終えてからクラス替えがある。手間がかかる気がするが200年の伝統と言われたら何も言い返せない。


「一樹。十組だけは違うといいよな」

「ああ、そうだな仲野」


 大体組なんてどうでもいい。問題なのはそこにいる人間だ、という人はよく聞いて欲しい。


 十組。通称『人外クラス』


 十組はとある事情をもった人達を集めたクラスだ。


 十組のクラスは特別製で、なんでも防弾ガラスだとかマシンガンをぶっ放しても貫通しない壁だとかそれはもう色々。


 だが値段が張るらしく一つ作るのに八桁らしい。だからそいつらを一つに集めるのだ。


 それくらいのことをしないと彼、彼女を防ぐことは出来ないのだ。まあそれでも一学期に一回壊れているのはどうかと思うのだが。




「クラス名簿回すからそれぞれ自分のクラスを確認して速やかに回すように」


 俺の出席番号は6番なので一番後ろの席だ。この席気に入っていたんだけどな。


「残念だったな。嘉神」


五番の席(苗字は埼玉 名は知らん)が俺のクラスをネタバレしてきた。


嘉神一樹かがみいつき 二年十組 9番』


「……………」

「まさか一樹。十組なのか?」


 友人の仲野は俺が落ち込む様子を見て、どこのクラスに配属されたのかを理解したらしい。


「そのまさかだな。うん」


 現実を呑み込めない。

 受験シーズンである3年で無かっただけマシだと考えるしかない。


「残念だったなぁ。ま、一年間の辛抱だ。人生長いんだしむしろいい経験となったと考えたら……ってオレもかよ!!」

「ざまあ」


 仲野雄太も俺と同じ十組だった。自分のことで頭いっぱいになっていて友人のクラスを確認するのを忘れていた。


「ま、人生長いんだからむしろいい経験となったと考えるんだな」

「うぜえ」


 さっきこいつが言ったことなんだけどな。


「じゃ、これでホームルームを終わる。それぞれ新しいクラスに行くように」


 そこから俺の地獄が始まるのは想像に難くない。




 十組のクラスはもう人が集まっていた。どうやら俺らのクラスが最後だったようだ。


「何をしているお前ら早く入れ」


 恐らく担任になるのだろう女性の先生が扉を開けてこちらに話しかけた。


 渋々入る俺ら。


 周りをざっとみる。うわ……金髪の明らかに不良そうなやつから、普通の眼鏡少年までいるがそれよりも明らかに目が行くのは、その


 一般的な黒や茶色はごくわずか、金髪、黄色、黄緑、赤、挙句の果ては3色の髪をした人などなど。

 教師ですら日本人の容姿のはずなのにブロンズの髪になっていた。


 皆等しく地毛なのが、恐ろしい。

 そしてよく見ると目の色すらも一般とは程遠い。



 皆が席についたのを確認すると、先生からとある資料を配られる。

 そこには


『ギフトホルダーの正しい認識と付き合い方』


 とタイトルされていた。



 書かれている内容は正直すでに知っていることばかりである。




 今から200年前、宇宙人がこの地球に攻めてきた。


 冗談ではない。本当である。わずかであるが映像媒体も残っていて、それがコラージュで無いことは有識者たちから証明されている。


 宇宙からの生物を人と分類しない、そいつらは人の容姿をしていないため地球外生命体と評する人達もいるが、取りあえずは外敵がこの星に攻めてきたのは共通の認識だ。


 人類は太陽系すらも抜け出せないのに、その外から攻めてきた外敵に科学技術として対抗出来ないのは火を見るより明らかだった。

 実際、多くの人達がそいつらによって犠牲を受けている。


 だが俺らはこうして普通に生活しているし、その外敵の支配を受けているわけでもない。


 それは何故か。理由は一つ。人間が宇宙人の科学力に対抗できる何かを持っていてあいつらを撃退したから。

 それは何か。答えは一つ。である。


 個人的には宇宙人はまだしも超能力という面白可笑しい存在を認めたくないのだが、実際にあるのだ。


 彼ら約100人で攻めてくる宇宙人を撃破した。


 それで終われば万々歳だった。だがそうは問屋が卸さなかった。


 それから1年後、超能力者による支配が始まったのだ。


 彼らは多くの人間を殺した。それこそ宇宙人と大差ないくらいに。


 もちろん普通の人間も対抗したのだが、宇宙人との戦いで疲れ切っているときだったため敗戦色が濃厚だった。


 結局、この戦争(第三次世界大戦、またの名を超能力者戦争)はたった二人の超能力者が一般人の味方をして普通の人間に勝利を導いたらしい。こっちは、らしいとしか言えないくらいに記録が残っていない。

 アインシュタインは第三次世界大戦がどうなるかは分からないが、第四次は石を投げ合う戦争になるといっていた。ある意味で、それは正しかったわけだ。



 その2人がどうなったのかは知らないが、きっともう死んでいる。だって約200年前の話だから。


 だがそれにより、残った超能力者が問題視された。


 考えてみれば100人で不利だった戦争を勝ち戦まで持ち込むことが出来るのだ。問題にならない方がおかしい。


 そもそもあの戦争は一般人が超能力者を虐げたことから始まった戦争である。また繰り返すわけにはいかないと残った一般人は考えた。その点を考えればあの戦争は超能力サイドの勝ちといえよう。


 だから世界政府は共存という手段を執った。


 その結果が今のこの23世紀である。


 その時代の人々と能力者の協力によって、一度は滅びかけた人類の文明は200年かけて元の水準まで戻ることに成功し、いくつかはその先を進んでいるものもある。


 現在世界の約1%がギフト(外敵との戦争から第三次世界大戦までの能力を超能力とし、戦争を起こした彼らとは別の個体として23世紀をギフトとする)所有者である。


 この1%数字は少ないと思うかも知れないが、そんなことはない。個人的には多すぎる。


 なぜなら40億÷100は4000万だ。


 100人で戦争を行うことが出来るのにその40万倍ときた。


 多すぎるという言葉の意味を理解してもらえただろう。


 だからこの学園生徒1224人のうち、28人はギフトホルダーである。1%ではないのは、先に述べたこの学園にはそれなりのギフトホルダーのための設備が整っており、集めている節もある。


 もちろん俺はギフトホルダーというへんてこ集団ではないが、藍色の生徒会長宝瀬先輩がギフトホルダーであるようにすでに日常までギフトが侵食している。


 と、こんな風に彼らが今こうして過ごしているのは過去の人達の並外れた努力の賜物であり、現代人はそれを守る義務があるとのことがこの資料の主旨であった。


 あと書かれていたのは、髪の色が違うという間違えたギフトホルダーの見分け方がある。


 異能者は遺伝子が少し変なことになっているらしく、髪の色がカラフルになる事が非常に起きやすいらしい。


 『髪の毛がピンクだからギフトホルダー、黒だから無能力者!!』


 これは間違えた見方で、あくまで起こりやすいというだけで、黒髪や茶髪のギフトホルダーだってわんさか存在するし、病気で髪の色が変わった普通の人間や、何ならギフトホルダーに憧れて面白可笑しく髪の毛を染める連中だっている。


 だから中にいるクラスメイトがファンキーな髪色でも不思議なんてないのだ。


 それとその髪や目はアルビノとは違い、特に光の刺激を受けてもなんともないとのこと。



 とはいえ、文化が元に戻ったかと言われればそれはNOと言わざるを得ない。

 いくつかの宗教、特に宇宙人の存在を否定する類のものは存在しなくなり、変わりに新しい宗教がでてきた。


 反異能者大勢なども勿論存在し、逆に異能者だけの大勢も存在する。





 最後に、これはあくまでも通説であり、特に超能力とギフトの関係には、幾つか説があると大きく書かれていた。





 と、取りあえず一通りの資料を読んだんだが、あることに気付いてしまった。


「(なにこれ……)」


 十組は男女関係なしに名前だけで座席を割り振られるため運悪く四方向全異能者という、蛇に睨まれた蛙もビックリな状況になっていた。


 今日この日程、『嘉神』というけったいな名字を呪ったことはない。


 しかし、俺がどう思おうが周りは勝手に進んでいく。


「自己紹介はまだだったな。知っている者もいると思うが私は|高峰恭子(たかみねきょうこ)だ。これから一年このクラスの担任をする。担任というのは形だけで、本来はギフトホルダーの監視なんだが。だから私はどの授業中でもだいたいここにいる」


 各々が座席の順番ずつ自己紹介をした。思っていたよりも普通であった。俺も当たり障りのない程度で問題なく自己紹介できたと思う。

 ギフトは基本的に他人には明かさないと聞いたため、自己紹介の場では自分のギフトを明かさないのが常識。

 強いて変な奴を上げるとすれば黄髪で色んな所にピアスをしている男の自己紹介が


『おれがこのクラスで最強の時雨驟雨しぐれしゅううだ』


くらいだったことだろう。





 今日の所はこれで御開きとなる。

 俺はすぐに席に立たず、ただこれからどうするか、資料を眺めながら考えていた。


 正直今はあんまりギフトに関わりたくない。


「おいてめえ!どういうことだ!」


 後ろの席から怒鳴り声が響き、反射的に振り向く。


 怒鳴り声を上げたのはまたというか時雨というやつで、その声の先に友人の仲野がいた。


「………」


 仲野は挙動不審になりながら目をそらす。


「お前らも何じろじろ見てんだよ!ああ!」

「さすがにやめろ時雨。これ以上は問題になるぞ」


 友人らしき人の静止をするが

「―――」


 仲野が何かを言った。


 それを聞いた時雨がかっとなって仲野を殴った。


 殴るだけまだ理性はある。

 ギフトを使って犯罪行為を行えば通常の倍量刑が重くなるためだ。


 しかしこうなってしまうと周囲が無関心無関係を貫こうとする。


 多くのクラスメイトは面倒事から逃げるように教室から出ていった。


 さて、

 理由は何か知らないがこいつは俺の友人に暴力を振るった。


 黙って近づいて声をかけ、振り向き様に鳩尾みぞおちを殴る。


「……ぐっぁ!」


 いくらこいつが強かろうと変な能力を持っていようと、人間である限り人体の急所は変わらない。


 俺は昔、諸事情により武術を色々とやっていたので、素手戦闘ならこの学校の五本指に入る自身がある。


 冬服の上からだろうが、問題なくノックダウンに成功した。


「所詮人の道から外れようと、人は人ということか」


 時雨は、お腹を押さえて、くの字に座り込む。


「おいお前は確か、嘉神!」


 仲間の一人が俺に何かを言う前に


「理由は知らんがこいつは俺の友人を殴ったんだ。俺が殴る理由は十分だ」


 それだけ言って、俺は仲野を連れ帰宅した。


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