白仮面

「ところで、お前なんで生きてるのだ」

「酷くないですかその言い方」


 まるで生きているのが悪いみたいな。

 そりゃ、こっちだって酷い事したけどな……これでも頑張ったんだよ。


「すまん。いいかたがわるかったな。あいつからの雷電の球ライジングボールを受けてなぜ生きていたかを聞いたのだ」


 ああ。そういうことね。

 無駄に傷心してしまったじゃないか。


柳動体フローイングっていうんだけど、このギフト、超能力的何かを吸収して自分の体力にするギフトらしい」


 だから俺はあの雷の攻撃を受けたとき、攻撃を受けたのではなく回復したのだ。


「ただ、あの化け物は俺が回復できる量を上回る力で攻撃をしてしまったからついさっきまで伸びていたわけだな」


 つまりあいつの学習能力が仇となった。もしもパワーだけの打撃ビートだったら俺たちは負けていた。


「待て。聞いて無いぞ。そのようなギフト」

「言ってませんから」

「なぜ言わなかった」

「なぜ言わなければならなかったんですか」

「それはそうだが……言っていれば私は心配せずに」

「え?衣川さんが俺の心配?」


 おっどろき。もっものき。さんしょの木。


「ば、ばか。そんなことするわけないだろ」

「うん。知ってる」

「……すまん。今の発言はなかったことにしてくれ。心配したぞ。本当に駄目かと思った。生きていて本当に良かった」

「お前、本当に衣川さんか?」

「なぜ嘉神は私が心配するだけで偽物呼ばわりするのだ」


 呆れたように言うが、実は俺は聞いていた。


 そもそも電気の球を受けたときショックで伸びていたが、気絶していなかったのだ。


 スタンガンも本当は気絶しないらしいからな。使ったこと無いから確かかどうかは知らないが。


 だからあの時、衣川さんが俺を連れて逃げようとしてくれたのは覚えている。


 ただこれは彼女の為に言わない方がいいだろう。


 けれど、これだけは心の中でだが言わせてほしい。



 ありがとう、助かった。



「化け物は全部倒した所だし、あとはお前を倒すだけか。ジョセフ・ランフォード」

「ひ、ひぃ」


 気力体力ともに万全。

 こいつとタイマンした場合、敗北要素0


「殺す気しかしない」


 俺は体を鬼化する。


「来るな!この化け物!!!」

「失礼なこと言うなよ。俺は人間だぞ」

「コルネリア。逃げるぞ!!!」


 殺したかったが、逃げるのなら追いはしない。


 何せ、コルネリアさんの能力は未知数だ。


 戦闘には参加してこなかったが、恐らく戦うとなった場合二人がかりでも勝てるかどうか怪しい。


 だから逃げてくれるのなら仕方のないと諦める。


「残念だったな。次会うときは殺す」


 やってみろよ。もう二度とお前に彼女は傷つけさせない。


「さらば………だ?」


 ランフォードから血が出ていた。

 見ると腹部にナイフが突き刺さっている。


 ナイフが投げられた? 誰に?


「ジョセフ・ランフォードとコルネリア・ランフォード。貴様たちを密入国の容疑で逮捕する」


 声をした先を振り向くと、そこには白い仮面を被った男がいた。





 女性陣二人は驚いている。当然は俺にこんなのを知らない。


「えっと……衣川さん?誰あれ?知り合い?」

「いや。私も聞いたことしかないが恐らくあれば異能警察部隊だぞ」


 異能警察部隊?


「何それ」

「そうか。お前は知らないのか。ギフトを用いて犯罪者を捜査する警察部隊だ」


 その説明は説明になっていない気がする。


 ただ一つ、俺はとあることを思い出した。


 特別法第二条、

 公務員による殺人の許可。


 これは決闘による殺人の許可と違い、幾らか受け入れられている。

 殺されないと、殺されてしまうギフトホルダーは一定数いるわけで……


 だが、人権()団体からは悪法だとうるさい。

 ただそれでも、最低限被害の縮小は図るべきというのは納得のいく主張である。


 今は明らかに不意打ちの、グレーだったぞ。


 喋ることの出来ないコルネリアさんは、ゆさゆさと夫の体を触る。

 しかしあの虫唾が走るような声を出すことはなかった。


「殺す必要はなかったはずだ! 何でやった!?」


 衣川さんは果敢にも睨みつけながら叫んだ。


「知らないのか。能力者を逮捕するとき、殺してもいいのだ。むしろそうしなければ逃げられるだろ」

「そういうことを聞いているのではない! 殺す必要はなかった! ナイフで刺すにしても手でも足でも狙っていればよかろうといっているのだ!」


 衣川さんが言うことは分かる。

 ここまで的確に腹部ど真ん中に狙えるのならアキレス腱などを狙ってもよかったんじゃないか。


「殺せるときに殺しておくに決まってるだろ。逆恨みで殺される奴だっているんだぞ」


 さも当然のように話す。

 その言い方はまるで、こちらの言い分の方が間違えているように聞こえた。


「というわけでお前も死んどけ。コルネリア・ランフォード」


 白い仮面を被った男は自らのギフトでコルネリアさんに投擲。


「……………」


 ナイフは真っ直ぐにコルネリアさんに向かっていく。

 だが刺さったのは白い仮面の方だった。


「ぐっ………」


 喉を突き刺された白い仮面は一瞬で絶命した。

 予想通り、いや予想以上の強さ。


 ただ当の本人は死んだ男を全く気にしていない。


「ぅ……ぁ……」


 声を出せないコルネリアさんだが、それでも泣いていた。

 僅かに息があるといっても虫の息だ。もうジョセフ・ランフォードには五分の魂に等しい。


「のけ」


 衣川さんは両腕を鬼化させ、左の手のひらに爪を突き刺す。

 左手から流れる血をジョセフさんにかけながらコルネリアさんに告げる。


鬼人化オーガナイズの血には、治癒能力がある」

「なんですかそれ。初耳なんですけど」

「私も教えたのは初めてだぞ」


 酷いと思った。

 普通そういうのは先に教えてくれるべきだっただろう。


 と、先ほどまで柳動体フローイングを隠していた俺は憤慨する。


 ジョセフ・ランフォードの傷は見る見るうちに消えていく。


「でもよかったんですか?こいつ殺さなくて」


 さっきまで命を狙われていたのに。

 俺は正直、殺すならそれでOKだと思っていた。


「別に、私としてはもうこいつやあの化け物が怖くなくなった。無駄な殺生は好きではない。それに」


 (以前俺を殺そうとしたことがある)衣川さんはコルネリアさんを見て


「泣いてくれる人がいるのだ。殺すには惜しい」






 外に寝かしておくのも良くないと思い、ジョセフ・ランフォードを衣川さんの家に運ぶことにした。


 衣川さんは鬼神化オーガニゼーションにより、体力のほとんどを使い切ったため俺一人が背負うことになった。


 その代り彼女は|松明(たいまつ)で夜道を照らす役目がある。

 そしていざ背負おうとしたとき、ジョセフ・ランフォードの口からこの地球上の生物とは思えない形容しがたい冒涜的な何かが這い出してきた。


 生物とは思えないその生物は、そのまま天まで飛んでいった。


「………」

「どうしたのだ?」

「今の見た?」

「何のことだ?」


 どうやら衣川さんは目撃しなかったらしい。

 どこかでサイコロが振られる音がしたが、まあ気にしないでおこう。




 名状しがたい生物が口の中から出てきた、そのすぐ後のこと。


「ここは……どこだ」


 ジョセフ・ランフォードが目を覚ました。


「君たちは誰だ」


 と、そんな世迷言を言い出した。

 制裁。


「えい」


 グーパンチで教育を施す。


「うわっ! 君は一体何だね」

「まさかとは思うが実は記憶がありませんネタはやめろよな。本気で怒るぞ」


 記憶がありません秘書がやったことですと許されるとでも思っているのだろうか。

 日本の政治家じゃないんだぞ。


「いや………覚えているよ。微かにだが……ぼくは何て事を…………」


 あれ?本当に反省している?


「すまなかった。この通りだ」


 日本式の謝罪つまり土下座で謝ってきた。

 あれれ? こんなキャラだっけ?


「え?つまり本当に操られていたのか?」

「ああ。信じてもらえないかもしれないがそれが真実だ」


 俺はコルネリアさんを見る。

 彼女はこくこくと頷いた。


 コルネリアさんは操られたジョセフをずっと見張っていたのか。


「どう思いますか?衣川さん」

「私は信じてやってもいいと思うぞ」


 うーん。俺は正直無理なんだが。


「そもそも私は許している。操られようが本心だろうが関係のないことだ」


 いや……そこは重要だと思うな。


「ん?だが待てよ。衣川さんって一年位前から襲われていましたよね」

「うむ」

「それについてはどうですか」

「確かに、ぼくのぼくとしての記憶がはっきりしているのは一年以上も前になるが」


 ジョセフさんも同意する。


「コルネリアさんもおかしくなったのは一年以上前でいいんですよね」

「……」

「その間、元に戻る兆しはありましたか」


 彼女は首を横に振り、否定をアピール。


「つまり、一年間人を支配し続けた奴がいるってことですよね」

「それがどうかしたのか」

「それってやばくないですか。ギフトって使っていると結構体力使いますよね。それなのに一年間ぶっ通しでやるなんて」

「君は何が言いたいんだい?」

「俺が言いたいのはつまり、人を一年間操作し続けるなんて不可能じゃないかってこと」


 一時間ならば分かる。ただ一年間ぶっ通しで操作し続けるのは、気が持たないんじゃないだろうか。


「たしかにそういわれてみればそうだね。仮に出来たところで、ぼくなんかの操作に一年以上かけるようなバカはいないだろう」


 ジョセフさんもおかしいと言ってくれる。

 だが、俺の意見とは違い自分なんかをと言った。


 あんな化け物を作り出した能力を持っているくせに、本音としては卑下していた。


「ではこういうのは考えられないだろうか。ギフト以外の何かでぼくを操っていたと」

「「!?」」


 確かに、そうでないとおかしい。

 それと俺には心当たりがある。


 あの得体のしれない生物だ。

 もしかしてあいつがジョセフさんを操っていたのだろうか。


 だとしたら何のために?


 メリットが無い。


 衣川さんに対する奇行が説明できないのだ。


「………まさか」


 ジョセフさんが何かを思い付いたようなそぶりをした。


「なんですか?」

「いや、何でもない」

「言ってくださいよ。貴方の立ち位置一番低いですから」


 そんな思わせぶりなこと言われたら無理やりにでも聞くしかない。


「わかった。言おう。ただ先に言っておく。ぼくは本当に申し訳ないことをしたと思っている。それについては間違いのないということ、そして今からする話は僕の推測が九割を占めているということをくれぐれも忘れないでほしい」

「わかりました。話してください」


 ジョセフさんは言葉を選びながら


「今回の事件結局のところ誰が得した?」


 と言い放った。


「得?そんなことした人間いませんよ」

「いや、いる。例えばキヌカワ。君は被害を受けたかもしれないが、新たに鬼神化オーガニゼーションを会得している」


 何を言い出すかと思えば、確かに得たものはあった。

 だが、それだけじゃないだろ?


「確かにそうかもしれませんが、青春の一年を犠牲にして鬼神化オーガニゼーションを会得するのは、デメリットの方が勝っているかと」

「その通り。だがもう一人はどうだろうか」


 そのもう一人とは?


「君は一体今回の事件で何を失って何を得た」


 俺? 俺だって?

 まさかの名指しに戸惑う。


「えっと……失ったものは普通の日常ですかね」

「でもそれは、普通じゃない日常を手に入れたのと同義だ。プラスマイナスゼロともいえる」

「後は……友達とか」


 仲野を思い出す。ギフトの所為で友達を一人失った。


「その結果新たな友達は作れなかったのかい?」

「時雨が新たに……」


 つまりそれもプラスマイナスゼロ。


「逆に得たものは何だ」

「ギフトが使えると」

「それについて何か失ったものは」


 …………ない。

 あげようと思えばあげることはできるかもしれないが、その結果得たもので相殺される。


「ぼくたちは一年間を犠牲にしている。だが君だけは、失ったものは何もない」

「だったら何ですか。それは単に俺が部外者なだけじゃ」

「そういう見方もあるだろう。だが実際は逆なんじゃないのか?」


 逆? 何が逆なんだ。


「君が中心なんだ。君が中心と考えたら全てが納得いく。キヌカワが襲われたのは君の近くにいるから。僕を操ったのは君がギリギリで勝てるから。全ては君の都合になっている」


 俺だけが部外者なのに、俺の都合のいいように進んでいたと言いたいのか?


 そんなことない、と、力強く否定できなかった。


「この事件は君の為に作られたんじゃないかと――――」


 彼の体が真っ二つに分かれた。


「え?」


 あまりの出来事に誰一人として現状を理解ができない。

 彼は腰から上が地面に落ちていき、切れ目からは大量の血が噴き出す。


「コル……ネリア……」


 妻の名を呟き、ジョセフランフォードはあっけなく絶命した。


「………ッッッ!」


 コルネリアさんが彼の亡骸を抱きかかえる。

 力のこもっていない手で、力の込めることのない手を精一杯握っていた。


「おっしゃぁ。まずひとーり」


 振り向くとそこに同じ仮面をつけた白仮面がいた。


 コルネリアさんが殺した白仮面の死体はまだ地べたにあるので、恰好が同じだけの別の人間だろう。


「せんぱい。ずるいっす。おれも殺りたかったっす」


 そして白仮面は一人だけじゃなく十人いた。


「しかたねえ。じゃあっちの女やるよ」

「うっひょー。マジっすか。いいんすか。やっちゃいますよ」


 そんなこと言いながら一人の白仮面は拳銃を構える。


 そして発砲。


「………」


 コルネリアさんは自身のギフトで銃弾を止めにかかる。


 おかしい。なぜ俺は銃の軌道が見えている。


 遅すぎるぞ、あの銃弾。


「うひょ」


 急に銃の軌道が変わる。


 そして今まで遅かった分、加速してコルネリアさんの脳天を打ち抜いた。


「どっすか。せんぱい。おれもなかなかのもんでしょ」

「………」


 コルネリアさんを殺した白仮面の男は、ジョセフさんのように上半身と下半身が分裂した。


「馬鹿野郎!おれが殺せっていうのは日本人の方だ。あいつはおれが殺したかったのに。このくそ役立たずが」


 わずか一分で三人の命が無くなった。


 何だこれは。

 何なんだこいつらは。


「このキチ〇イ共が」


 衣川さんは怒りを露わにしている。


「お前ら本当に国家の機関か!恥を知れ人間の屑が!」


 俺とあった時よりも怒っている。

 ただ待て、こいつらの異常性に圧倒されていたが、さっきあいつなんて言った。



『馬鹿野郎!おれが殺せっていうのは日本人の方だ。あいつはおれが殺したかったのに。このくそ役立たずが』



 つまりこいつは衣川さんを殺せと言っていたことになる。


「おいてめえ! 何で彼女を殺す必要がある!」

「ああ?理由なんてねえよ。強いて言うなら二人殺すより四人殺したほうが楽しいだろ。おっといけない、本音が出てしまった」


 マジモンのサイコ野郎だった。


 周りの白仮面も特に反応していないところを見るとこいつと同等と考えていいのだろう。


 周りは真っ暗で、俺のお先も真っ暗だ。


 ………


「衣川さん。動けますか」


 俺は衣川さんにしか聞こえないように話す。


「動くことには支障はないが、恐らく鬼人化オーガナイズはしばらく使えん。鬼神化オーガニゼーションは言わずもがなだ」


 実際動けるのは俺一人。

 戦いになったら負けるのは目に見えていた。


「衣川さん。聞きたいんですけどこのまま殺されるのを待つのとワンチャンスを狙うのどっちがいいですか」

「嘉神、それは選択肢になっていないぞ。断然に後者だ」


 そっか。

 やってみるしかないか。

 正直出来るかどうか分からない。


 いや、出来たところでどうなるかわからない、かなり厳しい状況だ。


「衣川さん。俺が殺すって言ったら松明を思いっきり上空に投げてください」

「うむ。他には何かないのか」

「出来るだけコルネリアさんたちのそばにいて」

「分かったぞ」


 何とかなるか自信はない。ただあの化け物と戦うに比べれば、心に余裕が生まれる。


「失敗しても文句言わないで下さいよ」

「大丈夫だ。私はお前を信じているぞ」


 ならばやりきるしかないな。

 俺も自分を信じる。


「確認するがお前たちは俺達を消す気で間違いないんだよな」

「そうだがなんか遺言でもあるのか」

「いいや。強いて言うなら次に会う時、お前ら全員殺す」


 衣川さんは松明を上に投げる、白仮面の連中はほんの一瞬、ほんの一瞬意識が上空に向かう。


 その間に俺は死体となったコルネリアさんの元に向かい、まだ生きていた頃の温もりが残っている彼女の唇に己の唇をつける。


 衣川さんを掴み、コルネリアさんのギフトを使用した。







「いってええええええ」


 体が引き裂かれたように痛む。

 ただ痛むということは生きているということ。

 今は痛みが愛おしい。


「嘉神……何をした?」


 よかった。衣川さん生きてた。


「勿論ギフト使いましたよ」

「だが何のギフトを使った?」

「もちろん、コルネリア・ランフォードさんのですよ」


 俺の賭けは口映しマウストゥマウスが死体にも有効であるということ。


 そして不完全のギフトのままで難易度の高そうなコルネリアさんのギフトを使用できるかということだ。

 そもそもジョセフさんのギフトは化け物を作るだけで上空から降ってこさせるような芸当はできない(はず)。


 だからその化け物の運搬のためのギフトが恐らくコルネリアさんのギフトだと考えた。


 現に、俺が初めて一人で戦ったときや本体が現れたときワームホールみたいな何かが出てきていたからほぼ間違いなく会っているという自信はあった。


 ただ能力当ての自信があったところで、俺が確実に使えるとは限らない。

 ぶっつけ本番で、なるようになるしかなかったが本当になるようになってよかった。


 衣川さんはほぼ無傷のようだが、俺は切り傷が多数。もっと酷いのはランフォード夫妻だ。


 死体だったとはいえコルネリアさんの下半身はすでに無くなっており、ジョセフさんの右側が無くなっている。


「でも凄いと思いませんか。これ」

「ああ。確かに」


 ランフォード夫妻は死んでから一度も手を離していなかった。


 死後硬直で強く握られていたと野暮な意見も出来なくはないが、それでもこれは愛で死後も一緒になったと考えるのが妥当だろう。




 それにしてもこのギフト難易度高すぎ。


 どこで〇ドアの穴バージョンといえば聞こえはいいが、失敗したら即死クラスのダメージなんて気楽に使っていられない。


「ところで嘉神。ここはどこだ」

「さあ」

「おい待て」

「冗談です。ここは富士山ですね」

「そうか。富士山か。ならば安心……できるか」


 俺達のもと住んでいる場所は関西なので結構遠くまで来たな。


「もしかしてだ。ここは富士の樹海か」

「まあそうなりますね」

「………嘉神、いいたいことはあるか」

「ごめんなさい」


 素直に謝る。

 遠くにをイメージして真っ先に思いついたのがここ。


 日本人の心のよりどころだもん、仕方ないね。


「このままだとどのみち死んでしまうではないか」

「………」


 そうだな。うん。その通り。


「どうしましょう」

「嘉神、お前は他の場所に行けるのか」

「……無理っぽい。運が良ければ出来るかもしれないけど、サイコロを五回ふって6を出し続けた方が簡単な確率で」

「元いた場所なら」

「五割くらいで」


 ここまで来た時と逆のイメージでやればいいからだいぶ楽になるといえる。

 ただ戻ったら返り討ちに合いそうなので、結局は生き残れないな。


「仕方あるまい。戻るか」

「いやいや。戻ったらここまで来た何の意味もないでしょ」

「何も今すぐ戻るとは言っていないだろ。今日は休んで体力をつけて戻る」


 鬼神化オーガニゼーションを使える衣川さんは十分な戦力となりえるため、勝てる算段はぐっと上がる。


「それで衣川さん。英気を養う前に提案があるんですけど」

「なんだ」

「この二人。埋めてあげましょう」

「そうだな。それがいい。私もそう言おうとしたところだ」


 二つ返事で同意してくれた。



 黙々と穴を掘っている最中のこと。


「私からも一ついいか」

「なんですか?」


 一体何を言われるのだろうか。

 顔を変えろとか?

 声がうざいから声帯切れとかか?


「その敬語だ。私に対して余所余所しい」


 思っていたほどひどくなかったが、結構な無茶ぶりである。

 そんなこと言われてもな。


 同世代の女性には敬語を使うっていうポリシーがある。

 尊敬しているとかそんなんじゃなく、よそよそしい関係でいたいから。


「じゃあ俺にどうしろと」

「まず、私を呼ぶときは早苗でいい」

「ええー」


 何となくいやだ。

 俺が女性を下の名で呼び捨てするのは、配偶者だと決めている。


「現に嘉神、お前は化け物と共闘するとき呼び捨てにしていたではないか」

「げっ」


 うやむやにする気だったのに……

 完全に事故だった。

 こうなってしまうと否定する算段を思い付かない。


 仕方ない。グッバイポリシー。


「どうだ。言ってみろ」

「早苗」


 呼んでみた。


「うむ」


 満足そうに頷く。月明りしかないため暗くてよく分かんないが、きっと物凄く可愛い顔している。


「それと私も一樹と呼ぶ。いいだろ?」


 もう否定できる材料がない。


「分かった。早苗」

「何だ一樹」

「呼んだだけだ」


 確かに文字的には少なくなったな。


「バカ」

「何でバカにされなきゃならないんだ。ばーか」

「うるさい、ばかばか」


 これこのまま続けたら終わらない無限ループに入るのでバカの応酬を止める。


 ただ、俺の中で最後の一言を。


 ばーかばーか。


 そうこうしている間に、穴を掘り終えた。


 亡骸を穴の中に入れ、手を合わせる。


「えっと……健やかなるときも病めるときも……」

「それは結婚式の挨拶だ」


 そうだった。


「早苗はやり方知ってるか」

「知らん」


 男らしく言い切った。


「問題なのは弔う心だ。儀式など必要ない」


 格好いい。天谷だったら惚れてた。


「じゃ、合掌」


 しばらくの沈黙。


 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏





 その後、俺達は運良くというより奇跡的に洞窟を発見しそこで眠ることになった。


 明日になったら戻るといったが、そもそも白仮面が俺達を見つけ出し殺しに来るかもしれない。


 本来は警戒の必要がある局面だが瞼が眠くてしょうがない。


「私達、次起きるときは来るのだろうか」


 早苗も同じことを考えていたらしくそんなことを聞いてきた。


「一樹。その……だな。手、握ってくれないか」

「何で?」

「怖いのだ。眠くてしょうがないのだが、安心して眠れない」


 だったら起きとけよ。そっちの方が俺は安心して眠れる。


「悪いが私が夜警をした所で、体力のない私は何の役にも立たんぞ」


 そんな威張るなって、小言漏れていたのか。

 前までは怒ったのに、急に怒らなくなった。


 例えるなら仲が悪かった男女の高校生が、長年連れ添った夫婦になったよう。

 我ながら何て酷い例えなんだ。


「わかった。その代わりちゃんと寝ろよ」


 右手を差し出す。


「ありがとう」


 握った手は柔らかく、何より温かかった。

 ああ、何か落ち着く。


 急激に眠気が。


「おやすみ」

「おやすみ」


 きっと俺は今日この日程深い眠りにつく日は死ぬときだろうと考えて眠りに堕ちていった。


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