エピローグ的なもの

 目が覚めて見た物は、天国でも地獄でも見知らぬ天井ではなかった。


 普通に洞窟の天井。

 試しに頬をつねってみたが相応の痛みが頬から流れてくる。


 よかった。まだ生きてたみたいだ。


 てかあれ?早苗はどこいった?

 隣に寝ていたはずなのに……


 探すために洞窟の外に出る。


 べ、別に早苗が心配になったとか、一人が寂しかったとかそんなんじゃないんだからね。


 早苗は出てすぐそこにいて、早苗は山草で朝食を作っていた。


 ほっと安堵する。


「うむ?起きたか。一樹」

「起きたのはいいけど何これ」

「何これとは失礼だぞ。朝食に決まっておろう」


 それは分かる。そう言うことを聞きたいんじゃない。


「水どこにあった?」

「近くに川があったぞ」

「鍋は?」

「不法投棄されていたのを使った」


 うん。なるほど。

 ならば最後に一番重要なことを聞く。


「それ食べても平気な山菜を使ってんの?」

「安心しろ。食べられるものと食べれないものの区別くらいついている。現に私は定期的に山に登っていると話をしていただろう」


 確かに。キノコが取れるって言っていたから、そこで知識を手にしていたんだな。


「おっけ。信用しよう。この程度のことで早苗を信用しなければこれから戻るときに成功できるとは思えない。そしてなにより文字通り腹が減っては戦ができないからな」

「その通りだぞ」


 俺は切り株の椅子に座った。


「食べてもいいか?」

「もう少し待ってくれ。私も一緒に食べる」


 そうだな。それがいい。


「「いただきます」」


 早苗の作った朝食は、有り合わせの山菜で作ったとは思えないほど美味かった。


 ていうか美味すぎだ。


「早苗は魔法でも使えるのか」

「………あまりこういうことを言いたくはないのだが一樹の食事レベルは低すぎるぞ」


 俺は料理できないし母さんの料理が底辺クラスなため、ほとんどの食事は高級レストランに等しくなる。


「いや、それを加味しても早苗の料理がうまいってことは変わりないって」

「そうか。それはよかった」


 早苗は花を咲かせるような笑顔で答えてくれた。




 朝食をとりしばらく休憩。

 気力体力ともに回復したところで意を決す。


「そろそろいくか」

「うむ」

「もしもの時の為に言い残す言葉はないのか」

「無い。何故なら私たちはここでは死なないからだ」


 やっぱかっこいいな早苗は。


「少しでも成功率を上げるために、出来るだけ近づいてくれないか」

「…………ちょっと待て」

「ん? どうした?」

「その……なぜだ?」

「詳しくは分からんが、コルネリアさんのギフトは空間に穴を開けてそこから移動する。ただ真っ直ぐ穴に落ちないと削り取られてしまう。昨日見ただろ?」

「うむうむ。すごく正しいと思うぞ」


 正しいも何も、これは自明だ。


「分かったなら早く」


 手招きをして呼び寄せるが、逆に一歩後退した。


「…………」

「ああ、そう言うことね」


 血反吐を吐きそうなくらい真剣に戦ったんだ。血や汗で体中ベットリ。


「臭いか」

「うっ」


 気にしてないし、言われるまで気にならなかったから心配しなくてもいいのに。


 それともあれか?


「もしかして、俺が臭うのか?」

「それは違う! 私が気になるだけだ」


 ならば何一つ問題ない。杞憂というやつだな。


「そうだ! 行水してくる。しばし待ってくれ」

「それで早苗が満足するならいいけど、その前に言わせて。タオルないけどいいの?」

「うぐっ」

「弁明する機会がたった今出来たから言うけれど、行水の時もトイレの時も俺は見ていないから。大事な所を見られるのと嗅がれるのはどっちがいいの?」

「それは……! 乾くまで待ってくれ」

「山奥を裸で過ごすのか。死にたいの?」

「あ……ああ…あああ」


 ガックリと項垂れる。なんか申し訳ない気分。

 ここは男としてフォローを入れないと。


「臭うかどうかは、嗅いでみないと分かんない。嗅いでみていい?」

「駄目だ。もし嗅ごうとしたら鼻を潰す」

「仕方ないなあ。じゃあ息止めてるから、それで我慢しろ」

「絶対だぞ! 絶対だぞ!」


 当たり前、これをフリだと思うやつがいたら、そいつはどんな教育をしているんだと親の頭を疑う。


 ただこの一件で一度集中力が切れた。

 気合を入れなおそう。


 まずは深呼吸。

 すうー


 ボカッ


「この野郎! 殴ったな!! どんな頭をしてんだ!!」

「こんな頭をしている。それと嗅いだら殴ると言っただろ! 一樹はどんな脳をしているんだ!!」

「早苗よりは中身詰まってる」

「この……人が気にしていることを……!」


 もう一発殴られた。

 ただ殺意はなく、じゃれ合うと表現するくらいの喧嘩。


「やったな! 二度もぶちやがった。父さんからもぶたれたことないのに」


 仕返しをしてやる。


「秘儀、くんかくんか」

「止めろぅ!!」


 早苗の匂いを無理矢理嗅いでやる。


「くんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんか」

「ひぃい。くるなぁあ!!」


 無臭とはお世辞でも言えない。

 むしろ……結構好きです。


 ただその代償で出発が小一時間ほど遅れた。

 主に顔が痛い。






 自分でも惚れ惚れする程完璧な移動を成功させる。間違いなく早苗の敷地内に到着できたと自負しよう。


「間違いないよな?」

「ああ。間違いないぞ」


 なのだが、一度もこんな景色を見たことがない。


 辺りは気持ち悪いほど真っ赤に塗りたくられていた。

 周りには無数の死体が転がっている。


 そしてその中心で


「お?遅かったじゃないか。心配したぞ」


 一人の男が死体の上に座っていた。


 俺はその男を知っている。

 昔写真を見た。


「…………父さん」


 依然見せてもらった写真と全く変わらない。

 異能者殺しの異名を持つ男。


 俺は母さんと全く似ていない代わりに、父さんとよく似ている。

 同じ黒い髪、同じ形の目、少しだけ背丈高い。


 無精ひげを生やしていることくらいが、俺との違い。


 それ以外は本当にそっくりの瓜二つ。


 間違いなく嘉神一芽かがみはつが本人だった。





「大きくなったな。一樹」


 父さん笑みを浮かべながら俺の元に歩み寄る。


「来るな!」


 全身血塗られている状態でその笑みは本当に気持ち悪い。


「ああそっか。オレはさっき人を殺した所だったな。忘れてた」


 それは彼にとって殺人は何の意味のない行為であるということを物語っている。


「勝手にどっか行って心配したんだぞ」

「ふざけんじゃねえ。あんたは!人を殺して!何も思わないのか」

「思わないね」


 予想通りの返答だった。

 それは正に殺し屋を稼業としている返事。


「オレにとって殺しちゃいけないのは育美と一樹くらいだ。あとはそこにいる女だって殺してもかまわない――――こんな風にな」


 瞬間移動で、早苗の背後を取る。


「早苗ぇ!」


 俺は鬼人化オーガナイズで父さんに襲い掛かるが相手にされず避けられる。


「おお。一樹もやはり近距離万能型か」


 俺は父さんのギフトは知っている。


 口盗めリップリード

 キスした相手が能力者の場合、その能力を問答無用で奪うことの出来るギフト。


 ある意味俺の口映しマウストゥマウスの上位互換と言える。


 そしてもう一つ重要なことが。


 俺の父親は早苗の母親からギフトを奪っている。


 最強の近距離ギフト。鬼神化オーガニゼーションを。


「母様の敵!」

「やめろ!!!」


 俺の発言を聞いてくれた。


 早苗ではなく、父さんだが。

 父さんは何も防御をとる動作はしなかった。


 が、鬼人化オーガナイズの一撃を受けてダメージを受けた様子はない。


「運がよかったな。女。一樹が止めろといってくれなかったら死んでたぞ」


 早苗は自分と父さんとの力の差に絶望しかけたが、それでも最後のそして最大の切り札を使う。


鬼神化オーガニゼーション


 最強の一撃で反撃する。


「さすがに、その攻撃をまともに受けるわけにはいかない」


 片手で止めた……だと?

 ギフトを使わずに!?


「なあ一樹。こいつ殺していい?」

「駄目に決まってるだろ」

「そっか」


 掴んだ腕を放り投げる。

 早苗は一回転して着地するが、心に受けたダメージは大きいはず。


「一樹は来ないのか」

「来るわけないだろ。いくらなんでも勝てないと分かって挑むのは時たまにしかしない」

「そうか。何せ父さんは36個のギフトがある。一樹の12倍だ。仕方ないか」

「いや。9倍だよ」


 鬼人化オーガナイズ雷電の球ライジングボール柳動体フローイング、そして次元移動の四つ。


 多分数え忘れたのは次元移動の奴だろう。


「………そうか。そうだったな」


 何やら父さんが悲しそうな目をしたのは気のせいだろうか。


「父さんは本来一樹たちをかませ白仮面から逃がす役割だったんだけど、まさか一樹一人で逃げ切れるとは思わなかった。すげえな」

「そりゃどうも」


 父さんは十人相手したのに服に傷一つ付いちゃいない。

 どんな化け物だよ。


「父さん。あんたいったい何でこんなふうになったんだ」

「こんなふうとはどういう意味だ」

「何で、殺し屋なんかになった!」


 俺の物心のつく前までには父さんはいたという話だった。

 逆説的に考えれば殺し屋になったのは十年位前ということになる。

 その間に何かがあったと考える。


「………仕方なくが一番しっくりくる理由だ。今の一樹にそれ以外を言うつもりはない」

「どうしても話す気はないのか!?」

「どうしてもしない。ただ、別のことを話そう。一樹、この世界はお前が思っているよりも大きく、強く、そして汚い。そんな世界を愚弄して受け入れろ」


 まるで意味が分からない。

 だが父さんはそれを伝えて満足したらしく、死体を連れてどこかに消え去った。


「…………ふう」


 後ろから攻めてくることも、早苗を狙う輩ももういない。


「終わったんだ」


 俺と早苗の一夜の共闘は煮え切らない不完全燃焼のまま終わりを迎えたのだ。






「あーら。一樹くん。久し振りね」


 あれからまた眠くなり早苗の家で昼寝を取らせて貰ったからすでに夕方になっている。


 母さんムカ着火いんふぇるの。


「母さん、ガチでどうしようもないことが起きた」

「へえ。一体何があったのかな?」

「父さんと会ってきた」


 笑顔が固まった。

 おお、信じてくれてうれしい。真面目に話してくれないかと思っていた。


「それはホント?」

「間違いなくホントだ」

「そう………遂に来るんだ」

「何の話だ?」

「いーや。一樹くんには関係のない話です」


 そりゃどうも。

 ただ確実に俺に関係あると思うが、そこは母さん怖いから言わない。


「一樹くんは絶賛停学中なんだから大人しくしてなさい」


 そうだった。俺停学中の身だった。

 本当に今日は色々なことがあった。


 化け物に襲われ、変態に襲われ、蒸発したと言われた父さんに会った。


 怒涛の一日だった。


 これ以上の一日はもう二度とないだろうと思いながら、俺は停学中の課題に取り掛かった。






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「まあこんあものかな」


 一人の女がテレビを見ていた。


「ジョセフランフォード。変に感づかなければ死ぬことなかったのに。可哀想」


 彼女は彼女が殺したランフォード夫妻に憐れみをかける。


「次生まれ変わるときも夫婦にしてあげるから許してね」


 そう言って彼女はテレビを消す。


「さてと、そろそろかな」


 予想通りに得体のしれない生命体が彼女の元にやってくる。


「おかえり。イス」


 彼女はその生命体を掌の上に乗せ、


「えい」


 潰した。


 その行為はまるで人が蚊を叩くときと同じような動作だった。


「これで証拠隠滅っと」


 ランフォード夫妻の時と違い彼女は微塵も罪悪感はない。


「でも落第点でしょ。ちょっと情報与えてしまったけど主人公を『物語』に引きずり出しただけで十分かな」


 彼女は盤上の駒を見ながら


「先手は打ったよ。次は君の番だ。早くしてね、お兄ちゃん」









第一章 了

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