衣川早苗 2 (視点変更あり)

「【ようやく一人】」


 嘉神が私を庇って攻撃を受けた。


「嘉神? 何を寝ている! 危険だ早く立て!」

「【だがなぜだ。間違いなく二人とも葬る一撃だったはず】」


 あいつの服は焼けこげ、感電のためか体は痙攣している。

 やがてピクリともしなくなった。


「返事を知ろ! 頼む……返事をしてくれ!! 嘉神?!」

「【まあいい。もう一度撃てばいいだけの話だ】」


 結局私は何も出来なかった。守られるだけだった。

 私が嘉神にしたのは憎むくらいだ。そして私は二度と彼に謝ることは出来ない。


「【本当にこいつ死んでいるのか?】」


 あの化物はあいつ特有のしぶとさを思い出したのか、本当に死んでいるかどうかを気になっている。


「【首を落とすか】」


 もう私は嘉神を守ることは出来ない。だけど、もう彼を傷つけさせない。

 ただ一つできるのはあいつの言っていた通り逃げること。


 ただし一人ではない。嘉神を掴んで鬼人化オーガナイズを使い、全力で走る。

 初めからこうするべきだった、そんな後悔が確かに私を襲うが今は気にしてなんかいられない。


「その程度かよ。がっかりだね」


 何と言われようがもう興味はない。

 いまはこいつだけは守る。


「追え」

「【承知した】」


 ただでさえあの化け物は私の鬼人化オーガナイズより素早いのに、今の私は嘉神を背負っている。

 追いつかれるのは誰が考えても分かることなのに、そうする以外の選択肢はなかった。


 そして当然組み伏せられる。その際に嘉神を落としてしまった。


「つまらんなー。これじゃ本当にあの男の方が強いみたいじゃないか」

「【最初からそうだと我は主に告げている】」


 何故なのだ。

 何故私は弱いままなのだ。


「もう飽きた。殺していいよ。今にして思えば所詮は猿だった」

「【承諾した。ですが我が主、殺害方法に拘りがあるのならばそれに従うが】」

「んー。そうだな。出来るだけ悲鳴を上げれるような殺し方にしてくれ」

「【承諾した】」


 化け物は私の頭を掴み上げ――――そして


「ぎゃあああああああああ」


 圧倒的な力で私の頭蓋骨を握りしめた。


 比類なきその力は、非力な私に走馬灯を見せつけるには十分すぎる力だった。






『かーしゃま。わたしかーしゃまみたいにつよくなりたい』


『どうしてだい?』


『かーしゃまみたいになりたいから!』


『そうかい。嬉しいこと言ってくれるじゃないか。でも強いのは父さんの方だよ』


『えー。おとーしゃまいえでごろごろしてばっかでかっこわるいからやだ』


『ぷっ。もう娘から嫌われてやんの』


『だからおおきくなったらかーしゃまみたいになる!』


『うぅん。あんまりお勧めできないけどねぇ』


『なんで?』


『早苗、お前友達と遊ぶとき何してる?』


『ひーろーごっこ』


『早苗はヒーローが好きなのかい?』


『うん』


『じゃ早苗、早苗が昨日テレビで一緒に見た話を母さんに教えてくれるかい』


『えっと、おにいさんが、わるいおじさんにさらわれたおねえさんをたすけにいくの。そのときわるいおじさんがたくさんじゃましてくるけど、おにいさんはそれでもおねえさんをたすけるの』


『そうだね。いいかい早苗。ここで重要なのは守るお兄さんじゃなくて守られるお姉さんの方だよ』


『ん?』


『あの時別のお姉さんとデートの約束をしていただろ?』


『うん。あいつきらい』


『でもお兄さんはその約束を破ってお姉さんを助けに行ったんだ。たしかあのお兄さんは約束を破らないことで有名だったんだろう?』


『うん。でもはじめてやぶった』


『そう。つまり誘拐されたお姉さんにはヒーローに約束を破らせる力があったというわけだ』


『でも』


『それはとっても重要なことなんだよ。そのお姉さんに魅力が無ければお兄さんはきっと助けには来なかった』


『うぅー』


『早苗、私はね。お前にヒーローになってほしいわけじゃなくヒロインになってほしいんだよ』


『でもそれじゃつまんない』


『だろうね。そうだね、だったら最後どうなった?』


『えっと……べるとがぴかーってひかって、おにいさんとおねえさんがひかりにつつまれて、さいごとってもつよそうになった。はやく、にちようになったほしい』


『そうかい。じゃ早苗はそうなるといいよ。守られながら守りなさい』


『???』






 聞いた時は意味が分からなくて、今日この日まで忘れていた。


 でも今ならわかる。


 私はさっきまで嘉神に守られていた。

 あいつは私を守っていくれた。


 守るという意思が、嘉神の力の方向だった。


 あいつの意思は、強い。だから強かった。


 逆に漠然と暴力だけを持っていて、その次に意思があった私は弱いんだ。


 力で重要なのは大きさでも種類でもない。その方向。


 巨大な力を持つヒーローよりも、その矛先を決めさせるヒロインの方が優れていると母様は言った。

 でも私はそれをつまらないと言ったら、母様は『守られながら守れ』といったのだ。


 共に歩み、支え合う。お互いがお互いの力になり、お互いがお互いの方向になる。


 さっきまでは嘉神が力で合ってくれた。

 だが今からは、お前が方向だ。


 ゆえに今度は、


「私が守る」




 母様、力を貸してください。




鬼神化オーガニゼーション――ッ!」


 化け物の腕を掴み、そして、潰す。


「【ぐぬう】」


 私の急激なパワーアップに化け物は初めて、距離をとった。


 私の腕は、鮮血のようにあかく、炎のような赫の色。

 私からでは確認できないが鬼人化オーガナイズ形相がかなり異なっているであろう。


「なんだそれは!」


 鬼神化オーガニゼーションは、元は母様のギフト。


 何より強く気高い私の憧れともいえる力。


「【今さら何をやろうが無駄な足掻きだ】」


 潰された腕はすでに回復しているらしい。

 他人が私を相手にしたら、こんな感情になるに違いない。


「消えろ」


 強化された鬼爪の一撃。


「【……!】」


 一撃で化け物の左腕を切り落とす。

 その一発一発は重いのに、身体は軽い。これが鬼神化オーガニゼーション!!


 今なら数十トンの岩でも持ち上げれる、そんな力が私のギフト。


「とどめだ」


 もう一度爪による攻撃で、頭部を狙う。

 これで決着だっ!




「【………その技はもう見たぞ】」

「なッ!?」


 私の最強が音を立てて崩れていった。

 片手、いや、指二本だけで鬼神化オーガニゼーションの一撃を止められた。


「【そしてその強さ、覚えた】」


 爪を剥がされ、指を折られる。


「あ……あぁ…………」


 剥がされた爪はすぐ生える。折られた指は、すぐ治る。

 だが確実に、こいつは私の心を折った。


 絶望、するしかないというのか。

 私にはいくら頑張っても勝てない敵だったというのか。


「すまん、私には無理だった」


 もう私に勝ち目はない。










「いや、絶望するには足掻き足りないだろ?」


 化け物の背後から声がする。

 誰も警戒していなかった。


「【ぐっ!?】」


 関節技をかけられ、化け物は身動きを思うように取れていない。


「嘉神か?嘉神なのか?」

「ああ俺だ。だが今はまずはこいつを」


 今、化け物の急所はがら空きだ。

 狙うしかない。

 こんな化け物は不意打ちしか勝つ手段はない。


 だから卑怯だなんて微塵も思わない。


「【この程度の拘束、すぐに解いてやる】」

「あー。無理だって。だってお前人間の形をしてるだろ。つまり、ある程度の動きは人間と同じなわけだ。つまり人間の急所はお前の急所なんだよ。だから関節技かければ相応に効果があるんだと。そして覚えておけ。それがお前の最後に学習する内容だというのをな」


 鏡が抑えている間に、全身全霊で最高の一撃を叩き込む。


「【ぐぉお】」

「駄目だ早苗。一撃じゃ倒せない。恐らくこいつはある程度の塊さえあれば再生できる」

「つまりは、全身を切り刻めということか」

「あ……うん。そうだな」


 反撃は警戒しない。何しろ嘉神が押さえ込んでいる。

 私はそれを信じて一撃を打ち続けるだけだ。


「【雷電の球ライジングボール】」


 時雨のギフトを使う素ぶりをみせたが私は気にしない。

 きっと嘉神が何とかしてくれる。だからこそ


「【くらえぇ!!】」

「あー。悪いがそれは無駄だ。その力吸収させてもらう」


 電気の球は消えていく。


 何やらすこし、聞き捨てならん言葉が聞こえたが私は正拳を撃ち続けた。



 長いこと、拳を叩き込み続けたと思う。ようやく化け物の活動が止まった。

 だが私は慢心せずに攻撃を続ける。


 途中から嘉神は欧米人が放ってくる弱い化け物の相手をしていた。


「残りは頭だけだな」


 鬼神化オーガニゼーションは、その強大な力と引き換え、体力がすぐに無くなってしまう。

 もう私には鬼神化オーガニゼーションを維持する力はないため、鬼人化オーガナイズを使って破壊をするが、頭が硬すぎて一人では壊しきれない。


「うむ。しかしこの頭がなかなか堅物なのだ」

「どうしようか」

「そこで嘉神、私に提案があるのだが」

「ん?何?」

「今からこの頭を上空に投げる」

「うん。それで」

「私と嘉神が同時に潰す」

「素晴らしい。それでいこう」


 合図はなく、私が5メートル頭を上空に投げる。


 落ちてくるときお互いに目線があった。


 どのタイミングで攻撃するか指定したわけじゃない。


 体格差が若干違う私たちだったが、嘉神が回し蹴り、私が正拳突きをもっとも大きい威力で放つ。


「「うぉおおおお」」


 私たちを苦しめた化け物は真っ赤な鮮血をまき散らし、完全に消滅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る