奇行部隊

 俺と仲野は一週間の停学処分となった。


 仲野からしたら不満があるかも知れないが、そもそも原因はあっちであるからして。

 個人的には、彼方が仕掛けて引き分けまで持ち込まされた感があり、若干ながら敗北感がある。


 それに母親には電話でこっぴどく怒られた。ただ考える時間が出来てよかったと思う。

 真面目にこのタイミングでよかったとポジティブに考える。


「それと……だ」


 今はこの自由に使える時間で、やらないといけないことをやる。

 俺は今朝回収した便箋を取り出す。


 手紙の内容は英語で書かれていた。

 別に英語は読めなく無いのだが、時が達筆すぎて読めないのと、かなり難しい英語を使われて高校生程度で翻訳できる内容ではなかった。


 だいたい今時、筆記体で手紙を書く奴いるとは…………


 翻訳するのにほぼ丸一日かかったじゃないか。




 そしてその翻訳した内容がこれである。


『拝啓美しい鬼。

初めまして。

ぼくの名前は【ジョセフ・ランフォード】ただのしがない英国紳士さ

一年前から君を襲ったあの人形はぼくが使わせた物だよ

気に入って頂けたかな?

そうに決まっているね。何せぼくからの贈り物なんだから

惚れたかもしれないが生憎ぼくには妻がいる

残念がらないで欲しい

本題に入ろう

ぼくは君に一目惚れをした

正確には君がなった鬼の姿にだよ

勿論愛しているのは妻だがね

だからぼくは君に逢いたくなった

日時は明日なんてどうだろうか

明日の0時。ぼくは君に逢いに行く

出来れば鬼の姿で待っていてくれたまえ』





 何言ってんだこの人。頭おかしいんじゃねえの。


 途中、俺の翻訳ミスも何度も疑ったが何度訳してもこの内容になった。


 まあいいや。この手紙のおかげで犯人の頭がおかしいことと衣川さんが今日ピンチになるということが分かっただけで良しとしよう。


「で明日って今日のことだよな」


 そして今は夜中の十一時四十分。


 更に衣川さんは今日本体が来ることを知らない。


「…………」


 決めた。


「ちょ、一樹くん。何外出ようとしてるの!」


 母さんに見つかるが、気にも相手にもする余裕がない。


「わりい母さん。男の戦いに行ってくる」


 全力で走れば捕まることはないだろう。何せ母さん足短いし。





「なぜ貴様が来た」


 朝からご立腹の衣川さんである。


 時計を確認すると十二時一分前、ぎりぎり間に合った。


「衣川さん、今日あいつが来ますよ」


 時間がないので要点だけ話す。


「あいつ?あの化け物のことか?」


 黙って頷く。


「なぜそれが分かる」

「時間がありません。あと、十秒」


 気配を探る。


「人の話を聞け。この鬼畜魔王が」


 衣川さんに言われると結構傷付くのだが、仕方ないと割り切る。

 時間通りにくるのなら、もう来る頃合い。

 どっから来る?

 前後左右上下どこから出てきても不思議じゃない。


「話聞け!」


 月明りが急激に暗くなる。

 やっぱり上か!


 満月をバックに漆黒の穴が空き、ゆっくりと化物……とプラスαが降りてきた。


「上」


 衣川さんに注意を促す。

 流石に俺のただならぬ様子を感じたらしく、視線を上げた。


「あれは……!?」


 俺は両腕両脚に鬼人化オーガナイズを発動し、いつでも戦闘になっていいように準備。


 ゆっくりと降りてくる化け物の肩には二人の人間が乗っていた。


 二人とも格好は同じだ。お揃いの白衣を着ている。


 一人は青髪に薄いメッシュの入った欧米人。

 もう一人は紫色の髪の毛をしたセミロングの欧米人。


 どちらもギフトホルダーに違いない。


「初めましてだね、鬼」


 男が口を開いた。日本語を話せるなら手紙も日本語で書け。

 翻訳しないですんだだろ。


「ぼくからのラブレターは読んでくれたかな?」

「手紙?何のことだ?」

「それならここにあるぜ」


 ひらひらと手紙をふる。そして、送った本人を目の前にして破り捨てる。


「ラブレターが破れたー。なんちゃって」


 残骸を足で踏み付ける。

 苦虫を噛み潰したような顔をしてくれたので、満足感に浸ることが出来た。


「猿のくせに」


 欧米人が何かを呟いたが、こういわれた時に何と言い返すか決まっている。


「白人なんてアメリカ大陸に繁殖したネズミが良い所だろうが」

「このガキ……」

「近づかないでね。ペストがうつる」


 ダブルピース。

 確かイギリスってピースサインは煽りになると聞いたことがある。良い表情をしているから間違いないな。

 それとペストがうつるといったが、この場合は性病になるな。


「アヘン戦争や十字軍といった恥の歴史を偉大なる文化として誇らないと生きてはいけない。愚かを通り越して哀れだなあ。同情する気にはなれないけど」

「このぉぉぉおお」


 顔が真っ赤になってる、あんたの方が猿じゃないか。

 ガキに口先で負けて恥ずかしくないの? 俺なら死んじゃう。


 ここまでの感想を述べる。


 弱い。弱すぎる。下手をしたらそこら辺の小学生の方が強い弱さだ。

 とはいえ油断は禁物。

 ギフトは強さも弱さも無意味にする代物。強いか弱いかだけで判断すれば命取りだ。


「すまんが今何が起きている。嘉神、頼むから説明してくれ」


 確実に関係あるはずなのに、完全に置いてけぼりの衣川さん。


 当然彼女にも知る権利があるので、簡単にだがこいつの目的を話す。



 少年説明中……



 理解が苦しそうだったが(俺だって理解しているわけじゃない)衣川さんが口にした第一声は


「なぜこのイギリス人はイタリヤ人のようなことをするのだ」


 うん。そうだよな。

 妻がいるなら女にちょっかい出す必要性ないだろ。


「話は終わったようだね」


化け物の肩から降りたジョセフが降りる。


「ぼくのギフトは奇行部隊モンスターソルジャー。触れた物質を化け物にすることが出来る」


 ジョセフ・ランフォードは落ちていた石ころを拾って衣川さんに投げつけた。


 その石ころは投げられている間に姿を変え化け物になる。


 間違いない、これがあの化物、そしてこいつがその主犯。


「【うぇふぇをにfなおいfんsぢおふぇ】」


 それを見た衣川さんは一瞬で叩きつぶした。強。


「やっぱり一秒しか触れていなければこの程度か」


 どうやら物に触れている時間が長ければ長い程、化け物は強くなるらしい。


「ああ。そういえば自己紹介がまだでしたね。ぼくの名前はジョセフ・ランフォード。そしてこっちがぼくの妻の

コルネリア・ランフォード。マイワイフは幼い頃から声を出すことが出来なくてね。だからぼくはこうもお喋りになったというわけさ」


 聞いていないのに御苦労なことだ。

 そしてさっきからずっと黙っていたのは、喋らないのではなく喋れないからなのか。


「だったら私も名乗った方がいいな。私の名は衣川早苗。ギフトは鬼人化オーガナイズで、自らの身体を鬼にするギフト……といってもここに居る全員は知っているようだが」


 何か流れが俺も名乗る必要を感じた。


「俺の名は嘉神一樹。ギフトは―――」

「部外者は引っ込んでくれないかな」


ええ。名乗らせてくれないの。

やったー。ばらさずにすむ。


 日本人らしく周りの空気に流されかけたのに、この外人少しだけいいところあるじゃない。


「今ぼくは彼女とのデートの途中なんだよ。東洋の猿に紳士のマナーを求めるのはどうかと思うけど、日本人らしく節度のある行動をオススメするよ」


 カチンと来る言い方だが、今の俺には小学生からバカだのアホだの言われた気分。

 愚かで小物だから何言っても傷つかないや。


「迷惑なやつもいるけど、始めようか。ぼくのギフトと君のギフト。どちらが優れているのかを」


 乗ってきた化け物が衣川さんに襲い掛かった。


 あれはさっき襲った化け物とは比べものにならない強さだ。


「くっ……鬼人化オーガナイズ!」


 その大きな図体は予想外に速く、衣川さんは最初防御から入らざるを得なかった。


「このおおお」


 衣川さんは長期戦が不利だと判断したのだろう。全身を完全に鬼にして一気に畳み掛けようとした。


「そうだ。ぼくはそれを見たかったんだ。もっと魅せてくれ。君のその美しい鬼を」


 サイコ野郎……だが、その趣味はちょっとだけ分ったりする。

 けれど、ね。


鬼人化オーガナイズ


 俺は不意打ちで化け物の首に一撃を入れる。化け物は首がもげた。


「感謝するとは言わんが……助かった」

「そうですか、どういたしましてとは言いませんが……助太刀に来ました」

「ふん」


 二人で倒れた化け物の体を入念に破壊する。


「ななななななな! 聞いていないぞ! 何で貴様が鬼になることが出来る!!」

「言ってないからな。そもそも俺が名乗ろうとしたときにあんた遮ったでしょ」


 それを聞いていないと言うなんて勘違いも甚だしい。


「あれはぼくが一ヶ月かけて作ったんだぞ! なのに! 不意打ちなんかで倒されるなんて」

「あ、ご苦労様です。まさに取り越し苦労でしたね」


 こんな時でも煽るのは忘れてはいけない。

 肉体的にも精神的勝ってこその勝利。


「強いやつは油断か不意打ちで負けるように出来ているんだよ。ま、遠くから見ることしかできない弱いあんたには関係のない格言だがな」


 さっき無視されたことをみみっちく覚えているのだ。


「こ…この……」

「どうした?今ならまだ頭を地面に擦りつけたら許してやるけどな」


 個人的な気持ちで言うなら、許す気はない。ただそうとも言っていられない状況がここにはあった。

 今まで一言も喋っていない女。


 何となくで分かるんだが、彼女の方が圧倒的に強い。


「どうしますか?もう二度と襲わないって誓うのなら逃げてもいいですよ」


 それが一番有り難い。個人的に男の方はともかくとして、こいつが本気を出したら、勝てるかどうかは五分だ。

 五分というのは5%という意味で……外したら死ぬ。


 俺はなので、そんな分の悪い賭けはしない。


「何貴様は勝手に話を進めている!これは私の問題だぞ!」


 何で衣川さん怒ってるの?


 そっか。俺がここにいるからだ。

 許されない男が、自分の領地に入ってきたら、そりゃ怒るよな。


「ハハハハハ。そうだ、この手があった!」


 しまった。衣川さんに気を取られていたのと、影が薄くて忘れていた。


「ここにあるじゃないか。ぼくが十年間肌身離さず持ち歩いてきた物が」


 こいつ何を言っている? だが何かとんでもないことになりそうな…………そんな悪寒が走った。

 何をしでかす気だ?!


 まさか……?!


「止めろ! そいつは婚約指輪を対価にするつもりだ!!」

「やはりぼくは天才だ。現れろ! 奇行部隊モンスターソルジャー!!」


 気づいた時にはもう遅かった。


 左薬指につけられた宝石は、砕け散り、閃光弾のように破裂する。


「くぅっ………!!!」


 結局ギフトの発動を許してしまう。


 光の中から現れた化け物は、どこからどう見ても見た目は人間そのものであった。

 俺とさほど変わらない成人男性の体。身長は2mほど。

 服を着ていなければ、こいつが日常にいてもさほど怪しまれない。


「【我が主よ。何ようか】」


 遂に、化け物は言葉を話すようになっていた。


「ぼくの子よ。ぼくの命令は一つだ!こいつらを叩き潰せ!!!」

「【了解した】」

「―――!!!」


 ほんの一瞬。

 瞬きをするような一瞬で、十メートルは離れていたのに距離をゼロにされた。


「ぐへぇあ」


 鳩尾を殴られる。俺は反射的にお腹を鬼化していたので吹き飛ばされるだけですんだ。


 未だ完全に部位を鬼化することは出来ないのに土壇場で出来るなんてついてるな。


「大丈夫か嘉神!!」


 大丈夫なのだが絶望した。


 吹き飛ばされすぎだ俺。五十メートルは吹っ飛んだぞ。


「【くたばりぞこないが】」


 距離は遠かったから今度は見えた。五十メートルも離れているのに僅か一秒でこっちに向かってきた。


「うおおおおお」


 俺は捨て身でカウンターを入れる。

 うまくクリーンヒットする。


 そうか、この化け物知能はあっても生まれたばかりなため、知識はない。

 だから人類が生み出した武道や武術に対応できないのだ。


 が、化け物はのけ反る何てことはせず、そのまま俺の腕に一撃をお見舞いした。


「いってええええ」


 腕の骨が一撃で折れた。


「【死ね】」


 仕方ない。痛みで動けないがやるしかない。


雷電の球ライジングボール!」


 時雨のギフトだ。片手サイズの大きさしか作ることが出来なかったがそれでも一撃を食らわせ怯ませることが出来た。


「今のギフトは……時雨のか?」

「その話はしないでください」


 衣川さんがこちらにやって来て、様子を尋ねる。


「そんなことより、さっきのは時間稼ぎにしかなりません。ビギナーズラックってやつでさっき綺麗に決まりましたけど、多分次は当たりません」


 絶対にこの程度で倒れるわけがないと、自信を持って言える。


「衣川さん。ここは警察に連絡した方がいいです。明らかにあいつはヤバイ」

「嘉神、ここはどこだと思っている。組の敷地だぞ。そんなこと出来るわけ無いだろ」


 そういやそうだった。でもこの非常時だったらさすがに呼ぶべきと思うのだが……


「それに貴様もどさくさに紛れて何気安く話しかけている。貴様はこれが終わったら殺す」


 なんて強烈な口説き文句だろう。


「まあそうなるように祈っておきます。来ますよ」


 いいさ、決めた。

 ここで殺されるくらいなら、衣川さんに殺された方がまだマシ。

 彼女になら殺されてもいい。


 時にして十秒弱、化物はゆっくり起き上がる。


「【なかなか面白い。が、そろそろ我が主人の命を果たさないといけない】」


 来るぞ、来るぞ来るぞ来るぞ。


 神経を集中させろ。意識を全てあいつに向けろ。そうでなければここで死ぬ。


 今度の狙いは衣川さんだった。衣川さんも反応することが出来ず、防御から入った。


 彼女が攻撃を受け止めている隙に、俺は化け物に足払いをする。

 やはりパワーやスピードは段違いだが、テクニックは素人だ。


 これなら勝てる。


 倒れかけた化け物に拳の応酬を仕掛ける。


 仲野の時とは違う、本気で鬼化した両腕の拳だ。


 念入りに、入念にこの化け物を壊す。


 十、百、千回殴った。


 あと二千回殴る。そうすればいくらこいつでも動けま――――?!


「ぷはあ!」


 口から血を吐いた。


 なぜだ。俺はそんな持病があるわけでもないのに。

 この化け物は完全に動きを封じていたはず。


 俺の背後にあの化け物とは違う、無機質な化物が。

 そいつが俺の腹を長い針で突き刺したか。


「【ふぇwふぉwねいgねwぽうぇ】」


 そっか。新たにあいつが化け物を作り出したか。数の限度言っていなかったからな。何体でも作れるのだろう。


「なにくたばってるんだよ。おまえはぼくの最高傑作なんだぞ。こんなやつに負けていい分けないだろ」

「【すまない、我が主人】」


 何事もなかったかのように、返答する。

 マジか……。こいつ、まだ動けるのかよ。


「【少々こいつの動きから、戦い方というのを学んだ】」


 そんなこと……出来るわけない――――

 臓器に傷はついていなかったためすぐに回復し、付け焼きの化け物を倒す。


 そしてすぐ、倒れている化け物を襲おうとするのだが―――――――――既に立っていた。


 こっちは全力の本気で、千回も殴ったんだぞ!

 いくつかの部位は破壊して、残るは一番硬かった頭と上胸だけだったのに………しかも再生済みだって?

 何でそれを何もなかった風にして立てるんだ!


「【感謝するぞ。これで我はまた一つ強くなった】」


 近くにいた俺を殴った。

 さっきまでこいつは殴るというより、拳を突くだった。それを今ちゃんとしたひねりを入れた拳になっている。


 また吹き飛ばされた。なんて事だ……壁が凹んだぞ。


 だが回復はそっちだけの専売特許じゃないんだ。俺だってある程度は出来るんだよ。


鬼人化オーガナイズ


 目眩がした。体が重く片膝をつく。

 俺はもうスタミナ切れという訳か。


 劣化版ではここらへんで限界ってわけね。


「邪魔者は消えた。来るがいい」


 衣川さんに邪魔者扱いされた。泣くよ。


「【ふっ。笑止。我がさっきまでどうしてお前を狙わなかったか知っているか。お前があいつより弱いからだ】」

「今何といった!私があいつより弱いだと……」

「【その通りだ。貴様何ぞ、本気で戦う必要もないがせめてもの礼儀だ。一瞬で殺してやる】」


 駄目だ衣川さん。あいつには勝てない。


 化け物は一瞬で距離を縮め、拳を叩き込む。


「きゃぁあ」


 というのはフェイクで足払いを仕掛けていた。

 外から見ていた俺ですら、騙されるくらい完璧なフェイク。

 あの化け物は一回俺の攻撃を受けただけで学び取ったのか!?


「【ふん。ちぇええええ】」


 あれを喰らったらまずい。俺は雷電の球ライジングボールで化け物の気を引く。


「来いよ化け物。俺はまだ死んでもいないぞ」


 体が重い。吐き気がする。だがここで泣き言をいう訳にはいかない。

 精いっぱい虚勢を張ることが、俺ができる唯一のこと。


「【くたばりぞこないが、ちぇええい】」


 どうやら衣川さん、俺はあんたに殺されることはないようだ。

 あの化け物はまさかの腕が伸びた。ビックリである。


 その腕で俺の首を掴み、その力で持ち上げた。


 色が反転する。上下も反転する。体に力が入らない。


「【ははははっはああああ。悪あがきはこれまでだ。我がトドメを刺してやろう】」


 俺は残り僅かしか残っていない力を使ってあの化け物の腕に、直で電気を送る。


「【ぐあああああ】」


 流石に直電気はきつかったか。


 よかった。麻痺してくれた。


 だが今度こそ力を使い切った。鬼人化オーガナイズ雷電の球ライジングボールも使うことが出来ない。


「おい……大丈夫か」


 衣川さんはぶっ倒れた俺を見ていった。


「大丈夫です……といったら格好いいんですけどね」


 正直首の骨が折れている気がする。


「なぜ私を助けた!私は貴様を見殺しにしようとしたのだぞ!」


 変なこと聞くな衣川さんは。


「衣川さん。確かにあなたは俺のことを嫌っているでしょう。俺はそれだけのことをしてきたんですから」


 覗いたこととキスしたことと、トイレで出くわしたことを走馬燈のように思い出す。


「ですがね。俺は看病してくれて、そして今もこうやって心配してくれている衣川さんを嫌いになんかなれませんよ」


 彼女は優しい。いくら怒ろうが、結局助けるのだ。


「だから衣川さん。ここは逃げて。あいつはあと一分も怯んでくれるかどうか、分かりません」

「駄目だ。嘉神を置いてここから逃げるなんて……」

「それこそ駄目です。今その優しさはあなたを傷つける」

「私は優しくなんか無い!さっき私は嘉神を見殺しにしようとしたのだぞ!一体どこが優しいのだ!!」


 やっぱそうなるよな。

 俺としては理由を言いたくないがまあ、しかたないか。


 本音を語ろう。


「衣川さんの鬼化した姿が綺麗だなって。綺麗だなって思ったんですよ」

「なっ!?お前正気か?」


 そう。つまり俺はあの欧米人とやっていることは真逆だが思っていることは同じなのだ。


「無機質な刺々しいあの状態が?」

「はい」

「赤い人間味の無いあの状態が?」

「はい」

「馬鹿じゃないのか?」

「そういわれると思って俺は今まで隠してきたんですよ」


 彼女は何も言わなくなった。


「【ぐぅぉあおおおおおお】」


 雄叫びが周囲に走る。もう起きるよな。


「【やはり貴様は強い。だが、もう終わりだ】」


 皮膚で冬に着るセーターのようにビリビリと何かを感じる。


「【確か、雷電の球ライジングボールだったか?】」


 二回見ただけであれをモノにしたのか!?ギフトとしてではなく単に学習能力だけで!?


 さらに言うと俺のような偽物でも時雨のような本物でもない。


 大きさが運動会で使われる大玉並の特大の球。


 それを両手で掲げて、こちらに向かって投げようとしている。

 ああ、あれを直接喰らったら一発でぽっくりいっちまうな。


「さすがはぼくの子だ」


 さっきまでの機嫌が悪かったジョセフが嬉しそうにはしゃぐ。


 素のスペックですら人間や鬼人化オーガナイズを凌駕しているのに、それがおまけだって言うんだから笑うしかない。


 あの化け物の真の力は学習能力ラーニング

 見たギフトを自分も使えるようになる。


「【貴様が我を強くした】」


 マジでか。どうしよう。

 正直これからどうすればいいか、どうなるのか分かんない。


 分かんないけど…………やるべきことをやろう。


「【何をする気だ】」

「おい!立ち上がるな!貴様はもう限界だ」


 分かってるよそれくらい。俺の体が限界だということくらいな。


「下がって。巻き込みたくないですから」


 俺が今できるのはこれくらいだ。


「しっかり狙えよ。しっかり俺を目掛けて撃つんだ」

「【よかろう。ただし纏めて葬ってやるがな】」


 彼女の盾になろう。

 頼りないかもしれないけど、この一発だけは絶対に当てさせない。


「やれ!ぼくの子よ!!」

「【了解した】」


 化物が投げるのと同時に、衣川さんを突き飛ばした。


「嘉神―――!!」


 衣川さんが俺の名を叫ぶ。

 ひょっとしたら最後に聞く言葉が、衣川さんから俺の名を読んでくれる。


 満足! ここで死んでも悔いはない!!


「――ぉおぉおおおおお!!!!!」


 大手を広げ、叫ぶ。




 光が包み……意識が途切れた。



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