彼が能力者になる話
本当に自分の足が治っていることに感心しながら徒歩で学園に向かった。
人体の神秘ってすごい! なんて感心しているともう一つおかしなことに気付く。
「あれ?俺左肩いつ治った?」
帰ったときは母さんが怖くてそして折檻(拷問)にあって忘れていたのだが、俺は一昨日左肩を貫かれたはずだ。
治療は受けたにしても昨日のうちはまだ痛みや痕は残っていたのに、今はまったく痛みがない。
まあいいや別。治ったものは治ったんだし気にする必要はないもんな。
「よう。ひさしぶりだな。嘉神」
「何でいるの?自宅謹慎どこいった?」
明日まで自宅謹慎のはずの時雨がそこにいた。
「あああれな。ちょっと裏技使ったんだよ」
「そう。てっきり自宅謹慎を守らず来てたと思ったから。だったらいいんだけど」
ちっともよくなかったりするが、今の俺の警戒はこいつじゃない。
正直こいつはどうとでもなる。問題は……
「おい、時雨」
「何だ、衣川」
「こいつ殺そう」
衣川さんである。
一日たったのに激おこぷんぷん丸を維持していた。
どいつもこいつも根に持ちすぎ。
「な…何があった?」
余りの迫力に俺を恨んでいたはずの時雨がたじろぐ。
「別に。取り敢えずこいつを殺そうって思っただぞ? 当然手伝ってもらうぞ」
お仲間のギフトホルダーに「こいつ殺すから手伝え」と光の隠っていない眼で命令する。
「お…おう」
「すみませんっ!」
四方がギフトホルダーに囲まれた俺は対処法が見つからないが、取り敢えず困ったときは一番弱そうな月夜さんがいる左から逃げることにした。
「衣川、時雨。何お前ら殺気を放って授業受けてんだ?」
高嶺先生が注意してきた。やっぱり先生って重要だよね。
「黙ってくれぬか。今こいつをどうやって殺すか考えるのに忙しい」
「なあお前一体何があったんだ?」
仲野が、明らかに様子のおかしい俺達を気にかけてくれたのだろう。やっぱもつべきものは友達だな。
「こいつに襲われた」
静寂という言葉を今この場で使うことが出来なければ、その言葉は一生使われることはないだろう。
空間が凍結した。
「違う違う! なわけないって。大体こいつ異能者だよ。本気出せば防げるに決まってるだろ」
あわあわ、と挙動不審になる俺。
その慌て具合がどうも嘘をついているように聞こえたらしく
「でもこいつ。時雨を手玉に取っていたよな」
「でも衣川だぞ。戦って勝てるか?」
「ひょっとして衣川の弱みを握ってヤッたのか?」
「「「「「―――――ありえる」」」」」
すげえ。どんどん俺の悪評が広まっていく。
何も悪い事してないのに。
「何があったの?教えてよ」
俺の席の前の女子、確か尾張さんが、話しかけてきた。何やら眼がキラキラしてる。
「何もありませんよ。勝手に衣川さんが嘘を言っているだけです」
シャーペンをマイク代わりに向けてきたので、本当のことを言ったのだが
「聞きましたか皆さん?この男。惚ける気です」
なんてこった。証言を一切聞く気がない。
将来はいいマスゴミになる。
「では衣川さん。あなたは一体何をされたんですか?」
授業中なのに騒がしくなっている。
高嶺先生に助けを求めようとしたのだが、結構楽しそうだった。
きっと誰かのスキャンダルとか好きなんだろうな……
聞くだけ聞いてから止めるつもりみたいだ。
「一昨日。こいつはわざわざ覗くためだけに、私の家の周りを下見してそして一晩中張り込んでいたのだ。私はそれに気づき、異能の力でこいつを殺そうとしたのだが、遅かった。先に押し倒されそれで……傷物にされたのだ」
「思っていたより壮絶な話でした。その……ごめんなさい」
尾張さん。全力で引いてる。それを聞いた周りのクラスメイトも同じようなリアクションを取った。
「そして寝込んでいる所わたしの初めてを奪ったのだ」
「え?どういうことですか?」
「傷物にした後で奪ったのだ。これ以上言わせるでない」
今日から俺の徒名が、『鬼畜外道』になるだろう。
それにしても衣川さん。俺を殺すために自分も死ぬ気か?ほんと漢らしい。
刺し違えても獲物を殺そうとする、これぞふるきよきジャパニーズブシドー
「と言うのはもちろん冗談なんだけどな」
せめてものの抵抗として声真似で当たりを収拾しようとしたがもう時既に遅し。
「近寄らないでくれますか。妊娠します」
泣いていいかな。
泣くのはまだ早かった。後で聞いた話によると、尾張さんの異能は念話らしく、学校中にこの噂が広まったらしい。
俺死んだ。
「燃えた。燃え尽きた。真っ白にな」
生きた心地がしない。
個人的に徒名が鬼畜外道になると思っていたのだが、『鬼畜魔王』に格上げされていた。
「大丈夫だって。人のうわさも七十五日っていうだろ」
「あと七十五日これを耐えなきゃならんのか」
地獄だ。
一年の為に一週間は口内炎を我慢したのに。
しかもいつの間にか口内炎も治ってるし。
「で、どんな感じだったん?抱いた感想は?」
「抱いてねえよ。馬鹿か。馬鹿なのか仲野?」
言葉に覇気がない。
「いいか時雨。こうやって殺すことも出来るのだ」
「恐れ入ったぜ。これが女の怖さなのか」
その点に関しては激しく同感です。
「さてと。嘉神。死にたくなったらその時の動画を録画したいから申告するのだぞ」
どうやらまだご立腹のようだ。
「ほんと最低よね」
「人間じゃないよな」
一般の連中ですら俺から離れていく。
「あ…あの……すみません」
そんな中、月夜さんがおそるおそる話しかけてきた。
「何に謝ってるの君は?」
「ごめんなさい。結局わたしがその……邪魔したんですよね? だからお互い欲求不満になって」
どうやら衣川さん説得できなかったらしい。
そしてわざとやっているだろと言いたいくらいに勘違いしていた。
「だから違うって「ごめんなさい」」
少し大きな声で言ったらこれである。これ以上余計なことをしてしまったら月夜さんにすら何かをしたんじゃないかと噂が立つ、そう確信を持てる。
「これからお前大変だぞ。あいつ男女ともに人気あるから」
「またその話か。まあ大丈夫だろ。隠れてランク付けしている奴は総じて大したこと出来ないと相場が決まっている。括弧俺調べ」
「便りねぇ」
仲野。言わないでおくが元をたどればお前のせいになるんだ、と言いたかったが言わないでおいた。
友人だもんね。
放課後、ようやく仲野が何で大変って言っているのかが分かった。
取り敢えず靴の中に画鋲が四十三個入っていた。
そしてこれは多分女の仕業であると確信する。
理由としてはそんなにたくさん入っていたら気づくため、怪我をさせたいのなら意味がない。
手段が目的になっているという、論理的にはあり得ない行動。
ひょっとしたら俺の予想をはるかに超える馬鹿な男がしたかもしれないが、9割方犯人は女と予測した。
でもせっかく入れるんだったら、ラブレターでも入れてくれたらいいのに。
高校生の内は誰とも付き合う気はないけどな。
いきなりで大変申し訳ないが目が覚めると土の壁で囲まれた牢屋の中に入れられていた。
確かアパートの前までついたのは覚えている。
その後の記憶が曖昧で、黒いスーツの男。黒塗りの車くらいか。
逃げ出そうとしても両腕には手錠がかけられている。
こんなこと大がかり出来る人間に心当たりはない。
「やっと目覚めたか」
訂正。心当たりあった。
衣川さん、893の娘さんでしたね。
「衣川さん。質問していいですか? 何でこんなことするんですか」
「何で? 貴様は一昨日のことを忘れたのか」
漫画とかではよく偶然キスをすると笑って許してくれる描写があるが、現実はこんなものなのか。
俺は初めてだから分からないが、それでも衣川さん貞操概念が強すぎな気がする。
「私にも色々と事情があるのだ。確かにやりすぎかもしれんが、私に対する謝罪と思ってあきらめてくれ。後お前を見ていると何かむかむかする」
諦めろって言われてもな。
でもむかむかするについては同意する。
俺も同じようにむかむかする。きっと嫌悪だ。間違いない。
「えっとじゃあもしかしてもしかしなくても、俺ガチで海に捨てられます?」
「察しがいいではないか」
流石に洒落じゃ済まなくなったぞ。
「いい加減にしてください。やりすぎですよ」
そろそろ本気で止める。
「いいですか。確かに俺がやったことは重罪でしょう。だからこう何度も謝っています。そしてそれを別に許したくないのなら別に許さなくてもいいですし、あなたにはその権利があります。ですがあなたは俺を裁く権利はありません。怒っているのは分かりますし、殺したいと思う気持ちは分からなくはないですが、それでもあなたが俺を裁く権利は何一つありません。例え暴力団の組員であろうが神の使者であろうが、日本の法律が俺を守っています」
美しいとすら思える、完全なる論理。
「ならばその日本の方で貴様を殺すとしよう」
俺はハッとする。
完全ほど脆い物はないというが、まさに今はその通りだった。
「特別法第三条」
23世紀になって、滅ぼされた文化レベルは21世紀の水準まで戻ることができたが、いくつか200前と変わっていることがある。
その一つがこれだ。
『決闘による殺人の許可』
双方の合意があること、果たし状が存在することを条件に、決闘でどちらか、またはどちらとも死んでも双方は罪に問われない。
だがこれは双方の合意があった時のみだ。俺がNOと言えばその時点で認められないのだが
「その程度の証拠なら偽装はたやすいぞ」
相手は衣川組。そういう汚いことの専門職だ。
全く、こういうのがあるからこの法は悪法と言われているんだ。
「いいでしょう。変に偽装されるより俺からOKを出します。ただしもちろん、俺があんたを殺してしまったときは許してくださいよ」
「相変わらず威勢だけはいいな。貴様は私に勝てるとでも思っているのか」
「勝てるとは思っていませんよ。ただ殺すことはできる」
何度も言うがいくら変な能力を持っていようが人の急所は変わらない。
喉、眼球、脊髄、鳩尾、股間、全てが俺にとって突くべき場所だ。
それは彼女も例外ではないだろう。
覗いてしまったこと、キスをしてしまったことは申し訳ないと思っている。
だが、だからと言って死んで詫びるほど俺の命は軽くない。
決闘の舞台は皮肉にも俺が衣川さんの水浴びを除いてしまった場所だった。
時間帯はもう夜中に分類され、たいまつで明かりを作っている。
当たりは閑散として隠れる場所はない。
ここまでは予想通りだったのだが……
「あの……周りにいるお方は……」
周りには黒いスーツを着てサングラスをかけた怖いお兄さんがいるのだが。
「大丈夫だ。彼らは貴様が逃げないようにするための見張り役だぞ」
「どうせ負けそうになったら助太刀とかさせるんでしょ!」
俺の挑発に少しだけ反応したが、ぐっと黙っている。
ならばもっと挑発してやってみよう。
「見損ないました。所詮衣川さんは周りに連れがいないと、怖くて戦うことの出来ないそこら辺にいるチンピラとなんら変わらないんですね。大人げないです、まだ時雨の方が男らしかったです」
実際衣川さん女であり、まだ大人でもないんだがな。
「時雨より男らしくないだと!?ふざけるな!!」
え?怒るとこそこなの?
「衣川家次期当主として、その言葉は見過ごすわけにはいかん!」
「器が小さいですね。それじゃ当主なんてやっていけませんよ」
冷静さを失わせ少しでも勝算を上げようとするのだが、なんか調子狂う。
「牢獄内で言いましたがもう一回言います。勝てるとは思っていませんが、殺すことは容易です。死にたくなかったら今すぐ俺を帰させてください」
「詐欺師め。私が貴様に殺されるなどあり得ん」
話が通じない。向こうは俺の事をホラ吹きだなんて思っているから、話す気はないんだろうな。
「分かりました。そこまで言うならこうしましょう。ですが約束してください。衣川さんが死んだら祟らないでくださいね」
そう言って俺は構えをとる。
「その構え……ふざけているのか」
とった構えはファイティングポーズではなく、短距離の走り方。クラウジングスタートだ。
「真面目ですよ。大真面目です」
狙いは既に決めている。
作戦通りになる確率は9割超といったところか。
「そちらからどうぞ。これはカウンター技ですから」
嘘なんだけどね。ただ武道では先に動いた方が負ける。という偏見から譲った。
「……ならば!」
何と衣川さんは足を鬼にして一気に距離を縮めた。その速さは一般人ならオリンピックで金メダルを取れるだろう。
だが俺はそれが狙いだった。
まさか足が鬼化するとは思っていなかったが、むしろ好都合である。
俺は衣川さんの下に突進するように見せかけ、途中で右に交わす。
慣性の法則で、速い物質はそのまま動き続ける。
今衣川さんは無駄に速い動きなので切り返しに僅かな時間がかかる。
だが俺にとってその僅かな時間は致命的だ。
右に曲がった後、たいまつを掴む。
「まさか卑怯という気はありませんよね」
人は知力を尽くし化け物と戦ってきた。
時には罠を、時には武器を。
これもまた同じ。
「浅はかだぞ」
衣川さんは両足と右腕を鬼化した。
「そんなもので私に勝てると思うなど笑止!」
違うって衣川さん。俺は一度もこの武器を使って勝とうとはしていない。
向かってきた衣川さん相手にぼんぼりを投げつけた。
「くっ!」
多分あまり効果はないだろう。
だが、衣川さんは生き物である以上炎は怖いはずなのだ。
例え化け物でも、本能的に恐怖する。
これも一瞬だが萎縮するのだ。
さらに、あかりが移動すれば監視する人も意識はずれる。
ほんの一瞬だが俺がフリーになる。
その一瞬を逃さない。俺は近くにいたスーツ服の男からポケットに入れてあった拳銃を奪い取る。
「チェックだ衣川さん」
銃口を向ける。
「てめえ!」
周りの奴らが俺に銃を向ける。
「その銃をおろせ。衣川さんが撃ち抜かれたくなければな」
これが勝てないが殺せるという意味だ。
拳銃奪えばいい。
「ほら見てください。こいつら衣川さんが負けそうになったら助太刀したでしょ?」
「拳銃を使うなどルール違反だ!」
衣川さん以上の馬鹿がいた。
「名前の知らないチンピラ。お前こっちは命を賭けてんのにルールとか気にするわけ無いだろ。まさかお前ら、俺とスポーツかゲームでもしてるつもりだったのか?」
何も言い返す言葉が聞こえなかったので
「それにだ。根本的に盗られたのはあんたの責任だし、盗らせる隙を作った衣川さんも悪いでしょ」
ぐうの音も聞こえない。
「だからさっさと降参してください。思っていたより弱かったですから手加減しようがありました。今降参してくれるならこの引き金を引かなくてすみそうです」
もし断れば躊躇無く引く。
「断る」
俺は引き金を引いた。
バンッと大砲のような音が響く。スネを狙って撃ったのだが太ももに当たった。
「素人が撃つとこんなものか」
生まれて初めて拳銃を使った感想だった。
「さてとみなさん。運良く衣川さんが生きている所ですしさっさと手当をした方がいいんじゃないですか?よく分かりませんけどこのままだと後遺症残りますよ」
「一体何のことだ」
戦いを始めて俺は初めて衣川さんから目を逸らしていた。
何があったのかハッキリ分からないが、衣川さんの右脚の傷が治っている。
いや、分かる。何をしたのか。
「……
「その通り。私の
殺されろ。ていうかどんだけ化け物じみた回復力してんだ。
「インチキ能力もいい加減にしろ!」
いくら攻撃しても回復するんじゃ意味が無くなる。
「しかしだ。全く全て貴様の言うとおりだ。貴様が拳銃を持ったのはこっち側の不始末だ。だから、今度は全身全霊で殺しに行く」
衣川さんはそう言うと全身を真っ赤な鬼にした。
「醜いものだろ。この姿はあまり見せたくない。だからすぐに終わらせる!」
回避なんて出来ない速さだった。だからこちらも攻撃を受ける覚悟でゼロ距離発砲。
運よくこっちの攻撃を当て、逆に衣川さんの攻撃を当たらずに済んだが…………
おいおい。何で3秒で回復してんだ。ゼロ距離で発砲したのに!?
「ふん。最期に言い残すことはないか」
勝ちを確信したのだろう。衣川さんは余裕そうだった。
実際脳や喉を狙って撃つという方法もあるのだが、何となく嫌になった。
それで確実に勝てる保障はないからと、もう一つ、俺は――――。
そして結論を出す。
無理、勝てない。
こうなってしまったら仕方ない。
「だったら一つだけ―――」
言われた通り辞世の句を残すつもりでいた。
がやめた。
逆転の一手を思い付いたわけではない。
諦めて上を向いたとき、空から例の化物が降ってきたのを確認できたから。
それがどういう特徴を持っているのか、ハッキリとは分からない。それが土なのか岩なのか。はたまた金属なのか、どんな顔をして言うのかさっぱりだ。
が、俺はあの衣川さんを化け物から―――――――――。
俺は油断している衣川さん相手に本当に突進して突き飛ばす。
本気で諦めていた。だから、油断してくれた。
そうでなければ普通に押しても倒れることはないだろうから幸運であった。
世界がゆっくりになる。
衣川さんの左からくりだされる爪の一撃が俺の脇腹に突き刺さるが、 気を失うな と意地でも体に命令をかけた。
倒れた彼女の上に無理やりのしかかり、その後すぐ、背中から激痛が走る。
「っがぁ!」
ビルの3階から15ポンドのボーリングの球を落とされたような衝撃。
口から血を吐くが、意外にも意識ははっきりしている。
取りあえず、衣川さんには傷が付いていない。
衣川さんが驚愕した眼で俺を見ている。
全てがスローモーションに見える。
余りの痛さに意識すら失うことが出来ない。だからといってまともに身動きをとることが出来ない。
俺は死ぬ。間違いなくここで死ぬ。
貫かれ、抉られ、潰された俺の身体はもう保たない。
意識は無駄に活性化している。だが物凄く瞼が重い。
「おい大丈夫か!?」
ここに来てようやく取り巻きが俺を助けに来た。
大丈夫な分けがないのだが、衣川さん明らかにこっちを気にしている。
「だいじょうぶれすってつたえてくだはい」
ちゃんと言えてないだろうがそんなこと気にしていられない。
「急いで医者を!早く!」
どういうことだろうか。何で俺を助けようとしてんだ?
俺は衣川さんに殺されかけた、つまり負けたのだ。なのに何でこいつら俺を助けようとする?
「きゃあああ」
衣川さんの悲鳴が聞こえた。
首を傾け何があったのかを見る。
「なんだあれは……」
どこかの誰かが声を出した。
俺は化物を数体しか見たことがないのでよく分からないが、あれは明らかに異質だ。
人の頭が4つ。足が8つに腕が6つ。尻尾が無数。
それらのパーツが全て虹色に輝いている。
その化け物は衣川さんの足を捕まえていた。僅かだったが腕が伸びていた。
「離せ!」
「【こtもwだrふ】」
周りの大人たちが発砲しようも化け物に傷付かない。
「【おrじぇ。おmらえwが。kとrqおsぐ】」
「く……!」
六本の内四本の腕で衣川さんの四肢をつかみ、残りの二本の腕を重ね合わせる。
「【hぃkぎtぢgくぃttでyヴぁrぷ】」
駄目だ。あのままでは衣川さんが死んでしまう。
いくら拳銃に撃たれても死なないからとはいえ、バラバラにされて死なないとは限らない。むしろ衣川さんの悲鳴を聞くに限り、危険だと脳がそう告げている。
だからといって何だ。俺に何が出来る。
何も出来ないだろ。助ける?出来たらやっているよ。
横腹が痛いし、背中もズキズキするどころではない。
だけど、泣き言を言う暇があったら立ってみたらどうだ。
『俺はまたあの過ちを繰り返すのか』
だめだ。あれを繰り返してはいけない。
あんな思いをするくらいなら死んだ方がマシ。
だったら俺は立ち向かおう。どうせ俺はこのままだと死ぬ。
せめて醜くても、凛々しい花を咲かせてみせよう。
でもどうするのだ?
拳銃を超える威力を持った武器ここにはない。
唯一対抗できそうなのは衣川さんが使っているギフトくらいだ。
俺はこの時、生まれて初めてギフトが欲しいと思った。
衣川さんのギフトが、今の俺には必要。
彼女を助けるために鬼の腕が――――!!
彼女の元にいくため鬼の脚が――――!!
彼女と共に戦うため鬼の爪が――――!!
「お前……!」
誰かが俺に話しかけた。
痛みが無くなっていく。
遂に神経が壊れたのか――?
違う。
傷が治ってきている。
だがそんなことどうでもよくなるくらいの事件が起きた。
俺の右腕が鬼のように歪な形に変わっていた。
衣川さんのような鮮やかに赤い腕ではない。
血が固まった後のような醜い赤黒い腕。
なんで? そういう疑問はある。
だが―――――いい。今は!
「うおおおおおおおおおおお」
全力で雄叫びをあげ、衣川さんの元に向かう!
「失せろぉぉ! 化けものおおおお!!」
腹部を全力の拳をたたき込む。
その一撃は化け物の腸まで辿り着く。
「【なんfど。そんこてkだrふぁへ】」
「知るかそんなもん!」
肉を掴み引き抜く。
青が抉り取られた穴から、湧き上がる。
次に胸に一撃をいれ、衣川さんを捕らえている腕を爪で引き裂いた。
「嘉神……?お前!」
驚愕、それが彼女の今思っている全てであることは想像に容易い。
「話は後にしてください。今は! あいつを! ぶっ飛ばす!」
「……そうだな。先にあいつを倒すぞ」
衣川さんは解けかけた
「私があいつの攻撃を防ごう。お前があいつを攻撃するのだ」
「了解」
そこからははっきり言って一方的な展開だった。
一発一発が致命傷になる、そんな攻撃を全て裁き、そらし、受け止めてくれる。
だが一切攻撃するそぶりは見せない。
俺が化け物を殺せると信じていたからだ。
だから俺は彼女の期待に応えないといけない。
首を刎ね、頭を割り、顔を潰す。
「歯ぁ食いしばれよ化け物があああ」
最後の頭を掴み、万力の力を込める。
トマトの様に弾け飛び、化物は二度と動かなくなった。
それを確認して、意識を失った。
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