鬼人化

 目が覚めるとそこは再びあの牢獄だった。

 だが小一時間前入れられたのと明らかに状況が違う。


 前の牢屋は捕らえるだけで手足は自由だったが、今は両手両足共に拘束されている。

 しかも手錠とかちゃちなものじゃなく、鎖で全身をぐるぐる巻きにされ、身動きが取れない。




 捕えられている間、ついさっきの出来事を振り返る。


 俺は一般として生きてきた。

 普通で平凡の99%に分類されている人間と教わってきた。


 生まれたときに義務付けられている、異能者判定テストも何も反応していなかったと母さんから聞いている。


 それなのに、


「何なんだよこれは」


 傷がもう粗方であるが塞がっている。


 試しに右腕を鬼にしようとする。

 失敗した。左足が鬼になった。


 今度は右足を鬼にしようとした。


 うわ。両腕が鬼になった。


「なんなんだ。何なんだ俺は」


 少し落ち着こう。


 よくよく考えると思い当たる縁がないこともない。


―――父親。


 俺が小学校に入る前に蒸発したと聞かされた。


 母さんはその事を話したがらなかった。


 だからもし、父親がギフトホルダーだったら。


 所有者かどうかは、親に影響し特に父親が顕著に表れる。


 現在のギフトホルダーの内、実に九割が親もギフトホルダーである。


 でもなんだろうな。俺は十六年間一般人として生きてきた。


 それをこの一瞬で砕かれてしまった。


 人生って一瞬で無意味になる物なんだな。


「―――嘉神」


いつからそこにいたのだろうか。


「衣川さん。俺は一体なんですか」


 多分衣川さんが聞きたい質問を先に質問する。


「お前は自分のこと知らないんだな。そうか……」


 しかし、彼女は彼女で思うところはあるらしく神妙な態度を取った。

 そして少し黙って、次に衣川さんがした質問は俺の度肝を抜く。


「お前は、嘉神一芽かがみはつがの息子か?」

「何でその事を……」


 嘉神一芽かがみはつが。俺の父親の名前だ。


「………鬼人化オーガナイズ

「あの……衣川さん?何黙ってギフト使っているんですか?マジで…怖いですよ」

「………」


 無口だと本当に怖いので、お願いだから反応して欲しい。


 今日なんか目になるだろうか分からないが、このまま死ぬんじゃないかと覚悟する。

 しかし衣川さんがやったのは鎖の破壊で、足の拘束をとくことだった。


 ……やった。俺まだ生きてる。


「ちょっとこい」

「来いって言われましても、俺まだ捕まってますし」


 手の拘束は解けてもらっていない。


「それくらい鬼人化オーガナイズを手に入れたお前なら楽にはずせるだろう」

「そんなこと言われても……それに俺あれから少し試したんですけど使いこなせていないんですよ」


 出来たらとっくに逃げている。


「はあ。全く世話が焼ける」


 コンニャクを斬るかのように、鎖をざっくり切り落とした。


 いつもだったら、ここはなりふり構わず衣川さんを人質にして逃げようとするんだろうが状況が状況だ。


 話しぶりに何やら彼女、何か知っているらしい。

 ここはついていくのが得策と判断。




 衣川さんの後についていく。目的地は五十畳はありそうな大広間。

 周りには先程のスーツ服を着たヤクザがわんさかいるのだが、皆正座している。


 その奥に一人座っているのは髪の色が真っ赤で、キセルを吸っている女性だった。


 着物を少し着崩し妙にエロイ。


 二十後半に見えるのだが、上座に座っていることを考えればあの人しかいない。


「そいつが早苗の言っていた、鬼畜な一般人だったものかい?」

「はい母様」


 予想通り母親である。


「自己紹介がまだだったね。あたしは|衣川香苗(きぬかわかなえ)。見ての通り一字の母だ」


 艶めかしいとすら思える四十代一児の母。


 まあ俺は、熟女もロリも興味ないからこんなやつどうでもいい。


「全くむかつく程そっくりだ」


 ただ何故かこの人、少し俺に対して敵意がある……ように見える。


「嘉神一芽。これがあんたの親で間違いないんやな」

「ええそうです。間違いなく名前だけは同じだと思います」


 嘉神なんてけったいな名字、そうそういるもんじゃないから、多分同一人物と考えていいと思う。


「それが一体どうかしましたか。衣川さんのお母さん」

「いやな。ちょっとあたし、あんたの父親に恨みがあるんやけど」


 父さん。何あんた組頭から恨まれてるんですか。


「そうですか。ですが俺が言えることは一つです。余所でやれ」


 父親との因縁ならば俺は無関係だ。


 今知りたいのは父のギフト。どんな人間なのかは二の次三の次だ。


「あいつ……姐さん相手になんて口の利き方なんだ!?」

「殺されるぞ」


 男達は焦っているし、正直やらかしたなんて思っているが後悔はしていない。


「最近の学校は敬語を教えないのかい?」

「教えますよ。ただ敬語というのは目上の人に使うって習いましたから今は必要なかったりするんです。一応今はあなたが年上だからこうやって喋ってますけど、これ以上ろくでも無いことに巻き込んだらため口に変えます。本音を言えば893なんかに使ったら言葉が穢れるから嫌なんですけど、そこんところの謝罪というのはちゃんと保証してくれるんですよね?」

「あはははははっは」


 急に笑い出す。

 怒りを通り越して笑ったのか、それとも俺の言葉の意味を理解できず笑ってごまかしたのか。

 きっと後者だろうな。


「いいじゃないか早苗。あたしはこういう男大好きだが」


 好きでもない人に大好きだといわれた。死にたい。


「いけません母様。私は……」

「早苗、そのことについては後で話そう」


 持っていた鉄扇で畳みを叩き一声をはなつ。


「客人だ。しっかりと持て成せ」



 一体どこで選択肢を間違えたんだろうか。

 本当に比喩でも何でもなく歓迎された。


 鯛の刺身を出され、毒殺を警戒して衣川さんの料理と変えてもらったが普通だった。


 居心地がすごい悪く料理の味があんまりわかんなかった。


 歓迎会のくせに楽しくなかった。

 あれ? 歓迎会って楽しいものだっけ?


 まあいいや。



 日が完全に沈み、これ以上遅くなると職質されてもおかしくないくらい遅くなった。


「今夜は泊まっていきな」


 全力で断りを入れたかったが、もはやこの流れを変える力を俺には持っていなかった。

 全てが俺のあずかり知らんところで進んでいくこの感覚。


 しかし母親に連絡を入れるべきだと思い、自宅に電話をかけた。


「もしもし母さん?」

『ただ今留守にしております。ピーとなったら希望の折檻コースをいいなさい』


 冷や汗が流れる。


『火焙り、水責め、血祭り、生き埋め、好きなのを三ついいなさい』


 冷や汗が濁流のように流れる。


『母さんとしては血祭りに上げた後、硫酸で洗い流し火葬してそのまま墓に埋めるコースがオススメね』

「それは四つだ。かあさん」


 渇ききった口で何とか声を出した。


「んで、謝るのは明日にして一つ母さんに聞きたいことがある」

『ほう。昨日の折檻が全く効かない一樹くんのために電動ノコギリを用意している母さんに何か聞きたいことがあると。よろしい。好きなだけ聞きなさい』


冷や汗で水溜まりが出来た。決して漏らしたわけではない。


 だが勇気を振り絞って今聞くべき事を聞く。


「父さんのギフトのことだ」

『一樹くん。どこでそれを』

「母さん。驚かないで聞いてくれ。俺よく分からないけどとある人間のギフトが使えるようになった」

『……詳しいことは聞かないであげる。はあ。ついに来たか。覚悟はしてたんだけどね』


やっぱり知っていたのか。


「母さんも能力者なのか」

『母さん?違うよ。むしろその逆だ』

「そう。じゃあ父さんは一体どういうギフトを持っていたんだ?知ってんだろ?」

『お父さんのギフト。つまり一芽くんのギフトはね―――――』


 母から聞いた能力は驚きの代物だった。


 個人的にギフトとは、電気を発したり、身体能力を強化したりといった、持っているだけでプラスになるような代物だと思っていた。


 だが父さんのギフトは違う。あれは持っていない方がいい。


「そんな能力。あっていいのか?」

『ある物は仕方ないよ。それに一樹くんだって心当たりあるでしょ』


 言われてみれば、確かにそうだ。あれが引き金なら心当たりがある。


「とはいえそれは変だ。だって」

『一樹くん、ギフトってものはね。遺伝するけど全く同じものが遺伝するわけではないのよ。少なからず親と違うものが生まれる。そうやってギフトも進化を続けてきたの』

「………」

『それともう知っていると思うから話しておくね。嘉神一芽はまだ生きている』

「うん知ってる」

『で、これは知らないと思うけどその職業は殺し屋よ』

「………!!」

『特に専門は異能者殺し』


 何なんだ。何なんだそんなの。


 俺の親はそんな外れた世界の住民だったのか。


 今まで目を逸らしていただけで、今まで耳を傾けなかっただけで、今まで尻尾巻いて逃げてきただけで、


 ずっと俺はそう言う人種だったのか。


「あははは」


 俺は話の途中でもあるのにもかかわらず電話を切った。


 そして自嘲して、携帯を叩きつけた。


 最近の携帯は衝撃にも強い。


 踏んでみる。割れない。


 四回ほど鬼化を試みてようやく左手が鬼となった状態で携帯を掴む。


 一瞬で砕けた。


 溶けかけた薄い氷を砕くように簡単だった。


「くそ……」


 ああもう。何かもうどうでもよくなった。


 俺は制服のまま深い眠りについた。





「起きろ。もう朝だ」


 人は余りに深い眠りにつくと眠ったことにすら気がつかない。


 個人的には一瞬だったのだが窓を見ると日光が指してきている。本当に朝なのだろう。


「おはようございます。衣川さ……ん?」


 衣川さんは制服を着ていたのだがその上にエプロンをしていた。


「ふ、可笑しいだろ。私なんかがこんなフリフリなエプロンをしていたら」


 いや。あまりにも似合いすぎて絶句したんだけど。


「いや。あまりにも似合いすぎて絶句したんだけど」

「ッ!!!」


しまった。どうやら口に出してしまったらしい。さすが寝起き。やることが甘い。


「てあれ?俺確か制服のまま寝てたような」


 なぜか今下着姿なのだが。


「ああ。昨日お前が制服のままで寝ていたのでな。組の奴に頼んで脱がさせておいたぞ」

「アーーッ」


 急いで尻を確認する。


 よかった。何一つ掘られてない。


「てか衣川さん。何でこっち見てんですか?変態ですか?」

「何を言う! 人が起こしてやっているのだぞ。礼を言われることはあっても変態呼ばわりされる筋合いはないぞ」

「そんなこと言いながらもいまだにこっち見てる衣川さんの方が変態でしょ」


 衣川さんの顔は明後日の方向に向いていたが、目線はこっちを向いている。


「全く見るくらいなら見せるのも礼儀というものでしょ」


 何言ってんだ俺。そんなこと言ったら変態じゃないか。


「なっ!何を言うこのバカ者!」


 目覚ましビンタを受けた。


 全く失礼しちゃうな。


 ただおかげで目は覚めた。


 基本俺は朝に弱いのだが、これほどすがすがしい朝はないと思う。


 べ、別に俺がマゾとかそういうんじゃないよ。


「……嘉神」

「ん?」


 突然衣川さんが真剣になった。


「昨日のことだがすまなかった」


 土下座された。


「何のこと?ていうか顔を上げて」


 いきなり土下座されるとこっちが戸惑う。


「昨日私がお前を殺そうとしたことだ」

「……ああ」


 正直忘れていた。


 そういやそんなことあったな。


「言い訳をすれば、衣川の家訓で『貞操は配偶者に捧げろ。奪われたらそいつを殺せ』というのがあったのだ」


 何それ怖い。


 ただ我が家の家訓も負けてはいないな。


 我が家の家訓は『やられる前に三倍返し』だ。


 父親が決めたらしい。


 外道だと思う。


 話を戻すがつまり衣川さんは殺さないという選択肢をとったわけだから


「いや待って。俺まだ16だし。結婚はまだ早いと思うんだ」

「何を勘違いしているのだ。貞操とはその……本番ということで…………ああ、もう!! 分かったか!?」


 うわ……俺早合点してしまったのか。恥ずかしい………。

 でもここにもっと恥ずかしい勘違いをした人がいる。


「つまり衣川さん。AとCを勘違いしちゃっていたんですね、お・ま・せ・さ・ん」

「こうやって謝っておいて何なのだが一発殴っていいか?」

「駄目です。今の発言を許すってことでお互い水に流しましょう」

「そうか。すまない」

「ちがいますよ。あで始まる言葉を聞きたいです」

「ありがとう嘉神」


 どういたしまして。




 あと少しで朝食ができるらしく、早苗はその準備にあたっている。


 丸い食卓の上に箸が三膳用意されていた。


 俺と親子……でいいんだよな?


「おはようございます。衣川さんのお母さん」

「おはよう。昨日はよく眠っていたい?」

「はい」


 昨日はあれほど啖呵を切ったがこうやって向き合ってみると恥ずかしいものだな。


「そういえば、昨日いたスーツ服の人たちどこにいます?」


 別に掘ったかどうかを聞きたいわけじゃない。

 単に気になっただけで、気にしているわけじゃない。

 何度も言うが気にしているわけじゃない。


「あいつらはあたしの部下でしかない。あいつらの家に帰ってるよ」

「はあ」

「だいたいあんなむさい連中をあたしの家に住まわせるわけないだろう?」


 酷い言われようだったが、想像してみると確かに嫌だ。


「でもそれ危なくないですか。よく知りませんけどよく命狙われるんじゃ」


 弾除けに一人二人必要だと聞いたことがあるが。


「ああ。確かにあたしが組頭と知られていれば危ないだろう。ただねえ、普通に考えてこんなうら若き女が、『衣川組』のトップをやっていると思えるかい?」

「いえ。全く」

「そう。それでいいんだよ。最大の防御は強固であるということでは無い。狙われないということだ」


 確かにその通りだ。


 素人なりに納得してしまう。


「そうですか。まあ、俺はそっち方面あんまり詳しくないんで何も言いませんから特に何かを言うつもりはないんですけど。ただあなたの娘さんのことはどう思ってるんですかは知りたいです。いくらなんでも知っているでしょ?変な奴に襲われ続けているって」


 親が何も対策を取らないなんておかしい。


「警察に相談してもいいって言ってるんだけどね。早苗がどうしても嫌だって聞かないんだよ。あの子、バカみたいにあたしの後を継ぐんだって意気込んでいるからね。変なところで強情なんだから」


 全くだ。衣川さんは人の話を聞かない。

 自分の意見しか受け付けない、聖職者へたをすれば始祖にすら向いている。


「あたしにも力があれば助けてやれるんだが、それについてはどう思う?」

「申し訳ございませんでした」


 これについては謝罪するしかない。


「嘉神一樹、少し頼まれてくれるかい」


 俺から話を振らなければ自分からこの話をする予定だったのであろうな。

 懐に準備してあった札束を俺に渡してきた。


「あいつはよく無茶するからねえ。誰かが止めないと取り返しのつかないところまでいってしまう。もしも一人でどうしようもないことをしようとした時が来たら止めてやってくれ」


 ざっと数えてみるとなんと百万円。


 百万か。これからがゲーム機のカセットが百個買えるな。

 家は貧乏なのでこれが手に入ったら、母さんも昨日のことは許してくれるに違いない。


「このお金は受け取れません」


 俺は投げ渡す。


「どうしてだい。こっちも財政が厳しいからこれ以上は出せないんだけどねえ」

「違います。俺はヤクザから金を貰いたくないと言っているんです」

「へえ。こういうのは黙って受け取っておくべきと思うんだけどねぇ」


 もう一度、今度は威圧を込めて渡してきたが


「俺はヤクザや暴力団が大嫌いです。義理に厚かろうが信頼があろうがやっていることは、ただの暴力だ。この金だってそう、誰かから奪ったものなんでしょ。そんな金俺は受け取りません」

「………そうかい」


 香苗さんは懐に札束をしまった。

 金を渡すの諦めてくれたのか、それはありがたい。


 押し売りしてくるんじゃないかって、心の片隅で思っていたから。


「気持ちだけ受け取っておきます」

「その言い方だと無償で、早苗を守ってくれるように聞こえるよ」


 何を言っているんだろうかこの人。


「そのつもりで言ったんですよ。衣川さん」

「え?」


 初めて香苗さんが驚く。

 俺としては当たり前のことを言ったつもりだった。


「金は受け取らん。ただあなたの娘さんをこの命に代えても守る努力はします」

「………そうかい。もしかしなくても早苗に惚れたのかい。だったら婚約破棄させたのは悪いことをしたね」


 何を言っているんだろうかこの人。


「な訳ないでしょ。好きか嫌いかで言えば俺は衣川さん嫌いです」


 彼女もまた親と同じ道をたどろうとしている。


 憧れでギャングスターを目指すのは一昔前の話だ。

 衣川さんは時代遅れが過ぎる。


「だったら何だい?君をそうさせた理由は。家としては甘すぎる話は乗らないことにしてるんだ。納得のいく説明をだね、お願いするよ」

「………本人には言わないで下さいよ」


 俺は正直に話す。


「………ぷっ。あははははは」


 笑われた。

 まあ、自覚はあるよ。

 こんなのを大マジに言ったら誰だって笑う。


「ごめんごめん。まさかそんなこと言うやつがいるとはねぇ。早苗に聞かせてやりたいよ」

「それホント止めてくださいよ。恥ずかしくて死んじゃいます」

「じゃあ本当に頼まれてくれるんだね」

「はい」


 一切迷いなく返事をした。






 衣川さん用意してくれた朝食は見た目的にも美味そうだった。俺の母さん料理下手だから、こんなに朝から食欲がわいたのは生涯初の出来事。


 期待して味噌汁を一口。


「うまっ」


 思わず、感想をこぼしてしまう。


 見た目以上のおいしさに驚いた。

 なにこれ、本当においしい。


 味噌汁ってこんなに美味かったっけ?


「美味いだろ。早苗の作った味噌汁は。あたしの自慢だよ」

「ええ。きっと良いお嫁さんになれますね」


 ブゥ。と二人とも吹き出した。うわ、汚い。

 一応二人とも綺麗な女性なのに、残念すぎる。


「ななななな!何を言うかバカ者!!!」


 動揺する衣川さんに対し


「ははははっはははははは」


 爆笑する衣川さんのお母さん。


 そんな面白いことを言っただろうか。


「でも、衣川さん俺の制服綺麗に吊していましたし、この家だって広いわりに散らかっていないじゃないですか。衣食住全てにおいて衣川さんは良妻の素質がありますよ」


 制服一つハンガーに吊すのにもちゃんと皺にならないようにしていたし、昨日や三日前だって部屋は全て綺麗だった。


「そこまで言うんだったらだったら早苗を君にやるよ」


 今度は俺と衣川さんが味噌汁を吹き出した。


「いいですよ。俺なんか勿体ないです」


 俺は一切家事ができないので衣川さんの家事スキルは生きる上で必須だ。


 そう考えると先ほど俺は彼女のこと嫌いと言っていたが、実は相性はいいのかもしれない。


 ただあくまでもこれは俺視点の話だ。


「それに衣川さんは俺なんか大嫌いでしょうし」

「そうだ。こんな鬼畜な人間、私のタイプではない」


 鬼畜と言われるとさすがに落ち込むのだが、この際仕方ない。


「そうかい。鬼と鬼畜。案外相性良さそうなんだけど」

「そんなことない(ですよ)」


 同時に言ってしまい、気まずい空気が流れる。

 もちろん、香苗さんは大爆笑をしてしばらく朝ごはんを食べられなかった。






 学校に行こうとしたのだが問題が一つ。


「あの衣川さん。俺良く考えるとここから学校に行く道分からないんですよね」


 この家は俺の家の更にその先にある。始めてきたときは走って分からなかったし、一回家に帰ったときは偶々通りかかったタクシーを使ったのだ。


「それは遠回しに私と学校に行きたいと言っているのか」


 確かにそれが一番手っ取り早いだろう。


「はいその通りです」

「ふっ! ふざけるな。私は貴様なんか大嫌いだ! だから一緒に学校など行かん」


 そうか。それはしかたない。


「じゃあ後ろからついて歩きます」

「勝手にしろ」


 本人の許可が出たためそうする。




「おはようございます。衣川さん」


 玄関に出ると月夜さんが、いた。


「え……?何で嘉神さんが」

「えその……何か色々あった」


 良く考えると俺クラスメイトの女子の家に日帰りしたんだよな。


 うわーお。これは社会的に死ぬな。


「今日も……お楽しみだったんですね。ごめんなない」


 九十度の綺麗な謝罪の後、一目散に去っていった。


 てかあの人噛んでるし。


「ねえねえ衣川さん。これまた絶対誤解されるよね」

「うるさい」


 怒ってる。ま、仕方ないよな。






 なんか色々と吹っ切れたのか一緒に行くことを許可された。


 女心と秋の空とはこのことか。


「そう言えば衣川さん。あの化け物一体何だったんですか」


 本人は知らないが、彼女を守ると約束した以上中途半端なことはできない。


「知らん。一年前急にあの化け物は現れたのだ」

「急にって。心当たり無いんですか?」

「分からん。大体恨まれる事なんてギフトホルダーである限り日常茶飯事だぞ」

「大変ですね。ギフトホルダーって」

「今はお前もだぞ」


 そうだ、そうだった。


「所でですが、何で俺生まれたときの試験で引っ掛からなかったんでしょうか」


 確か生まれたらすぐ能力者かどうかを調べるテストがあったはずだ。


 あれ俺全く引っ掛からなかったのだが。


「あれはギフトホルダーかどうかを判断するテストではない。ギフトを使えるかどうかを判断するテストなのだ」

「それ全く同じ意味じゃありませんか?」

「少し違う。あのテストは、精神的にまいっていたときや、相対的なギフトを感知することが出来ない。現にお前の父親のギフトも相対的なものだったろう」


 確かにそうだ。


「それに公表されていないが、実際この世界の五%はギフトホルダーがいるらしいぞ」

「え……?」

「福知によれば、ギフトを使えるのが1%のユーザー。素質があるのが5%のホルダーだそうだ」

「つまり、使えるけど目覚めていないギフト持ちはテストで引っ掛からないと言うことですか?」

「そういうことになるぞ」


 ふうん。てか福知って誰だっけ。


「あの、福知って誰ですか?」

「クラスメイトだろ。茶髪で眼鏡をかけている」


 ああ。あのクラスで唯一常識人のように見えた能力者のことね。


「ホームルーム後、そいつからお前のギフトを見抜いて貰う。そういうギフトの持ち主だ」


 なんと便利なギフトの持ち主なのか。

 羨ましい。


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