口映し
革靴から上履きに履き替えようとしたが、また画鋲が入っていた。今回は70個はありそうだ。
衣川さんに誰がしたんでしょうねえと答えを期待しないで尋ねると、意外なことにその犯人を知っているようだった。
「
「だれですかそれ?」
「一年十組の後輩だぞ」
十組、つまり能力者の可能性が高いし、知り合いということはそういうことなんだろう。
「でもどうしてわかるんですか?」
「この画鋲。全く同じ形をしているだろう」
言われてみれば、全て同じように少し傷がある。
「あいつのギフトは複製だ。軽ければ軽い程多くのものを複製できる」
「良いんですか勝手に教えても」
「本来はだめだが、流石にこういうことをするのは問題になる。あいつのためにも止めさせないといけない」
そして衣川さんには言わないが、やっぱり犯人は女だったと自身の予想が当たったことに少しばかり喜びを覚えた。
「お前ら喧嘩どうしたんだ」
時雨が二人で登校してきた俺らを見て、尤もの疑問を問いかけた。
あれほど仲が悪かったのに一緒に登校すれば怪しまれるだろう。
「月夜。何か知ってるか?」
時雨が衣川さんと一番仲の良い月夜さんに、情報を求める。
「あの……別に嘉神さんが衣川さんの家にお泊まりしてたことなんて知りません!あ……」
おい、月夜さん。
絶対わざとだろ。
「ごめんなさい」
わざとじゃないのか!?
これ以上俺の評判は悪くならないらしく、思っていたよりも周りの態度は変わらなかった。
「それより、福知。ちょっとこっち来い」
福知は如何にも真面目そうな生徒であった。
「なんだ。今僕は二次元のことを考えているから忙しいんだ」
訂正する。絶対こいつ不真面目だ。
「いいから来い」
衣川さんは福知の襟を掴み連れ去った。
使われていない教室まで
「へえ。まさか無能力者の代表一角が能力持ちだったとはね」
「あれ?見抜くなら分かっていたんじゃないの?」
知っていて黙ってたのだと思っていた。
「僕の
レンズ越しだと使えないというわけか。
「お前視力いくつだよ」
「0.8」
「最初から裸眼でいろよ」
伊達メガネとかオサレ系しかいないと思っていたのに。
「仕方がないだろ。僕のギフトは裸眼じゃないと使えないが裸眼だと常時使えるんだ。ギフト持ちばかりの教室で一時間過ごすだけでも情報量が多すぎてパンクする」
そうか、そういう弱点があるなら仕方ないと納得。
「別に僕が君のギフトを教えるのは構わない。ただ僕は少なくともギフトは個人情報と考えている。盗み見ていいものじゃない」
結構まともな意見だ。
あの第一声がなければ俺はこいつのことをただのまじめ君としか気に掛けなかっただろうな。
「だから衣川。お前は一旦ここから離れろ。その後こいつから聞け」
やだ、かっこいい。
普段からそうすれば、モテるだろと思ったのは俺だけの秘密。
「もう一度確認するぞ。本当にいいのか。僕に視られても」
「別にいいけど。一体何で駄目なんだ?」
「僕のギフトは、ギフトを見抜く。つまり、そのギフトの弱点ですら分かる。つまり君は今から僕に弱点をさらすことになるんだ」
確かにそう言われると遠慮したくなるし、ぶっちゃけこれは確認のようなもので俺のギフトが何なのか多少の考察はついている。
「だが問題ない。別俺がお前と敵対するわけじゃないしな」
「そうか。じゃ、こっちを向いて」
弱点をさらすリスクをおかしても、確認して確信した方が得るメリットが大きいと判断した。
言われたとおり眼鏡を外した福知をじっと見つめた。
「なん…だと……」
福知は冷や汗をたらしながら驚いていたが、満を持して俺のギフトを伝えた。
「ギフトネーム『
完膚なきまでに予想通りの答え。
衣川さんと事故で口付けをしてから、俺は
それに父親のも似たような能力だったため、すぐ答えに辿り着けた。
ただ父のはもっとエグいが。
「それで、今君は二つのギフトを使える」
「え?一つじゃなくて?」
それとも
「違う。一つは
「何だそれ?」
俺の周りにそんなギフトを持った人はいない。
ていうかキスしたことあるの、俺の覚えている限り衣川さんが初めてのはずだ。
「柳動体(フローイング)は○○○○○するギフトだ」
「は……?」
福知が言ったギフトに、聞き返さずにはいられなかった。
「まいったな。ここまでえぐいのを視たのは初めてだ」
眼鏡をかけ直し福知が語りかける。
「だってそうだろ?どんなギフトであれ君の間合いに入れば君は使えるようになるんだ。老若男女問わずに」
女だけならいいがそれは嫌だな。特に男は。
「一応礼儀として弱点も伝えておくべきかな。君の
「つまり漫画とかで、この技を編み出すのに十年かかったとかあったら、本当に十年間修行しないといけないわけか」
面倒だなと自分の能力を卑下した。
「そうとも言えるし違うとも言える。あくまで修行は過程だからね。技を生み出す結果にどういう過程を踏もうが問題あるまい。二足歩行出来たとしても、100mを11秒台で走るにはそれぞれ人相応の努力がある。向いているギフトなら習得は早いし、逆も然りってやつだ。とはいえ、この学園でトップクラス、いやもうこれは生徒会長を抜いて最強のギフトだ。まあ物が物だから気付くのが遅いのは分かるが、よく16年間普通として生きて来れたね」
感心された。
ちっとも嬉しくなかった。
福知の言う通りこの能力、相手がいなかったら無意味極まりないからな。
一生知らずに過ごしたなんてこともあり得たわけで……そう考えると一概にも強いとは言えない。
それで教室の外で待っている呼び寄せ、そこで俺のギフトを伝えた。
「予想通りといえば予想通りか。この鬼畜野郎」
今回の罵倒はただの会話の流れであるため、特に気にしないのだが、俺は今まで何度鬼畜と言われ続けただろうか数える気にはなれない。
「それでどうする気だ?」
「どうする気ってどういう意味です?」
「私達と同じ異端児として暮らすか、クラスメイトに隠して暮らすかだ」
それか……難しいよな。
世間的にはかつての黒人差別の様に、平等に扱わないと差別主義者として非難されるが、内心では敵視している人達が大勢いる。その気持ちもつい最近まで俺がそうだったためよく分かるのだ。
かといってずっとギフトホルダーでないなんて言うのも詐欺だし、好きじゃない。
いつかはクラスメイトに話さないといけないが、それはもう少し後にしたい。
あと当然だが、このギフトを他人に明かすという選択肢はない。こんな能力を人が知れば煙たがられるのは想像に容易い。
「一ヶ月様子を見て、大丈夫そうだったら能力者としていきます」
「そう簡単にいくかどうか分からんぞ」
まあ俺もそう思う。
少なくとも今は問題を先送りにしたかったのだ。
昨日今日で情報が多すぎる。
これからのことや特に仲野のことをゆっくり考えたかった。
だが、それは許されないことが。
「おい……嘉神……!? どういうことだ!!」
扉が開かれその向こうに仲野がいた。
聞き耳を立てていたのか!?
「どこから聞いてた」
「おれ達に隠して暮らすかどうとかって……」
ギフトの詳細を聞かれていないからまだマシか?
それとも仲野に聞かれた時点で最悪と考えるか。
「おまえ……おれ達を騙していたのか!」
「違う。知らなかっただけだ。それに俺が異能を使えるようになったのはつい最近、三日前のことだ」
「嘘を吐くな!そんなことあるわけないだろ!!」
世間にはギフトは先天的なものだとされてきた。俺もそう教わったし、仲野もそう教わってきている。
実際生まれた時から持っていた。だが知らなかった。
「本当だ。信じてくれ」
一縷の望みをかけて頼んだが、その回答はもうしっていた。
「ざけんな!誰が信じるか!この化け物!」
仲野は吐き捨てたあと、逃げ出した。
その場に残される俺と衣川さん。
「化け物か……」
そうだろうな。俺だって最初はそう思っていた。
俺もギフトホルダーにそういったことあるから、今さら何でそんなひどい事言うかなんて言う気は更々ない。
「気に病むことはない。しばらくしたら慣れる」
そうだろうな。
「お前も災難だな。私の勘ではあいつはばらすぞ」
「衣川さん。俺高一から一年間。仲野と友達だったんですよ。一緒に帰ったり一緒にゲームセンター行ったりしたんです。それなのに、こうも簡単に友情って崩れるんですね」
正直泣きたいくらいだ。
衣川さんがいなければきっと涙をこらえられない。
「そんなことはない。私に言わせればお前たちのそれは友達ごっこですらない。お互いがお互いの友達を押しつけていただけだ。現にお前は仲野を守るだけでその間違いを正そうとはせず、仲野はお前を利用するだけだっただろ」
否定したいが、全くもってその通りだ。
ただ本人には言わないが、俺はなにも欲しくはないんだ。
ただ笑って過ごせればそれで良かったんだ。
「私と月夜は、小学校の頃からの親友だが喧嘩したことはあれど、仲違いしたことはなかったぞ」
それはとっても羨ましい。
誰かと仲良くなる秘訣というのを……教わりたいな。
また失敗しちゃった。
「嘉神、私は今からお手洗いにいってくるがたぶん帰ってこない。だからお前は先に教室に戻ってろ」
女の子からお手洗いなんて下品な事言うな……なんてことは言わない。
言葉の真意をちゃんと理解できた。
「衣川さん」
「何だ?」
「その……ありがとうございます」
「何の事だかわからんぞ」
クールに去って行った。
ああいうところがモテるんだろうな。同性に。
同姓だっら好きになっていた。
目を閉じ五回くらい深呼吸をして教室に入る。
俺が入ると、クラスメイトは一斉にこちらを向く。
その空気は、中と外で5度くらい温度が違うように感じられる。
「おい来たぞ」「嘉神だ」「嘘吐き」
予想通り非能力者は、俺のことをボロクソ言った。
何も言わず、黙って着席。衣川さんも黙り、完全なる静寂が教室を包む。
そんな静寂を破ったのは時雨だったのは、正直いって意外だった。
「おい嘉神」
俺はこいつに酷いことをしたからな。
何か酷いことを覚悟はしておくべきだろう。
「なんだ」
少し声色を低くして返事をする。
ただその時雨は俺を古くからの友人に再開したかのような、爽やかな笑顔で俺を歓迎した。
「ようこそ。二年十組へ」
「あー嘉神。ちょっと来い」
朝のホームルーム後、高嶺先生は俺を呼んだ。
「今クラスで流行っている噂。あれは本当か」
「本当です。実はギフトホルダーでした」
嘘をつく必要がない。
「そうか……いつそれを知った?」
「昨日です。ただ何で知ったのかは伏せさせてください」
高峰先生は少し黙った後、俺にアドバイスをする。
「何かあったら先生に言いなよ。お前は他人の重荷を背負おうとするくせに、自分の重荷を降ろそうとはしないんだ」
「それ、梅田先生からですか?」
元担任、現七組担任。
「ああ」
「いや……意外に高峰先生、生徒のアフターケア出来るんですね。確か去年新任したんじゃありませんでした?」
「お前は、人が心配しているのにお礼も言えないのか」
体罰を受けた。
ひどいな。褒めているのに。
教室に居座り続ける空気ではなかったのでが、授業が始まるギリギリまで空きスペースで時間をつぶす気だったが時雨がこっちまでやってくる。
高峰先生は授業の準備で一度職員室まで戻っているため、俺と時雨の二人っきりだ。
「嘉神、この前までのことは水に流そう。お互い色々あったが仲良くやろうや」
どうやら本当に仲良くできると思っているらしい。
ようこそ二年十組へ、は煽りでもなく本心からだったのか。
見た目に反していい奴である。
無論、俺も仲良くしたいがだが清算しないといけないことが。
「なあ時雨。その前に、お前一回俺を殴れ」
「それでフェアになるってか?いいって。そんな下らん自己満足は。おれは仲間には優しいからよ」
「その仲間ってのは、能力者のことと考えていいんだよな」
「ああ」
「じゃあ俺はお前と仲間だと考えていいのか?」
「当たり前だろ」
疑いようのなく、疑わないと確信をもって答えてくれた。
これ以上疑うのは時雨に対する無礼でもある。
「これからよろしく」
俺は右手をさしだし
「こちらこそ」
時雨は、快く俺の手を堅く握った。
「あのさ、もしよかったらでいいんだけど、時雨。お前先週、仲野に何て言われたんだ?」
「あれか。嘉神はあの野郎から聞いていなかったのか?」
「はぐらかされたからな。だから言いたくないのなら言わなくて良い」
一応真実というものを知っておきたい。
「簡単に言うと、あいつはおれ達ギフトホルダーを汚物扱いにした」
「汚物?」
「ああ。見たくなかったものを見ちまった」
確かにそうだ。仲野の席は俺の左後ろで衣川さんの左で、時雨の左前。
見ようと思わなくても目に入ってしまう。
「あの時、どんなプリントかは忘れたが、何かプリントを配っていたよなあ」
たしか、ギフトホルダーと仲良くしましょうって趣旨だったと記憶している。
「その時偶然見たんだが、月夜が後ろに回したプリントを触った手を、あいつはハンカチで拭いた」
「!!!!!」
「それだけなら、まだマシだ。嫌なら見るなって言うが、目に入っちまったんだ。あいつが放課後、月夜の背後で『汚いものに触らせんじゃねえ』みたいなことを言ったんだ」
仲野ぉぇ……
「それは……駄目だろ」
「ああ。さすがにカチンときた。だから俺はあの時殴りにかかったんだ」
沈黙せざるを得ない。
義は時雨にあった。
死にたい。が、やはり生産が必要。
「時雨。やっぱお前俺殴れ」
「だからいいって。おれら仲間だろ」
「そうだけどそうじゃない。明らかにあの事件はあいつが悪かった。そして俺も同罪だ。だから俺が俺を許せなくなる前に全力でぶん殴ってくれ」
どう考えても、俺が悪人じゃないか。そんなの俺が耐えられない。
時雨もそれを組んでくれたらしく
「そうか。じゃ、歯を食いしばれ」
時雨は全力で俺を殴った。
正直あまり痛くなかったがそれでも心が痛かった。
そして大の字で倒れている俺を見ながら
「これでお互いチャラだ。嘉神も変に気に病むことは……ふげぇ」
時雨は後ろから殴られた。
「何をやっとるんだお前は」
一瞬だけ見えたのは高嶺先生が学級簿で時雨の頭を叩くシーンだった。
後頭部を打たれた時雨は、受け身を取れず頭から倒れてくる。
てあれ?このシュチュえーション。
「「!!!」」
説明したくない。全力で説明を辞退したい。だが、しなくてはいけないので三文字で表現しよう。
「アッー」
このあと暫く時雨とは気まずくなったのは言うまでもない。
幸い見ていたのは、高嶺先生だけだった。そのあと高嶺先生は申し訳なさそうに俺達を見て
「じゅ、授業があるからな。お前ら早く席に着け」
と言って逃げ出した。
「どうした貴様ら。死にそうな顔をして」
真後ろの衣川さんが声をかけた。
「気にしないで下さい」
すると福知が眼鏡を外して
「ブゥーッ」
噴き出したのは間違いではない。
「全く君は、世界でも征服するつもりか」
授業後の休み時間、福知から声をかけた。
「|鬼人化《オーガナイズ》―
俺だってわざとした訳じゃないんだ。
「僕は隠しておくけど、いつか君のギフトは絶対にばれる。君が今使ってばれないのは
そうだろうな。自分を写し取られる上に好きでもない男からキスをされる。誰だって嫌だろう。
「インチキ能力もいい加減にしなよ」
以前俺が言ったことを期せずして言い返された。
授業に身が入らない……何てことはなく、真剣に授業を受ける。
だが、食事時の昼休みはかなり居心地の悪い空気だったため、逃げるように、実際に逃げたのだが教室を出た。
取りあえずは購買で焼きそばパンを買い、どこか人気のないところを探し放浪。
ただ、あまりうろうろしすぎても目立つため目途をつけてから歩き回る。
仮の目的地は、屋上に続く階段の上、そこで腰を下ろして食べる。
そうと決まれば上級生のいるフロアを突っ切って先に進もう。
「嘉神一樹君、でいいのよね」
まさか声をかけられるとは思っておらず、そして声をかけた人に驚いた。
その人と直接会ったことはないが、俺はこの人を知っている。
「宝瀬先輩……」
3年の宝瀬真百合先輩。
この人の噂はよく聞くが、正直言ってどこまでが真実でどこからが嘘なのか分からない。
曰く、インターハイ個人の記録を3割ほど塗り替えた。
曰く、2年の頃、3年を含めた全国模試2位
曰く、教師生徒問わず、男子の半分は彼女に恋愛的な好意を持っている
曰く、この世界の財政を2割ほど持っている宝瀬家の後継者
ざっと思いつくだけでもまだまだある。
だが、そんな荒唐無稽な噂話を誰も嘘だとは言わない。
腰まで伸ばした藍色の髪。制服の上からでも分かる自己主張の強い胸。人気アイドルですら汚れ仕事の女芸人を志願したくなる整った顔。見る者を惹きつけてやまないそのオーラ。
彼女を構成する全てが、彼女の噂が全て是であると肯定していた。
神様がいるなら、その最高傑作が彼女なんだろう。
はっきり言って、俺と比べると雲の上どころか宇宙の果てのような人であり、何で声をかけてきたのか分からない。
「ふーん」
宝瀬先輩は俺をまじまじと見つめる。
「85点、頑張れは90いけるわね」
値踏みされた。
対等な関係なら失礼だと言ってやるが、俺と先輩はそうじゃない。
点数をつけていただき、ありがとうございますと言わないといけない位の格の差が存在する。
「あなたアイドルにならないかって誘われたことある?」
「え? まあ、そういう詐欺にならあったことありますが」
俺なんかをアイドルにして、誰も喜ぶ人なんかいないのに馬鹿な詐欺師である。
「どうかされました? 真百合さん」
「思ってもいない掘り出し物を見つけたわ。どう?」
先輩に話しかけてきた人の名前は知らない。
特徴を述べるなら、金髪の縦ロールといういかにもお嬢様らしい人だった。
「悪くはないと思いますが、それだけですわ」
申し訳ないが、俺も同じ感想である。
この人、美人であるが宝瀬先輩と比べたらモブになってしまう。
「この方がどうかしたんですの?」
「噂の嘉神一樹君だそうよ」
「まあ」
悲報、3年にまで噂が広がっていた。
噂の広まりが早過ぎる。
「ねえ、あなたのギフトってなに?」
「…………」
なるほど、本当はこれを聞くために声をかけたんだなと納得する。
その質問に対する答えは1つしか持ち合わせていない。
「ごめんなさい。答えられません」
これは個人情報、金庫の番号みたいなもので、ただ聞かれただけで教えるわけがない。
「私がこうしてお願いしても、だめ?」
ずるい人だ。そんな事言われたら大抵の男は白状してしまう。
ただ、俺のギフトは人に誇れるものなんかじゃないのだ。
場合によっては痴漢、強姦魔なんてことにも言われかねない。
「すみません」
「謝らないで。私もタダで教えてもらえるなんて思っていないから。そうね、ゲームをしましょうか?」
「ゲーム……ですか?」
「嘉神君がルールを決めて。そのゲームに貴方が勝てば私が叶えられる願いを1つだけなら叶えてあげる。ただし、私が勝ったらあなたのギフトを教えて」
恐ろしく俺が有利な条件で、俺の方が得をする報酬を提示した。
「もちろんお互いに勝ち目があるようなルールじゃないと駄目よ。ただ五分五分じゃなくてもいい。一厘でもいいから私の勝ち目が残っていることが私から出す条件」
これは舐められているんじゃない。
自分が勝つって疑っていない、そういう星に生まれてきた人だ。
設定上はお互いに勝ち目があるけれど、俺には一切の勝ち目何て無いと。
何が恐ろしいかって、嫌味でも何でもなく俺と宝瀬先輩がそう認識しているってこと。
将棋の名人がハンデとして王将と歩兵だけになっても、素人相手には勝つことができよう。
宝瀬先輩が提示したのはそれをもっと広義的にしたものなのだ。
「情けない話ですが、負けると思って挑むほど愚かじゃないです」
ギフトがまともに使えたら…………いや、この人の前でギフトを使えば、それだけでばれてしまう可能性を孕んでいるから結局は同じことになる。
挑む前から詰んでいた。
「そう? 私としては賭けのつもりでいたのだけれど」
それがお世辞なのか建前なのか、俺には計り知れないことだった。
「だったら5万でどうかしら」
「考慮する前に言わせてください。女子高生が『5万でどうかしら』なんて言うべきじゃないと思います」
クスリと宝瀬先輩は笑う。
「どうしても教えたくないようね。じゃあこの質問の意味は分かる? あなたのギフトは『世界』か『法則』に関わっているの?」
「『世界』? 『法則』?」
何だそれは。聞きなれない言葉だが……ギフトホルダーの間では常識なんだろうか?
「知らないのね。そしてピンと来ないようね。だったらいいの。時間を取らせてしまってごめんなさい」
本当に何も知らない俺を見て、欲しかった答えは得られたようだ。
「じゃあね、ごきげんよう」
まさかの遭遇から何とか生還。
焼きそばパンのことなんて頭から抜けてただ考えるのは宝瀬先輩のこと。
「ほげー」
人間相手に怖いとか恐ろしいとかじゃなく、畏れたのは初めて。
ひょっとしてあの人、あの化け物より強いんじゃないの。
最後のホームルームが終わり、やっと家に帰れると安堵する。
「一緒帰ろうや」
お互いに、今朝のことは無かったことにする。
その上で、もう一度声をかけてくれた時雨には感謝感激。
断る理由などなく、時雨と一緒に帰宅する。
時雨の家は俺の家の方向にあり、鉢合わせした機会が多かったのも頷ける。
「そういえばお前のギフトなんだ?」
「えっと……」
そりゃ聞くのは当然の流れだ。
どうしよう。
だがここまで親身になってくれた時雨に嘘をつきたくない。
「一応おれのは
「すまん、俺は時雨みたいに人に誇れるギフトじゃないんだ」
まさかキスした相手の異能を使うことが出来るのでいま
「そうか。そういうギフトがあるのは知っている。じゃしゃーねぇよ。気が向いたら話してくれぇ」
多分気が向くなんてことないと思うがな。
さて、最初に話題をふってきたのは時雨の方だから今度は俺から話題をふろうか。
「なあ時雨。この機会だから聞くけど、おまえ仲野とは関係なく非能力者が嫌いなんだよな」
表情筋がピクリと動いた。
「まあそうなる」
「何かあったのか? 俺も自分のギフトは言わないから、言わないといったって何も思わない。ただ興味あるなって思っただけ。不快だったり恥ずかしかったりするなら先に質問したことを謝る」
少し迷ったようだが、最終的に話してくれた。
「嘉神。おまえ、A3って知っているか」
常識として知っているし、仲野との会話のいくつかがこれであった。
「確か、アンチ(Anti)アブノーマル(Abnormal)アソシエーション(Association)。反異能者協会だったっけ」
仲野の言い分では、A3は能力者の能力を封じ人類を皆平等とする機関。
「表上では人類皆平等を謳っているがやっていることは、能力者を陥れたりや殺すことだ」
「そんなのマジであるのか」
「あるんだ。そしておれは、母がA3によって殺された」
その怒りはただ嫌いな仲野とは違って、明確な根拠がある。
「勿論、全ての無能力者がA3に関係しているわけじゃないのは分かっている。ただどうしてもおれは、みんな同じように思えてしまう。出来るやつの足を引っ張って非難する。あいつらは弱さを言い分に強くなろうとせずに俺達を否定し続けている。その点お前は例外だった。初めてあったときは嫌いだったし殺してやろうと思ったが、今思うとお前は能力を持ってなかったくせに強くあろうとしてた」
そうだろうな。俺だって強さを求めている。
弱いと何も得られない。
俺のモットーは『強く、何より正しく』
そのあと、俺は公平に自分の家族の話をした。
父親が死んだと思っていたら実は生きていたことと、実は父親がギフトホルダーだということを。
ギフトの内容は隠していたが、それでも時雨は黙って聞いていてくれた。
本当に良い奴だった。
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