エピローグという名の何か

 目が覚めるとまた白い天井だった。


 もちろんあの白い部屋に逆戻りというわけではない。


 普通の病院の個室だ。


 窓を見てもカーテンが閉められており、天気は分からないが暗さで夜中に目が覚めたと推測できる。


 テーブルにはフルーツセットがおかれてある。後で食べよう。


 それにしても気になるのは両サイドに存在する早苗と宝瀬先輩である。


 二人して俺のベッドに寄りかかって寝ている。


 日めくりカレンダーを発見。


「WHAT?」


 土曜日だった。


 あの事件は日曜なので最低でも六日寝ていたことになる。


「マジか」


 俺一週間停学していたので、四月は半分以上学校休んでいたことになる。


 ピンチだ。主に出席日数が。

 やばいやばい。


 一応俺まじめな生徒のはずなのに。


「ん……」


 しまった。二人を起こしてしまう。

 落ち着け。KOOLになれ。


「「…………」」


 よし、二人とも起きていないな。


「むむ」


 待て。今この状況を確認してみろ。


 真夜中、密室、嫐。


「うわぁお」


 テンション上がってきた―↑↑


 行為に励むのは犯罪だが、楽しむくらいなら許してくれる、俺はそう信じてる。


 さて、どうしようか。


 まずは早苗からだ。


 俺は彼女の髪の毛を掴む。


 最近赤みが増してきたようだが俺はこっちの方が好きだな。


 匂いをかぐ。


「すぅー」


 少し舐める。


 反応はない。


 咥えてみる。


 甘い。


「ふぅ」


 満足。


 流石に寝ているときに腋を舐めるのはアウトなので代償行為として髪いじらせてもらった。

 次は宝瀬先輩だ。


 でもどうしようか。


 勢いで先早苗を選んだけど、個人的に早苗の方の髪の毛が好きだから同じことをしたら劣化になってしまう。


 俺は考えを巡らせ


「なぞはすべて解けた」


 何なら一緒にやればいいという考えに至った。


 左手に赤髪を右手に青髪。


「くんかくんか」


 やっぱ女の髪は最高だな。


「む……」


 やべえ。早苗が起きそうだ。


 反射的にベッドの下に隠れる。

 幸いベッドの下に斧を持った男はいなかった。


「む……? 一樹がいない!?」


 隠れて正解だったようだ。これでばれたら一生モノの恥だ。


 無心になる。


「おい、起きるのだ。真百合!」

「うるさいわね。三日寝てない……嘉神君は?」

「いつの間にか消えたのだ」

「消えたじゃないでしょ。あなた何のために生きているのよ」

「なぜ私が見失っただけで人生そのものを罵倒されなければならぬのだ」

「うるさいわね。嘉神君をどこに隠したの」

「知らん! そもそも隠してなどいない」

「ベッドはまだ温かいわ。さっきまで居たということよ。カギは内側からかかっている。つまり嘉神君を連れ去った人間はこの中にいるということよ」

「それは真百合なのだろ」

「違うことはあなたが一番分かっているはずよ。あなたが先に起きていたのですもの。その間に何かをすることは早苗しか可能じゃないわ」

「だが私では」

「そう。だったら探してきなさい。もしかしたら外にいるかも」

「うむ」


 扉が開かれる音がする。


「下にいるのよね。嘉神君」

「なぜばれた」

「電波を感じたから」


 おい。


「嘘よ。匂いで分かったわ」


 変わってない気がするのは俺だけか?


 俺はベッドの下から出ていく。


 埃ぱんぱん。


「それで、あれからどうなりました?」




 宝瀬先輩によると、俺が再び気を失った後、宝瀬のヘリが来たらしい。


 何でも突然サッカーボールが降ってきて、ボールには『救助を求める』と書かれてあったからだ。


 その時の最先端医療で俺を治療したわけだが、峠が三回ほどあったらしい。


 マスコミにはこのことを公表していない。


 マスゴミかと思ったのだが、冷静に考えてみるとあんな事件を起こしていると知れ渡ったら日本はたまったものじゃない。


 さらに言えば、覚えているのは俺と宝瀬先輩と早苗と時雨だけらしい。

 何でも父さんが眠らせたついでに記憶も消していたとか。


 流石は父さんと言いたいところだが、サッカーボールで負けるような男だということにショックを受けた。


「あなたのお義父様から伝言があるわ」


 今発音が絶対に違う気がした。まあいい、今はその伝言を聞こう。


神薙信一かんなぎしんいちを信頼するなですって」


 神薙信一か。ふむふむ。


「誰ですか。そいつ」


 なんとなく嫌な予感がする。


「私も調べたのだけど、一切記録には無かったわ」

「そうですか」

「でも、どこかで聞いた名前なのよ」

「まあそんなに心配することないんじゃないですか?忘れるようなレベルのことだったんでしょ?」

「でもね、私は一年間殺され続けたのだから、記憶なんてあてにならないわ。実際父親の名前も思い出せなかったわけだから」


 それはもう日常生活に支障が出るレベルじゃないか?


「博優学園の生徒は誰も死んでない。運営は駆除した。これはもう完全勝利でいいのよね」

「はい。疑うことない完全勝利です」

「やり直さなくてもいいのよね」

「そうですね」

「先に進んでもいいのよね」

「はい。普通の学園生活がスタートですよ」


 抱きつかれベッドに押し倒された。

 最初抵抗してやろうかと思ったが、過去が過去なので大人しく受け入れる。


「私頑張ったよね。褒めてくれないかしら」

「何をしてほしいことあります? 俺でよければ何でもしますよ」

「何でもいいの!?」

「出来る範囲ですよ」


 宝瀬の一人娘が俺にしてほしいことなんてあるのだろうか。

 一度立ち上がり、少し身だしなみを整えてからこういった。


「セック……じゃなくて、決闘してください」

「決闘!?」


 まじか。まだ宝瀬先輩殺され足りないのか?


「いいえ。決闘よ」

「だから何で?」

「じゃあこんにゃく」

「こんにゃくがどうかしました?」

「入選」

「何かのコンクールですか?」


 何を言っているのだろうかこの先輩は。

 少し頭おかしいんじゃないのか。


「ねえ。ちょっと話かえるわね。『べ、別にあんたのことなんか好きじゃないんだからね』と言われたらどう思うかしら」

「え?そんなこと決まっているじゃないですか。嫌われてるんですよね?」

「……」


 宝瀬先輩は頭を抱えた。


「ねえ。I see tailわ」


 何か英語を言われた。

 私は尻尾を見ます? どんな意味だ?


「何かの暗号ですか?」

「…………」

「えっと宝瀬先輩?」

「さすがの私もドン引きしたわ」


 何だって? ひょっとして知らなきゃダメな単語だったのか。


「付き合ってください」


 やっとお願いらしいお願いをされた。

 これならやっと理解が出来る。


「いいですよ。どこにですか?」

「ですよねー」


 彼女に似つかわしい乾いた笑いだった。


「もうそれでいいわ。私に過ぎた願いは厳禁。そう思っておくわ」


 なんか宝瀬先輩だけで納得された。


「そういえば聞き忘れていたのだけど、あの時何で嘉神君生き返ったの?間違いなく脈は止まっていたはずよ」


 ああ。あれね。


「説明しますけど、前提条件として、あの時は体力がきれて鬼人化オーガナイズを使うことができずに死んでしまったと思ってください。逆を言えば鬼人化オーガナイズさえ使えれば、まだある程度は戦えたと」

「分かったわ。でもあの時白仮面の攻撃を受ける前に動いていたわよね。どうやって生き返ったのかしら」

「それは違いますよ。あの時の俺、まだ死んでいましたから」


 生き返ったのはもうちょい先。


「先輩は文系ですよね?」

「そうだけれど、それがいったい何の関係があるのかしら」

「カエルの死体の実験したことありますか」

「!?まさか嘉神君、雷電の球ライジングボールで?」


 これで察しがつくあたり、やっぱ先輩は頭がいいと思う。


「その通りです。俺は雀の涙ほどしか残っていない力を使って、自分の体に電気信号を送りました」

「でも死んでいたのよね」

「そこで宝瀬先輩のギフトの登場ですよ。過去に戻ってもある程度ならギフト使えたでしょ。今回は『死後発動』が残っていたんですよ」

「つまりは、死んだあと私のギフトの残骸で時雨君のギフトを使って、体を動かし柳動体フローイングで攻撃を吸収。その後鬼人化オーガナイズで体を治しながら、雷電の球ライジングボールで、心臓に電気ショックを与え生き返ったと」

「理解が早くて助かります」

「予期していたの?」

「いいえ。完全に偶然です」


 もう一度やれと言われても出来ない位の偶然。


「そんなこと本当にできるのかしら?」


 気持ちは分からなくはないが、


「いいですか先輩、出来るかどうかは関係ないんです。起きたのか起きなかったのかが重要なことなんですよ。多分もう一回同じ局面になれば出来ないでしょう。ですがそんなこと関係ありません。俺達は戦って勝った。それだけなのにそれ以上の理由はいりますか?」


 仮に緑茶を拳銃にかけて、熱膨張で拳銃の形が変化するのが限りなく可能性はゼロに近くても、起きるかどうかは関係なく、起きたかどうかが重要なのだ。


「そうね。その通りだわ」


 理解してもらえたようだ。


 それに使ったギフトはあの時起きていた時雨、早苗、宝瀬先輩のギフトだから、仲間との絆が感じられるな。


「それで、結局嘉神君は前回手に入れたギフトは中途半端にしか使えないのよね」

「そうですね」

「じゃあ、えい」


 宝瀬先輩は俺にキスをした。


「………!」


 これには俺も驚く。


「これであなたは再び反辿世界リバースワールドを使えるようになったわ」

「何で……」

「また今度も私を守ってね」


 そうか。これは保険なのか。


 いざという時の番犬。


 あまりいい表現じゃないが、まあいい。


 彼女の笑顔の為に俺は利用されようじゃないか。




 ただこの光景を早苗が見ていてリアルな修羅場になったのは別の話。


 というより語りたくない。






 日曜日にも関わらずいろんな人が見舞いに来てくれた。


 まず朝一に時雨、その後高峰先生。元クラスメイトに現クラスメイト。


 ただ仲野は来なかった。


 まあ当たり前か。


 早苗と宝瀬先輩はずっといた。


 何やってるんだ。


 でも常に一緒にいるわけじゃない。二人がいない時に月夜さんがお見舞いに来てくれた。


「お元気そうで何よりです」

「おかげ様で」


 何かよくわからないが、月夜さんがあの時電話をかけてくれなかったら俺はリープ出来ずに死んでいた。

 彼女には感謝してもしきれない。


 憶えていないだろうが、少しは何かお返しをした方がいいのかな?

 決めた。


「ねえ、何か軽い事でしてほしいものない?」

「軽くないですが、一つお願いがあります」


 適当に言ったことなのに、まるでそう言うかを分かっていて…………むしろゲームでAボタンを連打したシナリオのように月夜さんは返答した。


「な、なに?」

「わたしとになってください」

「…………!」

「嫌ならいいです。ごめんなさい」

「とんでもない!」


 おててにぎにぎ。

 シェイクシェイク。


「こちらこそよろしく」

「ありがとうございます。ではわたしはこれで。また退院後に会いましょう」


 今日はいい日だ。

 



「やっほー。一樹くん。一年ぶりくらいかな?」

「一週間も経ってねえよ」


 夕方になって初めて母さんが見舞いに来た。


 宝瀬先輩曰く一度も見舞いに来ていないらしい。


 こいつ本当に俺の親か?


「そういえば、さっきスーツ服の男から口止め料を貰ったんだけど」


 時雨も貰ったと言っていた、国からの口止め料。


 記憶のない連中からすればいきなり記憶が無くなってその代り多額の金を手に入ったことになる。


 結果オーライになっているんだろうな。


「もちろんそのお金は母さんの懐の中に入っているからね」


 子供のお年玉が消える仕組みこういう感じなんだろうな。


 そう言えば俺、小学校三年の時までお年玉母さんに預けてた。


 聞いてみると記憶にないらしい。


 まあ、当たり前か。


「それで何の用なんだ」

「母親が息子の見舞いをするのに理由なんているの?」

「いらないけどな……なんかすごい機嫌悪そうなんだけど」


 伊達に16年この人の息子をやってきてはいない。


 なんかキレてる。


「へえ。一樹くんにはわかるんだ。そうだよね、分かっちゃうか」


 やばい。これ俺絶対に地雷踏んだ。


「聞いて。一芽くんに隠し子がいたの」


 おい。何だその驚愕の真実は。


「聞いて無いぞそんな事」

「あたしもね、ついさっき知ったの」


 そりゃ怒る。母さんにしては珍しい正当なキレ


「そのこ男? 女?」

「女」


 個人的に男なら救いがあった。

 女だとさらに手を出してそう。


「で、どっち? 俺にとっては姉なの? 妹なの?」


 この場合どっちの方が、被害が少ないのだろうか。

 姉だと子供がいるのに平気で子供を作ったクズ野郎になって、妹だと家族を見捨てて子供を作ったゲス野郎だ。


「両方」

「え?」

「両方なのよ。姉と妹」

「俺の父親はクズの上にゲスなのか」

「だよねー。きっちりお仕置きさせてもらったよ」


 母>父。


 別に意外ともいえない力関係だった。


「だからさ、一樹くん今度のゴールデンウィークに二人に会いに行ってよ」

「え?何で?」

「遺産の話」

「いや、うちに金なんてないでしょ」

「そうじゃなくて、借金の話」


 そっちか。

 でもギリギリ借金なかったはずだが。


「向こうが借金あるのよ」

「縁切ろうよ」

「そのために一樹くんが頑張ってちょうだい。いいでしょ?女の子誑かすのは得意でしょ?」


 鬼か。俺は。

 とはいえ母さんと俺どっちが適役になるかは考えるまでも無い。


 低身長の幼女が何を言ったところで、何もできないだろう。


「分かったよ。出来るだけ穏便に済ませる。それでいいんだろ」


 後になって思う。


 全力で断ればよかったと。









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「ムカ着火ファイヤー」


 女神は怒っていた。


「なんで僕ちんがポップコーンで攻撃したのにサッカーボールみたいな割と武器になりそうなもので防ぐのかな」


 割とどうでもいい理由で。


「こんなことだったらグングニルかデュランタルで攻撃すればよかったよ」


 この場合、神の武器で殺害を試みれば殺せたという意味ではない。


 結果は変わらず防がれるであろう。


 同じくサッカーボールで。


「彼の強さを知らしめるために出し惜しみすべきじゃなかったよ」


 珍しく女神は反省した。


「ま、いっか。君の名前も出てきたことだしもう出るだろうからね」


 そしてようやく、彼、『神薙信一』が出ることによってこの物語が始まる。


 有体に言えば彼らの物語はまだ始まってすらいないのだ。


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第二章 了

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